軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第177話:祭りの後と、これから

体育祭の全プログラムが終了し、閉会式を終えたグラウンドは、祭りの後の独特な熱気と寂しさに包まれていた。

「瀬戸くん、リレーすごかった! あんなに足速かったんだね!」

「最後、白組抜いたところマジで痺れたわ!」

赤組の陣地に戻るなり、俺はクラスメイトや他クラスの女子たちから一気に囲まれ、ちやほやと声をかけられた。

突然の称賛の嵐に戸惑いながらも、俺は首の後ろを掻きながらいつも通りに返した。

「いや、俺の前の奴らがギリギリまで粘ってくれたおかげだし。俺はたまたま調子が良かっただけだよ」

謙遜でもなんでもなく、本当にそう思っていた。

俺はただ、サポーターとしてあいつに「かっこいいところを見せる」と宣言した手前、絶対に負けられなかっただけだ。

人だかりが落ち着いた頃、ポケットのスマホが短く震えた。

画面を見ると、先に教室へ戻ったはずの凛からメッセージが届いていた。

『今日、晩ご飯作るの大変だよね。もしよければ、一緒にスーパーにお寿司とかお惣菜とか買いに行かない?』

その文面を見て、俺は自然と口元が緩むのを感じた。

(……気が利くな)

朝早くからのお弁当作りに、リレーの全力疾走。

正直、身体はクタクタで、これから夕飯を一から作るのは少ししんどいなと思っていたところだった。

「一緒に買いに行こう」と返信を打ち、俺は彼女とスーパーへ行くのを楽しみにしながら、用具係として重いパイプ椅子やテントの骨組みの片付けを、一人黙々とこなしていった。

すっかり日が落ちて暗くなった頃。

残務を終え、疲労困憊の身体を引きずるようにしてアパートへ帰り着いた。

ガチャリと201号室のドアを開けると、パタパタと軽い足音がして、玄関の明かりがパッと点いた。

「おかえりなさい、朝陽くん。お疲れ様」

着替えた凛が、柔らかい笑顔で出迎えてくれた。

そのあまりにも自然で温かい出迎えに、俺の心臓がドキンと跳ねる。

(……あれ、奥さんかな? ……いやいや。でももし何かの間違いで凛が俺の奥さんになったら、毎日こんな感じで出迎えてくれるのかな……)

疲れた頭のせいか、そんな都合のいい妄想が一瞬頭をよぎり、俺は一人で勝手に顔を熱くしてしまった。

「た、ただいま。……じゃあ、荷物置いたら、スーパー行くか」

「うんっ!」

俺たちは連れ立って近所のスーパーへ向かった。

閉店前の少し安くなったお寿司のパックや、美味しそうなポテトサラダ、焼き鳥など、今日くらいはと自分たちの好きなものをカゴに入れていく。

体育祭の疲れのせいか、二人であれこれと夕飯を選ぶ時間は、なんだかとても心地よかった。

アパートに戻り、買ってきたお惣菜をテーブルに広げて、ささやかなお疲れ様会が始まった。

「そういえばね、朝陽くん。今日のリレー、すっごくかっこよかったよ」

お寿司を頬張りながら、凛がふとそんなことを言って微笑んだ。

「……おう。お前も、午前中の障害物競走、すごく綺麗だったぞ」

お互いの健闘を自然に讃え合いながら食べるご飯は、スーパーのお惣菜なのに、今まで食べたどんな高級料理よりも美味しく感じられた。

夕食が終わり、「ごちそうさま。洗い物くらいは俺がやるよ」と俺がシンクに立つと、凛も「私も拭くね」と隣に並んできた。

俺がスポンジで洗ったコップやお皿をすすぎ、隣の凛が布巾で丁寧に拭いていく。

水の音だけが響く中、俺はずっと胸の奥につかえていた疑問を、口に出すべきか迷っていた。

(『絶賛片思い中』だっていう噂は、嫌でも耳に入っていた……)

でも、俺はあくまで『今日、学校で噂を聞いた』という、何も知らない体を装って切り出すことにした。

「そういえばさ……学校で噂流れてたけど、お前、片思いしてるんだな」

「えっ……」

俺の言葉に、凛の肩がピクッと揺れた。

俺は水道の水を出しっぱなしにしたまま、なるべく平坦な声を装って続けた。

「今日、その人は応援に来てたのか? ……お前のかっこいいとこ、ちゃんと見てもらえたか?」

少しの沈黙の後。

凛は、コップを拭きながら、小さく、けれど嬉しそうに微笑んで言った。

「……うん、見てもらったよ」

その答えを聞いた瞬間。

俺は、自分でも驚くほど、胸の奥が『ズキッ』と鋭く痛むのを感じた。

凜の好きな奴は、今日のあのかっこいい姿を見ていた。

そして、凜も、その奴に見てもらうために頑張っていた。

頭では分かっていたはずなのに、実際に本人の口から肯定されると、苦しいくらいの感情が押し寄せてきた。

それでも、俺は『サポーター』だ。

胸の痛みを必死に奥底へ押し込み、あいつの背中を押してやるために、無理に言葉を紡いだ。

「そっか。……告白とかは、しないのか?」

「…………」

「正直、今のお前が告白すれば、絶対に上手くいくと思うんだけど」

俺がそう言うと、凛は、お皿を拭く手をピタリと止めた。

キッチンに、蛇口から流れる水の音だけが響く。

やがて、凛はゆっくりと俺の方へ向き直った。

彼女の瞳は、これまでに見たことがないほど真剣で、熱を帯びていて、真っ直ぐに俺の目を捉えて離さなかった。

「……私が告白して成功するかは、まだわかんないけど」

凛の震える声が、静かなキッチンに落ちる。

「絶対っていうのはなくて……すごく、怖いんだよ」

「凜……」

強く握りしめられた布巾。少しだけ潤んだ瞳。

その奥にある途方もない覚悟に、俺は息を呑んだ。

「でも、気持ちを伝えたいから」

凛は、一歩だけ俺に近づき、はっきりと言った。

「……これから、するの」

その言葉の意味を脳が理解するより早く、俺の心臓が、ドクン、と大きく、痛いほど強く跳ねた。