軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35 辺境伯家へ

二月二十三日

前辺境伯エセルバートとその妻カーラは、数日前に届けられた長男カーティスからの手紙を繰り返し読んだ。手紙を要約すると、

『家を出て十二年。ご迷惑をおかけして家を出た自分は色々ありましたが別の名で無事に生きております。家族のみなさんも元気で過ごしていることを祈っています。

このたび、とある女性と結婚することになり、辺境伯家からの廃嫡を希望しています』

というものだった。

懐かしい長男カーティスの少し癖のある文字を何度も指先でなぞり、母カーラは涙を流して息子が生きていたことを喜んだが、父エセルバートは納得していなかった。

「なぜ廃嫡を望むのだ。辺境伯家の名を捨てずともそのまま結婚すればいいではないか」

「あなた。あの子はこの家を嫌っているのでしょう。カーティスが生きていたことがわかれば私は十分です」

そんなやりとりが繰り返されたあと、法律家のデニス・アシュトンがライトウェル辺境伯家を訪れた。

「初めましてライトウェル元辺境伯様。お話し合いの機会を設けて下さりありがとうございます。法律家のデニス・アシュトンと申します」

法律家は身分証を提示して自己紹介した。身分証は確かな物で、いかがわしい人間ではなさそうだとエセルバートは若い男を眺めた。

「話はわかったが、なぜ本人が同行しないんだね?」

その質問は想定済みだ。デニスが眼鏡の奥の茶色の目を真っ直ぐにエセルバートに向けて説明した。

「カーティス様は貴家との関係をこじらせることなく話を進めることをご希望です。双方が顔を合わせれば思わず出た言葉でこじれることもございますから。廃嫡された後は双方の交流を貴家がご希望なら家族ぐるみでの交流に応じるおつもりだそうです」

「あなた!」

カーラは息子に会いたかった。死んでいるのだろうと諦めていた長男が生きているのであれば名前などどうでもいいから会いたい、と思った。だがエセルバートはまだ納得していない。

「相手の女性が辺境伯の名を嫌っているのかね?」

「いえ、違います。お相手の女性はカーティス様の本当のお名前さえ最近までご存知なかったのです。今回のことは全てカーティス様のご希望です」

しばしの沈黙の後、エセルバートは

「少し時間を貰えるだろうか。現辺境伯である次男の意見も聞かねばならん」

と答えるのみだった。それも想定内である。

「承知いたしました。近くに宿を取っておりますので、明日、またお返事をうかがいに参ります」

そう言ってデニスは辺境伯家を後にした。

二月二十四日

再びデニスが辺境伯家を訪問した。

今回は現辺境伯のカルヴィンも同席している。そのカルヴィンがデニスに質問があるという。

「兄上がこの家を出て戻らない理由をあなたは知っているのですか」

「はい。うかがっております。『自分は辺境伯として剣の道に生きるには向いておらず、画家を目指していた。弟のほうが向いていると判断した。当時はそう訴えても受け入れてもらえないと判断して黙って家を出た』とのことです」

「そうですか」

実際は剣より絵筆を選んだだけではない。ダンス講師への思慕の情を捨てきれないこともあって出奔したのだが、それでは話がややこしくなる、とデニスが無難な答えを用意したのである。

次男のカルヴィンは子供の頃から野心家で、次男という立場に満足していなかったし、恋仲のディアナが兄の婚約者に決まった時には絶望した。だが兄が突然失踪し、自分が辺境伯の地位と恋人との両方を手に入れられたことで密かに安堵していた。そこから十二年。愛する妻との間に子供も二人生まれ、何もかも万事うまく回っているときに突然の兄の生存情報である。

(今一番問題なのは父上のお気持ちだ)

父は十二年間も音信不通で生死も定かではなかった兄を『療養中』として死亡扱いにも廃嫡扱いにもしなかった。それは兄に辺境伯を継がせるつもりがあるからではないだろうか。

だが正直、自分が十四歳の時に別れた兄の顔はもう思い出そうとしてもおぼろげになりつつある。そんな兄にいきなり当主の座を譲れと言われたらたまったものではない。

全てを投げ捨てた兄が長男だというだけで辺境伯の地位を父から与えられたらと思うと、カルヴィンは冷静ではいられなかった。『自分のほうが辺境伯に向いている。十二年間そのために生きてきた』という自負もある。妻や子どもたちのためにもこの地位は脅かされたくはない。

「カルヴィン、お前の意見はどうだ」

「はい、父上。私は兄さんの望むようにしてやりたいと思っております。そうすれば父上も母上も兄さんとまた会うことができるのですから」

「そうか……ならばここはカーティスの希望に沿う答えを出すしかあるまいな」

エセルバートの言葉に妻のカーラが顔を輝かせ、カルヴィンはホッとした。

だが前辺境伯エセルバートは胸の内では言葉とは全く違うことを考えていた。

(辺境伯家は外敵との防波堤だ。戦争になれば一番に敵と向かい合わねばならない。カルヴィンにもしものことがあれば幼い孫たちだけでは立ち行かなくなる。息子が二人いれば安心なのに、みすみすあいつを手放すなど!)

(絵なぞが好きな軟弱な息子だったが、自分が生きている間にもう一度徹底して性根を叩き直してやれば良いのだ)

五十五年の人生を辺境の地を守ることにかけてきたエセルバートには辺境伯家を安定して存続させるために必要な息子を手放すなど、到底受け入れ難かった。そこで策を練った。