作品タイトル不明
第250話:上の空な彼氏
「いやー、週末の焼肉マジで最高だったわ。」
月曜日のお昼休み。
いつものように中庭で弁当を広げていると、大輝がしみじみと呟いた。
「本当だよね! お肉もすごく柔らかかったし、瀬戸のご飯、また絶対食べたいな」
「大輝なんて、月曜の朝からずっと焼肉の話してるんだよ? どんだけ胃袋掴まれてんのって感じ」
佐藤さんと寺田さんもクスクスと笑いながら同意してくれる。
友達に手料理を絶賛してもらえるのは、純粋にすごく嬉しかった。
「またいつでも作るよ。今度はもっと色んなメニュー考えておくからさ」
そう言って笑い返しながらも、俺の胸の奥には、ふとした瞬間にチクリと疼くものがあった。
(……でも、あの肉を買ったお金は、俺が自分で稼いだお金じゃないんだよな)
買い出しの時、凛が自分の財布から出した五千円は、彼女がイラストレーターとして自分の力で稼いだお金だ。
対して俺が出した五千円は、親からの仕送りをやりくりして捻出したもの。
男としての、ほんの小さな劣等感。
「いつか、ちゃんと自分の力で稼いだお金で、凛に美味しいものを食べさせたい」
その思いは、週末を終えても消えることなく、俺の中で静かに燻り続けていた。
放課後。
自分の部屋に戻った俺は、ベッドに寝転がりながらスマホで検索窓を開いた。
『高校生 お金を稼ぐ方法 在宅』
一番手っ取り早いのは、コンビニや飲食店でアルバイトをすることだ。
そうすれば確実にお金は入る。
でも、もし放課後や休日に外へ働きに出れば、スーパーへの買い出しや、毎日の料理、掃除をする時間がごっそり削られてしまう。
何より、一番のネックは「凛と一緒に過ごす時間が減る」ことだった。
彼女の生活を支えるために同居を始めたのに、バイトのせいで本末転倒になってしまっては意味がない。
「家から出ずに、自分の力でお金を生み出す方法……」
ネットサーフィンをしているうちに、ふと、動画サイトの存在に目が留まった。
何気なく開いたアプリで、素人が手際よく大きな魚を捌く動画や、日々の料理を解説付きで作っていく動画がおすすめに流れてくる。
「……すごいな。こういうのでも、見てくれる人がいれば仕事になるのか」
画面の中で鮮やかに包丁を扱う配信者を見つめながら、俺はハッとした。
(今、俺に胸を張ってできる特技ってなんだ……?)
勉強も運動も、人並み。これといった特別な才能なんてない。
でも、一つだけ。毎日、凛のために当たり前のようにやっていることがある。
『料理』だ。
(俺たちと同じ一人暮らしの高校生の中には、自炊したくても難しくてできない奴が、一定数いるはずだ。そういう人たちのために、誰でも簡単に作れる献立を動画にして配信できないか……?)
自分の武器と、やりたいことの輪郭が、パチリと重なった瞬間だった。
「よし、料理の動画を作ろう」
目標は定まった。
……定まったのはいいものの、そこから先が全くの未知数だった。
動画って、どうやって撮るんだ? スマホのカメラでいいのか?
編集ソフトは何を使えばいい? 音声はどうやって入れる?
そもそも、キッチンのどこにカメラを置けば手元が綺麗に映るんだ?
考えれば考えるほど分からないことだらけで、俺は完全に壁にぶち当たってしまった。
月曜日、火曜日、そして水曜日。
「まずは自分で調べてから凛に相談しよう」と思ったのが運の尽きだった。
暇さえあればスマホで動画編集のやり方や機材のレビューを読み漁り、頭の中はずっと「どうやって始めるか」でいっぱいになっていた。
「……朝陽くん」
「あ、うん。そうだな」
「ちょっと、朝陽くん?」
「えっ? あ、ごめん。なんだっけ?」
「……もう。」
水曜日の夜。
夕食とお風呂を済ませて、いつものように凛の部屋でくつろいでいる時も、俺はスマホの画面を睨みつけながら上の空だった。
(三脚はやっぱり上から撮れるやつじゃないとダメか……でも高いな……)
そんなことをブツブツと頭の中で考えていると。
「……朝陽くん。ちょっとこっちおいで」
すぐ隣のソファに座っていた凛から、ポンポン、と彼女の太ももを叩かれた。
見ると、凛は少しむくれたような、でもどこか心配そうな瞳で俺をじっと見つめている。
「え? こっちって……」
「いいから。ゴロンってして」
「いや、でも……」
「い・い・か・ら」
有無を言わさない、少し怒ったような強いトーン。
逆らえない空気を感じ取った俺は、スマホをテーブルに置き、言われるがまま彼女の太ももの上へコロンと横になった。
「うおっ……」
先日の夜、俺が勝手に寝落ちした時と同じ膝枕。
少し照れくさくて起き上がろうとした瞬間、凛の両手が伸びてきて、俺の頬をむにゅっと左右から挟み込んだ。
「んっ!?」
「……朝陽くん、ここ三日くらい、ずーっと上の空だよね」
真上から覗き込んでくる凛の顔が近い。
彼女の瞳には、逃がさないという意思が宿っていた。
「私の話もちゃんと聞いてないし、ずっとスマホ見て難しい顔してるし。……何か、悩み事があるんでしょ?」
「あ、いや……それは……」
「隠し事はなし」
むにゅ、とさらに頬に力を込められる。
怒っているようにも見えるけど、彼女の手のひらからは、俺を本気で心配してくれている温かさが伝わってきた。
「全部吐くまでは、絶対ここから逃がしてあげないからね」
凛の静かで優しい尋問が始まった。
この距離で見つめられて、おまけに膝枕までされてしまっては、もう白状する以外の選択肢は残されていなかった。