軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

密偵

あれから数日が経って……まぁ、色々なことがあった。

良いことばかりで、全ては順調……順調過ぎてちょっと怖いくらいだ。

まずコーデリアさんは正式に婚約者となった。お祖父様に立会人になってもらい、司教様に認めてもらっての正式な婚約式も執り行った。

この国において婚約や結婚は王家か教会に認めてもらう必要がある。

基本的に貴族は王家に認めてもらい、商家や学者など婚約を必要とする立場の市民は教会で認めてもらう、という形だ。

……だけども貴族が教会に認めてもらっても法的な問題はなく、司教様に借りを作ることにはなったが、正式な手続きも終えたのでこれで誰も文句を付けることは出来ない形での婚約成立となった。

司教様……というか教会も、ドルイド族に対する扱いには懸念があったらしい。

この世界の教会は多神教で、ドルイド達が信奉する神様もまた教会が祈りを捧げる対象で……弱者の救済を是としている教会としては、手を打ちたいが王家が怖いので手を打てない、でも何とかしたい問題となっていたそうだ。

そこに一つの楔を打てたというのは、教会としても意味があることで……俺が多額の寄付を行ったこともあってか、各地の教会から歓迎とお祝いの手紙が届く程度には感謝されているようだ。

このことは大公とアランのことも合わせて大々的に報道されることになり……当然、あの蛮族と婚約? 正気か? という反応もあったが『愛のために王家と戦う眩しき好青年』なんて特集記事が組まれ、それが大人気となるというような反応もあって……思っていたよりも悪くない状況となっている。

事実としては『王家と戦うために愛を得た』訳で時系列が逆転してしまっているのだけども……コーデリアさんは大喜び、新聞記事を大切に保存していたりもするので、問題はないのだろう。

そんなコーデリアさんは、本人の希望もあってあのまま我が家に滞在してもらっている。

こちらの文化に慣れることや礼儀作法を習う……などなど、貴族夫人になるためにやることが山盛りで、そのための滞在という訳だ。

その指導は母上がやってくれていて……母上とコーデリアさんの関係は、想像以上に良いものとなっている。

馬乳酒の美肌効果もそうだが、コーデリアさんの素直さと可愛さが母上の胸を打ったようだ。

多少厳しくしてもへこたれず、貴族ではよくあることだからと嫌味を言ってもしっかり受け止め、母上がどんなひどい言葉を投げかけても、自分を想ってやってくれていることだからと母上への感謝を忘れることはない。

母上の中には未だにドルイド族は蛮族だという偏見があるようだが……そこから抜け出そうと頑張るコーデリアさんのことは偏見のない目で見ることが出来ているようだ。

姉上も問題はなし、少し大人しい性格の姉上は最初は苦手そうにしていたが……コーデリアさんが姉上達の護衛をしてくれると知ってからは、距離を縮められているようだ。

……まぁー、何しろ、我が家の筆頭騎士ライデルが手合わせでボッコボコにやられたからなぁ、あの強さで女性で未来の義妹、常に側にいて問題がない最強の護衛というのは、特に姉上にとってはありがたい存在なのだろう。

プルミアは初対面の時から分かっていたことだが問題なし、むしろ仲が良すぎるくらいで、街に買い物に出る際にはコーデリアさんの肩に乗っていたりもする。

コーデリアさんもそれを受け入れてくれていて……そうやって街中を歩くコーデリアさんのことを領民達は受け入れてくれているのか、どうなのか……。

「で、どうなんだ?」

執務室、いつもの椅子に腰を下ろし、背中を預けながら目の前の人物……孤児の中から拾い上げた密偵、16歳の青年、長い灰髪、垂れ灰目で細身の……何故か化粧をして女性的な雰囲気もあるフィリップに問いかけると、本棚の本をツンツン人差し指でつついていたフィリップが、こちらに顔だけを向けながら言葉を返してくる。

「問題なんてある訳ないじゃん。

兄貴がそうと決めたなら皆従うし、従わせるよ。

だってさ、兄貴のおかげで税が軽くなって景気がよくなって治安がよくなったんだよ?

婚約者がちょっと風変わりくらいで騒ぐようなやつは、感謝してる連中からぶん殴られるよ。

実際王家シンパの連中が何人か酒場で殴り飛ばされてたみたいだね、何度か現場に居合わせたよ。

それにさ、コーデリアの姉貴はすっげー可愛いじゃん? んでスタイル良いから人気になってるんだよね。

強いから惚れたなんて言うのもいたし……むしろ問題は兄貴が嫉妬されてるってとこにあるかも?

まぁ、嫉妬なんかで兄貴にどうこうする馬鹿はいないし、いたとしても処分するから平気だよ」

「お……おう、あんまり無茶はするなよ? 不敬を働くようなのはこっちで対処したら良い話なんだ、お前は情報関連の仕事をしてくれたらそれで良い」

所々不穏な単語があったので一応釘を刺しておく。

病死寸前餓死寸前、そんな状況の子供達だらけだった孤児院を助けた際に知り合い、密偵として雇うことになった孤児院出身のフィリップは、尾行やら侵入やら噂の扇動などを得意としていて頼りになるのだけども……後ろ暗い手も得意としてしまっていて、時折容赦しなくなるのが欠点となっている。

そこまでのことを求めてはいないのだが……領のためにと勝手にやってしまうのはどうにかしたい所だ。

……そして、そう、コーデリアさんはスタイルがとても良かった。

屋内ではローブを脱ぐ文化らしく、そこで分かったことなのだが……何とは言わないが肩幅相応に大きかったのだ。

ドルイド達の服は、腕を通す穴を開けた一枚布を前で閉じるような形となっていて……結果、その隙間から隠しきれない……チューブトップのような肌着や谷間が見えてしまっていた。

コーデリアさんが言っていた変な目とは、そこを凝視する男達の目だったようで……ローブを脱いでも、出来るだけそこを見ないようにしていた俺の目を見て、コーデリアさんは安堵し、惚れ直してくれたようだった。

……この時俺は初めてというか、かなり本気で自分の社会人経験に感謝をした。

相手の目を見て話すという基本的な経験と、全社員に義務化されていたコンプライアンス研修、その二つの経験のおかげでコーデリアさんへのセクハラを避けられた訳で……俺がただの14歳だったらどうなっていたか、想像すると恐ろしくなる。

コーデリアさんはその辺りのことには繊細な人のようなので、今後もそこは厳重な注意を払っておく必要がありそうだ。

「……今後もこちらに来るドルイド族は増えていくが、その辺りは問題はないか?

特に西の港町ではかなり増えると思うんだが……」

あれこれと考えてから、そう問いかけるとフィリップは輝く笑顔で答えを返してくる。

「既に動いているからへーきへーき。

孤児仲間が動き回って噂ばらまいてるし、ドルイド族のための宿を用意するように港町の商会にも働きかけておいたよ。

体格が違うから普通の宿には泊められない、今から準備しておけば需要を独占出来る、そうしたらきっとこれから大儲けだって、そんな感じでさ。

っていうかやっぱり、来るようになるんだ? まぁ、あの体格だもんねぇ、兵士としても優秀だよねぇ」

「それもあるが、それだけではないぞ。

まず人材交流のようなことを始める。こちらの文化を直接目で見たい、経験したいという人も受け入れる予定だ。

他にも技術研修やらも行う予定だし……後はまぁ、これは来年以降になるだろうが、あちらからたくさん農作物が届くようになるだろうから、その売り買いでも結構な人数がやってくるだろうな」

他にも一緒にやってきていたご老人が、護衛としてこちらに改めてやってくることになっているし、コーデリアさんのお付きの女性も何人かやってくる。

……まぁ、こちらの人間にコーデリアさんの着替えの手伝いとかは難しいからなぁ。

そういう訳で何人かがこの屋敷に滞在することになるが……まぁ、それはまた別の話か。

そして農作物の売買、これはかなり重要だったりする。

……西の島はとにかく広く、草原地帯もあるが同時に肥沃な農地に向いた土地も多いそうだ。

それでいて天候は穏やか……そこまで離れていないこちらとは雲泥の差くらいに良い天候となっていて、気温もそこそこ高いらしい。

……ほぼほぼ同じ緯度で何故そこまで差があるのかの答えは、恐らくは海流の影響なのだろう。

あちらは海も穏やかで水温も高いそうで、こちらが贈った漁船でとんでもない漁獲高を記録してまでいるらしい。

今後はその気候と海から生み出される生産力でもって、こちらの食卓を支えてくれる存在になってくれることだろう。

今この国……というか我が領内は産業革命さながらに工業化が進んでいて、その分だけ農業人口が減っている。

一応、農機具改良などで減った人口分の生産力は補えているのだが……今後はそれだけでは足りなくなっていることだろう。

つまりはこちらは工業、あちらは農業という棲み分けを行おうとしている訳だ。

……一次産業だけでは国力が発達しにくく、それをあちらに押し付けるというのは申し訳ないのだが、人種的な向き不向きの問題もある。

あの体格はどう考えても工場に押し込むよりも、外で働いてもらった方が良いはずで……その申し訳なさの分の経済支援をすることで許してもらおうと思う。

逆に言えばあちらはこちらの食卓を掌握出来てしまう訳で、お互いに欠かせない存在になることが出来る訳で……あちらの国家としての地位を上げることが出来るはずだ。

「ああ、それとフィリップ。

これから競馬を推奨するつもりだから、それとなく噂をばらまいておいてくれ。

賭け事というよりも紳士の趣味、国家のための大事な催し物、といった具合の噂だ」

と、俺が言葉を続けるとフィリップは首をぐいっと傾げて「どういうこと?」と表情で返してくる。

「今後も馬の需要は増えるだろうし、物資輸送用や軍馬としての需要も……しばらくは途切れないだろう。

そして西の島は名馬が多いそうだ。

今でも小規模な競馬が盛り上がっていて馬を愛する男達は多いからな、そこに大義名分と大量の資金が乗れば熱中するはずで、名馬が多いと聞けば西の島への偏見も薄まるだろう。

俺も結構な額の投資をして馬産を始めるつもりだから、それに続けとばかりに噂を立てておいてくれ」

馬乳酒生産のこともあるが、流行り病の噂を無駄に広める訳にはいかないので、そこは黙っておく。

「はぁ~、なるほどね~。

戦力増強ついでにお嫁さんの立場も良くしちゃう訳だ?

さっすが兄貴は頭が回るなぁ……そして本気でコーデリアさんのこと愛してるんだねぇ。

これを聞いたら泣く女の子多いんじゃない? 兄貴って自分で気付いていないだけですっげーモテモテなんだよ?」

「……そんなことを言われてもなぁ、貴族として生まれたからには、愛も結婚もその義務の上に立つものでなければならない、モテたからどうって話ではないんだぞ?

それにだ、コーデリアさんは異国で心細い思いをしているんだ、心の隙間を少しでも埋めてやるのは紳士の義務だろう。

お祖父様にもしばらくの間は正妻探しをやめるようにお願いしたしなぁ……コーデリアさんの心がここに根付くまでは、彼女が最優先で―――」

と、俺のそんな言葉の途中で執務室のドアが勢い良く開かれ……ドアを広げるためか両手を大きく広げた、母上が用意したらしい大きく厚めの生地のショールを羽織ったコーデリアさんと、盗み聞きしていたのか、ドアに耳を当てているような格好で硬直しているプルミアの姿が視界に入り込む。

「……どこから聞いていたと思う?」

と、フィリップに問いかける。

「ん? 最初からだよ??

駄目だよ兄貴、貴族ならそこら辺にも気付けるようにしなきゃ~。

おいらはちゃーんと気付いていて……話しかけてきたタイミング的に気付いているものだと思って話してたよ。

まだまだ甘いな~~~、ホントおいらがいなきゃ駄目なんだよねぇ、兄貴は」

そんなことを言いながらフィリップが体をくねらせる中、頬を染めての笑みを浮かべるコーデリアさんはドシドシと力強くこちらに向かってきて……そして俺をお姫様抱っこで抱き上げ、頬ずりをしてくる。

以前抱きしめられた時に『少しだけ』痛かったと伝えてからは、コーデリアさんの愛情表現はこういう形となっている。

向こうではフランクにするらしいキスとかも、まだする訳にはいかないので頬ずり……いやまぁ、これはこれでどうなんだとは思うのだけど、コーデリアさんとしては結構な妥協をしてくれている……らしい。

「あっはっはっはっは! いいねぇ、愛し合っている仲良し夫婦を見るとこっちも嬉しくなっちゃうねぇ!

おいらもコーデリアさんみたいな良いお嫁さんを探さないとな~~~」

フィリップの冷やかしの笑いと言葉が響き渡る中、そんな愛情表現はしばらく続き……俺はフィリップと妹の前だからと、虚無顔でどうにかその時間を耐え抜くのだった。