軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隠し事

なんとも面倒な会合を終えて、参加してくれた面々に見送られながら屋敷へと帰る。

特に農民達は報酬までもらえたことに恐縮しているのか、被っていた帽子を握りしめながら頭を深く下げていて……なんとも慣れないがこれも貴族の仕事の一つなんだろうなぁ。

屋敷に戻ったならまずはコーデリアさんとフィリップに関連する話を行うことにし、その二人と一緒に執務室に向かう。

そしてそれぞれいつもの場所、俺は執務机の椅子に、コーデリアさんは近くのソファに、そしてフィリップは本棚に寄りかかり……そうして本題に入る前にということなのか、まずフィリップが声を上げる。

「しっかし王太子も厄介なものを作ってるよねぇ……兄貴の話を聞いててゾッとしたよ」

「トラクターという発明そのものは悪くはないんだ、生産力が増えるだけでなく農民達が重労働から解放される訳だからな、使い方さえ間違えなければ素晴らしい発明ではある。

これが王家ではなくどこかの商人や工房の発明だったら俺もあそこまでは言わなかったんだが……王家主導というのがなぁ。

余計な圧力がかかることで必要以上の普及をしてしまいそうで、危機感を抱かずにはいられなかった、という訳だ」

「なーるほどねぇ……。

……でさ、なんとなくなんだけど、兄貴にはそれ以外の思惑もあったりする? なんか隠してそーだなって、話聞いてて思ったんだけどー?」

「……まぁ、あれだ、俺も似たようなことを仕掛けようとはしていたからな、あんな風に言える立場でもないんだよな」

「……んえ? 何のこと……ってそうか、ドルイド族のこと?」

そう、ドルイド族の運動能力はもはや人間トラクターと言って良いレベルで、あちらの国の生産力はこっちの数倍の規模となっている。

気候も温暖で大食いの種族だからと力を入れて大量生産をしていて……そこから農作物を輸入するとなれば当然、こちらの農作物の市場価格に大きな影響があることだろう。

規模は違えど似たような影響を与えようとしていたことは事実であり……もちろんその対策や補償はするつもりで全くの無策ではなかったのだけど、こちらの農家が何軒かは破産するだろうとも考えていた。

だからタイミングを窺っていた、どのくらいの量から輸入すべきかと頭を悩ませていた、ドルイド族を悪者にしないよう配慮すべきだろうとあれこれ策を練っていた。

……そして今回の件を利用しようなんてことを今、考えている。

トラクターの件が本当だったとして、それの利用が王都で始まって……収穫時期の前のここぞというタイミングで輸入を開始、結構な勢いで売り抜けて暴落の原因はトラクターにあるとして知らんぷり。

今からドルイド族に頼んで増産を始めてもらえば、トラクター普及よりも早く大量輸入なんてことも出来る訳で……色々と悪いことも出来てしまうだろう。

まぁ、それをやりすぎればドルイド族への印象が悪くなる可能性があるし、我が家への非難の声も当然上がるだろうから、規模とタイミングはしっかりと考える必要はあるだろうが……様々な対策を練り上げながらやれば、こちらの良いように利用出来る……かもしれない。

「……まぁ、やり過ぎるつもりはないさ。

そもそもとしてドルイド族が俺の案を受け入れてくれるかも分からないからな……どうするにせよドルイド族との話し合いは必要だろう。

あちらでもトラクターを導入したがるかもしれないし、結婚の挨拶に向かった際にはその辺りをすることになるだろうなぁ。

あちらでは馬が愛されていると聞くしなぁ……もしかしたらトラクターを嫌がるかもしれないな」

実際前世でも馬への愛着が強い地域では、トラクターの導入が遅れたそうだから、そういった部分も配慮をした上で話を進める必要があるだろうなぁ。

「ふーん、なるほどねぇ。

裏で色々考えながら、表では先立って対策します、補填しますって公言して、今からこっちは悪くないアピールしておくって訳だ。

いやまぁ、本当に銀行や農民を助けたいとも思っているんだろうけど、流石だねぇ」

利用するとかなんとか悪どい考えは、あくまで頭の中で考えただけで言葉にしていなかったのだが……何か察するものがあったのだろう、フィリップはニヤつきながらそんなことを言ってくる。

「……まぁ、砂糖カルテルともやり合おうとしているんだ、無策ではいられないだろう。

とりあえずグアノ、鳥の糞の島を買い上げるだとかやれることは既にやっているから……砂糖生産のことを含めて、しばらくは農業関連で忙しくなりそうだな」

「……鳥の糞の島? そんなのがあるの? えーっと……それってもしかして島全部が肥料になるとかそういう話?」

「まぁ、そういうことだ。

現地では無価値な島として放置されていてなぁ……ちゃんと価値を説明した上で買い上げたんだ。

そこの国は氷商売のせいで金銀を吐き出しすぎていたからな、それを戻すついで、という感じだ」

鳥の糞、グアノと呼ばれる肥料は侮れない力を持っている。

土地が痩せている地域では、土で塔のようなものを何箇所も作り、鳥が中に入りやすいように窓を、休みやすいように足場なんかを作ってやって……その下に集まる糞を肥料として回収したりしているそうで、それがあるなしではかなりの収穫量の差が出るらしい。

そんな肥料を丸ごと買えるのはありがたい話で……買い叩きにならない程度の金額で買わせてもらった。

向こうの国ではあんな島に大金を積んで馬鹿みたいだと笑われているらしいが……何十年後かにはあちらもその本当の価値に気付くのだろうなぁ。

……まぁ、しっかりと説明をした上で対価も払っているのだから、それから文句を言われたとしても知ったことではないが。

「金銀がたくさんあっても、それを国内に流す訳にはいかないんだっけ。

だから向こうで何かを買ってしまった方が向こうにとっても良いって感じかな。

まー、金銀が国から全くなくなったら色々困っちゃうだろうしねぇ、そうなるかぁ」

「まぁ、そんな感じだな。

……ところでフィリップ、シアイアの件、本気で良いんだよな?

本気なら俺が西の島に行くのに合わせて、お前にも挨拶をしてもらって話を進めるが……。

コーデリアさん、そういうことで構わないんですよね?」

と、俺が話を振ると黙ってニコニコ話を聞いていたコーデリアさんはこくりと頷く。

そしてフィリップは本棚に寄りかかるのをやめて、しっかりと姿勢を正して声を返してくる。

「うん、良いよ。

こういうのって勢いが大事だって言うし、兄貴の密偵として変な相手と結婚する訳にはいかないでしょ?

姉貴と仲が良くて、でも親族とかじゃないから兄貴と縁が繋がるって訳でもないし、良い相手なんじゃないかなって。

あとドルイド族の人達って、変に裏がないから好きなんだよね、付き合いやすいっていうのかな?

だから仲良くなれたらいいなーって思ったんだよ」

どうやらフィリップは本気でそう思っているようだ。

まぁ、こういう話題で俺に嘘を言うような人間ではないし、俺を動かした以上は覚悟あってのことだったのだろう。

それを聞いてコーデリアさんは、もう一度頷いて力のこもった声を返してくる。

「そういうことならシアイアもきっと頷いてくれると思います!

あたしもなんですけど、シアイアは特に我が強いっていうか……向こうだとお転婆って言われるんですけど、そういう感じで、良い御縁がなかったのでお話を頂いて喜んでいました。

旦那様の家臣ということ、旦那様の家臣であれば結納もしっかりしてくれるんでしょうし……後はお家があれば問題ないと思いますよ!」

それを受けてフィリップは少しだけ動揺する。

……結納はまぁいけるだろうが、家までは考えていなかった、という感じだろうか?

いや、家なしで結婚後どうするつもりだったんだと突っ込みたくなるが……ずっと孤児院暮らしで今は俺が用意した寮のようなアパートで暮らしている身としては、そこまで考えが回らなかったのかもしれないな。

しかも報酬のほとんどを孤児院のために使っていて……いざという時のためにある程度の貯金はしているだろうが、家を買える程の額はないのだろうなぁ。

「……まぁ、俺が所有している家をしばらく貸してやっても良い。

まとまった貯金が出来たなら、夫婦で話し合って良い家を建てると良い。

ドルイド族の体格に合わせる必要があるだろうから、焦って買ったりはしないようにな」

俺がそう言うとフィリップはホッとした顔となって胸を撫で下ろし……その通りにすると頷いてくる。

これで俺とコーデリアさんとの縁談と、フィリップとシアイアの縁談がまとまることになり……これは早いうちに挨拶に行った方が良いだろうなぁ。

結婚とトラクター、砂糖などの増産などなど、話し合うべきことはたくさんあって……数日は向こうに行っていたいが、今回みたいなことがあるかもと思うとそうも言っていられない。

飛空挺を使っての日帰りで何日かに分けて行って……仕事などはいつものように進めながらやっていく必要があるだろう。

……と、その時ノックがあり、返事をするとドアが開き、バトラーがやってきて報告をしてくれる。

「関所より連絡です、隣領カーター子爵令嬢エリザベス様より先触れがありました。

三日後にこちらに顔をだし、以前の騒動を受けての情報交換をしたいとのことです。

こちらに非常に同情的な態度を示していて、被害の規模次第では支援も考えていらっしゃるとか。

……いかが致しましょうか?」

……なるほど、確かに隣領で火船テロなんてあった日には詳細が気になって仕方ないことだろう。

しっかり先触れを寄越してくれているし、今後の関係のためにも情報交換は大事なこと、断る理由はないだろうな。

「分かった、歓迎すると伝えてくれ。

ただし屋敷が被害を受けているために、通常通りの歓迎は出来ないとも頼む。

……それと婚約者を紹介したいとも伝えておいてくれ、コーデリアさん達のことは新聞報道にも出始めた、そろそろオープンにしていくべきだろう」

「了解いたしました、そのように対応いたします」

そう言ってバトラーは執務室を後にし……それと入れ替わる形で今度は姉上が姿を見せる。

「ブライト、難しい話は終わったかしら?

……いくつか報告したいことがあるのだけど……」

そう言ってくる姉上に俺が「構いませんよ」と返すと、いつもの研究スタイル……眼鏡に白衣といった格好の姉上は紙束を抱えながら入ってきて、それを俺の机に置きながら話をし始める。

「えぇっとね……とりあえず貴方が言っていた顕微鏡とシャーレの開発と利用は概ね完了出来たと思う。

細工用ルーペを改良する形で顕微鏡での観察に成功、シャーレでの培養にも成功。

ちゃんと菌種ごとの培養が出来ていたから、問題ないと思う。

……それで、青カビの利用も多分? 出来ていると思うの。

ただまだまだ貴方が言っていたような効果はなくて……ちょっとだけ菌の増殖を抑えられていた程度でしかないから、実用化はまだまだ先だと思う。

恐らくもっとしっかりと効果のあるカビを見つけないと駄目なんだと思う」

「え? ほ、本当ですか? もう結果を出せたとは……驚かされました」

本当に驚かされた。

姉上が言っている顕微鏡やシャーレの開発、そして青カビからのペニシリン発見は、菌の研究にはこんな可能性があるかもしれないと雑談の中でざっくりとした概要を話しただけだったのだが……もう結果を出し始めたのか。

ルーペやメガネが既にあって、相応のガラス加工の技術もあったので顕微鏡やシャーレの開発自体はやろうと思えば出来るのだろうが……まさかペニシリンの発見までやってしまうとはなぁ。

まだまだ増殖を抑えられた程度でしかないそうだけど、一度発見してしまえば後は人手と研究費次第でなんとでもなるだろうし、そう遠くないうちにそれなりの結果を出してくれそうだ。

……物理法則のようにこちら独自の法則などがあって、前世と同じ効果にはならない可能性もあったのだけど……うぅむ、菌関連はほぼ同じ、ということなのだろうか。

「これも全てブライトのおかげ……このまま菌から作れる薬が完成したなら、菌の世界が一気に変わるはず、研究者が増えるはず、私の論文がもっともっと注目されるはず。

……本当にブライトのおかげ、本当に本当に貴方は凄いのね」

と、そう言って姉上は、何故だか暗く沈んだ目をこちらに向けてくる。

凄い発見をして嬉しいという目ではなく、なんとも嫌な予感を覚えるが……、

「バーバラ様、おめでとうございます!

すごい発見をされたなんて、同じ女性として尊敬します!!」

コーデリアさんがそう声を上げるとすぐに輝きを取り戻して、笑みも明るく陰のないものとなる。

「……コーデリアさんも、森の中まで来てくれたり一緒に菌を探してくれたり、お手伝いありがとう。

これからもどうぞよろしくね」

姉上がそう返すとコーデリアさんは大喜びをし……姉上と抱き合って愛情を表現し合う。

そんな様子を見やりながらホッと安堵のため息を吐き出していると、いつの間にか隣に立っていたフィリップが肘でこちらを突きながら「本当にこのままで良いの?」と表情で語りかけてくる。

……それを受けて俺は同じく表情で「俺もどうしたら良いか分からん」と返すしかなく、姉上のことは今後の課題としてとりあえずの棚上げとなるのだった。