作品タイトル不明
オバサンは十一歳になりました 5
「失礼します。新しいお茶をお持ちしました」
え? 待って。扉を開けないで!
前を向いていたので見てはいないけど、たぶん三人ほとんど同時に慌てて腰を浮かせていたと思う。
そしてすぐにどかっと音がしたのでそちらを見たら、隠れようとしてどこかにぶつかったらしくて、王弟殿下が床にひっくり返っていた。
王族のラスボスが……無様だわ。
まずい。非常時なのに笑ってしまう。
「ぐふっ」
「……鼻を鳴らして笑うな」
開き直ったのか床に胡坐をかいて恨めし気に睨んでいる殿下は、なぜかちゃんと十六歳に見えた。
両親に内緒で女の子の部屋に入り込んでバレた男の子って、ある意味青春ぽいわよね。
中身があれなんで、青春とは縁遠い人間たちなんだけど。
「あちゃー」
アレクシアも気が抜けたようで、ソファーの背もたれに手をついて身を乗り出して殿下を見ている。
「あ……ああ、申し訳ありません。私……」
「ドナ、中に入って」
どうしたらいいかわからなくて立ち尽くしているドナを手招きすると、はっとして急いで中に入り扉を閉めてくれた。
「お嬢様とアレクシア様だけだと思い、気軽に扉を開けてしまいました。申し訳ありません」
私に同行する時にアレクシアと一緒になることも多いせいで、気安い間柄になっているもんだから、つい扉を開けてしまったんでしょうね。
「今後は貴族のお客様がお見えになることも多いでしょうから、注意してね」
「はい。申し訳ありません」
王弟殿下に向かって深々と頭を下げるドナの顔は真っ青になっていた。
「お父様たちは帰ってきた?」
「いえ、まだお帰りにはなっていません」
「あちらも話が長くなりそうね。私たちもアードモア王国の王女のことで話をしていたの」
ドナなら隠すよりもある程度話して協力してもらったほうがいいでしょ。
「あ、それで」
ちらっとドナが殿下のほうを見たので、私も同じように視線を向けてまた笑いそうになった。
まだ床に座っているんだもの。
長い足を邪魔そうに折り曲げて、膝のすぐ下のあたりを手でさすっているということは、あそこをぶつけたのね。
「内緒でよろしく」
唇の前に人差し指を当てて言うと、ドナはすぐに頷いてテーブルにお茶のセットを並べ始めた。
「お茶ならあるのにどうしたの?」
「お嬢様が注文なさった新しい茶葉が届いていたのに、違うお茶を淹れてしまったので、こちらもお持ちしたんです」
「まあ、ありがとう。じゃあそれは殿下にさしあげてくれる? ちょうど殿下の分のお茶がなかったの」
「かしこまりました」
ドナは何度も殿下に遭遇しているのですっかり慣れているようだったのに、さすがに今は焦っているんでしょうね。テーブルにソーサーを置くときに音をたててしまっている。
それでも手際よくお茶の用意を終わらせて、一礼して扉に向かった。
「ドナ、お父様たちが帰ってきて呼びに来るときもあなたが来てね」
「はい。……あの、留学なんてしないですよね?」
「しないわよ」
そんなほっとした顔をされるということは、使用人の中で私が留学すると思っている人もいるってこと?
アードモアのほうが文化や経済が優れているわけでもないのに?
「外に控えておりますので、何かありましたらお呼びください」
扉の前で深々と一礼してドナが出て行ってから、ようやく殿下は立ち上がり椅子に戻った。
「ふふふ……」
アレクシアまで笑ってしまってる。
でもこれは笑うなというほうが無理よ。
「なんの話をしていたか忘れたぞ」
「別の場所で会えばよかったですね」
「いいから座れ。早くしないと時間が無くなる」
アレクシアのほうが派手に笑っているのに、私が怒られるのは理不尽だわ。
でもまだ私も殿下の顔を見ると口元が緩んじゃうから、小皿を殿下の前に置いてから料理に手を伸ばした。
「アレクシアも殿下も、だいぶヘンリエッタ王女が嫌いみたいですね」
「そうね。私は嫌い。初対面の時からひどいことを言われたから」
「ひどいこと?」
言いにくい事なのか、アレクシアは口をへの字にして口を 噤(つぐ) んでいる。
「言いたくない話だったらいいのよ?」
「言いたくないわけじゃないの。改めて話すとなると、そんなことでしつこく怒っているのもどうかなとも思うし、でもやっぱり彼女は嫌いだし」
「合わない人はいるわよ。無理に好きになる必要はないんじゃない?」
「ええ。だから私の意見は偏っていると思って聞いて」
真剣な表情で言われたので、私もフォークを置いて背筋を伸ばして座り直した。
「五年前に三国の転生者が顔を合わせたって話したでしょ?」
「子供ばかりなのに、よく集まれましたね」
「パーシヴァル・クロフがいるからな。教皇の家なら邪魔が入らないというので、パーシヴァルが参加者を転移で送迎してくれたんだ」
「教皇ってことはフリューア公国に行ったんですね」
「そうだ」
パーシヴァルさんには一度も会ったことがないから興味はあるけど、少しこわい気もするのよね。
あまりにいろんなことを知りすぎているでしょ。
人間を辞めているんじゃないかしら。
「私は家族に邪魔者扱いされていたから、学園に入学する準備もしてもらえなかったの。殿下に仕事をもらって学園に通いながら働いて、なんとか生活は出来てはいたけど……初めて会った時の私の姿を覚えているでしょう?」
「ええ。いつ倒れてもおかしくないくらいに疲れ切っていたわね」
「そうじゃなくて着ていた服のほうよ。それでヘンリエッタに、魔法の才能があって美人でスタイルもいいキャラなのに、なんで台無しにしているのよ。怠慢なんじゃないの? それになんなのその服は。みっともないったらないわって言われたの」
うはあ。初対面でそれはすごい。
王女という立場だから、国ではいつもそういう態度なのかしら。
「私はショックで何も言えなくて、殿下とレイフが私の状況を説明してくれたの。それにゲームのキャラ紹介に、子供の頃は家族との関係に苦労していたって書いてあったから、他の人達は言わなくても何か事情がありそうだと思ってくれていたのよ」
「その時、女性はアレクシアとヘンリエッタしか参加していなかったんだ。それでみんながアレクシアを庇ったもんだから、機嫌を損ねてしまったんだ」
なるほど。それは嫌いになってもしかたないわ。
ゲームの主要キャラなら、ヘンリエッタ王女も可愛いんでしょ?
それなのに、男性が自分よりアレクシアの味方をしたのが許せなかったんでしょうね。
「アードモアの他の転生者は、王女と仲良くやっているんですか?」
「それが意外とうまくやっているようだった。王子の側近と王女では滅多に会わないのもいいんだろう。ヘンリエッタはアードモアでは美しく聡明な王女として人気が高い。アードモアは自分の主張ははっきりと言うべきだというお国柄でね。黙っていると、自分の主張が間違っていたと認めていることになってしまうそうなんだ。ヘンリエッタの性格はあの国にあっているんだ」
この王弟殿下、話しながらどんどん料理を食べているのよ。
でも、タイミングよく口に入れて咀嚼して、飲み込んで話すものだから、まったく嫌な感じがしないし、見事だと感心してしまうくらいよ。
「それでフリューアとアードモアの人間は……主にヘンリエッタと話が合わなくて、実際に会って話をするのはやめようという結論になった」
これだけ何人も転生者がいれば、仲良くなれない人がいてもおかしくはないのかもしれないけど、前世でアラサーまで生きていたのなら、もう少し賢く立ち回れないのかしら。
転生者同士の問題に 止(とど) まっているうちはいいけど、あと五年もすれば、みんなそれぞれの国の重要な仕事をするようになるでしょ。
その時に、苦手意識を持たれていると動きにくくなるかもしれないじゃない?
「代わりに魔道具を使って報告し合うようになったら、なぜか何かと相談されたり愚痴を言われるようになってな。定期報告の時以外も連絡してくるようになったんだ」
「転生した姿で実際に会ってみて、ラスボスの格好良さに惚れたんじゃない?」
「教皇もだいぶ美形だろう」
「彼には婚約者がいるでしょ」
ほほう。農業大好き教皇は、すでに結婚相手が決まっているんだ。
華やかな社交界よりもスローライフが好きで、婚約者もいて地道に暮らしているなんて渋いわね。
さては、私に次いで前世の長生き組なんじゃない?
「相談に乗るからいけないのよ。最初から冷たくすればよかったのに中途半端にやさしくするから、惚れられたんでしょ。縁談でもきたら」
「こないぞ」
「なんで?」
「ヘンリエッタは貴重な光魔法の使い手のはずだ。強力な癒し魔法を使える彼女を、他国に嫁がせる気はあの国にはない。俺のほうだって、他国の王女なんていう王妃より強い後ろ盾のある女性を娶るわけにはいかないんだ。だから縁談なんてなかったし、今後もない」
「そうか……そうよね」
アレクシアが納得して頷いているということは、ヘンリエッタ王女と王弟殿下の結婚は、誰が見ても条件的に無理があるということなのね。
光魔法って私は初めて聞いたんだけど、バルナモアではあまり重要視されていないのかしら。
ダンジョンが国内に存在するアードモアだからこそ貴重な存在なのなら、余計にヘンリエッタ王女は国内にいたほうがいいんじゃないの?
「それでヘンリエッタは納得しているの?」
「知らん。彼女と繋がる魔道具はコアを外して使用できないようにした。今は別の転生者と連絡を取っている」
「その腹いせにレイフとクリスタルをスカウトしようとしたってこと?」
「そうだ」
やることなすこと相手に嫌われることばかりって、ある意味すごいなあ。
殿下のことだから、コアを外す前に何度ももう連絡しないでくれって言ったんでしょう?
それでも連絡するなんて、私には出来ないなあ。
「ああ、すまん。シェリル、話についてきているか?」
いけない。
ずっと黙って話を聞いていたから、心配されてしまった。
「はい。大丈夫ですよ。なんていうか……若いですねえ」
「「……」」
「彼女は二十代で亡くなったんですもんね。二十代って社会人になって何年か経つと、自分はもう一人前の大人だって気分になっちゃうんですけど、頭の中の恋愛の占める量はまだまだ多くて、冷静に考えたらやらないようなことをやってしまう。四十過ぎて思い出すと、ああ若かったなあって思うんですよ」
うん? なんでふたりとも黙っちゃったんですか?
なんか変なことを言いましたか?
「ひさしぶりにすっかりオバサンになっているぞ」
「子供らしくないのには慣れていたけど、今の台詞はオバサンだったわ」
アレクシアに言われるのはわかるけど、殿下に言われるのは納得いかないわ。
「俺は三十代で死んだんだ」
「あれ? そうでした? 四十過ぎじゃなかったでしたっけ?」
「平成生まれだと言っただろう」
はいはい。わかりました。
殿下は若いです……なんて声に出しては言わないわよ。
どんな時でも殿下は王族だということは忘れてはいませんからね。
「……殿下、いい加減食べすぎです。私とアレクシアが食べたと思われるんでやめてください」
「あ、そうだった」
「王宮でご飯を食べさせてもらえないんですか?」
「んなわけあるか」
そしてここまで聞いても、なんで私に留学のお誘いがきたのかまったくわからないんですけども。
「ヒーローを味方に引き入れようと声をかけたが、王女なんて面倒だから傍に近寄るな。俺はヒロインが好きでゲームをしていたんだ。金を貯めて会いに行くんだと言われたそうだ」
「うへえ」
前にもそんな話は聞いていたけど、もの好きにもほどがあるわ。
転生者なんだから、ゲームの中のヒロインとはまったくの別物だと思ってくれなくちゃ困るわよ。
「それでヒロインを味方に引き込んで、ヒーローに言うことを聞かせようとしているのではないかとアードモアの転生者は予想している」
「彼女は何がやりたいんですか」
前世ではアラサーでキャリアウーマンだった子が、こんなふうに言われるように変わってしまったのって、子供のヘンリエッタ王女の性格に引っ張られているのよね。
私はオバサンの性格が強く出てしまっていて、ヘンリエッタ王女は転生後の王女の性格が勝ってしまったのかもしれない。
……オバサンが強くてよかったかもしれないわね。