軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第258話:お試しの撮影と、とろとろオムライス

「よし、リングライトの明るさも良し! スマホの画角もオッケーだよ!」

日曜日の昼下がり。

昨日買ってもらったばかりのチャコールグレーのエプロンを身につけた俺は、キッチンのまな板の前に立っていた。

目の前には、手元を真上から映すためのスマホスタンド。

そして俺の斜め後ろでは、凛がもう一台のスマホを両手で構え、カメラマンとしてスタンバイしている。

来週末に迫ったお泊まり会で出すメニューの試作と、初めての動画撮影テストだ。

「それじゃあ朝陽くん、準備はいい?」

「ああ。いつでもいけるぞ」

「はいっ、じゃあ回すよ! よーい……スタート!」

凛の掛け声とともに、録画がスタートした。

まずはチキンライス作りからだ。

熱したフライパンにバターを落とすと、じゅわぁっという音と共に、香ばしい匂いがキッチンに広がる。

そこに細かく刻んだ玉ねぎと鶏肉を投入し、木べらで手早く炒めていく。

「……おお〜、手際いい……」

背後から、感心したような凛の小さな声が聞こえる。

玉ねぎが透き通ってきたところで、少しスペースを空けてケチャップを投入。

ここでケチャップの水分をしっかり飛ばすのが、べちゃっとしない美味しいチキンライスを作るコツだ。

温かいご飯を入れ、全体が綺麗なオレンジ色に染まるまでムラなく炒める。

「はい、チキンライス完成。これをお皿に盛って、と」

「うんうん、このままでも美味しそう。……あっ、朝陽くん、腕の筋すっごい……。フライパン振る時の腕、めっちゃかっこいい……」

「……えっと、冬月さん? 今、料理じゃなくて俺の腕撮ってないか?」

「っ!? と、撮ってないよ! ちゃんとフライパン撮ってるもん!」

無意識に漏れたであろう本音に、俺は思わずいつもは呼ばない苗字でツッコミを入れてしまった。

凛は誤魔化すようにスマホを少し下に向ける。

動画のテストなんだからしっかりしてくれよと思いつつも、そんな風に見惚れてもらえるのは、男として正直かなり嬉しい。

「よし、次は一番大事なオムレツの部分だな」

気を取り直して、一度フライパンを綺麗にし、少し多めのバターを溶かす。

ボウルに卵を三つ割り入れ、そこに生クリームを少しだけ加えてよく混ぜ合わせた。

「いくぞ」

ジュワァァァッ!!

熱したフライパンに卵液を一気に流し込むと、縁の方からすぐに火が通って固まり始める。

俺は菜箸を素早く動かし、空気を含ませるように卵を大きくかき混ぜた。

全体がまだトロトロの半熟状態になった瞬間に火から下ろし、中央にピザ用のミックスチーズをたっぷりと一掴み乗せる。

フライパンの柄をトントンとリズミカルに叩き、卵を奥から手前へと折りたたんで、綺麗な木の葉型に巻き込んでいく。

「わぁ……すごいすごい! 卵がプルプルしてる!」

凛が興奮気味に、スマホを持ったまま俺の肩越しに顔を覗き込んできた。

シャンプーのいい香りと、肩に当たる柔らかい感触に一瞬だけ手元が狂いそうになるが、ここで失敗するわけにはいかない。

俺は卵の繋ぎ目を下にして、お皿に盛ったチキンライスの上へ、滑らせるようにしてそっと乗せた。

「最後に、このデミグラスソースをかけて……完成だ」

市販のルーに赤ワインやケチャップを足して煮詰めたソースを、鮮やかな黄色の卵の上にたっぷりと回しかける。

「はい、カット! お疲れ様、朝陽くん!」

「ふぅ、なんとか上手くいったな」

火を止めると、凛はスマホをテーブルに置き、目をキラキラさせながら出来立てのオムライスに顔を近づけた。

「すっごくいい匂い……! デミグラスソースとバターの香りがたまらないよぉ……」

「ほら、冷めないうちに味見してくれ。お泊まり会で出しても恥ずかしくない味か、厳しい審査をお願いします」

「ふふっ、任せて!」

俺たちは対面でテーブルにつき、凛は嬉しそうに「いただきまーす!」とスプーンを手に取った。

そして、オムライスのぷっくりと膨らんだ真ん中の部分に、スプーンをスッと差し込む。

その瞬間。

薄い卵の膜が破れ、中からトロットロの半熟卵とチーズが、チキンライスの上へと流れ出した。

「わぁっ……! なにこれ、お店みたい!」

「熱いから気をつけてな」

凛は大きく頷くと、卵とライス、そしてデミグラスソースをたっぷりとすくい上げ、少しだけフーフーと息を吹きかけてから、パクリと頬張った。

モグモグ、と咀嚼すること数回。

ピタッと動きを止めた凛は、両手で自分の頬をギュッと押さえ、とろけきったような満面の笑みを浮かべた。

「んん〜〜っ!! なにこれ、めちゃくちゃ美味しい!」

「どうだ? 卵の固さは」

「最高! 卵がすっごいフワトロで、チーズがめっちゃ伸びる……! ケチャップライスの酸味と、このデミグラスソースのコクがすっごく合ってるよ。これならいくらでも食べられそう……」

よっぽど美味しかったのか、目を細めて幸せそうに咀嚼する凛。

大袈裟な言葉じゃなく、等身大の素直な感想が聞けてホッとする。

その世界一可愛い「美味しい顔」を見ているだけで、料理を作った苦労なんて全部吹き飛んでしまう。

「……朝陽くんも、食べる?」

半分ほど食べたところで、凛がスプーンにオムライスをすくい、俺の口元へと差し出してきた。

「はい、あーん」

「えっ、あ……うん」

少し照れくさいが、大人しく口を開けてスプーンを受け入れる。

自分で作ったとはいえ、凛に食べさせてもらうと、なんだか三割増しで美味しく感じるから不思議だ。

「どう? 自分で食べてみて」

「うん、バッチリだな。これなら佐藤さんたちにも喜んでもらえそうだ」

「絶対喜ぶよ! これはおかわり争奪戦になっちゃうかも」

へへっ、と嬉しそうに笑う凛。

食後。

俺たちは二人で並んでソファに座り、さっき凛が撮ってくれたテスト動画を確認してみることにした。

『はいっ、じゃあ回すよ! よーい……スタート!』

画面には、真上から撮られたフライパンと、俺の手元が綺麗に映っている。

画角も明るさも問題ない、それなりに上手く撮れてるのではと思ったのだが。

『……おお〜、手際いい……』

『うんうん、このままでも美味しそう。……あっ、朝陽くん、腕の筋すっごい……。フライパン振る時の腕、めっちゃかっこいい……ふふっ』

『わぁ……すごいすごい! 卵がプルプルしてる!』

「…………」

「…………〜〜〜っ!」

動画の音声には、終始俺の腕に見惚れたり、小さな声で惚気たりしている凛の声が、これでもかというほどクリアに録音されてしまっていた。

「……うん。これはちょっと恥ずかしくて、全世界には公開できないな」

「あうぅぅ……っ。ご、ごめんなさい……つい、見惚れちゃって……っ」

顔を真っ赤にして、クッションに顔を埋めてジタバタと暴れる凛。

俺はそんな彼女の頭を笑いながら優しく撫でた。

「それにさ、これよく見たら……俺が黙々と作ってるだけで、食材の切り方とか火加減の説明が全然入ってないんだよな」

「あっ……。確かに。私がずっと『すごいすごい』って言ってるだけになっちゃった……」

「やっぱり、行き当たりばったりじゃダメだ。ちゃんと何を喋るか、台本みたいなのを作ってから撮らないと、料理動画にならないな」

「う、うん。そうだね。次はちゃんと台本用意して、私も静かに撮るように頑張る……!」

休日ののんびりとした時間。

課題は見つかったけれど、お泊まり会の準備も、初めての動画投稿への準備も、確実に前に進んでいる。

クッション越しにこちらを上目遣いで見てくる可愛い恋人を抱き寄せながら、俺は確かな手応えと、底なしに甘い幸福感に包まれていた。