軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

俺は「カイル」じゃない

演劇が終わった舞台の上では、剣舞が始まっていた。

見栄えするゴダイバ帝国軍の軍服を着た剣士が、魔獣に扮する踊り子と剣を合わせている。

舞台の下では、棒に刺さった揚げ菓子を食べながら、子供達が舞台を見上げている。夢中で観ているせいか、口の周りが粉砂糖まみれだ。

シェリィは子供たちをしばらくの間見つめた後、カイルに視線を戻した。

「どんな目的であれ、誰かが魔獣を野営地に誘き寄せたのだとしたら、許せないわ。お父様や騎士たちは、みんなを魔獣から守るために戦っていたのに」

カイルは何も言わず、代わりに大きく頷いた。シェリィが彼を真っ直ぐに見つめて、熱心に続ける。

「ゴダイバ帝国のバシレオス殿下は、わずか十三歳で魔獣討伐に行かれたのよね。それなのに『白鳥と王子様』では、恋愛劇の悪者役のモデルにされて、会ったこともないのに私ったらその人物像を信じていたわ」

「皇族とは、そういうものだ。常に、根も葉もない陰口を叩かれる」

「でもカイルの魔獣討伐の話を聞いて、わかったのよ。バシレオス殿下も、いつも恐ろしかったはずよ。きっとみんなのために、震える足を踏ん張って戦い続けきたんだわ。父も、他の騎士たちもきっとそうだった。それなのに私ったら、婚約解消ごときで人生を悲観したりして。すごく無知だったわ」

「シェリィは、決して無知なんかじゃない……」

そう言うカイルの声は微かな震えを帯びており、青い目は心なしか潤んでいるように見えた。彼はシェリィの言葉に、心を震わせていた。

カイルが一度ゴクリと喉を鳴らした後、掠れた声で、だが随分と感情を乗せてシェリィに尋ねる。

「シェリィは以前、ゴダイバ帝国のバシレオス皇太子が嫌いだったな。――でももう、彼が嫌いではなくなったか?」

「もちろん、もう嫌っていないわ。流行りの劇に洗脳されたらいけないもの。それより、第一皇子のステン殿下が何か企んでいるかもしれないって、どうにかして皇太子に伝えなくちゃ」

ゴダイバの皇太子は第三皇子のバシレオスだが、第一皇子のステンも未だ支持者がいるという。

縁のあるリンツの王太子と手を組んだステンの最大の敵は、バシレオスのはずだ。彼の企みの最後の標的は、バシレオスに違いない。

眉間に皺を寄せて、シェリィが考え込む。

「来月、リンツでは建国記念の祝賀会が開かれるの」

建国記念日は、各国が帝国の属国となった日でもあるため、祝賀会は七王国全てで順番に行われるが、帝国側の来賓は皇帝の代理として皇太子が列席するのが長年の慣習だ。

だが暗殺未遂事件後、首謀者である第一妃の出身国であったリンツ王国に対してだけは、皇太子が参加せず彼の代理人が派遣されるようになっていた。

「当日は祝賀会に皇太子殿下の代理人がいらっしゃるから、その方にどうにかして伝えたいわ」

「大丈夫だ、もう伝わっている」

「えっ?」

カイルが手を伸ばし、急にシェリィの仮面を取った。

「仮面が邪魔だ」と呟いて、彼女の顔を至近距離から覗き込む。

「シェリィの顔が、ちゃんと見たい」

シェリィはその真剣な瞳に緊張したが、同時に自分の胸の奥底から泉のように温かなものが溢れる感覚を覚え、上気した顔でカイルを見つめ返す。

「シェリィ。俺は本当は……」

すると何の前触れもなく、広場に華やかで明るい音楽が流れ始めた。

驚いて辺りを見まわしたシェリィの視界に飛び込んできたのは、舞台上にいつの間にか勢揃いしている管弦楽団だ。

彼らはダンス用の陽気な曲を演奏し始めていた。

演劇を鑑賞していた人々が、二人一組になって思い思いのダンスを始めている。

広場はどこまでが会場なのか分からないほど、道の先まで仮装した人々で溢れている。

その彼らが一斉にダンスを始める光景に、シェリィは息を呑んだ。

「圧巻だわ! どんなパーティーよりも、賑やかね」

「ベネスティの野外仮面舞踏会の始まりだ」

感激しているシェリィの顔に、カイルがそっと仮面をかけてやる。

「そういえば、何か言いかけていたわよね。なんだったかしら?」

「ーー俺は実は、カイルじゃない」

「い、言われてみれば、それはそうよね。私がつけた名前だもの。貴方の本当の名前を教えてもらえる?」

「そうだな、当てられたら……キスをしてやろう」

「ええっ、何それ!」

カイルが声を立てて笑う。揶揄うようにシェリィの頬を、ツンと突く。

「当ててみせよ」

「わ、わかったわ。帝国の人に人気の名前といえば、アントニウスかしら?」

「ハズレだ」と楽しげにカイルが首を横に振る。

「じゃあ、ルシウス? ジェダイト? あっ、マルキスとか?」

「違うな。残念!」

腕組みをして偉そうに胸を張るカイルがちょっと腹立たしくなり、シェリィが彼のマントを掴む。

「そんなの当たりっこないわよ。名前は膨大に種類があるんだから。ヒントくらい教えて」

するとカイルは首を傾けて、やや甘さを帯びた瞳でシェリィを覗き込んだ。

「正解して、俺にキスして欲しいのか……?」

シェリィは揶揄われていることに急に恥ずかしくなり、真っ赤になった。

カイルと自分は、所詮住む国が違う。けれど、今出会えているこの瞬間くらいは、自分に正直になりたかった。

でなければ、後悔をする気がした。

シェリィが素直に、小さく首を縦に振る。

「うん。……欲しいわ」

カイルは軽薄そうに浮かべていた笑みを、瞬時に消した。ゆっくりと腕組みを解き、つぶやく。

「嬉しすぎる……。それに、可愛過ぎだシェリィ……」

カイルがシェリィに顔を寄せ、頬にやさしく唇を押し付ける。

互いに真っ赤になって見つめ合う中、シェリィは喜びの中に少しだけ悔しさを覚えた。

カイルはマティアス王太子と同じで、シェリィの唇にはキスしてくれないのだ。

(そりゃあそうよね。あと何回会えるかわからない私たちだもの。私はカイルにとって、ちょっとだけ異性を意識した友達みたいな感じに違いないわ。悲しいけれど、仕方がない……)

二人の世界を作っていたカイルとシェリィだったが、後ろから高齢の男女にぶつかられ、我に帰る。

周囲にいる人々は、みんな音楽に合わせて踊っているのだ。

カイルがニッと笑い、シェリィと向き合って片足を引いて腰を落とす。彼は右手を差し出し、彼女に言った。

「シェリィ・キャドベリー嬢。俺に一曲、お付き合いいただけませんか?」

少しイタズラっぽく微笑んでいるカイルの青い瞳が、シェリィにはとてつもなく愛しいものに思えた。 青い瞳の人は学友にもたくさんいた。でもカイルの瞳は、今まで見てきた誰かのものとは、決定的に違っている。

これが人に恋をするというものらしい。

カイルの手に手を載せ、満面の笑みでシェリィが答える。

「ええ、もちろんよ。何曲だって」