軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伯爵夫人

三日後にコーデリアさんの社交デビュー。

そうと決まって大忙しとなったのはコーデリアさん……ではなく母上だった。

注文しておいたドレスの仕上げを急がせ、アクセサリーをかき集め、化粧品を取り揃え……どれが一番コーデリアさんに相応しいかを選んでいった。

アイメイクやら口紅やら、マニキュアやら……よく分からない道具も山のように揃えて徹底的に。

そしていよいよ前日となって仕上がりを確認することになり、コーデリアさんだけでなく俺も化粧台やドレッサーがある……そのためだけの部屋に呼び出されていた。

部屋の隅に立って黙って待機していて……もうそろそろ二時間程になるだろうか。

その間、俺に自分から何かを言う権利はない、俺はただただ確認のために存在していて決定権もない。

あくまでコーデリアさんがどう自分を着飾りたいかが重要で、次に貴族としての美的センスが重要で……そこら辺を母上がフォローしながら仕上げていく。

化粧品を試してみてアクセサリーを身につけてみて、ドレスは着ずに体に当ててみて……色々な組み合わせを試していく、母上主導で。

……まぁ、文句がある訳ではない、コーデリアさんも母上も楽しそうで手伝っているメイド達も楽しそうで、笑い声に溢れているのだからこれはこれで良いのだと思う。

そうやってある程度の組み合わせを選び終えると一斉にこちらに視線が集まる。

「凄く可愛くて良いと思いますよ、特にマニキュアが似合っていると思います」

そうしたら俺のコメントの出番、出来るだけ素直にポジティブに言葉にする。

嘘は言っていない、個人的な趣味としてはマニキュアが無い方が良いとは思っているけど、似合っているとも思っているから嘘ではない。

『嘘は駄目だ、すぐに見抜かれる。

かといって手を抜いても駄目だ、しっかり見るように。そして必ず褒めろとは言わないが前向きな言葉を紡げ。

貴族なのだから出来んとは言わせんぞ』

という、この部屋に入る直前に投げかけられたお祖父様の言葉を思い出しながら言葉を口にしていく。

お祖父様もまた前回の騒動を無事に乗り越えていた。

乗り越えて戦場での確認をし……それからこちらへと戻ってきていた。

塹壕などの効果はどれ程のものだったのか、改善点はないのか、他にもっと良い案はないかなど、軍人視点での観察をしてきてくれたようで、追々レポートのようなものを提出してくれるそうだ。

戦場に関することも女性に関することも、経験者の言葉に従うのが一番……全身全霊で目の前の美しい光景に挑む。

いくつかの化粧品やアクセサリー、カバンなどの組み合わせを変えてきたので再度、

「コーデリアさんらしさが出ていて凄く良いと思います、そのアクセサリーが特に好きですね。

あとはカバンに合わせて靴も替えても良いかもしれません、確か靴もいくつか注文していましたよね、合わせてみてはどうでしょうか」

そう返すと母上は、ツンと顔をやや上に上げながらも頷いて……お小言がなかったのでどうやら合格だったようだ。

……さてはわざと靴を合わせなかったな?

ドレスの裾に隠れて見えにくいからと油断するとお小言が待っていた訳か……。

それからもそんな問答はしばらく続き……更に二時間経ってようやく方針が定まったようで、休憩を取ることになる。

メイド達が椅子とテーブルを持ってきて、お茶が用意され……俺もご相伴に与る。

「ブライトは中々の紳士でしたね、貴方のお父様はその辺りはさっぱりでしたから、血を引かなかったようで良かったです。

拙くとも真剣に想いを込めるように、女性をどう輝かせるかは貴方次第ですからね」

席に座ってお茶を待っていると母上が、そう言ってくる。

「はい、お言葉の通りに。

コーデリアさんはどんなものも似合ってしまうので、これという物を選ぶのは大変ですが精進します」

「よろしい。

……エスコートの仕方は承知しているのですよね?」

「はい、爺やに叩き込まれましたので。経験は浅いですが、一通りは習得しているかと」

……はい、爺やと散々練習しました。

こういうものは普通、女性と練習するものなんじゃないの? と思う所だけど、女性を練習台にするなんてとんでもない、ということらしく、爺やの手を取り腰を取り練習しました、それはもうたくさん。

爺やに思う所はないし、家族のようなもので別に嫌ではなかったのだけども……なんかこう、こう……本当にこの方法しかないの? と、思わないでもなかった。

「……あたし、本当に大丈夫でしょうか?」

と、そこでコーデリアさんが、少し不安げに声を上げる。

肩を丸めて小さくなって……どう声をかけるべきかと悩んでいると、同じく悩んでいた母上が先に声を上げる。

「……今日まで厳しく接してきておいて、今更何をと思うかもしれませんが、何があろうともどうとでもなるのでご安心なさい。

貴女は伯爵夫人です、多少の無理なら通せる立場です。

貴女の夫となる人は爵位と財産を持っています、正しさと政治的、軍事的腕力を持っています。

後は貴女が美しくありさえすれば、大抵のものは粉砕出来るのです。

外見だけでなく心も美しくあれば、貴女が通る道が正道です、ちょっとしたマナーを間違えたとしても、それが正しくなります。

それが正解となり、他が間違いとなります。

理不尽のように聞こえるかもしれませんが、貴女の夫はそれだけの力を持ち功績を上げているのです。

……実際、この子もいくつかのマナー的問題を起こしていますが、それを指摘する者はいません、もう既にこの子が正道となったからです、誰にも指摘する権利などないのです。

だから胸をお張りなさい、貴女の後ろにこれからの人々がついてくるのですから、それを堂々と導いておあげなさい」

「はい……! お言葉の通りにします、お母様!」

母上の言葉を受けてコーデリアさんはしっかりと胸を張ってそう返す。

コーデリアさんはいつの頃からか義母や義姉、義妹という言葉を使わなくなった。

本当の母のように姉妹のように慕っているようで……母上もそれを受け入れている。

仲が悪いよりは全然良いので俺から何かを言うこともなく、メイド達もすんなりとそれを受け入れていた。

母上とコーデリアさんの相性が良というのはかなりの幸運だったなぁと思う。

「コーデリア様、ドレスが届きました、急ぎ仕上げてくれたそうです。

試着後すぐに調整を行うとのことで仕立て屋も到着しています」

と、そこでそう声が響き、大きなメイド服がこちらへとやってくる。

ドルイド族のシアイア、薄く短い茶髪にコーデリアさんよりは短い角、体もコーデリアさんより小さいのだが、筋肉量は多いようでコーデリアさんより威圧感がある女性。

眉も目も力強く、コーデリアさんよりも勝ち気な女性のようだが、メイド服を着て母上の指導を受けた所作でもって動くと、とても女性らしく見える。

「……とのことですので、ブライトはもう良いですよ。

これからは着替えなども行いますし政務に戻ってください。

全て決まりましたらまた連絡します」

と、母上。

この場においては母上が正道、母上が言ったことが全て正しいので素直に従って簡単な礼をしてから場を後にする。

それから執務室に向かい……中に入るとフィリップが待っていて報告をしてくれる。

「エリザベス嬢のこと調べたよ、と言っても裏らしい裏のない人だったから調べる意味はなかったけどね。

真面目で勤勉、兄貴のように孤児院とかの支援も行っていて、兄貴ほどじゃないけど商才もあるみたいだね。

お父さんが持て余していた古いお屋敷を改装して、見学料を取る形で公開して観光地にしたり、美術館や図書館にして結構な黒字を出してるみたいだよ」

「そりゃまた凄いな……図書館なんかは赤字が当たり前、貴族が運営資金を負担して成り立つものと思っていたが……」

と、そう感心しながら椅子に座っていると、フィリップもうんうんと頷いて自分も感心したよと示してくる。

印刷機が出来上がって新聞というものが登場して、本も量産され始めてはいるが、まだまだ良い本は高級品、物によっては家の一軒か二軒が建つものもある。

それを揃えて管理するとなると、相応の資金がかかるものだが……それを黒字化しているとはなぁ。かなりの経営手腕を持っているようだ。

「それと以前兄貴が話した鉄道駅の話、あれもすぐに着手したみたいだね。

お父さんの方は慎重にやるべきって態度だったけどエリザベス嬢はすぐに動くべきって態度で、お父さんを説得して自分の財産を使う形で進めているみたい。

美的センスっていうのかな? そういうのがある人みたいで、駅の外観にもこだわるみたいだよ。

たくさんのレンガとステンドグラス、それと大きな鐘も発注していたみたいだね。

あーとはー……あくまで噂だけど男運が凄い悪いらしいねぇ、良い感じの相手を女友達に奪われちゃったとか、親戚に奪われちゃったとか、ひどい裏切りされたとか、なんか本当に全部エリザベス嬢の話? ってくらいにたくさんの噂があったよ。

それが事実かどうかは……まだ調べられてないかな」

「……そ、そうか。

噂の真偽はまぁ……無理に確かめなくても良いだろう、それが事実かどうかはあまり重要ではないからな。

とりあえず裏のない優秀な人物であることは分かった。

そういうことならただ父の名代を任されたというだけなのだろう。

……貴族令嬢が一人でやってくるとは何事だと驚かされたが、それなら納得だ。

そういうことなら今回はフィリップの出番はなさそうだな、一応護衛として近くで待機してもらいはするが、自由な時間となるだろう。

シアイアと会話でもして距離を縮めておくと良い。

……何かアクセサリーをプレゼントするのも良いだろうな」

と、俺がそう言うとフィリップはニカッと笑って近寄ってきて……その手をすっと差し出してくる。

同時にフィリップの「お給金ちょうだい」「アクセサリー代ちょうだい」という声が同時に聞こえてきたような気がして……俺は仕方ないなとため息を吐き出してから多めの給金を渡してやる。

するとフィリップは軽快なスキップで執務室を出ていって……俺はそれを見送ってから、残りの執務を片付けるのだった。

そして翌日。

予定していた時間通りにエリザベス嬢が関所に来たとの連絡が、出迎えに行ってくれていた母上から届く。

そのまま母上が屋敷まで案内をしてくれるので……俺はコーデリアさんと共に会談の会場、庭に作った場にて待機をする。

コーデリアさんは髪をしっかり編み込んで、髪飾りもしている。

ただ漠然と編み込むのではなく天然メッシュを活かすようにしていて……髪飾りもそれに合わせて選んだものらしい。

化粧は薄めながらしっかりとピンクのものを使っていて、相応に目立ち似合ってもいる。

ドレスは母上お気に入りのクラシカルなワンピース。

白一色ながら各所に刺繍などがあり、しっかりと高級感を出していて……こちらもコーデリアさんに似合っていると思う。

クラシカルと評したのはあくまで俺の価値観で、こちらの世界では最先端……これからの働く強い女性像を意識したもの……なんだとか。

まぁ、そこら辺の美的センスは俺にはよく分からないので深くは考えず、ただ一言、

「よく似合っていますよ」

と、庭に置かれた椅子に深く腰掛けながら声をかける。

昨日からもう何度目になるかは分からないが、本当にそう思っているので仕方ない。

それを受けてコーデリアさんは、手に持っていた白い帽子で顔を隠す。

これまた俺にはよく分からないのだが、その帽子は被らずに手で持っている用のもの……らしい。

そうやって二人の時間を過ごしているとエリザベス嬢が到着したとの連絡があり、立ち上がって待っていると……以前とは違う青いドレス姿のエリザベス嬢がやってくる。

ハイヒールに体のラインが出るドレスだが、下に下がる程広がっているというなんとも特徴的な形で……ああいうドレスは何と言うんだったかなぁ。

あれこれ考えながらも、

「ようこそおいでくださいました、改めてウィルバートフォース伯ブライトです、歓迎いたします。

こちらの女性は婚約者のコーデリアさん、近々結婚式を挙げるつもりですので、その際には招待させていただければ光栄です」

と、挨拶をこなす。

「コーデリアです、エリザベス様、まだまだこちらの風に慣れない未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

続いてコーデリアさん、目を丸くして驚いているエリザベス嬢に丁寧な一礼を見せる。

……まぁ、驚くか、初めてコーデリアさんに会った時は俺も驚いたもんなぁ。

「は、はじめまして、コーデリア様、カーター子爵の娘エリザベスです。

どうぞよろしくお願いいたします」

驚きながらどうにか挨拶を返してきたエリザベス嬢は、俺が促すと席についてくれて……そうして俺達はまず当たり障りのない、天候や季節の会話から始めて……段々と貴族としての社交へと足を踏み込んでいくのだった。