軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.街、到着!

辿り着いたのは、宝迷宮の入り口にあるという転移の間だった。

冒険者が行き交い、荷を忘れた人のために売店なんかもある。掲示板で見たやつだ。この売店は転移者の提案で生まれて、コンビニと呼ばれているとかなんとか。

人がいる。

ざわざわ、ざわざわ、とにかくにぎやかだ。

俺、もう宝迷宮の拠点にひとりじゃないんだな。

そう思ったら不覚にもじわじわ視界が歪んできてしまって、俺はフードのなかで鼻水をすすった。

そうしたらエリークに気づかれて、背をぽんぽん叩かれた。温もりにほっとして、安心して、鼻水が止まらなくなった。エリークはそんな俺をそっと宥めてくれたのだった。

そして今。

泣きまくったから、穴に入りたいくらい恥ずかしい。

宿の一室で、お茶を飲ませてもらっている。

ぼろぼろに泣いた後、エリークに宿まで連れていってもらった。

定宿らしく、女将さんに大変驚かれたがすぐに部屋へ通された。年間先払いとかしてるんかな? めっちゃ手際よかった。

それでお茶までサービスでいれてくれて、現在だ。

「落ち着いたか?」

「おちついた……、ごめん」

「うん?」

「いきなり泣いて、めいわく掛けた」

「気にしないでいい。俺でもちょっと感慨深かったんだ。外へ出れて、ほっとしたんだろ?」

「ん」

うなずいて、お茶を飲む。お茶、見知らぬ味だけど文明の味がする……。俺の適当に作った野草茶とは違う、洗練された味だ。美味しい。

そういえば転移者がブランド紅茶を作ったって掲示板で読んだっけ。こういう味なのかなあ。

しみじみと二人、お茶を味わう。

部屋は寝台と机、椅子だけがあるシンプルな作りで、あまり広くない。寝るためだけの部屋といった雰囲気だ。それでも、寝台にかけられたベッドカバーのキルトやテーブルクロス、カーテンはおそらくすべて手作りで、どこか人の暖かさが伝わってくる。

人の手が入った場所だ。宝迷宮とは違う。

それにしても俺、せっかく外に出られたのに、念願の空も、初めて見る街も、泣くのに忙しくて全然見られなかった。ばか。

「今後のことについて話しておこうか」

「ん。ありがとう。がんばる」

今後はひとりでやっていかないとな。まずは冒険者になって、宝迷宮で貯めた素材を売り払うところからだろうか。

冒険者になるまでの道筋は掲示板で予習済みなので、ばっちりだぜ。

握りこぶしを固めると、エリークは苦虫を噛み潰したような顔をして首を振った。意外と表情豊かだよな。

「君には俺が未成年を放り出すような大人に見えているのかな」

「俺、未成年違うよ!」

「未成年はみんなそう言うんだ」

そ、れはそうかもしれないけど!

俺はノアが間違ってなければたしかに成人してるはずだ!

思わず自分の体を見下ろした。

た、たしかに宝迷宮で育ったことで、成長が疎かになったところはあると思う。しかしそこまでだろうか。

首を傾げると、エリークは首を振った。横に。

「うん……。年齢についてはギルドのコモでわかるから置いておこう」

便利な 魔道具(コモ・ロウ) があるんだな。それなら俺は勝ったも同然だ。信じてるぞノア。

「君が成人していたとしても、なんの後ろ楯もない君を放り出すようなことはしない」

「なぜ?」

「言っただろう、君は俺の命の恩人だ。恩返しをさせてくれ」

「エリークも俺の恩人。俺、ワイバーン勝てなかった」

「君ならいずれ倒せていたよ」

そうじゃないんだよなあ!

俺はワイバーンには強い恐怖があって、ひとりでは戦う気になれなかった。しかしそういう話をしようにも、言葉がうまく出なくてもどかしい。ちくしょう、外国語め!

とりあえず明日、ギルドへ行くときは一緒に行こうという話になった。

「ワイバーンや魔物の分配もしなければ」

「エリークが倒したのに?」

「君の看護や、道案内がなければ楽には倒せなかったよ」

ふむ、俺は 回復職(ヒーラー) であり、 先導人(シーカー) だった。そう考えればまあ、納得出来なくはない、か。

「 宝物(テサウルス) も分ける」

「ああ。それもあったね」

エリークの魔法鞄には入らないからと、俺の魔法鞄に入れてきた五個の宝箱。これも開けてみなければならない。

俺の魔法鞄には三年の間に蓄積された 宝物(テサウルス) が少なからず入っているので、とりあえずの生活にはあまり困らないんじゃないかと思う。物価とか、ちゃんと調べる必要はあるけど。

「成人だったら、アスルはどうしたい?」

「うん? 冒険者になる」

というか、なるしかない。

俺は転移者だから戸籍がない。ついでに設定上も孤児で、戸籍がないということになるだろう。孤児は冒険者になるか、丁稚奉公をして見習いになり市民権獲得を目指すと掲示板で読んだ。後者は、成人してる今となっては出来ない方法だ。

「親を探そうとは」

「思わない」

そもそもいませんしね!

エリークは難しそうな顔をしている。なにか……なにか誤解があるような気がしないでもないが、話してくれないのでわからない。

俺も転移者バレしたくないから嘘ついている分、下手に突っ込みたくないんだよな。

転移者バレしたくないのは、転移者は今、貴族関係が煩わしいと掲示板でよく見るからだ。派閥だのなんだの、巻き込まれそうで逃げ回ってる人が多い。強い冒険者が多いからみたいだ。

俺はそういうのとは無縁だろうけど、転移者というだけで青田買いしようとする貴族もいるらしくて、まあ、めんどくさそう。

俺は出来る限り、平凡に暮らしたい!

「なら、やっぱり一緒にいよう」

「ん、うん……?」

何が、なら、なんだ?

ちょっとよくわからないが、エリークの気がそれで済むなら、一緒にいるのは問題ない。俺も街について案内とかあったほうが、ありがたいし。

落ち着いたなら夕食を、とエリークに誘われ、階下に降りる。

ここは花の春風亭というそうだ。

階段には古びた 魔道具(コモ・ロウ) のランプがかけられ、足元を照らしている。色石を組み合わせた市松模様の階段は、同じ石造りでも宝迷宮の中とは違う。

一階に降りると、灯取りの窓から夕暮れの光が差し込んでいた。橙の光は鮮やかで、思わず目を奪われる。明るい。

食堂を兼ねているらしい開かれた室内には、客の姿がぽつぽつとあった。人だ。やっぱり、人がたくさんいる。

「食事かい?」

「ああ、二人分おねがいします」

「はいよ。適当に座っておくれ」

先ほど宿へ入ったときにも見た、恰幅のいい女将さんが応対してくれる。エリークとはまた違う、おだやかな西方語の響き。

立ち止まってしまっていた俺は、エリークに背を押されて二人掛けのテーブル席へと収まった。テーブルは経年でなめらかな艶を放ち、夕陽の影が落ちている。

いくらもしないうちに料理が届けられ、テーブルの上に並べられた。

「おかえり、エリーク。心配したよ」

「ただいま、ミシア。ありがとう」

ほかほかと湯気を立てるブラウンシチュー。ずっしりとした大きな黒パンに、赤黒い粒々のジャム。黒スグリらしい。

ただただテーブルの上を眺める俺に、エリークは微笑んだ。

「ゆっくりでいいよ」

目玉が溶けてしまったかもしれない。先ほど止まったはずの涙がまたあふれ出てきて、止まらなくなった。

肉がごろんと入ったシチューに匙を入れて、口へ運ぶ。見た目より優しい味が口のなかに満ちて、温かく胃に落ちていく。知らない味。けれど知っていたような味。

他人が作ってくれたご飯だ。人がいる。

じわじわと実感が目から、指先から、胃の中から染みてくる。ひとりじゃない。

パンは思ったより堅かったけれど、文明の味がした。