軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

叔父とアンジーの来襲①〜私のバード〜

シェリィが婚約破棄をされてから、二週間後。

彼女を訪ねて、叔父の公爵とアンジーがやってきた。

庭園を縦断してくればいいものを、長距離を歩くのが面倒だったのか、叔父とアンジーは馬車を使って敷地を門の外から半周し、離れのすぐ近くにある裏門からやってきた。

公爵邸の豪奢な馬車の扉が開くと、アンジーはシェリィと彼女の後ろに立つ粗末な庭師小屋を、エメラルド色の瞳で交互に見た。

「まぁ。これでは住むところというより、納屋みたいじゃないの。庭師小屋に来るのは初めてだけれど『将来の王妃の従姉妹』が住むのに相応しいところではないわね。シェリィったら、もっと品位を大切にすべきなのに」

アンジーに対し、先に馬車を降りたバードが手を差し伸べて降りるのを手伝っている。

(バード……。本当にアンジーの守護妖精になったのね……)

バードの姿をとらえたシェリィの胸が、ズキンと痛む。この光景を見たくなかったのに。

シェリィのもとを離れてアンジーの召喚術に応じ、彼女の守護妖精になってから、バードはシェリィに他人行儀になっていた。

レースがふんだんに使われた美しいドレスの裾をふわりとなびかせ、降りたアンジーがバードに微笑む。

「ありがとう、バード。いつもそばにいてくれて、本当に助かるわ」

「ご主人様のお近くに侍ることができるのは、私の誉れです」

「まぁ、バードったら。いやぁね、お世辞ばっかり」

「妖精はお世辞など、言いません」

「そんなに私を持ち上げても、何も出ないわよ。……でも嬉しいわ」

うふふ、と満面の笑みを見せるアンジーは、同性のシェリィから見てもとても眩しかった。

だが少し前まで自分に仕えていた守護妖精が別の女性と親しげにやり取りをしている姿を見るのは、精神的にきついものがある。嫉妬以外の何ものでもないが、シェリィはなるべく二人の会話が耳に入らないように、馬車に近寄らずに出迎えた。

公爵はでっぷりと出た腹のせいでジャケットのボタンを留めているとキツいのか、馬車から降りるなりジャケットのボタンを外してシェリィの前まで歩いてきた。

「急に来てすまないな。先日、国王陛下と王太子殿下に王宮まで呼ばれて、重大なお話をしてきてな」

「――わかっています。私とマティアス王太子殿下の婚約について、話し合われたんですよね」

公爵は困った風に眉尻だけは思いっきり下げ、苦々しい薄ら笑いを浮かべた。

「殿下からお前にも、すでに卒業パーティーで直々に打診されたらしいな。――婚約破棄について。殿下は義理堅いお人だ。ちゃんと当事者であるお前に一番にお話しされたのだから」

「あれは……義理堅いというより、一方的な宣告です」

公爵の言い回しにムッとしたシェリィが、彼から目を背けた。

二人のやりとりを見たアンジーが、玄関扉の前まで急ぎ足でやってきて、シェリィに向かって口を開く。その芝居がかった悲しげな表情に、シェリィは彼女が何を言おうとしているのか、敏感に悟った。

身構えるシェリィに、アンジーが切なげな声色で言う。

「まだ私を許してくれていないのね。私と殿下が、愛し合ってしまったことを」

「アンジーは何も悪くない。我が娘がやったことは、私があげた流行中の演劇のチケットを持って、『白鳥と王子様』をただ観劇に行っただけなんだから。何の悪気もない、運命の出会いが二人の間に起きただけじゃないか!」

自分の娘を責めるのは許さん、とばかりに公爵がアンジーを擁護し、鼻の穴を膨らませてフガフガと鳴らす。

対するシェリィは眉を盛大にひそめた。

シェリィはアンジーとマティアスが、観劇の際に出会ったのは知っていた。

(叔父様がチケットを手配していたのね。知らなかったわ。でもそれなら、偶然の……運命の出会いだと言い切れる?)

マティアスが観劇に行く日を知っていた公爵が、二人の出会いを演出した可能性もある。

シェリィの怪訝な顔に気づき、アンジーがバツが悪そうに上目遣いでパチパチと瞬く。

「それに、バードのことも――私は守護妖精を召喚しようとして、間違えて貴女のバードを呼んでしまっただけで、奪う気はなかったのよ」

シェリィが顔を引き攣らせ、アンジーと彼女の数歩後ろに控えるバードを交互に見つめる。

(百歩譲って間違えたのが本当だとしても、やったことは同じでしょう……)

「そうみたいね。できればバードを返してもらいたいのだけれど」

シェリィの提案に対し、まるで心から許しを乞うようにアンジーが胸に手を当て、軽く膝を折る。その目はなんと、涙が浮いているのか潤んでいる。

「もちろん、そうしたいの。ごめんなさい。心から申し訳ないと思っているわ。でも……ただ……言いにくいのだけれど、バードは貴女よりも私に仕えたいというの。守護妖精はより強い主人を求めてやまないと聞いたことがあるけれど、本当なのね。彼ったら、結構頑固で。私もバードに貴女のところへ戻るよう、精一杯説得したのよ?」

「これ以上の説得は無駄だと、申し上げたはずです。ご主人様」

バードがバリトンの美声でアンジーに耳打ちし、アンジーがポッと顔を赤らめて口元を「どうしましょう」と抑える。

バードは一切、シェリィの方を見ない。

シェリィが二週間ほど前まで仕えていた主人だということを、忘れてしまったかのようだ。

(十三年も私のそばにいてくれたのに)

バードのそっけない態度に、シェリィは脳天を殴られたようなショックを受ける。

シェリィには自分を主人と呼び、五歳の時から過ごした日々をバードからまるで嘘か幻のごとく否定されたように感じられた。

一般的に妖精は薄情だというが、ここまであっさり前の主人を切り捨てられるのかと、頭の中がクラクラする。

アンジーが甘ったるい声でバードに「お願いよ、シェリィにもちゃんと挨拶をしてちょうだい」と声をかける。

するとバードはシェリィと目を合わせることなく、深々と妙に他人行儀なお辞儀をした。

「ご無沙汰しております」

あまりに簡素な挨拶に、シェリィは返事が思いつかない。

シェリィが玄関のドアを開け、押さえている間に踏ん反り返った公爵が、続けてアンジーとバードが庭師小屋の中に入っていく。

シェリィはまるで、ドアマンにでもなった気分がした。