軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

各々

――――カーター子爵家の屋敷で エリザベス

王都からやってきた軍務伯、父が自ら出迎え歓待しているその人物は、エリザベスが今までに見たことのない人間だった。

30代の男、男とは思えない程に手入れのされた金髪はボブカットにされていて、事あるごとにサラサラと揺れている。

王都の人間にしては珍しく先進的なスーツを着ていて所作はどこまでも洗練されていて……目の動きだけで色気を感じる程だった。

細く伸びた目は青、やや頬がこけているが顔の作りも悪くなく……決して好みではないのに好感を抱いてしまうというのは、エリザベスにとっては大きな驚きだった。

そんなリュード軍務伯はソファに深く腰掛けながらワイングラスを傾けていて……相対するように座った父もまたワイングラスを傾けて、軍務伯との会話に興じている。

経済、軍事、王都の近況……そしてエリザベスには理解しきれない話。

そんな中で軍務伯は目をすっと西へと向けてある話題を口にする。

「ところでウィルバートフォース伯はどうなのかな? 若いながら中々だとは聞き及んでいるが……」

「好感は持てますな、狡猾さはありませんが真っ直ぐで紳士、娘も良くしてもらっているようです。

その上で立派な領主でもあり……領民の慰撫という意味では国内随一と言ってもよろしいかと」

「……なるほど、眩しいくらいの若々しさに満ちているという訳か。

そうすると王家への態度も若々しいからこその未熟さが出ているのかな」

「……いえ、逆と見ますな。

よくあの若さで本心を出さずに堪えているものだと感心します、他の若造であればとうの昔に我慢が利かずに挙兵し、討たれていたことでしょう。

本心を懸命に押し殺しながらあくまで貴族として邁進するその姿には、敬意を抱かずにはいられませんな」

「なるほど……そういう手合いか。

……そうなると王家には折れていただくしかないか……。

どんな手土産ならば伯は喜んでくれるだろうか?」

「言葉を選ばずに言うのであれば王太子が古ワインを楽しまれるのが一番かと。

……他でと言うのであれば教育係や側近、取り巻き全員ですか。

もちろん伯もそんなものは無茶だとはよく理解しているようで……いるからこそ和解の使者などを送らず、また受け入れないのでしょう。

目を開き状況をしかと把握した上で、折り合いがつく訳がないと諦めているのでしょうな」

「……はは、それはまた参ったな。

ま、そこらについては後で何が良いかよく考えておくよ。

……もう一つ気になるのは、伯の婚約は正気の沙汰なのかい?」

「えぇ、すでにセリーナ司教様もお認めになっておりますしな、最近になって式に必要な品を集めているとも聞きますから、そう遠くないうちに愛を誓われるのでしょう。

正気も正気で、真剣なご様子……このことは伯の逆鱗となるでしょう、急所でもありながら迂闊に触れれば激昂を誘うことになりましょう」

そこで初めて軍務伯は表情を歪める、何を思ったのか何を考えているのか……エリザベスには読み切れないが、なんらかの感情の動きがあったようだ。

そして……そこからはまた当たり障りのない話題が始まる。

日々のこと子爵領のこと、エリザベスのこと……などなど。

それから数日間、軍務伯は子爵領に滞在することになり……エリザベスは王都の洗練された貴族の姿を、間近で学んでいくのだった。

――――子爵領の南領、海沿いのある街で

その街はかつては経済の中心地だった。

港向きの湾があり潮の流れの起点にあり、代々経済に明るい領主が治め、交易だけでなく金貸し業で成功し……そうして得た経済力で全てを支配し。

しかし飛空挺の登場で陰りが見え始めた、支配していたはずの流通が支配出来なくなった、詐欺同然の金貸し業もその問題点をいつの頃からか指摘されるようになって動きが鈍り……経済と流通さえ握っていればそれで良いと、他をなおざりにしていたことがここに来て重くのしかかってきた。

外交を疎かにした結果頼れる仲間が、相談出来る相手がいない。

軍事を疎かにした結果いざという時の武器がない、それによって脅しをかけることが出来ない。

……北西の若造が調子に乗ることを防ぐことが出来ない、好き勝手にされて流れをただただ奪われ続けるしか出来ない。

その地の領主は経済に明るかったはずなのだが、飛空挺経済という全く新しい動きを見通せず対応することが出来ず……その旗振り役をただの若造と侮ってしまったことも重なって、気が付けば全てが手遅れになってしまっていた。

……しかし自分は一切悪くない、他の誰であったとしてもこうなっていただろうと、その地の領主は思っていた。

王家に逆らい成功するはずのない危険な投資に全てを注ぎ込むなんて、仮にいくらかを儲けたとしても王家からの制裁を免れるはずがなく、どうあっても手痛い失敗となるはずだったのだから。

だがどういう訳かそうはならなかった、何故だか王家は全く動きを見せない、こちらには飛空挺に手を出すなと言っておいて、あの若造が手を出すことは咎めない罰しない。

そんなものルール違反も良い所だ、イカサマだ、真っ当な勝負ではない盤外戦術だ。

こっちが真っ当な商売をしているのに、向こうだけそんな手に出られたら負けるのは当然で……全ては仕方のないことだった。

だというのに家臣達や商人達は分かってくれない、どれだけ失敗を重ねるのかと冷たい目を向けてくるばかり。

お前達が上手く動かなければ経済がより鈍るというのに何故こちらの言う通りに動こうとしないか。

そうしていつの頃からか、先祖代々この領地に伝わる商売における必勝法、常に自分が作ったルールで勝負するという手が通じなくなってきてしまって、領主は困り果てていた。

……商売においてこれ程簡単に儲けられる方法はない。

そしてだからこそ商人達は連合をしたがる、連合して力をつけて自分達のルールを押し付けたがる、ルールで支配した統一市場統一通貨を求める……より多く儲けるために。

そのルールに支配された経済の中心地だったはずなのに、いつでもルールを変えられる力を持っていたはずなのに、誰もがそれを恐れて頭を垂れていたはずなのに……どうしてこうなってしまったのか。

そうやってその地の領主がどんどんと力を弱めている時だった、これ以上ない機がこの地に舞い込んできたのは。

どういう訳か――の――がやってきた、お忍びという形で。そして協力を求めてきた、その目的を果たすために。

ここで協力が出来たなら……この流れに乗れたなら、その威光でもってまたルールを支配できるはず、経済を商圏を支配出来るはず……彼女はそれだけの力を持っているはず。

女主人を中心としたその一団を迎え入れた南領領主は、その欲のままに受け入れ利用することに決めて……更に余計なことまでしようと考えて、更なる機がやってくるのを、その女主人達が動き始めるのを虎視眈々と待ち続けるのだった。

――――屋敷内のある部屋で コーデリア

ブライトが用意してくれた結婚式のための部屋、そこに飾られたドレスを前にコーデリアは、式のための準備を進めていた。

そのドレスはブライトが用意してくれたものではなく、幼い頃から少しずつその日のために仕上げていたものだ。

大人になった自分を想像しながら針を通し……母や親戚にも針を通してもらって、そうやって出来上がった緑を基調としたドレスは、ブライト達の伝統のものとは違っていたが、それが良いとブライトは言ってくれていて、後はこちらの仕立て屋と共に多少の改良をしたら完成となる。

こちらの様式に多少近付けはするが基本はそのままで……コーデリアが夢見た結婚式を行うことが出来る。

愛の誓いを立てるのはドルイドの神官ではないし、場もドルイドの神殿ではないが……婚約式の際に訪れたあの神聖な空気漂う教会であれば夢に見たもの以上の式となるのは間違いなく、今からその時が楽しみで仕方なかった。

ブライトと出会って受け入れてもらえて、あっという間にここまで来て……驚きや困惑もあるにはあったが、それ以上に新鮮で刺激的で楽しい日々がコーデリアの心を弾ませてくれていた。

結婚して終わりではない、そこから先が本番……貴族夫人としてやらなければならないこと、乗り越えなければならないことが山のようにあるが、そんな不安もブライトならば消し飛ばしてくれて、心が弾み続ける。

今コーデリアの胸の中に広がる気持ちが愛なのかは、正直なところ分かっていない。

……が、間違いなくブライトとの間に絆はあるし、今はなくてもこれから愛を育てていくことは出来ると確信が出来ていて、そう確信出来ることもまたコーデリアにとっては嬉しいことだった。

この先に待つものは決して楽な道ではないのだろう、多くの苦難が待っているのだろうが……ブライトと一緒ならば乗り越えられるはず、そう信じられるだけの誠実さをブライトは見せてくれている。

ならば後は駆け抜けるだけ……いざ何かがあってもコーデリアがブライトを守って突破してやれば良いのだから、大丈夫とぐっと拳を握る。

部屋に戻れば武具掛けにはコーデリア用の篭手と防具が、クローゼットには義母が仕立ててくれたドレスが……靴にカバン、アクセサリー、コーデリアのための武器がたっぷりある。

それらがあれば戦場でも貴族社会でも戦い抜くことが出来るだろう、ブライト達がそう出来るようにしてくれた、父母がそう育ててくれた。

だから大丈夫と準備を進めていく。

当日使うもの、化粧品、式のリハーサルの際に使ったメモ……などなどをチェックして練習をして……。

そうやって練習を進めているとノックがあり……侍女であるシアイア達と手ずから鍛えることになった二人、ビフとボガーが姿を見せる。

まずは基礎的な体力と筋力から、礼儀や戦闘法はそれからで良いということで侍女達と一緒に鍛えさせてみたのだが……既に汗だくのヘトヘト、それを見てコーデリアはまだまだだなぁと苦笑する。

体力がないとされているドルイド族よりも先にバテてしまっているでは話にならない、これまで厳しい暮らしを強いられていたそうだから、仕方のない部分もあるのかもしれないが……だからと言って甘やかしてばかりもいられないと表情を引き締める。

「よく励んでいるようですね、ですがこの程度で息を切らしているようではダメですよ。

あたし達の護衛をする以上は、最低でも旦那様よりは強くなっていただく必要がありますから。

旦那様はああ見えて鍛錬を欠かさず、シアイアにも劣らない腕を持ったお方です、そこに追いつけるようよく励むように」

これはコーデリアの勘違いだった。

ブライトにそこまで強さはない、鍛錬を欠かさず幼い頃から十分な栄養を摂取し、しっかりと体が育っているから平均よりも上ではあるが、決してドルイドに匹敵するようなものではない。

……恋は盲目、ブライトへの想いがその目を曇らせているだけだった。

以前ブライトの実力が知りたいと手合わせを頼んだ際に、照れや恥ずかしさから動きを鈍らせてしまったコーデリアが一方的にやられてしまったなんてこともあってその勘違いを加速させていたが、普通の人間がドルイド族と匹敵するはずがないのだ。

しかしコーデリアは心の底からそう信じていて……ドルイド族と匹敵しうる人物、アレス男爵が側にいたせいもあってビフとボガーはなんとも残酷な勘違いをしてしまうことになる。

まだまだ幼く政務で忙しいブライトがそこまでの強さを持っているのだから、自分達はその上を行けるはずだ、いや、行かなくてはならないのだ……と。

「頑張ります!!」

「お役に立ってみせます!!」

そう声を張り上げてやる気を漲らせ……先程までの鍛錬の様子を見ていたシアイア達は根性があると感心すると同時に、更に上へと押し上げてやろうと強く拳を握る。

フィリップと関係を深めているシアイアにとって、ビフ達は義弟のようなもの……なら家族としてそれ以上の存在として接してやらねばと、そのためなら容赦など捨てるべきだと、そんな風に心を決めてしまう。

そうしてビフ達は常人には耐えられないであろう過酷な環境に身を置くことになるのだが……それにブライトが気付いたのは数カ月後のことだった。

「そうです、貴方達が励めば励む程、旦那様もお喜びになります!

そして旦那様は励んだなら励んだ程、報いてくれる方でもあります!

代官の椅子をきっと約束してくれることでしょう、励みなさい尽くしなさい、それこそが貴方達の役割なのですから!」

ブライトが気付くまでビフ達は、そんなコーデリアの激励の中、激しい鍛錬を続けることになる。

そしてそんなビフ達を見てコーデリアは負けてはいられないと気合を入れ直すことになり、結婚式の日に向けて懸命に……様々な方面で必要以上に頑張り続けてしまうのだった。