軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンはマスコットじゃないわよ  7

「あまりに悪い噂ばかりで何かあるんじゃないかと疑うくらいに、ひどい性格だと有名なんです」

クリスタルは椅子に座らず王弟殿下の斜め後ろに立ち、背で手を組んで立っている。

その姿は確かに優秀な執事って感じだけど、一度腰を下ろしたアレクシアが立とうとするから、今は座ってほしい。

「ああ、そうでしたね。じゃあここに座ります」

椅子を持って来て腰を下ろし、まだ手にしていた銀色のお盆をくるくる回しながら彼は再び話し始めた。

「夫がゴダード伯爵を継いで領地に行くことが増えたのがおもしろくないようです。悪評と共に、彼女はかなり優秀な女性だという話も聞こえてくるので、自分たちは伯爵領に追いやられて、弟のブラッドが新しい事業を中心になってやっているのが気に食わないみたいです。でもゴダード伯爵は根っからの軍人ですから商売には興味がないんですよ」

ひいお爺様と大伯父様は、騎士としては優れていても領地経営をまともに学んでこなかった長男に、伯爵領でいろいろ経験させつつ、跡継ぎとしてふさわしいか見定めているんでしょ?

「でもゴダード伯爵は領地経営をしているんですよね?」

「どうなんでしょうね。夫人が侍女を叩いたとか、男爵夫人にお茶をかけたとか、そういう話ばかりが社交界では話題になっていますね」

社交界の噂ってどこまで当てになるのかしら。

本当にそういう女性だったら、ギルモア全体のイメージが悪くなっちゃうのにどうして大伯母様は放置しておくの?

「だとしたらクロウリー男爵家は、夫人にとっては邪魔な存在ですね」

「ですけど、下手に手は出せませんから大丈夫」

アレクシアが心配そうに言ったから安心させたいのかもしれないけど、クリスタルがサムズアップしながらウインクするとちゃらいわよ。

「でも……」

「アレクシア、ギルモアの話ばかりではみなさんに悪いわ」

王族のいる場で、あまりギルモアの内情について話したくない。

たぶん私よりいろんなことを知っているんだろうけど、一族の弱みを晒すのはよくないわ。

「まあギルモアのことは彼らにまかせよう」

「そうですね。知りたいことがあったらいつでも聞いて」

「ありがとう」

転生者仲間でもそれぞれの立場があるから、どこまで話していいか迷うわね。

あまり考えなしに話すと、この子はそういう子だと判断しそうな怖さが男性陣にはあるのよね。

「シェリル、俺たちはこうやって三か月に一度集まって情報交換をしているんだ」

基本は殿下とレイフ様、そしてクリスタルの三人トリオで動いているのかな。

平均年齢が若いから、周りはまだ彼らの動きをあまり注意していないのかもしれないわ。

彼ら三人は立場的にも味方同士で、協力体制だということは心にとめておこう。

「俺からは特にない。シェリル以降、記憶を取り戻した者はいないようだ」

おお、これはいい機会だわ。

実は私、作りたいものがまだあるのよ。

「何か話したい者はいるか?」

「はい!」

王弟殿下、なんで私が手を挙げたら嫌な顔をするんですか。

「なんだ?」

「作りたいものがあります。今回は先にみなさんに了承を得ておこうと思って」

そろばんの時は事後承諾だったからね。

同じ失敗はしないわよ。

「また新しい物を作るの?」

ローズマリー様は今日も綺麗だ。

ここの男共は美人を見慣れているせいか、彼女が素敵なドレスを着ていても褒めやしない。

九歳でこの大人びたアンニュイな雰囲気は、普通は出せないわよ。

「そうなんです。事務仕事をするうえでどうしても欲しいものが出てきたんですよ」

「今度はなんなんだ?」

王弟殿下はずっと額を押さえている。

そろばんで、そんなに迷惑をかけたかしら。

「そんな迷惑そうに言われるのなら、作らないほうがいいですね」

「いいから言ってみろ。前世の物で作りたいものを今まで思いついた者がいないのに、ふたつも考えるから驚いているだけだ。しかもそろばんなんて存在も忘れていたぞ」

はいはい。どうせ昭和生まれは私だけですよ。

「私が作りたいのはホッチキスです」

「それはほしい!」

レイフ様が食いついてきた。

「いやあ、事務仕事に必要な道具を熟知している方がいて助かります」

「この世界は二穴パンチとフォルダはあるんですよね。それはゲームの世界だからでしょうか」

「あ、それは親父が作ったんだ」

クリスタルがあっさりととんでもないことを言いだした。

「情報網を広げるのには資金がいるし、情報整理にファイリングは必要だから神様に相談したんだって」

そういえば神にも気に入られているって、王弟殿下が言っていたわね。

「それで二穴フォルダは渋いわね」

「ゲームの中にキャラがフォルダを手にしているイラストがあったんだ。それまでこの世界は紙をはさむタイプのフォルダしかなかったんだよ。それでも使えるんだけどね」

確かにゲームの中でホッチキスやそろばんは出てこないわよね。

魔法が発達しているのなら、魔法でデータ管理する方法はないのかしら。

魔法というと攻撃や防御、回復に収納というのがメジャーどころで、事務仕事は聞いたことがないわ。

「そうですね。私もそういうフォルダを使ってます。カルキュールで作ってしまっていいんですか?」

「他にどこで作るんですか。ここにいる人たちの顔を見てください」

言われてみんなの顔を順番に見たら、私とレイフ様以外はいまいちピンと来ていない顔をしていた。

「ホッチキスは知っているわよ? 小さな可愛いやつを持っていたし。でも使った記憶があまりないのよね」

「私もアレクシアと同じだわ。持っていたはずなんだけど、あまり使わなかったのよ」

女の子はかわいい文房具があると欲しくなって買っちゃって、使わないでしまっていることあるわよね。

でもホッチキスってメジャーな文房具でしょ?

「学校で書類をもらって帰ったり、提出する時に使わないんですか?」

「メールで送るから」

「そうそう」

「ええ!? 親への連絡は?」

「メールかライン」

そういえば今は連絡網なんてないのよね。

電話番号は個人情報だし、ラインやメールなら一度に全員に送れて便利なんだわ。

「十年の違いって大きいのね」

「うちはIT関連だったせいもあって、紙媒体は全く使用していなかったからなあ。ホッチキスなんて会社になかった」

なんてこと。ホッチキスよ、おまえも忘れられていく存在なのか?

誰でも一個は持っていた便利な文房具だったのに。

「私はよく使っていましたよ」

レイフ様が眼鏡をあげながら言った。

「政治家のジジイ共はパソコンなんて使えませんからね。なんでも印刷させようとするんで、必需品でしたよ」

「いやですね。新しいことを覚える気力がなくなったら、引退するべきですわ」

意外なことに、レイフ様とは話が合うかもしれないわ。

「その通りです。王宮にも妖怪みたいな人がたくさんいますよ」

「ギルモアのひいお爺様みたいに?」

「ははは、とんでもありませんよ。彼は今でもどんどん新しいことに挑戦しているじゃありませんか」

「ふふふ、ひいお爺様にお伝えしたらお喜びになりますわ」

はい、みなさん、引かない引かない。

ちょっと遊んだだけじゃないの。

「ホッチキスねえ。しばらく間を開けたほうがいいんじゃないか? 注目されている今、また新しいことを始める必要はないだろう」

「そうなんですけど、事務仕事をやる立場としてはすぐに欲しいんです。それにホッチキスがあれば本を安く作れるじゃありませんか」

「同人誌ね!」

ローズマリー様が急に興味を示した理由が同人誌って……。

「違います。ホッチキスで留めてのりのついたテープで上から補強すれば、平民でも買えるような安い本が作れるかもしれないという話です」

「自分で本を作れるって話でしょ?」

「同人ってなんの?」

ほら、クリスタルに突っ込まれているじゃない。

「それはこれから考えるのよ。前世の二次創作なんて誰も読んでくれないでしょ?」

「そりゃそうだ」

このお嬢さん、きっとあなたたちのボーイズラブを書きますよ。

私のことを見た目と中身のギャップがと言う人がいるけど、この人もたいがいですよ。

「私のアイデアにしてしまっていいんですか? みなさんも共同発案者にします?」

「めんどうになるからやめろ。幸いここにいる者は金には困っていないから気にしなくていい」

そりゃ確かに、王弟殿下やローズマリー様が共同発案者になると、いろいろと問題がありそうではあるわね。

「アレクシアはカルキュールにも関わってもいいかもしれないわよ」

「いいわよ。儲かったら給料をあげてくれれば済むじゃない」

「たしかに」

クリスタルは情報屋で儲けていそうだし、気にしなくていいか。

「でも、ホッチキスがどういう作りかわかるの?」

ローズマリー様に聞かれて、私のほうが首を傾げてしまった。

「むしろ知らないんですか?」

「ええ!? みんなは知っているの?」

レイフ様以外、首を横に振っている。

えええ、この人たち、替え針を入れたことがないの!?

「替え針を入れる時に、こう、開くじゃないですか。そうしたら、ばねで針を押さえているのや、針を細い隙間から押し出す仕組みとか、曲げる仕組みがわかるじゃないですか」

「あー、そうだったかしら」

「私は替え針を入れたことがないわ」

いやいやいや、そんな馬鹿な。

アレクシアもローズマリー様も、実は未来人なんじゃないの?

「殿下、このヒロイン最高じゃないですか。若い子じゃなくてよかったかもしれないですよ」

ホッチキスの話題から黙っていたクリスタルが言った。

「まあな」

「あ、因みに俺は二十二で病死。生まれつきの病気持ちで入退院を繰り返していたんで、ゲームくらいしか出来ることがなくてね、ホッチキスは見たことあるかなあって感じなんだ」

それで黙っていたのか。

「ああ、そんな顔しないでよ。前世の話なんだから。今は元気いっぱいで楽しく生きてるよ。それにこのゲームをやりこんでいたから、知りたいことがあったら聞いて」

「私はやっていなかったから助かるわ」

「そうなんだってね。ゲームが開始する時期になったら、情報交換を欠かさないようにしようね」

そういえばゲームはまだ開始していない時期だったわね。

転生者が多いから大丈夫だと思うけど、攻略対象者に絡まれたら嫌だなあ。

「まさか、デイルやエディは攻略対象者じゃないわよね?」

「違うよ。ゲームにギルモアは出てこない」

よかった。

「何かあったのか?」

王弟殿下に聞かれて曖昧に首を横に振った。

結婚をするべきだと言われたことなんて、わざわざ報告するようなことじゃないわ。

「殿下、その話はのちほど」

ええ!? レイフ様は報告する気なの?

たいしたやり取りはしていなかったわよね。

「しかしホッチキスか。また騒ぎになりそうだな」

王弟殿下は深いため息をついたけど、私が発案者だって言わなければいいんじゃない?

ただカルキュールの新商品だってことにすればいいのよ。

「それにそんなに簡単には出来ないと思いますよ。手作りで試行錯誤しながら作っていくので、一年くらいはかかるかもしれません」

「そうしてくれ。やりすぎて注目を浴びると、困るのはきみだぞ」

「はい」

ホッチキスが出来たら、当分何も作らないつもりよ。

自分も困るし、周りにも迷惑はかけたくはないからね。