軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

再会の約束

王宮や貴族の屋敷の夜会とは、全く勝手が違う。

地面はゴツゴツした石畳だし、広場では小さな子ども達も踊っているので、ぶつからないようにするのが大変だ。

だが、シェリィはカイルの青い瞳を見上げながら思った。

(今までのダンスと、全然違うわ。こんなにも幸福感でいっぱいにしてくれて、心配事も悩みも、何もかも忘れさせてくれるなんて)

踊り出したカイルはダンスが上手だった。気になったシェリィが、つい尋ねる。

「リードするのが上手いのね。すごく踊りやすいわ」

「子どもの頃から、厳しいダンスレッスンを受けてきたからな」

「や、夜会は騎士として警備で参加したと言っていたけれど……。その、もしかして今までダンスでも、たくさん女性をエスコートしてきたんじゃない?」

おずおずとシェリィが聞いてみると、カイルが戯けたように目を一度大きな見開いた後で、ニッと笑った。

「もしかして……嫉妬か?」

「ちっ、違うの! ただ、私の知らないカイルのことが、気になって」

カイルはシェリィの腰に回していた腕に力を入れ、シェリィを引き寄せた。

体が密着し、踊りにくくなるがシェリィは抵抗する気にならない。

むしろカイルとくっつけることが、嬉しくてたまらない。

周りは人々でごった返しているが、いつの間にかシェリィは目の前にいるカイルしか、目に入らなくなっている。

シェリィを見下ろす青い瞳は、今まで見たカイルのどの瞳よりも、甘く優しく見えた。

カイルはシェリィと身を寄せてステップを踏みながら、小声で言った。

「俺にとって――誰かとダンスをすることは、社交上の義務の一つでしかなかった。もっと言えば、好意を寄せているわけでもない女性に触れられるのは、苦手だった。でも今、シェリィと踊るのが凄く楽しい」

そこで一度言葉を区切り、カイルはシェリィの額に掠めるような素早いキスをした。

「だが反対にシェリィが他の男とダンスをするところを想像すると、恐ろしく嫌な気持ちになるな……。そうか、これが世に言う独占欲とやらか?」

「私だって、カイルが他の女性と踊るのは嫌だわ」

「踊ったらダメか?」

「だ、だめ……とはいえないわ。だって、貴方の言うとおり、ダンスは社交に必要なことだもの」

「でも――、不愉快になる?」

カイルが顔を寄せ、額と額が付きそうなほどの距離でシェリィを覗き込み、尋ねてくる。その青い目は、どことなく楽しげだ。

なんとなく悔しくて、シェリィがついっと顔を逸らす。

「私にはこれ以上、カイルに指図する権利はないもの。そもそもベネスティの伝説の妖精女王が初代皇帝を連れ去ったように、意思に関係なく貴方を一時的に自分の家に呼んでしまったのは、私だし」

カイルと一緒にいるだけで、幸福感でいっぱいになる。シェリィは自分がカイルに完全に恋してしまっていると気づいていた。だが、勝手に召喚をした挙げ句、気持ちを押し付ける真似はしたくない。

握っていた手を離し、カイルが片手でシェリィの頬にそっと触れ、二人の目を強引に合わせる。

「あれは伝説じゃなく、事実だ。現代の妖精も同じことをしている。――というのは、俺が特別に知っている情報だがな」

「なんで貴方がそんな機密情報を知っているのよ?」と嘘くさそうにシェリィが唇を尖らせて抗議する。

とはいえ、シェリィも薄っすらカイルがゴダイバ帝国でも特別な家系の人なのだろう、と察していた。リンツの王都からゴダイバのベネスティまで飛べる、大掛かりな移動陣を作れるような魔術師はそうそういない。

ゴードンほどの力を持つ優秀な魔術師は、大陸ひろしと言えども二桁はいないはずだ。

カイルは帝国のひと握りの人々だけが知っている情報を、持っているのかもしれない――シェリィはそう考えた。

対するカイルはシェリィの質問に対し、特段動じる様子も見せず、あっけらかんと答えた。

「俺はこう見えて、物知りなんだ」

カイルは大真面目に言ったが、シェリィが「あはは」と楽しげに軽やかに笑う。

「さては、信じていないな。俺は本当のことを言っているというのに」

不満そうにしつつも、カイルがシェリィをさらに抱き寄せ、彼女を覗き込む。

「腕の力がきつくて、ちょっと苦しいわ」というシェリィのやんわりとした抗議を受け流す。

「シェリィ、聞いてくれ。俺はシェリィ以外の女性とは、ダンスをしない。だから、頼むから今後も召喚術をしないでくれ」

「守護妖精の召喚のこと?」

「そうだ。シェリィはバードという使い魔を、アンジーに奪われたんだろう? バードはより強い魔力を持つ伴侶が欲しくて、乗り換えたことになる。だからお前は人生の最期に、バードに妖精界へ連れ去られることを心配する必要はない」

「そう――なのかしら?」

それが嬉しいのか、悲しいのかもわからない。

何よりカイルの言っていることが、ただの伝承である可能性もある。

「近いうちにまた会いにいくから、待っていてくれ。シェリィが寂しくて妖精を呼び出してしまわないうちに、会いにいくから」

「うん。わかったわ。カイルと会えるのが、これが最後じゃなくて、嬉しい」

「本当は、俺はもっとたくさんシェリィに会いたい」

そこまで言うとカイルが渋い顔をして首を傾げ、不思議そうな声で大真面目に呟く。

「これはひょっとして、シェリィに妙な魔術で意識だけを呼ばれた後遺症か? 三週間も二人きりで暮らしていたからか、こうして再会した後にまた離れるのが……大げさじゃなく、胸を掻きむしりたくなるほど切ない」

言われた方は顔が真っ赤になりそうな台詞を、カイルは少しも照れる様子もなく真剣な様子で話した。

対するシェリィは盛大にうろたえた挙げ句、礼を言うのが精一杯だった。

「あ、ありがとう。――でもリンツは遠いから、無理はしないでね」

「いつになるかは分からんが、いきなり訪ねても迷惑にならないか? またゴダイバ帝国に来て欲しい」

シェリィはつい、魔術師ゴードンのことを思い出した。あれはどう考えてもいきなりだった。だが、その後カイルと過ごしたベネスティでの時間は、今まで生きてきた中で一番満ち足りた時間だった。

屈託のない笑顔でシェリィは答える。

「もちろんよ。また迎えにきてくれたら、カイルと一緒なら喜んでどこへでも行くわ」

シェリィが頷くと、カイルは彼女を両腕でぎゅっと抱きしめた。

「約束だぞ」と念押ししながら。