軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

124 鈴木いちご(後編)

いちごが佐藤への想いを自覚したその日から。

めくるめく愛のメヴィオンライフが幕を開けた。

具体的には、sevenが何処へ行くにも何をするにも、時間の合う限り、フランボワーズ一世として共に付いていくようになったのだ。

いちごの生きがいは、メヴィオンの中においては、こっそりと観察することから堂々と観察することへとシフトしていた。

一方で、現実世界では、相変わらずこそこそと観察していた。まさかいつも一緒にいるフランボワーズ一世が隣の部屋の住人だとは、佐藤七郎は知る由もない。

いちごは、毎日が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

通学のため電車に揺られている間も、大学で講義を受けている間も、昼食代わりの「エネルギー補給MAX!」ゼリー飲料を握りつぶしながら飲んでいる僅か10秒の間でさえ、考えるのは佐藤のことばかり。

空虚に感じていた日常生活が、まるで絵具で色をつけたかのように明るくなったのだ。

センパイの前では、sevenの前では、本当の自分を出せる。ハゲたオッサンで女言葉を喋ろうが、気味悪がられることも、避けられることもない。その安心感は、何ものにも代え難かった。

いちごは、今まで何処か「演じていた」自分がいたことに気がついた。「本当の自分になれた」と思っていたフランボワーズ一世というキャラは、本当の自分だと思っていたその“男らしい男”のイメージは、ただの憧れだったのだ。

「難儀やなぁ、ほんま」

全くもって難儀な性格をしている自分に、いちごは溜息をつく。

いちごは、佐藤に本当の自分の姿を見てほしかったのだ。そして、受け入れてほしかった。

sevenとフランボワーズ一世の関係だけでは、本当の自分を本当の意味で受け入れてもらったことにはならない。

それが欲張りな考えだと、彼は自覚していた。

それでも、もう自分でも抑えきれないほど、佐藤のことがどうしようもなく好きになっていたのだ。

……だが、正体を明かす勇気など、いちごにはない。

ましてや告白など、できるわけがない。

男から告白されても、佐藤は困る。来る日も来る日も観察していたからこそ、いちごにはそれがわかってしまうのだ。

――だから、せめて。

バーチャル世界の中でなら――。

「そ、そっくりやな……」

試しに作成してみたサブキャラクター。

プレミアム課金アバターを使って、鈴木いちご 本来の容姿(・・・・・) そっくりに整えてみる。

木いちごの意味を持つラズベリーの後ろに、鈴の意味を持つベルをくっつけて、命名――ラズベリーベル。

木いちごと、鈴。合わせて、鈴木いちご。

それが、いちごの精一杯の勇気であった。

アパートの表札には「鈴木いちご」と書いてある。勘の鋭い人なら、気づくだろう。

「まあ、気づかへんやろなぁ」

愛おしそうに微笑みながら、自分の分身を見つめる。

こっそり育成していこう。そして、いつか、いつの日か……。

いちごは、そう心に決めたのだった。

それから数日後。

気が付くと、いちごはメヴィウス・オンラインの中にいた。

ここ数日間の記憶が、ごっそり 抜け落ちて(・・・・・) いる。そう自覚するまでに、数秒の時間を要した。

そして、いちごの目の前には――巨大な“カメル神像”。

そこは聖地オルドジョーの中心、聖殿の中。サブキャラ『ラズベリーベル』が、最後にログアウトした場所である。これから順次【回復魔術】を習得させていこうと、ここまで連れてきて、そのまま放置していたのだ。

ということはつまり、いつの間にやらラズベリーベルでメヴィオンにログインしたということ。

あまりにも、唐突。「うち疲れてたんかなぁ?」と。なんともおかしな状況に、いちごは首を傾げる。すると、

「おお……おおお!!」

いちごの背後で、男が感嘆の声をあげた。

「……な、なんや?」

いちごは振り返り、その声の主を確かめる。

そこには、目をこれでもかと見開き、今にもいちごを拝まんとする男の姿。カメル神国の独裁者ブラック教皇であった。

いちごは思う。こいつ、こんなこと喋るNPCやったっけ――?

「せ、聖女様のご降臨である! 皆の者、祈りを捧げよ……ッ!」

次の瞬間、ブラック教皇は声高に叫び、いちごに頭を下げた。

すると、その後方に勢ぞろいしていた数百をゆうに超える人数のカメル教の信者たちが、一斉にいちごに対して祈りを捧げた。

「何? 聖女? うちが? ……はぁ?」

困惑するいちご。それもそのはずである。メヴィオンに“聖女”などという役職は存在しない。考えられるのは、直近のアップデートでなにやらおかしなストーリーイベントが実装されたのかもしれないということ。

「……仕方あらへんな、もう。付き合うたるから、さっさとしぃや」

溜め息まじりに、いちごは小さく独り言つ。

強制イベントなら、いっそサクッと済ませてしまおう。それから、ラズベリーベルに【回復魔術】を覚えさせて、【調合】も覚えさせて、サポートキャラとして本格的に育成していこう……と。

……この時、いちごはまだ何も知らなかった。

数時間後、三つの事実に気づき、愕然とすることとなる。

一つ。鈴木いちごは、 自殺していた(・・・・・・) 。それを思い出してしまったのだ。クラック事件から、佐藤七郎の死亡という、あまりにも受け入れ難い現実、酷烈極まりないショックにより、彼の脳が非常に強いストレスと精神的苦痛に耐えきれず、精神を防護するため現実の認識を遮断し、その結果として記憶が途切れ途切れになっていた。

二つ。ここは、紛れもない現実の世界であるということ。ログアウトなどできず、時間が経てばお腹が減るし、トイレにも行きたくなるし、頬をつねると痛い。鈴木いちごという人間の意識は、ラズベリーベルという 器(うつわ) を得て、メヴィオンとそっくりの世界に転生していた。

三つ。 彼(・) は、 彼女(・・) になっていた。ラズベリーベルは、女キャラクターである。股間にあるべきものがないことに気づいたいちごは、その夜、枕を濡らした。

……全てが酷く噛み合っていた。

いちごがカメル神像の前に現れたその時、ブラック教皇と大勢の信者たちは、“お祈り”の真っ最中であった。不運にも、多くの者に目撃されてしまったのだ。その“神通力”を。

聖地オルドジョーは、カメル神国内で最も監視の厳しい場所。そんな何も起きないはずの空間に、美しき女性が突如として出現する。勘違いしても仕方のない現象であった。タネも仕掛けもない、まさに神通力とも呼べる所業。その瞬間に聖女だと確信した教皇が「聖女の降臨」と叫んだのも、信者たちがいちごを聖女と思い込む大きな要因の一つとなった。

お祈りの最中、その目の前にログインしてしまう……たったこれだけで、ラズベリーベルは聖女として多くの信者に認められてしまったのである。

よって、ラズベリーベルはカメル教の聖女として、その身をカメル教会に囚われてしまう。

そして、問題はこれだけではなかった。

まさに今からサポートキャラとしての育成を始めていこうと考えていたラズベリーベル、成長タイプはもちろん“サポーター”。そのステータスは雀の涙ほどもない。

戦闘系のスキルは何一つ上げておらず、経験値も【回復魔術】と【調合】の習得に必要な分以外は稼いでいない状態。いちごの無駄を省く計画的な性格が、裏目に出ていた。

ゆえに、ブラック教皇に逆らえる“力”を得ることができなかったのだ。外出は当然禁止、つまり経験値稼ぎはおろか、スキル本を読むことすらできない。聖地オルドジョーに監禁される生活の中で、唯一覚えられるスキルといったら【回復魔術】や【調合】などの戦闘を必要としないサポート系スキルくらいのものであった。

加えて、その【回復魔術】と【調合】が、いちごへと追い打ちをかけることになる。

いちごにとって常識とも言える《回復・異》や《回復・全》の習得方法は、カメル教の中では秘匿中の秘匿事項。それを軽々と覚えてしまったラズベリーベルという存在は、まさに神と通ずる力を持っていると思われても仕方がなかった。これによって、周囲はラズベリーベルを聖女と信じて疑わなくなってしまったのだ。

おまけに、関西弁も悪い方向へと働いた。カメル神国の人々にとっては、ラズベリーベルの喋るこてこての関西弁が何処か“古語”のように聞こえ、なんとも「それっぽかった」のである。

こうして、ラズベリーベルは万人の認める聖女となった。

祈りを捧げ、信仰を集め、回復魔術をかけ、“薬”を調合し、民衆を救う。決して悪くはない生活。

だが……聖女として生きる。それはいちごにとって、空虚な生活への後戻り。

sevenのいない、佐藤のいない生活など、いちごにはもう考えられない。

「きっとセンパイもこの世界に転生しとるはずや……っ」

絶妙におかしなこの世界に困惑しながらも、いちごはギリギリで絶望しなかった。

一縷の望みに賭けて、毎日を過ごす。佐藤七郎の影を追い求めて。それが、彼にとっての、唯一の希望。

だが、やはり、一人では限界があった。そもそも外に出られなければ、外界と連絡すら取れないのだ。探しようがなかった。

そんなある日、いちごに転機が訪れる。

巡礼という、カメル神国内にある教会を順に巡る機会。そうして聖女への信仰を集め、教皇の威光を増すためのその行事で、カメル神国南部の街に立ち寄った際のことである。

キャスタル王国から侵入してきた疑いのある馬車が、神国兵に追われて街に突入してきた。

待ち伏せしていた兵士の攻撃によって横転した馬車の中から、一人の女が飛び出す。

使える――いちごは、瞬時に計算する。

「ちょい待ちぃ。聖女の前で殺生は、あかんのとちゃうか?」

背中に二ケタ以上の矢を受けて瀕死となった女へ、兵士が剣を振り下ろす直前。いちごは聖女としての言葉で、その兵士を止めた。

「この子、うちが預かるわ。どやろか?」

「……好きにすればよかろう。聖女様の博愛主義も、今に始まったことではない」

衆目を前にして、ブラック教皇へと打診する。

言わずもがな、断りづらいことを見越しての、あえての問いかけであった。

「動かんといてやー」

いちごは女の背中に刺さった矢を一本一本引き抜いてから、《回復・大》で彼女のHPを回復させた。

女は見る見るうちに顔色が良くなり、朦朧としていた意識を取り戻す。

矢のなくなったその背中は、服にいくつも丸い穴が開いていて、まるで レンコン(・・・・) の断面のようであった。

「なあ、名前教えてや」

「…………あたい、は……」

「なんや自分、名乗れへんのか? よし、ほんなら今日からレンコや。うちの身の回りの世話してもらうで。一緒に来ぃ」

こうして、いちごはレンコを拾った。 利用する(・・・・) ために。

スキルの習得方法を教え、経験値の稼ぎ方を教え、隠密行動を学ばせ、外界の情報を仕入れさせることにしたのだ。

全ては、佐藤七郎と再会するため。ブラック教皇に対抗する力を蓄えるため。

来るべき時に備え、いちごは、レンコを己の武器に仕立て上げた。

「……ほんまか?」

「はい。セカンド・ファーステストという男が冬季タイトル戦で 一閃座(いっせんざ) ・ 叡将(えいしょう) ・ 霊王(れいおう) の三冠を――」

「それっ!! ほ、ほんまかっ……!?」

「は、はい。本当です。ラズベリーベル様……?」

「…………~~~っっ!!!!」

――サブキャラに『セカンド』と名付けるふざけたセンス。家名に『ファーステスト』と名付けるもっとふざけたセンス。「絶対にそうや!」と、いちごは確信した。

鈴木いちごの二十一年の人生の中で最も嬉しかった瞬間(暫定一位)である。

「て、て、て、手紙っ! いや、あかんかっ? レンコに直で行ってもらうか? いやでも、やっぱり手紙か! あぁ、なんて書いたらええんやろ……あぁ、あぁ、センパイ、生きとった……よかった、よかったわぁ……!」

嬉しいやら安堵するやら興奮するやら接触方法に悩むやらで、様々な感情がごっちゃになり、いちごは泣き笑いしながら引き出しの中身をひっくり返して紙とペンを探した。しかし、外界との接触を禁じられている聖女の部屋に紙とペンなどあるはずもない。そんな基本的なことを忘れるほど、いちごは気が動転していた。

まるでラブレターの内容に悩む恋する乙女。

そんなラズベリーベルの様子を、レンコは何処か寂しそうに見つめていた。

結局、セカンドへの手紙は、いちごが丸一日かけて内容を考え、それを暗記したレンコがカメル教会に気取られぬよう細心の注意を払って送ることとなる。

それから数日後。セカンドは、恐るべき早さでレンコへと接触してきた。

革命という、ドでかい 爆弾(・・) を抱えて。

再会の時は、刻一刻と近づいていた……。