軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 利用する者される者

* * *

「え、なんで?」

セカンドは思ったままの言葉を口にする。

今ここでレンコと勝負をする意味が何一つ理解できなかったのだ。

「あんたが本当に役に立つ男なのか、あたいが見てやるって言ってんのさ」

「……へぇ」

レンコの挑発に、セカンドはものの見事に引っかかる。否、引っかからざるを得なかった。世界一位は、舐められたままではいられない。その習性を上手く突いた挑発であった。

そう。レンコには、不思議なことに勝算があった。前人未到の三冠王を相手に戦って勝つ自信が。

「本物の喧嘩が、タイトル戦なんていう ごっこ遊び(・・・・・) じゃあないってことをあんたに教えてやるよ」

余裕の表情で宣言する。素晴らしい挑発。

しかしながら、些かやり過ぎた。この一言でセカンドがプッツンしたことを、彼女はまだ気付いていない。

「やってみろよ。先手は譲ってやるから」

「なんだい、三冠王サマは自信満々だねぇ。じゃ、お言葉に甘えさせてもらうよっ……!」

レンコは素早くバク転してセカンドから距離を取ると、両の拳を胸の前で突き合わせる。

いざ、これから喧嘩をおっ始めようという、気合の入った“ポーズ”。

――まさか。セカンドの予想は、直後、彼女のスキルの発動によって肯定された。

「変身ッ!!」

《変身》スキル――この世界において習得方法を知り得る者はセカンドくらいなものだと思っていたそれを、彼女は習得していたのだ。

言わずもがな、であろう。それを彼女に教えたのは、紛れもない、セカンドと同郷の存在。聖女ラズベリーベル。

「……なるほどなぁ」

ここで、セカンドは納得した。彼女の自信の出処に。

如何な三冠王と言えど《変身》した自分には勝てないだろうというのが、レンコの考えであった。

事実、レンコは【体術】スキルの龍馬・龍王以外を全て高段に、【剣術】スキルも龍馬・龍王以外を全て段位にしているため、変身後の3.6倍されたステータスであればセカンドの純ステータスに概ね勝っている。単純に考えれば、レンコが圧倒的優位なのだ。

タイトル戦ではなく、“なんでもあり”の喧嘩なら三冠王にも勝てる――そう 勘違い(・・・) してしまっても仕方がないほどのアドバンテージと言えた。

「さ、行くよ」

風属性《変身》を終え、拳を構えるレンコ。身に纏う修道服はまるでスケバンの制服のように変貌し、フードがめくれて長い黒髪があらわとなり、その顔には目元を隠すように風をモチーフとした仮面が装着されている。真っ赤な口紅が映えるその形の良い唇は、揺るぎない自信によって不敵に笑っていた。

舐められてなるものか――彼女もまた、考えることはセカンドと同じ。

舐められたら負け。骨の髄まで染みついた信念。セカンドにも、彼女にも、譲れない矜持があるのだ。

「…………」

レンコの変身を見て、セカンドは黙する。

「びびり上がってんのかい?」と、レンコは更に挑発しようとして、寸前で口を閉じた。どうにも、セカンドの様子がおかしかったからだ。

この時、セカンドは、悠長にも考えごとをしていた。

どうしよっかなあ――と。

昼食を蕎麦にしようかうどんにしようか悩むように、はたまたまな板の上に転がる魚の調理法を悩むように。

敵とすら認識されていない……そう感じたレンコは、俄かに激昂する。

「舐めんじゃないよっ!」

ズンッと地面を踏み込み、弾丸の如き速さで間合いを詰めるレンコ。その右の拳に乗せるのは、強力な単体攻撃スキル《銀将体術》であった。

変身によって3.6倍となったAGIとSTRによる接近と攻撃。躱せるわけもなく、喰らえば確実に決定打、この一撃で勝負は終わると、レンコはそう信じて疑わない。

捉えた! レンコが確信した、次の瞬間。

「――え」

彼女は仰向けに倒れていた。

そして、直後――

「う、ああああッ!?」

全身の骨が砕けるような衝撃が彼女を襲い、《変身》によって高められていたHPがその半分ほどにまで削れる。

何故!? 何故!? 何故!?

激痛と混乱の狭間、彼女はなんとか起き上がりながら必死に考える。

その答えは、セカンドの口から出ることとなった。

「銀将盾術のパリィは反撃効果が乗るんだ。お前のSTRが無駄に高かった分、でかいダメージになったな」

「…………な、何だってっ……?」

レンコは混乱を極める。

セカンドは、あの一瞬でパリィしたというのだ。しかし、今、セカンドは盾を装備していない。つまり、レンコが《銀将体術》を発動した瞬間、セカンドは盾をインベントリから取り出し、《銀将盾術》を発動し、タイミングを合わせてパリィし、盾をまたインベントリに戻したということ。

もはや意味不明。理解の範疇を遥かに超えている。

「うっ!?」

レンコが唖然としていると、その頭にばしゃりと液体がかかった。

セカンドが高級ポーションをぶっかけたのだ。レンコのHPは見る見るうちに全回復した。

「なあ、ほら、さっさと教えてくれよ。本物の喧嘩ってやつをさぁ」

意地の悪い言葉が投げかけられる。

……立ち上がるしかない。立ち向かうしかない。

レンコに、逃げ場はなくなった。否、退路など、端から存在しない。

「――シィッ!」

立ち上がりざま、不意を突いた一撃。

その刹那、インベントリから取り出した長剣によって繰り出された《桂馬剣術》は、セカンドの腹部を突き刺さんと急激に加速する。

完璧な不意討ちだった。

長剣を取り出したことによって、突如としてリーチが伸びたのだ。これを躱せるものなどいないと、レンコ自身が確信するほどの突きだった。

「…………え……」

だからこそ、何が起きたのか、理解できなかった。

「 相殺(・・) 。まさか知らないわけないよな? 魔術にもあるように、剣術にもある」

セカンドが馬鹿にしたように言う。

レンコの頭の中は一瞬にして搔き乱された。

確かに放ったはずの攻撃が突如として 消滅(・・) したのである。大混乱だ。

相殺? 知るわけがない!

「知らんのか。やり方は、剣の速度と方向を揃えて同系統のスキルをほぼ同時に発動するだけだ」

「!?」

そして、驚くべきことに、セカンドはその相殺の“やり方”を口にした。

それをレンコに教えることなど、損でしかないはずなのに。

まるで、知っていて当然の知識だというように、余裕の顔で語った。

更に恐ろしい事実は、相殺がセカンドの言った通りの技術だったとして、それ即ち、セカンドはレンコの完璧な不意討ちを予測する形で、インベントリから剣を取り出し、速度と方向を揃え、《桂馬剣術》をほぼ同時に発動したということ。

――あまりにも、差があり過ぎる。

圧倒的と言うのも烏滸がましいほどの差だ。

「……これしきで、イモ引くあたいじゃあないね」

震える足に力を入れて、レンコは起き上がる。

次元が違う。それを痛いほど理解させられたが、それでも、彼女は根性で立ち、意地で対峙する。

「そう来なくっちゃな」

セカンドは、長剣をインベントリに仕舞いながら、心底嬉しそうに笑った。

……それから数分間、レンコは一方的にしごかれた。

そして、身を以て学んだ。本物の喧嘩、即ち“なんでもあり”のルールは、ステータス差よりも、スキルの種類が豊富な方が有利だということを。

だが、幸いなことに、彼女はまだ気付いていない。タイトル戦出場者ならば気付いたかもしれない、身の毛もよだつ恐ろしい事実に。

それは、“なんでもあり”の対戦において、セカンドという男は、タイトル戦以上に実力を発揮するということ。タイトル戦のように単一のスキルに縛って対戦を行う場合と比べ、複数の種類のスキルを組み合わせられるこの対戦は、とれる戦術が何百倍も何千倍も幅広くなる。ゆえに、セカンドの持つ定跡『セブンシステム』は、より深く根を伸ばし大いに枝葉を広げるのだ。

レンコは、何もできなかった。何も。何一つ。《変身》して尚、セカンドに指一本触れられなかった。

もはやハメ殺しである。セカンドの繰り出す一手に対する「最善の切り返し」を知らなければ、ないし瞬時に見抜けなければ、そしてそつなく行動に移せなければ、何もできないまま完封される運命に置かれるのだ。これは必然だった。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

HPは残り僅か、SPは枯渇し、息を荒げながら地面に倒れ伏すレンコ。

ポーションをかけようと近付いたセカンドへ、彼女は右手を突き出して拒否をする。直後、彼女の《変身》が解けた……。

* * *

「……わかった。よーく、わかった。あんた、強すぎるよ。憎たらしいほどに」

「そいつぁどーも」

息絶え絶えのレンコに褒められる。悪い気はしない。

対戦の結果は酷いものだった。だが、流石は義賊R6のお嬢ちゃんと言うべきか、こいつなかなか根性がある。必死の形相で何度も何度も立ち向かってくる様子は、さながら相撲取りのぶつかり稽古のようだった。

俺は彼女のことを褒めてやろうと、何か適当な言葉を考えたが、それよりも先にレンコの方が口を開いた。

「ラズベリーベル様のこと、あんたに任せてもいいんだね……?」

彼女が口にしたのは、先ほどの対戦の感想でも、俺への雑言でも、身の上話でもなく……聖女ラズベリーベルのこと。

ふと思い当たる。

まさか、彼女は、ラズベリーベルのために俺を挑発して……?

「……おい。俺が容赦しないタイプだったらどうするつもりだったんだ? 今頃お前、両手両足じゃ数えきれないくらい死んでるぞ」

「その時はその時さ。ただ、ほら、あたいは死んでない。あんたがラズベリーベル様の思った通りの“センパイ”だった、それだけだよ。これから死線を共にくぐるだろう男が、信用できるやつだってわかったんだ、万々歳さ」

こいつ、自分の命を賭けて、ただ単に 確認(・・) したってのか?

ラズベリーベルを危険に晒さないために、俺が本物の“センパイ”かどうかを?

……ぶっ飛んでやがる。何がって、軽々と他人に命を差し出しちまってるところがだ。

「お前……わかってんだろ?」

「……そりゃあ、ね」

レンコに《変身》スキルを教えたのは、間違いなくフランボワーズ一世、いや、聖女ラズベリーベルだ。この監視の厳しい劣悪な環境下で、こっそり経験値を稼ぎスキルを習得するなど、綱渡りもいいところである。今最も危険な立場にいるのは、確実にレンコなのだ。そして、そうさせているのは、他ならぬラズベリーベル。即ち、ラズベリーベルは自身がカメル神国から脱出するためにレンコを 利用(・・) している。

じゃあ、何故、利用されていることをわかっていて、彼女はここまで……。

「あたいはね、恩を仇で返すなんて恥ずかしい真似はしないんだよ」

「……恩、か」

「命からがらこの国に逃げ込んだ時、あたいはラズベリーベル様に救われたんだ。この命、ラズベリーベル様のために使わないでどうすんのさ」

恩を売って従わせる。かつて俺がシルビアやエコにやったような方法の延長だ。いかにも 日本人(・・・) が考えそうな、おセンチなやり口。だが……。

「お前にばかり危険なことをさせているってのは、どうも気に食わない」

「ふん……仕方がないのさ。あんたもいずれわかる時が来るよ」

仕方がない――レンコは理不尽を噛みしめるようにそう言った。

俺はその言葉の真意がわからず、腕を組んで考え込む。すると、彼女は俺の思考を遮るように沈黙を破った。

「さて、そろそろ作戦を共有しようじゃないか。こっち側が提案できるのは一つだけ。そっちはどうだい?」

修道服のフードを被りながら、挑戦的な笑みで尋ねてくる。

何はともあれ、自分はどうであれ、ラズベリーベルの救出が最優先ってか。天晴れだな。

溜め息一つ、俺はウィンフィルドと話し合った内容を彼女に伝える。

「反教会勢力を扇動して革命を起こす。話は通している最中だ。革命当日、教皇を暗殺して革命派に実権を握らせる。スムーズに遂行するためには、短くとも一週間は準備させてほしい。レイスという魔物がいる。こいつをテイムできれば、誰にでも化け放題だ。正体がバレることなく楽に暗殺できる」

「……っ、凄まじいね、あんた」

「俺が凄いんじゃなくて俺の軍師が凄いんだがな」

接触してからたった一日でここまで話が進むと思っていなかったのはお互い様だったようで、レンコは目を丸くして驚いていた。

「まあ、了解。こっちの提案は、教皇暗殺計画。ずっと前から温めてた計画さ。あいつの居所や行動は完璧に調べ上げてるよ。いつでも殺れる」

「ナイスだな。じゃあ、教皇の情報を教えてくれ。俺が暗殺しよう」

確実性を考えると、向こうに任せるより、俺がレイスをテイムしてから、教皇にほど近い人物に化けて暗殺する方が良い。そう思っての発言だったが、レンコは俺の提案に鋭い目を更に尖らせて言葉を返した。

「……あたいが殺るよ」

「駄目だ」

何を言い出すかと思ったら、マジかよ。だったらあんこに全て任せて正体バレしないことを祈った方がまだマシだ、と考えちまうくらい信用できない。

確かに、レンコは一般人と比べれば圧倒的に強い。だが、どう見たって彼女は隠密向きではないだろう。正体バレどころか暗殺失敗の未来しか見えない。

「ラズベリーベル様も、教皇暗殺に関してはあたいに任せると言ってくれた」

「それでも駄目だ。俺のテイムを待て」

「…………」

沈黙。全くもって納得していない顔だ。

このじゃじゃ馬をどうやって説得しようかと俺があれこれ悩んでいるうちに、レンコは俺に背を向けて、振り返りながら口を開く。

「時間だよ。次の接触は、決行前日に」

逃げられてしまった。

こりゃあ、とっととレイスをテイムしないとヤバイかもしれないぞ……。