軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

105 霊王戦 その2

「!!」

俺が「カメレオン使い」と口にした瞬間、Mr.スリムの顔から余裕の笑みが消えた。

どうやらビンゴだったようだ。

メヴィウス・オンラインには“レイス”という魔物がいる。

こいつは、皆にカメレオンと呼ばれていた。

何故か。理由は単純、 化ける(・・・) のだ。

レイスはあらゆるものに化ける。魔物に化けるし、プレイヤーにもNPCにも化けるし、植木やベンチや大剣など、およそ1~2メートルほどのものになら何にでも化けられる能力を持っていた。

恐らく、Mr.スリムはレイスをテイムしているのだろう。

初戦の直後に通路で会ったマインも、ついさっき人質がどうのこうの言っていたカピート君も、きっとレイスが化けた姿に違いない。一国の王が護衛を一人も付けていなかったのはよくよく考えればおかしいし、偽カピート君は言動から何から全てがおかしかった。

そうして俺を霊王戦から遠ざけようとしたり、自ら負けるように誘導して心を乱したりと、卑怯な盤外戦術を駆使していたわけだ。

そして。

さっきの、てめぇの視線で分かったぜ。ミスターさんよ、俺の後ろの 地面(・・) をチラ見したな……?

「――始め!」

号令がかかる。

Mr.スリムは即座に《精霊召喚》を発動した。演出的に、水の精霊か。

「憑依」

同じく俺も《精霊召喚》、ほぼ同時に《精霊憑依》を発動する。

「ふふふ、私を狙おうという魂胆ですかな? それとも初戦の時のように――」

何やらべらべらと喋り始めたスリム。注目を引こうという狙いだろう。そっちの魂胆の方が見え透いている。

馬鹿め。俺がカメレオンと指摘した時に引っ込めてりゃあ、見逃してやろうと思っていたが、もう許さねぇ。

俺は、完全に無視をして、大きく飛ぶように一歩下がり、その場で、思いっ切り―― かかと落とし(・・・・・・) を繰り出した。

「んなァ……ッ!?」

スリムは口をあんぐりと開けて固まった。

俺の足元で、もぞもぞと 何か(・・) が蠢く。俺はそれを「フンフンフン!」と何度も蹴りつけた。

「な、くそっ……!」

焦った表情のスリムが、水属性っぽい精霊をこちらへ向けて――

「(水の精霊アクエラである)」

えー、水の精霊アクエラをこちらへ向けて、《水属性・壱ノ型》を詠唱させている。

「(アレ、できるか?)」

「(我に任せよ)」

できるようだ。

腑抜けた精霊とその主人にのみ通用する、精霊大王の特権。

「(跪けぃ!)」

――支配の雷。

瞬間、伸ばした俺の手の先端から赤い稲妻が迸り、スリムとアクエラを地面に縛り付けた。

「何だこれは!? な、何をした!?」

「……!? ~っ!?」

ビビっているやつ限定で頭を強制的に下げさせる、精霊大王特有の“性格の悪い技”である。

アクエラは無口な精霊なのか何も喋らないが、その顔は驚きに驚いていた。土下座のような格好をして黙り込みながらも、顔だけはこちらに向けて「何故」「どうして」と訴えてくる。顔がうるさいというやつだ。

「さて、まずはこいつの件についてだな」

俺は足元でぐったりとしている、半透明の人形のような魔物の首根っこを掴んで、スリムの元へと連れていく。

これが、レイスだ。俺の後方で、薄ぅーく体を伸ばして地面に化けていやがったのだ。

戦闘能力は殆どない。ゆえに、何発か蹴ってやればすぐにスタンした。

「ぐ、ぐううぅ……!」

スリムは恨めしそうに唸る。何故かって“反則”がバレたからだ。

試合開始前からレイスを《魔召喚》し、俺の背後の地面に仕掛けていたのだ。召喚は精魔いずれも試合開始後でなければならない。ゆえに、反則。

こいつの計画では、巧みな話術(笑)で俺の気を引きつけておいて、その隙にレイスを足元に移動させ、アクエラの攻撃を回避できないように、不意を突いて俺の足を絡めとろうとでもしていたのだろう。

普通は気付けないな。そもそも、そんな能力を持っている魔物など見たこともないというのが、この世界の人たちの常識だと思う。だからこそスリムはこの戦法でここまでのぼり詰めることができたってわけだ。

うーん。反則だが、悪くない戦法だ。着眼点が良いし、バレようがない。まさか地面に化ける魔物がいるなんて、誰も考えないだろうからな。

ただ、一つ。残念なのは……俺が元世界一位だったということ。単純明快、それだけの話だ。

「反則負けか、KO負けか、選ばせてやろう」

審判は気付いていないようである。無理もない。レイスを知らないんじゃあ判断のしようがないからな。

だが、懇切丁寧に説明したらきっと理解してくれるはずだ。二冠が、圧勝できる試合にもかかわらず、わざわざ相手の反則について説明するのだ。信用してもらえるに違いない。

「……最後まで、戦いましょう。私も召喚術師の端くれ。今度は、正々堂々と」

スリムもそれが分かっていたのだろう。少しでもチャンスの残る方を選んだ。

正々堂々、か。信じよう、その言葉。

「(支配の雷、解いていいぞ)」

「(御意)」

俺はアンゴルモアに指示を出してから、スリムにあえて背を向けて、元の位置へと歩いて戻る。

「――馬鹿めッ! レイスが一体だと思ったか!!」

…………あーらら。

どうやらスリムはもう一体だけレイスを潜伏させていたらしい。

二体目のレイスは、俺の足にガッチリと絡みついて離れない。

上半身だけで振り向くと、そこにはもう《水属性・参ノ型》の詠唱を済ませたアクエラがスタンバっていた。

この野郎、ハナっから不意打ちする気マンマンだったようだ。

「(やはりなっ)」

アンゴルモアが楽しそうに呟いた。見なくても分かる。ニヤついているな、お前。

「(悪いか?)」

「(いいや……俺もだッ)」

Mr.スリム。その不意打ちは、明らかに失策だ。せめて俺の《精霊憑依》が解けてからにするべきだった。

「がああああああ――ッッ!!!」

気合の雄叫び。フルパワーで突進する。

「!?」

足に組み付くレイス? ンなもん関係ない。イメージは「タックルを受けても何のそので相手を引きずりながらトライするムッキムキのラグビー選手」だ。

「う、撃てっ! 撃てっ!」

焦ってアクエラに指示を出すスリムだが、遅すぎるな。《精霊憑依》状態のAGIで本気で移動すれば、感覚的には瞬間移動だ。《水属性・参ノ型》なんて余裕で躱せる。

……だけどな、躱さねぇぞこの野郎!!

「なッ!?」

俺は顔面から《水属性・参ノ型》と正面衝突した。

「ごああああッッッ!!」

痛ぇ!

ちくしょう。痛いし血まで出るし、得なことなんて何一つない。

だが、これで……スリムの策を全て受け、そのうえで、追い詰められる。

「よくもやってくれたなァ……!」

「き、貴様が勝手に喰らったのだろう!?」

「うるせぇえええッ!!」

スリムは攻撃の継続さえ忘れて、一歩二歩と後ずさった。

ビビってるんだ。なら、やってよかった。

「(ハハハッ!)」

アンゴルモアが笑う。ああ、俺も笑いたい気分だね。顔が痛くて動かねぇけどな。

「があああアんがああァッ!!」

俺は無茶苦茶に咆哮しながらスリムへと瞬時に詰め寄った。血が目に入ったせいか、スリムが赤く見える。

「……ひっ……」

至近距離。

目と目が、合った。

そして。

渾身の、頭突き――!

頭突き! 頭突き! 頭突きィッ!!

「――そ、そこまで! 勝者、セカンド・ファーステスト!」

……勝った。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

ざまぁ見やがれ。

タイトル戦で卑怯なことをすると、こんな怖い目に遭うんだ。勉強になったな、ミスター。

* * *

「…………こっわ」

観客席にて。シェリィ・ランバージャックは、若干ブルっていた。

いくら憧れの人と言えど、今のは恐ろしすぎたのだ。

「般若の面のようだったな」

その隣で呟くのは、ヘレス・ランバージャック。シェリィの実の兄である。

この世界には仏教等は存在しないが、般若の面は存在する。装備アイテムとしてである。ゆえに彼は般若の面の存在を認知していた。

「逆鱗に触れたんだわ、きっと。確かに、あのMr.スリムってやつ、変な噂があったもの」

「いくら逆鱗に触れたとはいえ、そのためだけにわざと魔術を顔面に受けて顔じゅう血だらけになりながらあんな形相で頭突きするだろうか?」

「……やりかねないわね。あいつ、女の子をグーで5メートル殴り飛ばす男よ?」

「ハハハハ! 正気ではないな。やはり面白い男だ」

「お兄様、やけにあいつのこと気に入ってるわよね」

「ああ。彼がエルンテとミックス姉妹を土下座させたと聞いた時から、私は彼に首ったけさ」

「あいつそんなヤバイこともしてたの!?」

新事実に驚愕するシェリィと、何故かしたり顔をするヘレス。

そんな兄妹の様子を白い目で見つめるメイドが一人。

「傍から聞いていると、酷い男の話にしか思えませんね……」

「マリポーサはそう思うか。なかなかに辛辣だな」

「いえ、一般的な意見かと」

マリポーサと呼ばれたメイドは、ヘレスへ厳しい視線を向ける。彼と彼女は主従関係にあるが、平時は主従が逆なのではないかと思えるような、一風変わった仲であった。

「私はな、彼のことを勝手にライバルだと思っている。一閃座戦決勝ではすぐに負けてしまったが、次はそうは行かない。目指すべき目標が見つかって、感謝しているのだ。ゆえに、どうしても贔屓目で見てしまう」

「ヘレス様。悪いことは言いません。セカンド二冠を目標とするのはやめましょう」

「そうよ、お兄様。いくら頑張ったって、勝てっこないもの」

ヘレスの語りに対し、真顔で制止に入るメイドと妹。

そんな二人に、ヘレスは挑戦的な笑みで返した。

「目標は高ければ高いほど良い。なぁに、頑張り続ければよいのだ。だから君たちも頑張りたまえ! ハーッハッハ!」

「くそッ……あの男、絶対に許さん……!」

試合終了後。

スタンから目を覚ましたMr.スリムは、HPを回復させて、腹を立てながら通路を歩いていた。

彼が召喚術師の間で警戒されている理由。それは、彼の粘着的な性格にあった。

気に入らない相手は、彼の極秘の魔物“レイス”を使って、社会的に追い詰める。ずっとそうして来た結果、界隈で「Mr.スリムには気をつけろ」と噂されるようになったのだ。

「くひひっ! 見てろよセカンドォ……お前を社会的に抹殺してやる……!」

理由は、気に食わないから。Mr.スリムとは、そういう男であった。

「レイス。私に、まとわりつけ!」

彼はレイスに指示を出す。すると、レイスはMr.スリムの体を薄皮一枚で包み込むようにして、ぴったりと張り付いた。そして……。

「今頃、セカンドは控え室だろう」

……Mr.スリムの姿が、 セカンドそのもの(・・・・・・・・) に変貌した。

これが、Mr.スリムが最も警戒される要因。彼が独自に編み出した、レイスを用いた“ 変化(へんげ) ”である。Mr.スリムはこの変化を使って、女を抱いたり詐欺をしたりと、小さな悪事から大きな悪事までやりたい放題やってきたのだ。

「あの男の人生、終わらせてやるぞ……!」

セカンドの姿をしたMr.スリムの向かう先は、ただ一つ。

社会的に一番の影響がある相手といえば、一人しか思いつかなかったのだ。

「――マイン! マインはいるか!」

キャスタル国王の座る席に近づき、声高に叫ぶ。

Mr.スリムは思う。「どうだ、呼び捨てにしてやったぞ」――と。

「あ、セカンドさん。どうされました?」

「…………え」

失礼な態度で呼び捨てし、しかも座席からこちら側へ呼びつけたというのに、マイン国王陛下は然も当たり前とばかりに歩み寄ってきたのだ。驚かないはずがなかった。

「あ、いや、違う! この野郎、ロイスダンジョンで魔物が大量発生など、誤報ではないか! どう責任を取ってくれる!」

Mr.スリムは思う。「野郎呼ばわりに、ありもしない責任の擦り付け。今度こそ陛下は怒るに違いない」――と。

「ロイスダンジョンで? 本当ですか? 誰に聞きました?」

「………………あ、あれ?」

おかしい。怒らない。何故……Mr.スリムは混乱し、俄かに焦った。まさか、見抜かれているのではないか。自分はハメられているのではないか、と。

いや、この短時間で、そんなはずはない。さっさと怒らせて、すぐさま逃走し、セカンドの信用を地に落とさなければ。Mr.スリムはそうして考えを巡らせ、マインを怒らせる文句をどうにかこうにか捻り出す。

「うるさい! とにかく謝れ! 殺すぞお前! 死にたいのか! マザコン! ガリ勉!」

「えー。もう、分かりましたよ。どーもスミマセンでしたー……はい、これでいいですか?」

「…………」

数々の暴言の末。

ついには、国王を謝らせてしまった。

「……そ、そうか。分かった。もういい……」

これ以上、Mr.スリムにはマインを怒らせる方法が思いつかなかった。

とぼとぼと去っていくMr.スリムの背中を、マインは「何だったんだろう?」と見つめる。

「――待てッ! このまま帰すと思ったか!」

不意に。Mr.スリムの左足に、《歩兵剣術》が突き刺さった。

「ぐあっ!?」

斬りかかったのは、マインの従者クラウス。

「……あっ!」

瞬間、レイスの変化が解け、Mr.スリムの素顔が明らかになる。マインは思わず声をあげた。

「やはり。セカンド二冠に化け、その信用を落とそうと企てていたのだな」

「ち、違っ……これはぁっ……!」

「言い訳無用!」

クラウスの鋭い剣がMr.スリムを襲う。

彼はタイトル戦出場レベルには至っていないが、それでも国内有数の剣の使い手。召喚術師を相手に不意を突いて仕留め切れないような、やわな鍛え方はしていない。

結果、Mr.スリムはその場でクラウスによって両の足を斬られ、隷属の首輪を嵌められ、騎士団に連行されていった。

そして、同時に。レイスの存在が明らかとなったことで、セカンドが何故あれほど鬼気迫る形相で完膚なきまでにMr.スリムを追い詰めたのか、その理由も観客へと広く知れ渡ることとなった。

「……彼は余罪が山ほどありそうです」

「ええ、間違いなく。徹底して調査いたしましょう」

連れていかれるMr.スリムを見ながら、マインが呟く。

クラウスは頷きつつ、口を開いた。

「しかし、流石で御座います陛下。セカンド二冠に化けていることを見抜きつつ、あえて怒りを見せずに対応して、相手に隙を晒させるとは」

「…………う、うん。まあ、たまたま、ね」

実は気付いていなかったなんて、とても口に出せないマインであった。