作品タイトル不明
オバサンは十一歳になりました 3
「でもまあ、ローズマリーとアリスが並んでいるのなんて、なかなか見る機会がないもの。私も来てよかったわ。お爺様がどうしてもシェリルに会えってうるさかったし」
「うわあ、プリシラってば、もうシェリルを名前で呼んでいるわ。ずうずうしい」
「ローズマリーってこんな子だっけ? わかったわよ。アッシュフィールド準男爵とはお会いしたいと思っていましたのよ。これでいい?」
「ふん」
今日はローズマリー様が、他の御令嬢よりちゃんと歳下に見えるわ。
このお嬢さんたち、すごくない?
「せっかくこうしてお話し出来るんですから、私のことは名前で呼んでくださいな」
アッシュフィールド準男爵って名前は気に入っているんだけど、まだ自分の名前だって気がしないのよ。
呼ばれても気が付かないんじゃないかしら。
「じゃあ、私も名前で呼ぶから、あなたもナタリアって呼んで」
「私もプリシラって呼んでいいわよ」
これは、プリシラ様ともナタリア様とも親しくなれたと思っていいのかしら。
とても嬉しいのだけど、でも公爵令嬢とこんなふうに話してもいいもの?
もしかして爵位を持ってしまっているから、子爵家や男爵家の令嬢からは遠慮される立場なの?
「財務大臣にはいつもお世話になっています。プリシラ様のお話はたくさん伺っていましたので、こうして会えて嬉しいです」
「え? なにそれ聞いてないわよ。お爺様ったら私の話をしていたの?」
あ、ちょっと赤くなったかも。
よかった。十三歳の女の子っぽい顔もするのね。
「私もあなたの話はさんざん聞かされたわよ。天才少女だって言うからどんな子かと思えば、お人形みたいな綺麗な顔をした子供じゃない。なに? 天才って顔もよく生まれるの? ジョシュア様もそうでしょ?」
「確かに見た目はお人形ね。でも中身はかなりのものじゃない? うちの母が驚いていたわよ。自分から進んで奥様方ばかりがいる席に混ざって話をしていたって」
そういうナタリア様も十四歳には見えませんわ。
このふたりとローズマリー様は、王女様のお茶会に招かれる機会が多い立場だから、実はけっこう頻繁に顔を合わせているのよね。
さすが公爵家の御令嬢。
「そうね。ローズマリーも大概だけど、それ以上ね」
話題にあがっているローズマリー様は、全く興味がなさそうにナタリア様も気に入っていた栗のクリームのケーキ、つまりモンブランを食べている。
ゲームに出てきた食べ物はこちらの世界にもあると聞いて、じゃあない物はなんだろうと考えた時に、イラストにしてわかりにくいものはないんじゃないかなって思ったの。
ショートケーキやアップルパイはあっても、モンブランはないかもって。
山に見立ててクリームを絞り出すモンブランケーキって、日本発祥だしね。
「そうらしいですね。たまに気持ち悪いって言われます」
にっこり笑顔で言ったら、また引かれてしまった。
こういう会話は毎度のことだから、私にとっては今更なのよ。
「そっちじゃなくて、人形みたいに可愛いって言われたことを喜びなさいよ。この人たちが褒めるなんてよっぽどのことなのよ。特にプリシラは性格がめんどくさいから」
「ローズマリーは相変わらず生意気ね」
「正直なの」
「貴族としてそれは致命的よ」
「そうなの。困ってしまうわ」
「いいですね、仲がよさそうで」
アリス様がため息をつきながら呟いた。
「貴族派の集まりでは、立場が近い令嬢はビヴァリーだけで、他は身分が下の子ばかりでしょう? 私の機嫌を取ろうとしてくれてしまって、私まで気を使ってしまうんです。ビヴァリーは女の子とはあまりお話ししないし」
「ビヴァリーねえ。あの子はどうなるのかしらね。王都に来られなくなったら、社交界から追放されたのと同じでしょ」
ナタリア様の言葉に、全員がしばらく無言になってしまった。
社交界に参加できないお嬢さんを、嫁にもらってくれる貴族はあまりいない。
ましてや王族を怒らせたんだから、普通の家は関わらないようにするんじゃない?
私も関係のある話題だから気が重くなってしまうけど、だからってここに座って暗くなっている場合じゃないわ。
次のテーブルに行って、お友達を作らなくては。
「では、私はそろそろご挨拶に行ってきますね。お話しできて嬉しかったです」
「年初めの祝賀会に招待するから来てよ」
「はい、プリシラ様。財務大臣には新年のご挨拶に伺うつもりでした」
「うちも招待するから、キリンガム公爵家の日程を教えてよ。重ならないようにするわ」
「えー、今はわからないわよ」
ナタリア様も招待してくれるの?
あれ? じゃあもうお友達が出来たからいいんじゃない? 目的達成?
いえいえ、こんな身分の高いお嬢さん方ばかりではなくて、もっと我が家に近い立場のお友達を作らなくちゃいけないわ。
普段、ちょっと町にお出かけしましょうって誘えるようなお友達も欲しいじゃない。
「いいなあ。うちに来てもらうのは無理でしょう? ギルモアは私を招待してくれないでしょうし」
「ね。私もたぶん無理」
アリス様とローズマリー様は難しいだろうなあ。
ワディンガム公爵は、絶対に私を呼ぶことに反対するわ。
「では、失礼します」
席を立ちながらちらっと見たら、アリス様とローズマリー様が家の愚痴を言い合っていた。
貴族派も王族派もめんどうよねーって。
親は敵対している派閥なのに、娘は意気投合しているわ。
貴族派はビヴァリーのせいでエフィンジャー侯爵家の発言権が弱まって、派閥内で揉めているそうだし、王族派は第一王子派と第二王子派で真っ二つに分かれてしまっている。
つまり、国王陛下が玉座に座っている限り、我が国の内政には大きな変化がないってことよ。
さて、次はどのテーブルにご挨拶に行こうかしら。
……気のせいかな。
私を注目している子はたくさんいるのに、目が合いそうになるとさっと視線をそらされてしまっている気がするわ。
ええ!? もしかして話しかけられるのは嫌ってこと?
「公式行事以外で公爵家全員を招待できる家なんて、今までいなかったんだ。そりゃあ、どこの家もきみの機嫌を絶対に損ねるなって子供たちに厳しく言うさ」
うお。急に背後から話しかけられたからびっくりした。
「コーニリアス様」
珍しい。いえ、初めてじゃない?
ローズマリー様がいない時に話しかけられたのは。
「だから、きみと会話するのがこわいんだよ。それで避けられてるみたいで話しかけにくいんでしょ?」
誰に話しかければいいかわからなくて、途方に暮れていたのがばれていたわ。
コーニリアス様って、いつも黙って周りをしっかり見ている気はしていたのよ。
「でも、祝賀会のお礼をしたくて招待状を送ったら、みんないらしてくれてしまったんです」
「うん。きみはおもしろがられているからね。クロウリー子爵も優秀な方だから、商売の話で盛り上がっているみたいだよ」
なんでこうなった。
私はそろばんと鉛筆を発売しただけでしょう。
あ、グラフのせいか? そうなのか?
「これを渡したくて声をかけたんだ」
テーブルとテーブルの間の通路になっている場所にいるので、私とコーニリアス様が会話している姿は庭中から見えてしまう。
振り返って確認したりはしないけど、きっと注目されているわ。
婚約者のいる異性と話す時は、誤解されないように距離を置いて立たないといけない。
でもどのくらい離れればいいんだろう。
ここで私が突然後ろに下がって距離を取ったら失礼よね。
むしろ目立つところで話すってことは、何もやましいところはありませんよってことよ。
さくっと紙を受け取って、書かれている文字に視線を落とした。
「僕が一年で学園を卒業した時の、各教科の試験の傾向と授業の要点をまとめたレポートだよ。必要な教科があったら言って」
「……試験の教科ってこんなにあるんですか?」
「そりゃあ学園は、最長六年通うんだからね」
いや、わかっているのよ。
わかっているんだけど、改めて一覧にされると眩暈がするわ。
私って受験生なのよね。
「ありがとうございます。でもローズマリー様のためにまとめたんじゃないんですか?」
「そうだよ。だから原本はローズマリーにあげるから、必要な教科だけ複写するよ。上級生の教室で授業を受けないといけない時もあるから、ローズマリーひとりじゃ心配なんだ。きみにもしっかり頑張ってもらわないと」
あいかわらずローズマリー様への愛が重いな。
彼女のために生きているんじゃないかと思うくらいよ。
「ありがとうございます。あとでゆっくり検討させてください」
「うん。……今日はお米はないんだね」
お米?
「はい。もう在庫がなくなってしまったので。でもギルモアで試験的に作っているお米が少しだけ実ったので、いただけることになっているんですよ。食べたい料理があるんですか?」
「たきこみごはんが食べてみたいなって思ったんだ。ローズマリーが好きなんだって」
炊き込みご飯の発音が子供みたいだった。かわいい。
「よかった。マガリッジ料理を気に入ってもらえたんですね。前回の食事会であまりお話しされていなかったので、つまらないのかもしれないと心配していたんです」
「そんなことはないよ」
ちょっと視線をそらして頬をかいているってことは、やっぱりつまらなかったんだろうな。
「ローズマリーが楽しそうだからいいんだ。参加できないほうが嫌だ」
「うーん。そうですね。今は三年後のための足場固めだと思ってもらえませんか? コーニリアス様からしたら知らない内容の会話を聞くのはつらいでしょうけど、そんなの今だけです。私たちが今、マガリッジ料理について話したように、何度も会えば共通の話題や思い出が増えて、三年後には知らない話題なんてなくなりますから」
「三年後か。だいぶ先だね」
「三年後なんてすぐですよ」
いえ、若い子にとっての三年後はだいぶ先の感覚だったかも。
正月が終わったと思ったらもう七月って何!? 私、時を超えたかもしれない! なんて感覚は若い時にはなかったような気がするもの。
「そこのふたり、そんなところで何を話しこんでいるんだ?」
「かなり目立つ組み合わせよ」
いえ、そっちのふたりのほうが、並んで近付いてくる時から目立ちまくっていましたよ。
イールとプリシラ様って知り合いだったの?
「これをコーニリアス様にいただいたんです」
印籠のように教科の一覧表をふたりの目の高さに掲げた。
「一年で学園を卒業した先輩が作成した、試験の傾向をまとめた資料の一覧です」
「うへえ」
「すごい」
ふたりに感心されてコーニリアス様はちょっと照れくさそう。
彼ってこんな顔もするのね。
「でもこれはローズマリーのために作ったんじゃないの?」
プリシラ様もコーニリアス様の一途さを知っているということは、すっかり有名なのかもしれない。
それでローズマリー様に近付く男の子がいないのね。
「シェリル、今、話しても平気?」
今度はノアが話しかけてきた。
結局いつものメンバーじゃない。
それより、ノアはよくこの顔ぶれの中に突っ込んでくるわね。
コミュニケーション能力の高い人ってすごいな。
「何?」
「今日は米はないの?」
あなたも米?
え? 意外と米が男の子に人気?
「米って、この前試験品が出来たって話していたやつか?」
「食事会で炊き込みご飯を食べたでしょう?」
「炊き込みご飯! そうそう、それが食べたかったんだよ」
「僕も。美味しいって聞いて食べてみたかったんだ」
大きい声で何を言っているの、この子たちは。
炊き込みご飯ってなんだろうって周りで話し始めてるじゃない。
「今日はありません。来年、バリークレアで試験的に栽培を始めるので、それがうまくいくのを祈ってください」
わざと声を大きくして、周りに聞こえるように話した。
炊き込みご飯が、異世界で男子に人気になるなんて思わなかったわ。
「来年……」
「ノア、試験品が……」
コーニリアス様とノアがこそこそと話している様子が、けっこう仲良さそうでほっこりした。
プリシラ様とも仲良くなれそうだし、こうやって転生者以外にも共通の友人が増えていくうちに、この世界に馴染んで前世の記憶がどんどん薄らいでいくのかもしれない。
ただし、公爵令嬢以外に新しい友人は出来なかったんだけどね。
その後、ジョシュア様まで話しかけてきたり、大人の方達に呼ばれてしまったりで、歳が近い子供たちは誰も近寄ってくれなかったわ。
むしろ、逃げられている気がする。
こわくないのにな。
そんな簡単に機嫌悪くなったり、わけのわからない難しい計算式を唱えたりしないわよ?
普通の女の子の会話だって出来るんだから……たぶん。