作品タイトル不明
閣下、その写しは黒塗りです
翌朝、日程室には、まだ昨日の紙の気配が残っていた。
外部接触境界記録欄(がいぶせっしょくきょうかいきろくらん) 。
ノエルが作った新しい 欄(らん) は、 仮運用(かりうんよう) の印を押され、 受付簿(うけつけぼ) の後ろに 綴(と) じられている。
昨日までは、私を守るための欄だった。
けれど今日は、違う。
明日の 王宮手順照会会議(おうきゅうてじゅんしょうかいかいぎ) に向けて、その欄そのものが、 隣国使節団(りんごくしせつだん) の目に触れる可能性がある。
自分を守るために引いた線を、誰かに見せる。
そのことが、思ったよりも怖かった。
「クラウゼン様」
ノエルが静かに言った。
「 外務儀典局(がいむぎてんきょく) より、明日の会議資料範囲について 照会(しょうかい) です」
午前八時五十分。
早い。
ベネット 卿(きょう) が 封緘(ふうかん) を確認し、開封する。
私はまだ触れない。
先に見ない。
その順序が、今日も私を落ち着かせる。
「確認しなさい」
「はい」
渡された文書は、 外務儀典局長代理(がいむぎてんきょくちょうだいり) からの正式な照会だった。
件名。
王宮手順照会会議における対外提供資料範囲について。
議題案(ぎだいあん) 。
一、王族発言制限における 判断基準(はんだんきじゅん) 。
二、外部接触境界記録欄の設計意図。
三、 属人的補填(ぞくじんてきほてん) を避けるための受付簿運用。
四、記録欄の記入例。
五、隣国使節団からの照会に対応する場合の標準手順。
私は四の項目で、目を止めた。
記入例。
それは危うい。
実例を出せば、誰が何を言ったかが分かる。
王太子府(おうたいしふ) の私信。
ヴァルツ 公爵(こうしゃく) の進路への言及。
ノエルが 遮止(しゃし) した記録。
すべて、まだ熱を持っている。
外へ見せるには、あまりに近い。
「問題点を述べなさい」
ベネット卿が言う。
昨日と同じ声だった。
私は文書を置き、息を整える。
「第一に、記入例として実例を提示することはできません。王太子府、隣国使節団、私個人に関する接触記録が含まれるため、個人情報および内部監査記録に触れます」
「続けて」
「第二に、受付簿の全項目を開示することも危険です。 回議番号(かいぎばんごう) 、封緘番号、 搬送者(はんそうしゃ) 、遮止者の記録は、王宮内の警備導線を推測させる恐れがあります」
「第三は」
「外部へ見せられるのは、項目の考え方、 空欄見本(くうらんみほん) 、および 架空事例(かくうじれい) に限るべきです。実際の部署名、人物名、時刻、回議番号は伏せる必要があります」
ベネット卿は短く頷いた。
「黒塗りか」
「はい。ただし、ただ隠すのではなく、何を隠しているかの分類だけは残します」
ノエルが顔を上げた。
「分類だけ、ですか」
「ええ。たとえば『発信元、王宮内部署』とだけ残し、部署名は黒塗りにする。『接触形式、文書』は残す。『個人名記載、有』も残す。でも名前は出さない」
私は外部接触境界記録欄の試用版を示した。
「手順を見せることと、人を 晒(さら) すことは違います」
言ってから、少しだけ胸の奥が痛んだ。
晒す。
その言葉は強い。
けれど、間違っていない。
私は今、自分が晒されないための線を、他人にも適用しようとしている。
ベネット卿は机上の文書を整えた。
「 開示区分表(かいじくぶんひょう) を 起案(きあん) しなさい。 宛先(あてさき) は外務儀典局、 王妃陛下秘書官室(おうひへいかひしょかんしつ) 、 法務官室(ほうむかんしつ) 」
「 会計監査室(かいけいかんさしつ) は」
「今回は不要だ。資料範囲の確認であり、費用発生はない。 供茶(きょうちゃ) は昨日の回答で処理済みだ」
「承知いたしました」
私は羽根ペンを取った。
王宮儀典日程室統括官(おうきゅうぎてんにっていしつとうかつかん) 名義(めいぎ) として、開示区分表を起案する。
外務儀典局、王妃陛下秘書官室、法務官室宛て。
王宮手順照会会議における対外提供資料範囲について。
一、開示可。
王族発言制限における一般的判断基準。
受付簿および外部接触境界記録欄の空欄見本。
分類項目の説明。
二、条件付開示。
架空事例による記入例。
部署名、人物名、時刻、回議番号、封緘番号、搬送者名を含まないものに限る。
三、開示不可。
実際の王宮内照会記録。
王太子府、隣国使節団、王族、 貴族令嬢(きぞくれいじょう) 、王宮職員個人に関わる接触記録。
内部監査、法務共有、会計共有の具体的経路。
四、提示方式。
対外提供資料は、外務儀典局および法務官室の事前確認済み写しに限る。
実例の提示は不可。
黒塗り処理済み資料であっても、当該処理に用いた実際の接触記録原本は持ち出し不可。
五、会議当日は、資料の配布ではなく、会議室内での提示を原則とし、終了時に回収確認を行う。
以上。
王宮儀典日程室統括官。
ベネット。
起案、実務担当。
王宮儀典日程室。
主任調整官代理(しゅにんちょうせいかんだいり) 。
リディア・クラウゼン。
書き終え、ベネット卿へ差し出す。
彼は、四の項目で目を止めた。
「実際の接触記録原本は持ち出し不可。残せ」
「はい」
「五も残せ。見せることと渡すことは違う」
「承知いたしました」
彼は欄外に記す。
日程室確認済。
続けて、 統括官決裁印(とうかつかんけっさいいん) を押した。
「送れ」
「はい」
ノエルが封緘する。
搬送簿(はんそうぼ) へ記録する。
午前九時十二分。
外務儀典局宛て、王宮手順照会会議資料開示範囲確認。
王妃陛下秘書官室宛て、同写し。
法務官室宛て、同写し。
王宮儀典日程室統括官名義。
起案、実務担当、主任調整官代理リディア・クラウゼン。
日程室統括官決裁済。
搬送者、ノエル。
三通の封書が出ていく。
私はその背を見送った。
紙が出ていくたび、少しだけ不安になる。
もう戻ってこないのではないか。
どこかで意味を変えられてしまうのではないか。
けれど今は、違う。
紙には宛先がある。
決裁印がある。
控えがある。
戻る道も、記録されている。
午前九時四十分。
王太子府から照会が届いた。
ノエルが受付簿を開く。
その声に、わずかに硬さが混じる。
「 差出部署(さしだしぶしょ) 、王太子府。件名、王宮手順照会会議への同席希望について。受付印あり。回議番号あり。封緘あり」
部屋の空気が、少しだけ沈んだ。
王太子府。
同席希望。
ベネット卿が封緘を確認し、開封する。
私にはまだ渡さない。
彼が先に読む。
その沈黙が長く感じられた。
「確認しなさい」
「はい」
私は文書を受け取った。
王宮手順照会会議は、王族発言制限および 王太子殿下(おうたいしでんか) の主発言権整理に関わる内容を含むため、王太子府として、王太子殿下または王太子府上級書記官の同席を希望する。
必要に応じて、王太子殿下より当時の意図説明を行う用意あり。
胸の奥が、冷えた。
当時の意図説明。
その言葉は、柔らかい。
けれど、知っている。
説明という名の言い訳。
補足という名の上書き。
かつて私は、それを何度も受け取ってきた。
「分類しなさい」
ベネット卿が言った。
私は目を伏せ、文書の上に視線を置いた。
「参加者変更要望です。かつ、王太子殿下の同席を含むため、外交会議の導線変更に該当します」
「続けて」
「王太子殿下と私の 私的接触禁止令(してきせっしょくきんしれい) に 抵触(ていしょく) する可能性があります。会議が公式であっても、同席による接触経路が発生します」
「第三」
「王太子府が日程室へ直接、王太子殿下の参加を希望するのは経路不適切です。王族の同席希望は、王妃陛下秘書官室および外務儀典局へ 上申(じょうしん) されるべきです」
「第四」
「当時の意図説明は、本会議の議題ではありません。王宮手順照会会議は、王宮側の手順整理を対外的に説明する場であり、王太子殿下の 弁明(べんめい) の場ではありません」
言い終えると、指先が少し震えていた。
でも、声は崩れなかった。
ベネット卿は頷いた。
「 返案(へんあん) を起案しなさい。発行名義は日程室統括官。写しは王妃陛下秘書官室、外務儀典局、法務官室」
「はい」
私は羽根ペンを取った。
王太子府宛て。
王宮手順照会会議への同席希望について。
当該会議は、外務儀典局主催の対外手順照会会議であり、王族の意図説明または過去判断の弁明を目的とするものではない。
王太子殿下または王太子府職員の同席希望は、外交会議における参加者変更および導線変更に該当するため、王太子府から日程室への直接照会では確定不可。
必要がある場合、王妃陛下秘書官室および外務儀典局へ、正式な上申手続を取られたし。
なお、主任調整官代理リディア・クラウゼンは、 国王陛下裁可(こくおうへいかさいか) に基づき、王太子殿下との私的接触を禁じられている。
本件に関する日程室側の窓口は、引き続き日程室職員ノエルとする。
以上。
王宮儀典日程室統括官。
ベネット。
起案、実務担当。
王宮儀典日程室。
主任調整官代理。
リディア・クラウゼン。
書き終えた紙を差し出す。
ベネット卿は一読し、末尾の窓口指定で目を止めた。
「ノエル」
「はい」
「この窓口指定を受けるか」
ノエルは、ほんの少しだけ顔を 強張(こわば) らせた。
けれど、逃げなかった。
「お受けいたします」
「怖いか」
「怖いです」
「よろしい。怖いなら、記録を見ろ。無理なら私を呼べ」
「はい」
ベネット卿は決裁欄に記す。
日程室確認済。
統括官決裁印を押す。
「送れ。王太子府には正本。王妃陛下秘書官室、外務儀典局、法務官室へ写しだ」
「はい」
ノエルが封緘する。
午前九時五十六分。
王太子府宛て、王宮手順照会会議同席希望に関する返案。
王妃陛下秘書官室、外務儀典局、法務官室へ写し共有。
王宮儀典日程室統括官名義。
起案、実務担当、主任調整官代理リディア・クラウゼン。
日程室統括官決裁済。
指定窓口、日程室職員ノエル。
搬送者、ノエル。
扉が閉まる。
ノエルの足音が遠ざかる。
私は手元の控えを見た。
王太子府。
王太子殿下。
当時の意図説明。
それらの言葉は、まだ私の中で少しだけ重い。
けれど、もう私の机に直接落ちてこない。
正しい宛先へ返した。
それだけで、少し息ができた。
午前十時二十分。
外務儀典局の書記官が、資料開示範囲についての中間通知を持参した。
窓口のノエルは、王太子府への返案搬送で不在だった。
私は主任調整官代理として、ノエルの机に置かれた受付簿を引き取る。
差出部署、外務儀典局。
件名、資料開示範囲選定中間の件。
受付印あり。
回議番号あり。
封緘あり。
持参者、外務儀典局書記官。
記載を確認し、受領印を 捺(お) す。
それから、封書をベネット卿の机へ運んだ。
実務担当者が不在でも、線の引かれた机は機能する。
ベネット卿が封緘を確認し、開封する。
法務官室の書記官が外務儀典局へ出向き、資料範囲の確認を同席で進めるという。
王妃陛下秘書官室は、外務儀典局および法務官室の確認後、最終承認を行うとのことだった。
紙は動いている。
人も動いている。
でも、勝手には動いていない。
午前十一時十分。
ノエルが戻ってきた。
顔色は少し白かった。
けれど、足取りは崩れていない。
「戻りました」
「お疲れさまです」
私は声をかけた。
ノエルは受付簿を開き、淡々と報告した。
「王太子府は返案を受領しました。受領印あり。口頭での追加伝言はありません。ただし、王太子府上級書記官が一度、殿下のご意向という言葉を出しかけましたので、正式な追記照会がある場合は指定窓口へ文書で提出するよう伝えました」
ベネット卿が頷く。
「よろしい」
ノエルは、少しだけ息を吐いた。
「怖かったです」
「だろうな」
「でも、言えました」
「それでいい」
それだけだった。
けれど、ノエルの肩から少し力が抜けたのが分かった。
午前十一時半。
外務儀典局、法務官室、王妃陛下秘書官室の連名で、資料開示範囲の承認が届いた。
開示可。
王族発言制限の一般的判断基準。
受付簿および外部接触境界記録欄の空欄見本。
分類項目の説明。
条件付開示。
架空事例による記入例。
ただし、王宮内の実在部署名、人物名、時刻、回議番号、封緘番号、搬送者名は使用不可。
開示不可。
実際の接触記録。
内部監査記録。
法務共有経路。
会計共有経路。
王太子府関連記録。
隣国使節団関連記録。
提示方式。
会議室内での提示のみ。
配布不可。
写しの持ち帰り不可。
終了時、全資料を外務儀典局記録官立会いで回収確認。
完璧だった。
こちらが出した線を、三部署がさらに固くして返してきた。
私は小さく息を吐いた。
「では、資料を作成します」
「その前に昼食だ」
ベネット卿が言った。
「ですが」
「昼食だ」
反論の余地はなかった。
正午。
私は 文官携行食(ぶんかんけいこうしょく) を食べた。
無塩(むえん) の 硬餅(かたもち) 。
乾燥果実。
水。
ノエルは、机上の公文書を避けてくれていた。
食べ終えた後、水場で指先と口元を洗う。
麻布(あさぬの) で拭く。
机の上を 刷毛(はけ) で払う。
いつもの動作。
けれど今日は、少しだけ違った。
この手で、黒塗りをする。
隠すために。
守るために。
午後零時半。
資料作成に取りかかった。
一枚目。
王族発言制限における判断基準。
二枚目。
外部接触境界記録欄、空欄見本。
三枚目。
架空事例。
発信元、外部機関。
接触形式、文書。
分類、個人指名を含む対外技術照会。
個人名記載の有無、有。
遮止者、統括官。
共有先、外務、法務、秘書官室。
法務共有要否、要。
会計共有要否、条件付。
処理結果、公式会議へ再整理。
備考、自由記述禁止。
四枚目。
黒塗り処理見本。
発信元、■■■■。
接触形式、文書。
分類、個人指名を含む対外照会。
個人名、■■■■。
遮止者、■■■■。
共有先、外務儀典局、法務官室、王妃陛下秘書官室。
処理結果、公式会議へ再整理。
ノエルが横から見ていた。
「黒塗りしても、何が起きたかは分かるのですね」
「ええ。誰が、ではなく、何が、を残します」
「誰が、を消す」
「消すのではありません。正しい場所へ戻します」
ノエルは少し考えた。
「人の名前は、記録から消えるわけではない」
「はい。内部記録には残ります。ただ、外へ見せる必要がない場所からは外す」
「名前を守るための黒塗り」
「そうです」
私は筆を置いた。
黒く塗られた紙は、美しくはない。
けれど、その黒の下に、人がいる。
誰かの失敗。
誰かの怯え。
誰かの言葉。
誰かの名。
それを全部、見世物にしないための黒だった。
午後一時四十分。
資料一式が完成した。
私は起案書を添える。
外務儀典局、法務官室宛て。
王宮手順照会会議提示資料案について。
承認済み開示区分に基づき、提示資料案を作成。
資料一、王族発言制限判断基準。
資料二、外部接触境界記録欄空欄見本。
資料三、架空事例記入例。
資料四、黒塗り処理見本。
いずれも会議室内提示のみ。
配布不可。
持ち帰り不可。
会議終了時に外務儀典局記録官立会いで回収確認。
なお、資料四作成にあたり参照した実際の接触記録原本は、日程室内保管とし、会議室への持ち出しを行わない。
以上。
王宮儀典日程室統括官。
ベネット。
起案、実務担当。
王宮儀典日程室。
主任調整官代理。
リディア・クラウゼン。
ベネット卿が確認する。
「よろしい」
決裁印が押される。
午後一時五十二分。
外務儀典局宛て、王宮手順照会会議提示資料案。
法務官室宛て、同確認依頼。
王宮儀典日程室統括官名義。
日程室統括官決裁済。
搬送者、ノエル。
午後二時半。
王妃陛下秘書官室から、王太子府の同席希望について正式回答が届いた。
王太子殿下の同席は不可。
王太子府職員の同席も不可。
本会議は、隣国使節団に対する王宮手順照会会議であり、王太子殿下の意図説明または王太子府の弁明を目的としない。
王太子府が本件に関して必要な意見を有する場合、王妃陛下秘書官室宛てに書面で提出すること。
リディア・クラウゼンへの直接照会、伝言、同席要求は不可。
私は、その最後の一文を見た。
リディア・クラウゼンへの直接照会、伝言、同席要求は不可。
文字は冷たい。
でも、その冷たさがありがたかった。
誰かの優しい言葉より、冷たい規定の方が私を守ることがある。
午後三時。
外務儀典局から、提示資料案について承認が戻った。
法務官室確認済み。
外務儀典局確認済み。
資料一から四、会議室内提示可。
ただし、資料四の黒塗り処理を行うにあたって参照した、王太子府や隣国使節団の実際の接触記録原本は、日程室外へ持ち出さないこと。
明日の会議室へは、本日作成した提示用資料一から四の写しのみを持参されたし。
持ち帰り不可の旨を、会議冒頭で外務儀典局長代理が宣言すること。
私は確認し、資料箱へ写しを収めた。
資料箱。
封緘番号、二〇九。
貸出予定、明日午前九時四十五分。
返却期限、明日正午。
ノエルが搬送簿へ記入する。
「明日の資料箱は、外務儀典局の記録官立会いで開封。会議後、同じく記録官立会いで再封緘」
「はい」
「実際の接触記録原本は」
「日程室内金庫に保管。持ち出し不可」
「よろしい」
ノエルの声は、もう震えていなかった。
午後四時。
私は予定表を整理した。
王宮手順照会会議、資料開示範囲確認。
実例開示不可。
架空事例可。
黒塗り処理見本可。
実際の接触記録原本、日程室内金庫保管。
持ち帰り不可。
王太子府同席希望、不可。
資料箱封緘、二〇九。
明日午前九時四十五分、持ち出し予定。
一つずつ、完了の印をつける。
最後に、私的な覚え書きの欄へ書いた。
見せることと、渡すことは違う。
羽根ペンを置く。
黒塗りした紙を見つめる。
昔の私は、何もかも見せていた。
殿下のために。
場を回すために。
自分の都合も、疲れも、傷も、全部見えない場所へ押し込んで、必要なものだけを差し出していた。
けれど今は、違う。
見せる範囲を決められる。
渡さないものを決められる。
隠すことは、嘘ではない。
守ることだ。
窓の外では、夕暮れが王宮の壁を淡く染めていた。
ノエルが資料箱の封緘を確認する。
ベネット卿が決裁印をしまう。
明日、ヴァルツ公爵はこの黒塗りを見るだろう。
そして、たぶん笑う。
けれど、それでいい。
閣下。
その写しは、黒塗りです。
あなたに見せるのは手順だけ。
人の傷までは、渡しません。