軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第187話:かくれんぼと、言い訳

「……はぁ、疲れた」

放課後。担任に頼まれたプリント運びや、陸上部からのしつこい勧誘をひたすら断り続けていたら、すっかり帰りが遅くなってしまった。

重い足取りで階段を上り、自分の部屋である201号室のドアを開ける。

「ただいまー……おっ」

玄関の電気をつけると、そこには見慣れた靴がちょこんと揃えて置かれていた。凛の靴だ。

「来てるのか」

俺は少しだけ顔をほころばせ、自分の靴を脱いでリビングへのドアを開けた。

「凛、遅くなってごめ……あれ?」

しかし、ドアを開けた先の部屋は真っ暗で、しんと静まり返っていた。

凜の方が先に部屋に来ている日なら、俺が帰る音が聞こえた瞬間に「おかえり、朝陽くん!」とぽてぽて駆け寄ってくるはずなのに、なんの気配もしない。

壁のスイッチを押してリビングの明かりをつけるが、ソファにもダイニングテーブルにも彼女の姿はなかった。

俺は不思議に思いながら、キッチン、洗面所、トイレと家の中を探して回ったが、どこにもいない。

「おかしいな。靴はあるのに……」

リビングに戻り、ぐるりと部屋を見渡す。

最後に残されたのは、俺の寝室のドアだけだった。

「……ってことは」

あそこにいるしかない。俺は寝室のドアの前に立ち、そっとノブを回してドアを少しだけ開けた。

廊下の光が、薄暗い部屋の中に差し込む。

「凛?」

隙間から中を覗き込んでみたが、パッと見では誰もいないように見えた。

朝、家を出る前に俺が綺麗に整えていった状態から、何も変わっていないように見える。

「あれ、俺の部屋にもいない……?」

首を傾げながら、俺は寝室の中へ足を踏み入れた。

そして、部屋の電気をつけようと壁に手を伸ばした、その時だった。

綺麗に整えられていたはずの俺のベッドの布団が、真ん中あたりでこんもりと、不自然に膨らんでいることに気がついた。

(……なんか、いる。…前にもあったな…。)

まさかと思いながら、俺は音を立てないようにゆっくりとベッドに近づいた。

布団の端を掴み、そーっとめくってみる。

「……すぅ、すぅ……」

そこには、丸まってすやすやと規則正しい寝息を立てる凛の姿があった。

小柄な彼女が布団に完全に潜り込んでいたため、入り口からパッと見ただけでは同化して気づかなかったのだ。

「なんだ、寝てたのか。……って、おい!?」

ホッとしたのも束の間、俺は彼女が着ている『服』を見て、思わず素っ頓狂な声を上げそうになった。

慌てて両手で口を塞ぎ、目を丸くして彼女の姿を凝視する。

凛が着ているのは、彼女自身の部屋着ではない。

それは、俺が学校から帰ったら着ようと思って、今朝ベッドの上に畳んで置いておいた、長袖のポリエステルのTシャツと、薄手のスウェットだった。

身長160センチの彼女が、180センチ近い俺の服を着ているのだ。

サイズが合うはずもなく、Tシャツの首元はだるんとずり落ちて華奢な肩が覗き、袖は彼女の手を指先まで完全に隠してしまっている。

しかも、俺のベッドで、俺の匂いが染み付いた布団にくるまり、安心しきったような顔で眠っている。

(な、なんだこれ……可愛すぎる……。)

俺の顔は一瞬で茹でダコのように熱くなり、頭の中の思考回路が完全にショートした。

付き合ってもいない女の子が、俺の部屋で、俺の服を着て寝ている。その破壊力は、健全な男子高校生の理性を粉々に吹き飛ばすには十分すぎるものだった。

「……んっ」

俺がベッドの横でフリーズしていると、俺の気配を感じたのか、凛がモゾモゾと身じろぎをした。

ゆっくりとまぶたが開き、とろんとした瞳が俺を捉える。

「あ……朝陽、くん……?」

「お、おう。ただいま」

凛は長すぎるTシャツの袖でゴシゴシと目をこすり、へにゃっと柔らかく笑った。

「おかえりなさい……んへへ、朝陽くんの匂いする」

「た、ただいまじゃなくて! お前、なんで俺の服着て俺のベッドで寝てんだよ!」

俺が動揺を隠しきれずに問い詰めると、凛はハッとして、少しだけ恥ずかしそうに身を縮めた。

「ご、ごめんなさい……。朝陽くんがなかなか帰ってこないから、寂しくて……」

「人の服を着て寝ないと気が済まないのか」

「だって……待ってても全然来ないし。それで、この服を見たら……朝陽くんの匂いがして安心するから、つい、着ちゃった」

上目遣いで申し訳なさそうに白状する凛。

(猫か何かかな…?)

そんな顔で、そんな言い訳をされて、怒れる男がこの世のどこにいるというのか。

俺が言葉に詰まっていると、凛は布団の端をきゅっと掴み、不安そうな顔で尋ねてきた。

「……ねえ、朝陽くん。遅かったのって……もしかして、他の女の子と遊んでた?」

その言葉で、彼女が昼休みの出来事を引きずって、まだヤキモチを妬いているのだと気づいた。

「遊ぶわけないだろ」

俺は小さくため息をつき、ベッドに腰を下ろして、彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。

「先生に頼まれたプリントの片付けと、陸上部の勧誘を断るのに手間取ってただけだ。」

俺が呆れながらもはっきりと告げると、凛の顔にパッと花が咲いたような安堵の笑みが広がった。

「……そっか」

嬉しそうに俺の手に頬をすり寄せてくる彼女の、大きすぎる愛と、物理的に大きすぎる服の殺傷能力に、俺の心臓は限界を迎えそうだった。

「ほ、ほら! いつまでも俺の服着てたら風邪ひくから、早く自分の服に着替えろよ! 俺は晩飯の準備するからな!」

これ以上ここにいたら理性がもたないと悟った俺は、照れ隠しにそう言い捨てて、逃げるように立ち上がった。

背後から聞こえる「はーい!」という元気な声に、俺は幸せなため息をつきながら、早足でキッチンへと向かったのだった。