軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンは入学試験くらい平穏に受けたい  1

勉強と仕事に明け暮れる日々が何か月も続き、部屋にこもって過ごす私を、両親は心配してくれている。

でも日本でも、中学受験に向けて勉強をしている十一歳は珍しくないでしょう。

前世の街で見かけていたランドセルを背負って進学塾に通う子供と、似たような境遇だ。

それに私の場合は、もっと学んでおけばよかった、専門職につけるような資格を取っておけばよかったってずっと後悔していた分、学べるということがとても嬉しいの。

記憶力が異様にいいおかげで勉強がはかどって、理解できると楽しくて、新しい興味も湧いてくる。

それでまた学んで新しいことを知っての繰り返しで、気付くと三時間くらいはあっという間に過ぎている。

勉強がこんなに楽しいなんて、前世で子供だった頃には思いもしなかったわ。

「少しは休んでください」

「庭を散策しましょう。ずっと座ってばかりいては駄目ですよ」

侍女たちに心配されてしまうくらいの集中力よ。

そんな生活をしていると一日が早くて、あっという間に夏がやってきた。

私にとっては戦いの夏だ。

……といっても、必死ってわけではないの。

一年で学園を卒業しようって子が、受験で失敗してはいられないわよ。

平民でも家庭教師をつけられる家の子であれば、入学できる程度の問題しか入試には出ないしね。

ただ受験の成績によって最初のクラス分けが決まるので、手を抜く生徒なんていないわよ。

飛び級して上の学年に行くために、必須科目だけこなす生徒が学ぶSクラス。

飛び級の資格を得るために勉強する優秀な子だけが集まるAクラス。

三年で卒業したい場合はAクラスにいないときついらしい。

Bクラスは騎士コースや御令嬢用の礼儀作法マスターコースに進学する子が多くて、貴族として可もなく不可もなくという感じ。

Cクラスになると平民の生徒の数がぐっと増えて、家庭教師がいるのにCクラスなの? と貴族の子供は馬鹿にされる。

「十一歳で評価が決められるって世知辛いわ」

「今更何を言っているんだよ。さっさと試験を済ませて普段の生活に戻ってくれないと、母上のほうが心配で倒れてしまいそうだ」

受験当日、出かける準備をしている私の部屋にやってきたギルバートも、お母様に負けないくらい心配そうな顔をしていた。

そもそも彼は、こんな早朝から起きる必要なんてないくせに、自分は心配していないけどねって態度をするなんて素直じゃないなあ。

でもそこがまた可愛いんだけどね。

「私が部屋にこもっているからって心配していたもんね。今だけなんだから大丈夫よ。あと半年だけ頑張らなくちゃ」

「そのドレスで行くの? またいつものように紺かグレーのドレスを着るかと思っていたよ」

ギルバートに言われて自分の姿を見下ろし、意味なくスカートを整えた。

いつも通りおとなしめのゴスロリ仕様の膝丈のドレスで、さわやかな水色に白いフリルが可愛い夏らしいデザインよ。

「地味すぎるってお母様が言うんですもの」

職場や学校では紺や黒系がいいって常識が私の中に残っていて、王宮に行く時も地味にしていたら、もっと好きな服を着てきていいんだよって言われたのよね。

周りの女性たちはかっちりとしたデザインのドレスではあるけど、色は人それぞれで華やかだ。

男性だって貴族らしい服にしっかりアクセサリーをつけている人ばかり。

王宮でもそうなんだから、学園なんてもっと自由よ。受験だからって地味な服を着る子はいないらしい。

むしろ、自分のセンスを披露する大切な場になっているんですって。

つまり私が地味でダサい服を着ていたら、クロウリー商会のイメージが悪くなるのよ。

でも入学してしまえば制服があるのよ。

そこはほら、日本のゲームの影響を受けている国だもん。

それに勉強するのに、ふわふわひらひらのドレスなんて邪魔でしょう。

「おかしい? 明るい色は似合わない?」

「似合ってるよ。男の子に人気になりそうだ」

は? 男の子?

「ああ、そういえば他の受験生もいるんだから、男の子もいるのね」

「むしろ男の子ばかりだよ」

そうか。第一回目の入試を受ける人はほとんどが飛び級狙いだから、御令嬢は少ないんだ。

三年通う人は、入学してから飛び級試験を受ける子が多いって聞いたわ。

どちらにしても、この国では学園に通うことにあまり重きが置かれていない。

学園を早く卒業できた子供が優秀で、いい仕事につけて、いい縁談が舞い込んでくるんだから、誰もが早く卒業するために必死よ。

飛び級出来なくて四年以上通ってしまった子は、同じく四年以上通った子と結婚する子が多くて、王宮では働けない。

同年齢の子供たちと集団行動をして学ぶ機会って、貴族の子供にとってはあまりプラスにはならないのかしら。

それよりも早く領地経営や様々な仕事を学んで、社交界で知り合いを作るほうが重要なのかな。

どちらにしても学歴社会であることには変わりないわね。

「ギルバートは三年間通うのよね?」

「そのつもり……というか、一年で卒業なんて無理だよ。それより学園に通いながら商会の仕事をしたい。勉強のために仕事に関われなくなるのは嫌なんだ」

「子供の頃の三年間くらいはいいじゃない」

「勉強より仕事のほうがおもしろい」

お母様は私を心配するよりギルバートを心配したほうがいいと思うわ。

こんな小さい頃から仕事人間だなんて、大人になったらどうなるの?

「そろそろ時間だよ」

「あ、本当だ。行かなくちゃ」

試験に必要な道具の入ったカバンを手に急いで部屋を出た私を、ギルバートが追いかけてきて隣に並んだ。

「忘れ物はない?」

「心配症ね」

「問題がわからないってことは姉上の場合はないだろうけど、解答欄を間違えたとか問題を勘違いして答えるとか、名前の記入を忘れるっていうのはやりそうなんだよ」

「やらないわよ」

いったい私はいつからドジっ子属性になったのよ。

こんなしっかり者が、そんな単純なミスをするわけがないでしょう。

「ああ、シェリル。そんな急がないでいいから、転ばないようにゆっくり歩きなさい」

「そうよ。落ち着いてね。試験はまだ何回だってあるんだから、今回は様子見でもいいのよ」

玄関ホールに両親とセリーナが待っていた。

見送ってくれるのはありがたいんだけど、両親も私をドジっ子だと思っていない?

それに私より緊張して顔が強張っているじゃない。

「お姉様なら大丈夫! お祈りして待っていますね」

「ありがとう、セリーナ」

セリーナだけは私をとんでもなく優秀な人間だと思っているのよね。

嬉しいけど、お姉ちゃんはそんなにすごくはないのよ。

いつかがっかりさせてしまう時がきたら嫌だなあ。

「いってきます」

私が家族に声をかけて玄関へと歩き出すと、扉の前で待っていたアレクシアが一礼してから先に外に出て行った。

いつも通り今日も護衛についてくれるから心強い。

御者もいつも通りジェフが勤めてくれている。

すっかり背が伸びて大人っぽくなった彼は、ドナと婚約中だ。

高位貴族の御令嬢のように騎士を同行させたりは出来ないから、いざという時はジェフも護衛が出来るように鍛えているのよ。

「忘れ物はない?」

「今日何回その言葉を聞いたかしら」

馬車の席に向かい合って座って、すぐ隣に置いた鞄をぽんぽんと軽く叩いた。

「侍女にも確認してもらったし、私も確認したから大丈夫」

「学園内も侍女や護衛は入れるらしいわ。試験会場の外までは行けるから、そこまで送るわよ」

「いつもありがとね。護衛を誰か探してはいるのよ。でもいろんな人が紹介してくれちゃっているせいで、選びにくくて」

こちらを立てればあちらが立たず。

だったら誰の紹介でもない人を見つけてきたほうが、穏便に済ませられるでしょう。

「人気なのも大変ね」

以前は私が護衛をするから雇わなくてもいいと言っていたアレクシアも、来年には結婚する予定なので、さすがにいつまでも私に時間を割いてはいられなくなってしまった。

そんな時間があったら、レイフ様と朝食を取って仕事に行く彼をお見送りしなくちゃ。

そうじゃなくたって男爵として、やらなくてはいけない仕事がたくさんあるのよ。

順調に復興しているマガリッジには、他所から移り住んでくる人もいるおかげでだいぶ賑やかになっているの。

馬車は王宮に向かう道をそれて、貴族街の外に出て行く。

クロウリー商会のある商業地区には何度も行ったことがあるけど、学園があるのは文化の中心地である王都の反対側だ。

広大な敷地を持つ学園があるのは、美術館や国立図書館、オペラ座などが並ぶすぐ近くよ。

商業地域は新しい建物が多くて、こちらは歴史を感じさせる大きな建物が多い。

大きな通りの右と左で、町の印象がだいぶ違うのよ。

「馬車が停まったわ」

「なにかしら」

まだ学園にはついていないはずなのに馬車が停まって、外から複数の人間の話し声が聞こえてきた。

試験開始時間よりかなり早めに家を出たから、周りに馬車はいないのかな?

こんなところに停まったら邪魔でしょう。

「シェリル様」

ジェフの声が聞こえたので、念のためにアレクシアが窓を開けて顔を出し、私も彼女の隣に移動して外の様子に目を向けた。

「この先で事故があったようで、遠回りしないと学園にいけないって言われたんすけど……」

話しながらジェフは横目でちらっと、隣に立つ男を示した。

うさんくさい。

いちおう治安維持部隊の制服を着ているけど、無精ひげを生やして貴族相手に偉そうな態度を取る兵士なんていないわよ。

しかも彼の他にも四人の兵士が近くに立っているじゃない。

私の馬車に、そんなに人数を割くのはおかしいでしょ。

「私が誘導します。なんなら御者を変わりますよ」

「道を教えてくれれば大丈夫っすよ」

「でも受験に遅れては困るでしょう。他の生徒さんにも同じように説明するんですよ」

ふーーん。なんでこの人は私が受験するって知っているのかしらね。

そもそも、まだそんなに学園に近い場所ってわけでもないのに、なんでこの馬車が学園を目指しているってわかったのかしら。

「アレクシア、転移で行きましょう。それが一番確実よ」

「そうね。ジェフはこのまま馬車を屋敷に戻してくれる? 私たちは転移で行くから」

「了解っす」

「転移?」

「おい、まずいぞ」

「めんどうなことを。おい、扉を開け……うわあ」

アレクシアって、こういう時にいつも迷いがないのよね。

今も男が扉の取っ手を掴んだ途端に、魔法で派手に吹き飛ばしたわ。

その勢いで開いてしまった入り口に仁王立ちになっている。

「ジェフ、ちょっと避けて。全員まとめて凍らせる」

「きゃー、かっこいい」

思わず拍手してしまったけど、本当はこんなふうに敵に姿を晒しちゃ駄目よ。

アレクシアとジェフのふたりに防御魔法をかけておこう。