軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第220話:事情聴取と、冷却パック

二時間目の授業が終わるチャイムが鳴ると同時、俺は自分の席を立ち、隣の二年二組の教室へと向かった。

凛の席に行き、「ちょっと腕、見せて」と声をかける。

「あ、朝陽くん。ううん、もう全然痛くないよ?」

「いいから。袖、まくってみて」

俺が真剣な顔で言うと、凛は少し戸惑いながらも長袖のブラウスをそっとまくり上げた。

透けるように白い彼女の細い腕には、さっきの男子に強く掴まれたせいで、痛々しい赤みがくっきりと残ってしまっていた。

「……っ。やっぱり……」

俺の表情がスッと冷たくなり、無意識のうちに声のトーンが低くなる。

自分でも気づかないうちにまた顔が怖くなっていたのだろう。

隣にいた陽菜が、慌てて俺と凛の間に割って入った。

「ストーップ! 朝陽くん、顔怖い顔怖い! 」

「……悪い。とりあえず、冷やしに行こう。保健室行くぞ」

「う、うん」

俺は凛を連れて、足早に保健室へと向かった。

保健室のドアを開けると、奥のデスクでパソコンに向かっていた保健医の先生が顔を上げた。

「二年一組の瀬戸です。こっちは二組の冬月です」

「あら、どうしたの?」

「男子に少し腕を強く掴まれてしまって、赤くなっているんです。冷却パック、貸してもらえますか」

俺がそう言うと、先生は凛の腕を見て少しだけ眉をひそめた。

ただの怪我ではなく、生徒間のトラブルだとすぐに察してくれたようだ。

「……なるほどね。わかったわ、冷却パック持ってくるから、そこのベッドに座ってなさい」

「ありがとうございます」

先生は冷蔵庫から冷却パックを取り出して俺に渡すと、「二人とも、ここで少し冷やしていなさい。先生、二人の担任の先生に報告してくるから」と言い残し、足早に保健室を出ていった。

俺が凛の隣に座り、赤い部分に優しく冷却パックを当てていると、それから十数分後、三時間目の授業が始まって少し経った頃に保健室のドアがガラッと開いた。

入ってきたのは、俺のクラス(一組)の担任である男性教師と、凛のクラス(二組)の担任である女性教師の二人だった。

「瀬戸、冬月。大丈夫か?」

一組の担任が、少し険しい顔で俺たちに歩み寄ってくる。

「……はい。あの、授業は」

「一組も二組も、この時間は自習にしてきた。お前のクラスの連中と、黒沢(大輝)や寺田から大体の話は聞いたぞ。……冬月、腕を掴まれたというのは事実か?」

凛はコクリと頷いた。

二組の担任の先生が、凛の腕の赤みをそっと確認してため息をつく。

「冬月には申し訳ないんだが……この身体的接触の件に関しては、瀬戸が相手の腕をへし折る勢いでやり返していると聞いた。相手の男子も手首にくっきり痕が残るほどだったらしい。ここはお互い様ということで、手打ちにしてもいいか?」

「はい。私はもう大丈夫ですので」

凛が了承すると、一組の担任は腕を組み、今度は俺の目を見て言った。

「問題は、お前に向けられたひどい罵詈雑言の方だ。かなり悪質で、一方的だったと聞いている。……どうする瀬戸。少し、 大事(おおごと) にするか?」

先生は、俺の過去を知っている。

進級時、面談で叔母夫婦が話している。

先生の問いかけに、俺は冷却パックを当てたまま、小さく首を振った。

「……いえ。俺自身が何を言われるかについては、正直どうでもいいと思っているので問題ありません」

「どうでもいいって……お前、あんなこと言われて腹立たないのか?」

「自分が地味なのは事実ですし。ただ……」

俺は隣に座る凛の顔を一度見てから、真っ直ぐに担任の目を見返した。

「ただ、二度と凛……冬月さんに手を出さないようにだけ、しっかりと約束させてくれれば、それでいいです。俺のことは、もう気にしていないので」

自分のプライドが傷つくことよりも、凛の安全だけを最優先に答える。

すると、二人の教師は顔を見合わせ、感心したように、あるいは呆れたように長く息を吐き出した。

「わかった。その件に関しては先生たちに任せなさい。……ただ、学校としてケジメは必要だからな。暴言を吐いた奴と腕を掴んだ奴は、今頃、生徒指導の先生にたっぷりしぼられてるはずだ。……冷やし終わったら、教室に戻りなさい」

「はい。ありがとうございます」

先生たちはそう言い残し、バタバタと保健室を後にした。

「……朝陽くん、ありがとうね」

「ん、これくらい普通だろ。……もう痛みはないか?」

「うん、もう平気」

赤みも引き、冷却を終えた俺たちは、三時間目の静かな廊下を二人で手を繋いで歩いていた。

一件落着し、あとは教室に戻るだけだ。

ただ、教室へ戻るためには、どうしても「生徒指導室」の前を通りかからなければならない。

(……なんか、気まずいな)

俺と凛が顔を見合わせながら、生徒指導室の重厚なドアの前を通り過ぎようとした、その時だった。

『お前らぁっ!!』

ドアの向こうから、生徒指導の先生の、雷が落ちたような凄まじい怒声が漏れ聞こえてきた。

俺と凛は思わずビクッと肩を揺らして足を止める。

『そんなちっちぇえことばっかり考えて! 人の彼氏に嫉妬して悪口言ってるから、お前らには彼女ができねえんだ馬鹿野郎!!』

「「…………」」

あまりにもド直球で、身も蓋もない、ぐうの音も出ないほど的を射た説教の内容。

静まり返った廊下でそれを聞いてしまった俺と凛は、顔を見合わせ、数秒の沈黙の後――思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、苦笑いした。

「……先生、言うね」

「……だな。ぐうの音も出ないわ、あれ」

クスッと笑い合いながら、俺たちは繋いだ手を小さく揺らす。

色々あったけれど、これで本当に俺たちの秘密の恋人生活は終わりを告げた。

ここからは、誰もが認める堂々とした二人の日常が待っている。