軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンはちょっとやりすぎがち   1

まだ商会にデイルとエディがいるかもしれないので、予定より長居させてもらいゆっくりと帰路についた。

ありがたいことに空が赤く染まり徐々に暗くなってくる中、私とアレクシアが様子を窺いながら敷地に入るのに気付いた警備の人が、もう彼らが帰ったと教えてくれた。

「彼らに会いたくないのですか? 今後は追い返しましょうか?」

「いいえ、大丈夫よ」

彼らにあまりひどい態度を取るのはさすがにまずいでしょう。

ブラッド様も息子と私が仲違いをしたら働き辛くなってしまうわ。

「シェリル、遅かったんだね」

「お父様」

この時間でもまだ商会の人達は忙しそうに働いていた。

そろそろ帰りなさいって追い立てなくちゃ駄目ね。

特にカルキュールの従業員は、事業が軌道に乗って仕事が面白くなってきた時期だから、残業してもかまわないって人が多いのよ。

「こっちで話をしよう。ブラッドに話は聞いたよ」

共同経営者として気が合うみたいで、いつの間にか父とブラッド様は名前で呼び合う仲になっている。

父に連れられて一番手前の応接室にはいったら、ブラッド様がそこで仕事をしていた。

「やあ、おかえりなさい。もしかしてエディたちがいなくなるのを待っていたのかい?」

エディはどこまで話をしたんだろう。

彼よりデイルのほうが、私の態度に文句を言いながらすべて話したかもしれないわね。

「実はそうなんです。特にデイル様が苦手で」

「そうか。彼は押しが強いからね」

仕事の書類を片付け、カップを持ち上げようとして中身が空だと気付いたブラッド様が立ち上がろうとしたので、アレクシアが先に立ち上がりお茶の用意をしに廊下に出て行った。

「彼らは事務所の中に入ったんですか?」

「いや、ここで少し話をして帰ったよ。さすがに部外者を事務所には入れられないよ」

「文句を言われませんでした?」

「客用の応接室で話すと言ったから、客扱いされて満足そうだったよ。……デイルが」

彼らくらいの男の子は、それが普通だと思っていいのかな。

社外秘のある事務所に入れられないと思われたことに気付いていないのよね?

「彼は何を話していいのか悪いのか、自分の話し方によって相手がどう感じるのかの判断が出来ていないように思います。相手が嫌な気持ちになる話し方を当然のようにしてくるのは、話していて精神的にきついです」

「何か言われたのかい?」

「私がエディと婚約して、ギルモア侯爵家を継ぐのではないかと周りの大人が言っていたそうです」

父は呆れた顔で黙り込み、ブラッド様は深いため息をついた。

「すまないね。彼はなんというか……かなり偏った環境で育っているんだ。両親は子供に興味がなく、周りにいる使用人たちは腫れ物に触るように機嫌を取る。ギルモア侯爵家の騎士団でも彼は特別扱いだから、騎士たちは気を使って接しているのに本人はわかっていない。強い騎士である父親が彼の理想で、父親かごく一部の大人たちの考えを鵜呑みにしている」

それを私が全否定したのか。

彼は家に帰ったら、少なくとも婚約の話をした人には、嘘をつくなと詰め寄りそうね。

子供に嘘を吹き込むずるい大人は、きっとまた嘘を重ねて、私がおかしいんだということにするんじゃない?

「私、ゴダード伯爵家の人たちに嫌われそうですね」

「そうだとしても心配はないよ。彼らは祖父や父に気に入られているきみを、自分の仲間に引き込みたいはずだ。きっとエディに大量の縁談話が浮上するだけだよ。エディが婚約すれば、きみが僕たちの仲間になる心配はなくなると思っているだろう」

「年齢的にもそういう時期ですし、エディ様には早く婚約していただきたいですわ」

結婚するのが当たり前と思っている彼ならば、婚約者が決まっても問題ないでしょう。

「エディも嫌われたかな?」

「そんなことはないですよ。でも申し訳ないですけど面倒に巻き込まれたくはないので、私に近付かないように言ってくださると助かります。それと彼らが遊びに来ても大丈夫なように、うちの商会とカルキュールは事務所を分けてほしいです」

「それは僕も話したよ。ギルモアは僕たちと比べて力がありすぎる。我々の商会まで呑み込まれてしまうのは避けなくてはね」

さすがお父様だわ。

それにデイルがギルバートに変な影響を与えては困るのよ。

舎弟のように使われたらもっと困る。

「申し訳ない。僕も兄も祖父や父に比べると凡人だ。ギルモアの影響力は父の代までだと陰口をたたく声が大きくてね。デイルやエディは更に個性も才能もないと言われてしまっているようなんだ」

こういう時ばかり都合よく子供を利用させてもらうようで申し訳ないけど、そんなことを九歳の子供に言わないで。返事に困るから。

仕事に関しては天才で済むけど、いやそれもおかしいんだけどもう周りもそれで慣れてしまっているからいいとして、政治的な話や権力争いにまで言及するのは違うでしょ。

普通のオバサンだった私には、そういう話は重すぎて反応に困ってしまうわ。

「子供相手に泣き言を言ってしまった。どうもきみと話していると年齢を忘れてしまうよ」

「話をするのは勉強になるんですけど、よくわからないことが多くて役に立てなくてごめんなさい」

「とんでもない。そんなふうに気を使わないでくれ」

どこもいろいろあるのよね。

力を持つってことは、それだけ大変なんでしょう。

ブラッド様は話しやすくて、商会の仕事もあっているようなので、父も私もけっこうあてにしていたんだけど、仕事以外のところでは頼りにならないということがすぐにわかったわ。

それ以降、デイルとエディが何かと事務所に顔を出すようになったから。

手狭になったからとカルキュールの事務所を近くに借りたので、そっちに行ってくれるようになったのはいいとして、私が商会にいるのなら顔を出せと毎回使いを寄越すのは迷惑以外の何物でもない。

あの手のタイプは自分が嫌われるという発想がないのかしら。

毎回理由を作って顔を出さないのに、しつこく使いを寄越す神経が理解できないわ。

私が本気で迷惑がっているというのが、わからないのかしら。

私のほうは相変わらず王宮と商会とワディンガム公爵家を、曜日ごとに巡回する日々が続いていた。

充実していて、疲れもたまらず元気いっぱいで、記憶力と体力と柔軟性で若さを満喫していたんだけど、唯一の問題は、ホッチキスの製作がちっとも進まないことよ。

前世の世界の文明の発達ってやっぱりすごかった。

スマホや電化製品がすごいのは理解していたけど、誰もが当たり前に使っている手ごろな値段の文房具も、こっちの世界では精密機械よ。

同じ物を作ろうとすると高価格品になってしまって、一部の貴族しか使えない代物になってしまうの。

片手で使えるホッチキスは難しそうなので、最初は机に置いてガチャンとレバーを下げる形の物を作ろうとしているんだけど、この世界にはプラスチックがないから素材を集めて実験するところから始めないといけないのよ。

「急ぐ必要はないわ。三年でも五年でも、仕事をしながらできる範囲で開発してもらえればいいの。我儘を言ってごめんなさい」

頼みっぱなしでは申し訳ないので、王宮の仕事にお休みをいただいて領地に帰り、職人たちを集めてお礼の宴会を開いた。

生まれたばかりの頃から私を知っている人ばかりだし、そろばんのおかげで収入が増えたそうで大歓迎してくれた。

収入が安定して、もっといい家に住もう。少しはいい物を食べようって考えてくれると、他の職業の人達の収入も増えて領地が豊かになる。

そうすれば税収も増えるんだから、彼らにはどんどん儲けてもらいたいわ。

ただ、そろばんを作るのとホッチキスを作るのとでは、扱う素材が違うので職人も別なのよ。

金物関係の職人はうちの領地には少ないし、木工家具の一部を手掛けるだけの補助の仕事ばかりだから、ホッチキスがメインの仕事になればなと思ったんだけどそう簡単にはいかないものね。

「こちらが炭焼き小屋で、あっちが廃材置き場です。その横にある建物に素材の見本が置いてあるんですよ」

「廃材?」

ホッチキスに固執しないで、他にもっと商品化できそうな物を考えたくて、職人の作業場を巡っていろいろ案内してもらった。

これが日本だったら、割りばしや楊枝を作るところだけどこの世界では……あら?

「勉強をしているの?」

セリーナと同じくらいの子供が、地面に置いた木の板に一生懸命何かを書いていた。

「おえかき」

「まあそうなのね。あら? 手にしているのは何?」

「炭」

汚れている手で顔を触るせいで、子供たちの顔も黒く汚れてしまっている。

それでも絵を描くのが楽しいのか、みんな地面に置いた白い塗料を塗った木片に夢中だ。

「もしかして」

女の子が三人でお絵描きしているど真ん中にしゃがみこんで、地面に手をついて彼女たちの手元を覗き込んだ。

「木炭……ああ、なんでそれに気付かないのよ」

廃材の使い方がまだあるじゃない。

彼らはデッサンで使うような木炭に、手が汚れないように布を巻いて使っていた。

こっちの世界にも画家がいるんだもの。デッサン用の木炭で描いた絵を観たこともあるじゃない。

「お、お嬢様。どうなされたんですか?」

私が急にドレスが汚れるのもかまわずにしゃがみ込んだので、案内役の男性は慌ててしまっている。

「これはみなさんも使っているんですか?」

「これ?」

「この子たちが使っている木炭です」

「はい。大人は廃材を使用して手が汚れないようにして使っています。興味がおありですか?」

「大ありです!」

廃材を活用しているなんて素晴らしいわ!

生活の中で生まれたアイデアが、伝説の商品になっていく過程がここにあるんだ!

「こちらにどうぞ」

忙しい両親とは別に私だけがお邪魔しているのに、職人組合の案内役の人は非常に親切だ。

今も急に私が興味を持った品物を見せるために、目的地を変更して事務所に案内してくれた。

私のほうは嬉しくて楽しみで、スキップしそうな勢いで満面の笑みを押さえられない。

ログハウスの事務所にはいかにも職人ですという雰囲気の人と、事務をしている人が机を並べて仕事をしていた。

そろばんのような何人もの職人が関わる仕事をまとめてくれているのがこの組合よ。

「木炭筆はあるかい?」

「そこの引き出しに入ってるよー」

誰もこの商品の重要度を理解していないみたい。

案内してくれた人も引き出しごと引き抜いて持って来てくれて、どれでもお好きなのを使ってくださいってテーブルに置いてくれた。

胸の高鳴りを押さえて引き出しの中を覗き込んで、目的のものを発見した私の興奮をどう表現したらいいのかしら。

叫び出さなかったことを褒めてほしいわ。

「こんなところで……見つけるなんて」

この世界には鉛筆があったのよ。

伝説なんて大袈裟だなんて言わせないわよ。

私にとっては、そろばんとホッチキスと鉛筆は文房具の三種の神器よ!

定規も入れてもいいところだけど、それはもうあるから今回は除外。

しかも今回は、この世界の職人たちが工夫してアイデアを出し合って作った商品よ。

うちの職人たちって最高じゃない?

手にした木炭筆は、鉛筆にしては太い。

木炭の部分はそろばんの軸を作る機械と同じ要領で作れるから許容範囲の太さなのに、周りの木の部分が私が使うには太すぎる。

六角形ではなくて丸いままなのも書きにくい原因のひとつね。

「消すのはこれを使ってください」

「消す!?」

「絵を描く人が木炭と一緒に買うので、これも売り物なんですよ」

消しゴムがあるですって!?

いやーーんもう誰かれかまわず抱きしめたい!

「この木炭筆? これも売り物なの? こんな特産品があるなんて知らなかったわ」

「そっちは売っていませんよ。みんなペンを使うじゃないですか。特に貴族は高価な羽ペンを持っているんでしょう? デッサン用の木炭と固形ジールは売り物ですけど、使うのは画家だけですから」

「なんですってーー!!」

ペンだってそりゃあ重要よ。

でも高いでしょ。

貴族の使っている物は装飾過多で無駄に高いのよ。

「消せるのよ。計算間違いをしたらやり直せるのよ!」

書類には消せる鉛筆は使えないけど普段使いはこっちがいいわよ。

特に学生にとって、消せるって大きいわよ。

「お父様を呼んで! 大至急よ!」

「え? あの……」

「これを買います。消すのも買います。大量に買います!」

鉛筆を両手に持って叫んだ私を、事務所にいた人たち全員が茫然と見ていた。