軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサン、おじさん(?)と出会う  6

「気をつけて帰れよ」

「またこちらから連絡を入れます。今度はクロウリー男爵と一緒に王宮で会いましょう」

王弟殿下とレイフ様が廊下まで見送ってくれたので、一礼して先程の女性に案内されて玄関に向かった。

次は王宮か。

お父様は王宮に行ったことがあるのかしら。

緊張してしまいそうで心配だわ。

「お迎えの馬車を玄関前に回すように言いつけてあります。もうすぐ来ると思いますよ」

「では外で待ちます」

ドナはずっと緊張しっぱなしで疲れが顔に出ているし、私も重厚感のある玄関ホールにいると、呼吸がつらい気がするわ。

外に出て新鮮な空気が吸いたい。

「そうですか? 馬車が来るまで中にいたほうがいいのではないですか?」

「うちの父の商会が、前の路地の先にあるのでこの辺はよく知っているんです。だから大丈夫です」

「まあ、そうなんですね。ちゃんとお嬢さんをお守りしてね」

それでも心配なのか、女性はドナに念を押してから扉を開けてくれた。

三時間まではかかっていないから、外の様子は来た時と変わらない。

この辺りは商店が並ぶ大通りからちょっとずれているので、それほど人通りも多くなく、でも決して閑散としているわけでもなく、出歩くにはちょうどいいエリアだ。

平民から貴族まで様々な人が行き来し、魔法の馬に引かれた馬車が軽快に走り抜けていく。

ドナは馬車がなかなか来ないのでハラハラしているようで、裏手に続く道を気にしていた。

私は目の前を行き来する人をぼんやりと眺めて、今日もいい天気だなあなんて上を見上げて、

「やあ、こんにちは」

面会が終わってすっかり気が抜けていたせいか、白々しい笑みを張り付けた貴族の男が目の前に近付いていたことにようやく気付いた。

「やっと会えた。きみの親が邪魔をして会わせてくれなかったんだ。寂しかっただろう?」

ポロック伯爵だ!

細面ののっぺりした顔は貴族らしいと言えなくもない。

目が細くて笑うと三日月になり、唇も薄くて残忍そうに見える。

「お嬢様に近付かないでください!」

ドナが私と変態親父の間に割り込もうとしたが、それより早く背の高い男がドナの腕を掴んで押しのけた。

「邪魔をすると怪我をするぞ」

「あんたがね!」

目の前に変態親父がいる恐怖で体がすくみ、動けなくなっている私とは違って、ドナは男に押しのけられた勢いでくるりと体を回転させ、男の首に肘打ちを打ち込もうとした。

男は傭兵なんだろう。

ドナの攻撃を片手で受け流し、今度は遠慮なく殴りかかった。

「ドナ!」

顔の前で腕をクロスして男の攻撃を受けたけど、ドナだってまだ二十歳になったばかりの女の子だ。細い腕に、あの衝撃はつらそうよ。

こんなに騒いでいるのに、周りは助けようとはしてくれないの?

絶望的な気持ちで助けを求めて視線を彷徨わせたけど、変態親父はひと目で貴族だとわかる風貌で、護衛と御者を連れている。

特に平民は面倒ごとに巻き込まれてしまったら、自分たちの身が危なくて手が出せない。

「さあ、行こう」

手を繋がれて、嫌悪感で全身に悪寒が走った。

「嫌です」

「え?」

「嫌です。放してください」

「いけない子だなあ。僕を怒らせないでくれ」

この男はいかれている。

彼の目に私への愛情なんてない。

自分の思い通りに出来る人形が欲しいだけだ。

「何をしている。おい、おまえも手伝ってやれ」

ポロック伯爵に命じられて、道の向こうに停まっている馬車から御者が降りてきた。

護衛の男を相手にして、ドナは必死に応戦している。

ここに御者まで加わっては勝てないわ。

せめて私が逃げ出せばドナも人混みに紛れられるとわかっているのに、足が震えて動かない。

ああ、情けない。なんなの私は。

引き摺ってでも連れて行こうとするポロック伯爵に抗って、涙をこらえてしゃがみ込んだ。

「歩け!」

子供を殴るのになんの抵抗もないのだろう。

恐怖で凍り付いた私の目に、手を振り上げたポロック伯爵の背後で、護衛の男が横から駆け付けてきたジェフの飛び蹴りを食らって、コメディ映画のように吹っ飛んでいくのが見えた。

「お嬢様! 無事っすか!」

ドナも御者が相手なら優勢のようで、思いっきり腹に膝蹴りを当てている。

ジェフってば仮面ライダーみたいだったなと思ったら、なぜか笑いがこみあげてきて、体の震えが止まり一気に冷静になれた。

「くそ。馬車を回せ!」

私の変化に気付いて振り返ったポロック伯爵は、通行人を巻き込んで露店をひっくり返している護衛と、腹を押さえてうずくまっている御者を見てさすがに焦りだした。

勝手に侯爵の名前を使ったことで、だいぶ立場が危うくなっている時にこんな騒ぎを起こしたら、間違いなく終わるからね。

「おまえだけでも……」

変態親父に抱き上げられても、落ち着きを取り戻したらオバサンは図太いのよ。

ともかくこういう時は叫んで助けを呼ばないと。

「ひ」

一度に叫んでもうまく声が出ないかもしれない。

咳き込んだらおしまいだ。

だからまずは息を吸い込み、段階的に声を大きくしよう。

「ひぎゃあああああああああああああ!」

なぜか声を大きくするのに合わせて、声が高くなってしまった。

最後のほうは超音波が出ていたかもしれない。

窓ガラスがびりびり震えたんじゃない?

「シェリル!?」

王弟殿下の声が聞こえたような気がしたけど、気にしてはいられない。

叫んで暴れている子供を抱えて歩き出した男を、ようやく周りの人が何事かと足を止めて見てくれたんだ。

「この人、変態です!!」

ここは畳み込むわよ。

「おじさんとなんか結婚しない! 八歳児と結婚しようとするな!!」」

これで父親の振りは出来まい。

私を抱えているせいで、口を塞ぐことも出来ないだろう。

「結婚? あの子と?」

「えええ。人さらいじゃないの?」

「誰か、兵士を呼んで来てよ」

ドナが御者をダウンさせたから、馬車は動かせないはず。

ともかくこのまま暴れて叫ぶしかない。

手足をバタバタさせていたら、偶然拳がポロック伯爵の頬を掠めた。

それで頭に血が上ったんだろう。

私を殴ろうと片手を振り上げたせいでバランスを崩して、暴れていた私は変態親父の腕からずり落ちた。

石畳の路面に激突する!

目をぎゅっと閉じて両手で頭を抱えたけど、衝撃も痛みも襲ってこない。

背中に腕が回されたのを感じて目を開けたら、すぐ目の前に王弟殿下の顔があった。

「おどかすな。怪我はないか?」

「え? え?」

急いで自分の状況を確認して冷や汗が出た。

私が落ちるより早く、王弟殿下が私の下に滑り込んで体で受け止めてくれたらしい。

「す、すみません」

「腹の上で正座するな。余計に重い」

「この男を捕えてください。身分なんて気にしなくていいですよ。なんなら五発までなら殴ってもいいですよ」

バタバタと近衛の制服を着た騎士が駆け寄ってきて、ポロック伯爵の腕を背中側にひねり上げて捕まえている。

被害にあった店舗にもレイフ様が声をかけてくれているようなので、ちゃんと直してくれるのかもしれない。

「俺は違うっすよ」

「いいから来い」

一気に事態が変わった驚きと、王弟殿下がいてくれるという安心感で放心していた私は、ジェフの声を聞いてはっとして殿下の腕を掴んだ。

「彼は私の御者です。助けてくれたんです」

「ああ。おい、その坊主は放してやれ」

「三人とも城の地下牢に放り込んでおいてください。通行の邪魔になるので伯爵の馬車も王城に移動して。……この馬車で来たんですか?」

「そうっす。これで行けと命じられたんで」

「荷物用の馬車じゃないですか」

いろんな声が耳にはいるけど思考がついていかない。

どうしたんだろう。立ち上がってお礼をしなくちゃいけないってわかっているのに動けない。

「おい、大丈夫か。どこか怪我をしたのか? 痛むのか?」

心配して問いかけてくる王弟殿下の声が、恐怖で凍えていた心に温かくしみ込んでくる。

「家に……帰る」

「うん?」

「家に帰りたい。こわかった。駄目だと思った」

せき止めていた涙が一気に溢れ、王弟殿下に抱き着いて声をあげて泣き出した。

これは、八歳の子供の心の悲鳴だ。

オバサンの記憶が戻ってもこの体は八歳で、つい何日か前までは何も知らずに生きてきた子供にとっては、状況の変化があまりにも目まぐるしくて、ストレスに耐え切れなかったんだろう。

ごめんね。気が付かなかったよ。

知り合ったばかりの人しかいない公爵邸は、八歳の子供にはしんどかったよね。

難しい話をする子供たちとの話し合いも、きっとしんどかったんだ。

この体はまだ八歳。

心と体のバランスが崩れたら、体調を崩してしまったり精神を病んでしまう恐れだってあるんだよね。

「そうか。こわかったか。でももう大丈夫だ」

王弟殿下もそのあたりを察してくれたのか泣き止ませようとはしないで、しがみついてわんわん泣いている私の背をさすりながら、優しい声で話しかけてくれている。

「家まで送り届けてやるから心配するな。家族にはちゃんと俺から説明して謝っておくからな」

騎士のひとりが上着を貸してくれたようで、泣きじゃくっている私の体はすっぽりと包まれて、野次馬の目に触れないで済む。

そんな周りの暖かさがまた涙を誘って、声をあげてひっくひっくと泣きじゃくり、そのまま泣き疲れて眠ってしまった。