作品タイトル不明
第299話:リサーチと、癒やしの音色
ショッピングモールの広くて明るい通路を歩きながら、俺は必死に平常心を保とうとしていた。
先ほどの生活雑貨コーナーでの出来事。
もぞもぞと不器用にしている凛を見かねて、つい自分の手で靴下を履かせてしまったわけだが、冷静に振り返ってみると完全に『お姫様扱い』な行動だった。
通りすがりのマダムたちに微笑ましく見守られてしまった羞恥心が、今になってじわじわと込み上げてきている。
隣を歩く凛も、少し俯き加減で買ったばかりの紙袋をたいせつそうに抱きしめている。顔の赤みは引いたようだが、心なしかいつもより口数が少ない気がした。
このまま無言で歩き続けるのもなんだか照れくさいので、俺は意識して普段通りのトーンで声をかけた。
「……次はどうする? あっちのエリア、食器とかインテリアの店が集まってるみたいだけど」
俺が指差した方向を見て、凛はパッと顔を上げた。
「あ、行きたい。可愛いマグカップとかあるかな」
いつもの無邪気な声色が戻ってきて、俺は密かにホッと息を吐く。
そのまま二人で並んで、お洒落な食器やキッチン雑貨が並ぶお店へと足を踏み入れた。
店内には、和食器からモダンな洋食器まで、色とりどりの器が綺麗にディスプレイされている。
凛は「わぁ……」と目を輝かせながら、陳列棚を一つ一つ丁寧に見つめていた。
「朝陽くん、これ見て。色合いがすっごく可愛い」
凛が両手でそっと持ち上げたのは、淡いイエローの、少し深さのある丸いお皿だった。
ぽってりとした質感が温かく、確かに冬の食卓に似合いそうなデザインだ。
「ん、いいんじゃないか。深さもあるし、洋食とか汁気のあるものにも使いやすそうだな」
「うんっ。このお皿、朝陽くんのオムライスに絶対合うと思うの。卵の黄色と、ケチャップの赤がすっごく映えそうじゃない?」
オムライス。
俺が作ったご飯を盛り付けることを、まるで作戦会議でもするように嬉々として語る凛。
その姿があまりにも自然で、俺はなんだか胸の奥がくすぐったくなった。
「そうだな。じゃあ、今度このお皿で特大のオムライス作ってやるよ。デミグラスソースとケチャップ、どっちがいい?」
「ええっ、迷うなぁ……。でも、やっぱり最初は定番のケチャップがいいかも」
「わかった。その代わり、ピーマンも細かく刻んでたっぷり入れるからな」
「えぇー……」
少しだけ唇を尖らせる凛を見て、俺は思わず吹き出した。
休日のショッピングモールで、これからの食卓の相談をする。
まるで夫婦みたいなやり取りをしている自分たちに気づき、頬が少しだけ緩んでしまうのを止められなかった。
そこからさらにモールの中を歩き、全国のクラフト小物や伝統工芸品を集めた特設催事コーナーの前を通りかかった時のことだ。
「あ……」
不意に足を止めた凛の視線の先には、木製の小さなオルゴールがいくつも並べられていた。
手のひらに乗るくらいの可愛らしいサイズで、素朴だけれどとても繊細な細工が施されている。
凛がショーケースの前に置かれていたサンプルのネジをそっと巻くと、ポロン、ポロンと、ひどく優しくて澄んだ音が辺りに響いた。
電子音とは全く違う、木の反響を活かした温かい音色だ。
「これ……ある工房の職人さんが手作りしてるオルゴールだ。すごく綺麗な音色でしょ?」
「へえ、本当だな。なんかずっと聞いてられそうな音だ」
感心して覗き込むと、オルゴールの蓋の装飾には、キラキラとした小さな天然石があしらわれていることに気がついた。
「上の石も綺麗だな」
「うん。これ、蓋の石を『誕生石』にして作ってくれるんだって。ネットの特集記事で見たことがあって、ずっと気になってたんだ。絵を描いてて行き詰まった時、自分の誕生石が乗ったオルゴールの音があったら、すごく癒やされるだろうなって……」
愛おしそうにオルゴールを見つめる凛。
俺はこれだ、と直感した。
クリスマスプレゼントの正解が、今目の前にある。
「じゃあ、買っちゃうか?」
俺がさりげなくそう言うと、凛は少しだけ残念そうに首を横に振った。
「ううん……ここに置いてあるのは定番の石だけで、私の誕生石のやつはないみたい。それに、手作りの品だから通販とかも一切やってなくて、その工房の直営店に行かないと買えないんだよね」
「へえ。その工房って、どこにあるか知ってるのか?」
「名前は『 星音(ほしね) 』って言うんだけど、場所まではわからなくて……。」
諦めたようにオルゴールを棚に戻す凛の横顔を見て、俺は視線をそらしながら、心の中で小さくガッツポーズをした。
(決まった……!)
場所を知らないなら、好都合だ。
俺は凛が別の伝統工芸品のコーナーを見に行っている隙に、こっそりとスマホを取り出し『オルゴール 星音』と検索窓に打ち込んだ。
すぐに出てきた工房のホームページを確認すると、確かに隣の県の、電車で一時間ほど揺られた先にある街に店舗を構えているらしい。
(誕生石のオルゴール……曲目もいくつか種類があるみたいだな。よし、曲は俺が凛に似合いそうなやつを厳選して買ってこよう)
凛には内緒で、一人で電車に乗って買いに行く。
最高のクリスマスプレゼントの計画が決まり、俺はスマホをポケットにしまいながら一人でほくそ笑んだ。
「朝陽くん……お腹、空かない?」
時計の針が正午を回った頃。
凛が俺のコートの袖をちょこんと引っ張ってきた。
たくさん歩き回ったせいか、俺もすっかり空腹だ。
「そうだな、お昼にしようか。何食べたい?」
「うーん……外歩いてたら少し冷えちゃったから、何か温かいものがいいな」
レストランフロアに移動し、俺たちが選んだのは、地元でも有名な味噌ラーメンの専門店だった。
ボックス席に向かい合って座り、注文を済ませて待つこと数分。
「お待たせいたしました、特製濃厚味噌ラーメンと、炙りチャーシュー麺です!」
どんぶりから立ち上る真っ白な湯気と共に、香ばしい味噌とニンニクの匂いが一気に鼻腔を突き抜けた。
「うわぁ……美味しそう……!」
凛の目の前に置かれたのは、コーンとバターが乗った特製濃厚味噌ラーメン。
琥珀色の濃厚なスープの表面で、四角いバターがゆっくりと溶け出し、まろやかなコクの層を作り出している。
「熱いから、気をつけて食えよ」
「うんっ、いただきます」
凛は両手を合わせてから、レンゲでスープをすくい、ふうふうと息を吹きかける。
そして一口飲むと、目をまん丸にして「んんっ!」と小さく声を上げた。
「スープ、すっごく濃厚! 味噌の甘みとバターが合わさって、冷えた体に染み渡るよぉ……」
「この味噌、コクがあって美味いな」
俺も自分のどんぶりから、中太のちぢれ麺を勢いよくすする。
スープがしっかりと絡んだ麺はモチモチとした食感で、噛むほどに小麦の香りが広がる。
分厚く切られた炙りチャーシューは、箸で持ち上げると崩れてしまいそうなほどホロホロに煮込まれていて、口に入れると香ばしい脂の甘みが溶けて消えた。
凛も小さな口で一生懸命に麺をすすり、熱さにハフハフと息を吐きながらも、箸を止めることなく食べ進めている。
「はぁー……お腹いっぱい。すっごく美味しかったぁ」
「完食したな。よし、じゃあ少し休んだら、一階のスーパーで夕飯の買い出しして帰るか」
「うんっ! 夕飯も楽しみにしてるね」
ぽかぽかと温まった体で、俺たちは満足げに席を立った。
頭の片隅で、凛に内緒のお買い物ミッションのスケジュールを組み立てながら。
俺の足取りは、モールに来た時よりもずっと軽くなっていた。