作品タイトル不明
後編
マルチェロがバジリオやエルシリアとの生活を始めて、そこそこの時間が流れた。
バジリオの怪我もある程度回復し、自力で歩けるようになった。
その頃からバジリオも短時間ながら、外で働くようになった。守るべき土地もなく、子も抱えていない今、エルシリアにいつまでもぶら下がっていくわけにはいかないと考えているからだ。
しかし、動けるようになってから問題となっている事がある。
「残念ながら、二度と走ったりする事は出来ないでしょう。戦いなど、もってのほかでございます」
医者は、バジリオにそう言ったのだ。
最初の頃は治れば走り回れるようになれますよと言っていたのに、蓋を開けたら、こうである。
「多分、最初から走り回れるほど回復するとは考えておられなかったけど……それを伝えると気落ちして弱る事があるから、伏せていたのね。気を使って下さったのだとは思うけれど……」
エルシリアは医者の判断をそう評したが、バジリオからすればいい迷惑だ。
不機嫌なバジリオに、後から話を聞いたマルチェロは首を傾げて尋ねた。
「やはり戦えるようになりたいので?」
「当たり前だ! 獅子族の男は働く女にぶら下がってるとでも言いたいのか? 戦えない男に価値なんてないぞ! ……なんとか戦えるようになる。そうでなければ、これまで俺を信じてここまでついてきてくれたエルシリアに見せる顔もない……!」
「そういうものなんですね」
それからバジリオは色々な医者にかかった。
けれどやはり、折られた足には、これまでの戦いばかりしてきた人生の疲労というものが積み重なっていたとかなんとかあったそうで。
中には「これ以上無茶をされたら、歩く事も出来なくなりますよ」と忠告すらする人もいた。
それでも、バジリオは諦める訳にはいかなかった。
強くなる。そしてエルシリアを強い男の妻にする。
それがバジリオにとって、最重要な点だったからだ。
☆ ☆ ☆
「これはボクの自論ですが! 番への執着具合って、一夫一妻制が基本かどうかで違うと思うんです!」
「うん?」
夕方。エルシリアが帰ってくるまでの時間を、いつも通り、マルチェロと同じ空間でただ日々を過ごしていたバジリオは、同居人の方を見た。
ここ最近は、マルチェロは自分の調べた事を纏める事に忙しく、あまりあれやこれやと話しかけてくるよりも、何かを一心不乱に書いている事が多くなっていた。
バジリオもバジリオで、働いたり、足を治せる相手を探したりする日々だったので、二人の会話は減っていた。
「番の問題の一番の原因は、強い執着を相手に見せる事でしょう? 執着が行き過ぎた結果自己中心的な価値観でしか物事を測れなくなる。あるいは、理性を失う。けれどこの番への執着心には、個体差がある……」
これはバジリオに話しかけている面よりも、マルチェロが一人で言葉に出して色々な考えを整理したい面が強い行動だった。
それは分かっているが、それでも近くで誰かがしゃべっているのなら、バジリオも答えてしまう。
「そりゃ人によって違いはあるだろ」
「獅子国に来て、最初にお話を伺ったのは他人種が番だったという女性でした」
バジリオとエルシリアの前にも相手をした人がいたとは知らず、バジリオはマルチェロの顔を見た。
同居人の視線は相変わらず机の上に落ちている。手はあまり動いておらず、ペン先から垂れたインクが紙に落ちていた。
「その人は掟に従い、番の相手を獅子国に連れて来られた。そこで生活しているうちに、お相手は女性とは結婚出来ないという結論を出された」
「獅子国じゃなくて、相手の国に嫁げばいいんじゃないのかそれは」
「その案も提案したそうです。でも、お相手は受け入れられなかった。獅子族の慣習や価値観を受け入れられなかったからです。お相手からすれば、獅子族は強い男であれば、簡単に夫を変える種族にしか思えなかった。今は何かしらの理由で自分を好きだというけれど、自分に幻滅したり他に強い男が現れれば捨てられる。その不安がぬぐえなかったそうです」
「なるほどな。それで?」
「女性は運命の番との結婚を諦め、生まれ故郷に帰ったそうです」
マルチェロは顔を上げた。
「法律が出来る前の竜人だったら、お相手を無理矢理連れ去って、監禁して、相手がうんと頷くまで外に出す事もしなかったでしょうね」
「……」
笑えない。
三十三年前、法律が制定されるまでは、それがまかり通っていたからだ。
竜国相手に戦争を仕掛けようとするのは、余程の理由があるときばかりだ。
攫われたのが、貴族でも、場合によっては黙認されていた。よほど重要な人や王族だった時ばかり、騒がれた。
当然、平民で攫われた存在がいたとしても、大げさに騒ぐものは少なかった。
「何故女性は諦められたのか? ボクは分かりませんでした。大多数の竜人は、運命の番である相手を前にしたら理性も知性も捨てた獣になるのに、どうして獅子族の女性は大丈夫だったのか」
「言い草」
「彼女は答えました。選ばれなかったのだから仕方ない。本当に悔しいけれど、彼がそれを我慢できるほどの魅力が自分にはなかったのだ、と」
「なるほどなあ~」
「それで、思ったのです。どうしてそう、気持ちを切り替えられるのか? それが分かれば番に関わる問題も多く解決出来るのではないか。そうして考えた結果が、根本的な恋愛関係やその先にある婚姻制度への考え方に由来するのではないかと」
「ふんふん」
「ほらっ、狼族は運命の番とかでなくとも、相手に番が現れるとかでもない限り、相手を選んだらほぼ離縁しませんよね。竜人も基本的に一夫一妻だし、下手に浮気相手とか作ったら最悪正当な権利持ってる側が殺しに行きます。この価値観って、ただの人とは相性良いものですね」
「あー、それはそうだな」
大多数の種族は、一夫一妻。
獣人と人などでは、運命の番でなくとも結婚する事も稀にある。
その際、お互いに一夫一妻制度の社会なら、結婚や浮気に関する考え方はほぼ同じものだろう。
「一方で獅子族とかは、プライド婚……最初から奥さんが複数いると確定している場所に、1人か、兄弟と一緒に婿入りするスタイル。この文化が受け入れられず、人間の国や狼国とかからはあまり積極的な国交を結べてない、と」
「そうだな。他種族すべからく下に見ている竜国様は受け入れてくれてるがな」
バジリオの嫌味にマルチェロはニコッと見慣れて違和感も感じなくなってきた笑顔を浮かべた。
「竜人のあの頭の高さは神様から雷落とされでもしないと落ちませんよ! 竜人であるボクが保証します!」
「嫌な保証だな」
「そんな竜人の気持ちすら変えたのが、アンジェリーヌ様なのです!! ……話を戻しますが、ボクはこれまでいくつかの国を渡り、その国ごとに番について調べられる事や情報を集めました。そして今回獅子国でも色々教えていただいて、傾向性として、ある事が考えられたんです!」
「……話ずれてきてるぞ」
「運命の番ってのはですよ。ただの相性に過ぎないんです!」
「『運命の番』信奉者に殺されるぞ?」
「そう! 運命の番とは、要は我々が人間より異常に嗅覚聴覚が優れているが故に、生命として相性が良い相手を見つける事にすぐれている、というだけなんですね!」
「いやそれだと異常な執着心とかに説明がつかなくないか……?」
バジリオ的に、匂いがいくら良い物だったとしても、絶対に手放せないというほどに執着心に繋がるとは限らない気がした。
ついでに言うと、運命の番は「一目見ればわかる」と言われている。重要なのは匂いではない筈だ。狼族のように鼻が良い者たちが「運命の番は良い匂いがする」と言う事はあるが、気づく時はやはり「見る」事で気が付く。
実際バジリオもそうだった。
初めてエルシリアを見たのはほんの一瞬だった。エルシリアたちが乗った馬車が通り過ぎた時、一番外側にいたエルシリアを見て番だと分かったのだ。
その時は距離があり、エルシリアの匂いなど分からなかった。
確かにエルシリアの体臭は世界で一番良い匂いだが、嗅覚が優れているから運命の番が分かると判断するのは、違う気がしてならない。
とはいえ、語り出したマルチェロを止める手立ては殆どないので、適当な相槌を打ちつつ、話を聞いていた。
「それは社会が番を特別視しすぎたせいではないかと考えています。ここから話が戻りますが、一夫一妻制度の国にとって、夫婦は特別な関係性で、そんな、ちょっと弱い強いぐらいで相手を変えたりはしないわけですから、自然と『一番良い相性の相手は特別だ!』という論調が強くなります。生まれた時から特別だと刷り込まれた結果、『一番相性の良い相手 =(イコール) 運命の番』に異常に執着するようになっている、という説です! これですと、獅子族などの多夫多妻制度よりの種族が人間のような番を感じれない種族を相手として見つけ、拒否られた時にあまり執着しない理由がつくと思うんです!」
「そーかねぇ」
「そうですよ! さっき話した女性以外にも、同じパターンの獅子族の男女の方々に会ってきました。皆さん、揃って、掟に従っていった結果、途中で問題が起きて結ばれなかった方々です。皆さん、振られたから諦めた、自分に魅力が足りないからだ、って引き下がってるんですよ!!!」
熱弁されるが、バジリオには何故熱弁されるのか分からない。
「認められたなかったんだったら、まあ、相手を諦められないなら、自己研鑽して再アタックするしかないだろ」
女に男が認められないと結ばれる事はない。
そして、女が男を認めたとしても、男が女を「妻にしたい」と思わなければ、同じく、結ばれる事もない。
お互いに「この相手との間に子孫を残したい」となって初めて、夫婦関係は成り立つのだから。
少なくとも、バジリオはそう思っている。
マルチェロはペンを握っていない方の手で、どんどんと机をたたいた。鼻息が荒い。興奮している。
「それが竜人は出来んのです。自分の未熟さを無視して相手を攫い、無理矢理好きになってもらおうとするのです!」
「お前の話聞いてて思ったが、竜人って本当に恋愛下手だよな」
「同族相手だと強さが分かるんで逆らったりしないんですけどねぇ。理性と知性がある生き物と語る割には、自分たちが本能のまま生きていると見下してる獅子族より恋愛が下手なんですよ。面白くないですか!??!」
「お前、話し相手が俺で良かったな」
マルチェロの性格をある程度理解している事と、比較的温厚な性格のバジリオだったから、血まみれの争いに発展していない。
それぐらい、繊細な話題だった。
「こんな話せる人久々です! バジリオさん大好きです! もっと話していいですか?!」
「いーけど……」
「わぁい!」
マルチェロは子供みたいに、あれやこれやと自論を語った。
バジリオもうなずけるものもあれば、いやそれは違うだろと思うような意見もあった。
(なんにせよ、ここまで運命の番の常識にとらわれずにあれやこれやと考えている学者は、世界でこいつが初めてなんじゃなかろうか)
バジリオはそう思った。
☆ ☆ ☆
解決案も見つからないまま、時間だけが過ぎる。
ある晩。夕食を取り終えて、三人がそれぞれ椅子やソファに座って歓談に勤しんでいた時、マルチェロはエルシリアとバジリオの二人に対して、唐突にこう告げた。
「いままで、長らくお世話になりました!」
「は?」
「……終わられましたの? 調査とやらは」
「はい! 十分すぎるほどの事を、お二人から教えていただきました!」
(そうか。こいつはそもそも調査の一環で来ていたのだから……終われば、去るのか)
もはや、バジリオの中の竜人族のイメージはすました顔ではなく、マルチェロのニッコニコという笑顔のイメージにすり替わっていた。
期間だけでいえばそこまで長い訳でもないのに、いつの間にやらイメージが塗り替わるほど、共に過ごしていた事をバジリオは感じた。
「そうか。いつ出ていくんだ?」
「明日の朝には!」
「明日!? 急すぎるだろ!」
「ええっ、それなら、今日の御夕飯はもっと立派なものにしましたのに」
「いえいえ。お二人にはお世話になってばかりでした。そこまでしていただくのは申し訳ないですから」
マルチェロはそういうが、明日の朝が別れならばせめて朝は立派なメニューにしようと、エルシリアが考えているのが、バジリオには分かった。
エルシリアがマルチェロと過ごした時間はそう多くない筈だが、歓待する気持ちがある位、マルチェロは二人の生活の一部になっていた。
「バジリオさん」
「なんだ?」
「お別れになる前に、足に少し触っても良いですか? 本当に軽く触るだけですから!」
唐突なマルチェロからのお願いに、バジリオはエルシリアを見た。
バジリオの体はエルシリアのもの。
運命の番なのだから当たり前だ。
だから、最近やっと治ったばかりの足を、竜人に触らせる事は、 エルシリア(運命の番) の許可もいるのだ。
エルシリアは、少し迷ったようだったが、頷いた。それを確認してから、バジリオはマルチェロを見た。
「いいぞ。間違っても折ったりするような事、するなよ」
「しませんよ! 酷いですねえ」
マルチェロは、椅子に座ったままのバジリオの目の前にしゃがみ込んだ。
普段、遥か上からこちらを見下ろしてばかりの竜人が、自分の足元にしゃがみ込んでいる。信じがたい光景だった。
言葉通り、マルチェロは、本当に軽く、バジリオの足に触れた。
「何がしたいんだ? お前」
「お世話になりましたから、恩返しをと」
「は、――?!」
カッ、と、バジリオの足元が光った。正確には、マルチェロが触れているところを中心として、謎の光が発された。
エルシリアは反射で立ち上がって、マルチェロをバジリオから引きはがそうとした。けれど竜人の体は強固で、鍛えている獅子族の女でも、引きはがす事は出来なかった。
バジリオはバジリオで、両足が謎の熱さを伴う光を発している事に混乱した。反射的に蹴り上げようとすら、考えられなかった。
「何をしたのです! バジィになにを!」
光が収まり、エルシリアはそう何度も叫びながらマルチェロの体をたたく。
結構な強さのパンチの筈なのだが、マルチェロは反応すらせず、バジリオの顔を見上げた。
「足、治ったと思いますよ」
「……なんだって?」
バジリオはマルチェロの奇行に目を白黒させた。
立ち上がる。
(っ!? 今まで、感じてた足の違和感が……ない?)
足が治って自力で歩けるようになった時から、感覚としても、今までとは違うのをバジリオは感じていた。
その違和感が、まるきりなかった。
「バジリオ?」
不安そうな顔のエルシリアの目の前で、バジリオは飛び跳ねた。そして足を動かしまくり……そして、マルチェロを見た。
「まるで、足を折られる前の時みたいだ! どうなってる!」
立ち上がったマルチェロは、いつも通りの笑顔を浮かべていた。
「ボク、他の人の傷を癒せるんですよね。まあ、全てではないのですけど」
「癒せる……お前、稀にいる、治癒の力を持つという竜人だったのか?」
火を吹いたり雷を落としたりする力を持つ、竜人。
彼らの肉体の強靭さ、そして回復力は、ほかのどの種族すらも上回る。角も翼も生え変わるし、嘘か真か、失った腕すらも回復させてしまうという。
お陰で、同じ竜人ですら、竜人を殺すのは大変だとされている。
三十三年前のアンジェリーヌの悲劇の当事者である王太子も、これが理由で、衰弱死という形でしか 処刑でき(殺せ) なかったという。
強靭過ぎる回復力だが、そんな回復力は、あくまでも自分自身に向けられている力だ。
――けれど稀に、それを自分ではない相手にも使用出来る竜人がいるという。
「あ、今触った時に思ったんですけど、お腹のあたりの骨も歪んでくっついちゃってるみたいで。治していいですか?」
「お、おう」
マルチェロは許可を取った後に、バジリオの腹部を両手でつかんだ。
また、光と熱の不思議な感覚が腹部に走る。
痛みはない。
治療後に、足程分かりやすい差は感じなかった。それでも治してくれたのだとバジリオは信じられた。
「お前みたいな力を持ってる竜人は、医者になるもんだと思ってたが……」
「あはは。確かに、医者やってる竜人は、ボクと同じ体質の人は多いですね。楽ですし。……でも他にやりたい事があれば、そっちに行く人だって沢山いますよ? ボクとか! あ、一応秘密にしてくださいね? 母さんが言ってたんです。これを一生の仕事とする気がないなら、外ではあまりしないようにって」
「なら、なんで俺を治して……?」
「なんでって」
マルチェロはパチパチと目を瞬いて、それから、バジリオとエルシリアを見下ろした。
「ボク、お二人の事、好きなので」
☆ ☆ ☆
マルチェロは次の日の朝、宣言通り、二人の家を出て行った。
女王陛下に挨拶をした後、彼はその背中の翼を広げ、次の国に飛び立っていったのだという。
バジリオはというと、女王陛下にはたいそう世話になったけれど、五体満足になった以上、新たな土地を目指す以外、道はなかった。
女王陛下も、バジリオとエルシリアを止める事はなかった。獅子族の男というのは、強くなることを止められないのだ。
バジリオが相手に選んだのは、現在の獅子国の領主で、最も強いと言われている相手である。
「儂を倒そうなぞ、百年早いわ小僧ッ!」
「その百年目が今だと教えてやる!」
――強き者でなくば妻を得れず。女に認められぬ男は子孫を残すに能わず。
今日も獅子族の男は、上を目指して戦い続ける。
死という終わりが訪れる、その日まで。