軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約者

「……ブライトよ、王女殿下をエスコートして差し上げなさい。

細かい話はこちらで詰めておく」

コーデリアさんと結婚する方向で方針が決まり、少しの話し合いをした後にお祖父様がそう声をかけてくる。

……確かに結婚するというのに政略の話ばかりするというのも無礼か、妻となってくれる人のことを理解することも必要なことだろう。

他家のお祖父様に任せてしまって良いのか? という疑問はあるが……正式な決定をする権限は俺にある訳だし、問題があれば後で修正したら良いだろう。

後は……、

「分かりました、お祖父様に後のことはお任せします。

……ドルイド族の皆様には寛大に接するようお願いいたします」

と、念の為の一言を付け加えてから立ち上がった俺は、嬉しそうにこちらを見つめているコーデリアさんに手を差し伸べて、エスコートすべく軽く頭を下げる。

するとコーデリアさんは作法などを分かっていないながらも、手を取って大慌てで立ち上がってくれて……そのまま一緒に歩いてくれる。

……いやぁ、手もでけぇな。

手を握り合っているというよりも、向こうの手で完全に包まれている感じだ。

流石に王女、手荒れなどはしていないようだけども、指にもしっかりと筋肉がついていて、幼児の頃に父親に手を繋いでもらったなら、こんな感覚になるのかもしれないな。

まずは庭をゆっくりと散歩、花の名前などを説明しながら、ゆっくりと歩を進め……説明が一段落したなら、少し踏み込んだ話題を口にする。

「先程はありがとうございました、コーデリア王女のような女性にああも褒めて頂けるとは嬉しい限りです。

伴侶として気に入って頂けたと思ってよろしいのですよね?」

「え、あ、はい、すっごく気に入りました。

今も優しくしてくださって凄く嬉しいです、あたしみたいな田舎者とこちらの貴族様では、色々話が合わないこともあると思うんですけど……でもブライト様のお話をもっと聞きたいので、どんどんお話ししてくださると嬉しいです」

「……それはこちらとしても嬉しくなるお言葉です。

コーデリア王女は、どのようなことを好まれますか? 趣味のようなものは?」

「あ、動物の世話が好きです、牛とか馬とか。

あとは体を鍛えるのも好きです、変な人とかをぶっ飛ばしたいので」

うん……うん?

さっきも言っていたが変な人とか変な目で見る人というのは、具体的にどういうことなんだろうな?

ぶっ飛ばしたくなる相手……ということは、好意的な相手ではないのだろうけども。

……まぁ、そういうネガティブな話題は、こちらから掘り下げるべきではないだろうな。

「動物ですか、良いですね。

妹のプルミアも動物のことが大好きでして、つい先程も猟犬と馬が欲しいとねだられたばかりなのです。

もし良かったら妹ともそういう話をしてやってください、まだまだ幼い妹ですが、きっとコーデリア王女とも気が合うと思いますよ」

「わぁ、妹さんはプルミアさんって言うんですね、とってもいい名前です! お友達の名前そっくりで、大好きです!

……ブライト様の妹さんならきっと、あたしのことを受け入れてくださると思うので……はい、仲良くしたいと思います」

……名前? ああ、そう言えば他の2人も名前の最後には『ア』がついていたな。

ドルイドの文化的にどうやら意味のあることらしい……それでいてコーデリアという名前はこちらでもよく聞く名前の一つで、恐らくはドルイドの王がこちらとの交流を前提に名付けたのだろうなぁ。

迫害されながらも、そういったことに目を向けられるということは中々の人物であるようだ。

と、そこに元気いっぱいな声が響いてくる。

「おにーさまー! 大事なことをお話するの忘れてましたー!

病です、流行り病です、王都で流行り病が来るっていう噂が広がってたんですよー! ここらへんで結構な数の人が死んじゃうそうです!」

声の主はプルミアで、買い物中にそんなことを思い出したらしく、ドレス姿だと言うのに全力でこちらに駆けてきてしまう。

「ってうわ、おっきい! 可愛い! えっと、お客様ですか? プルミアって言います! よろしくお願いします!」

「あ、はい、コーデリアです、よろしくお願いします! プルミアさんも可愛いですよ!」

「……色々と言いたいことがあるがプルミア、流行り病というのは何の話だ? 既にどこかで広がっているのか?」

とんでもないことを言ってきたかと思えば興味をコーデリアさんに移して挨拶をするプルミアに、俺がそう返すとプルミアは、王族の予知がどうの予言がどうのという話をし始める。

まだどこかで流行り病が広まったという話はないが、王族の誰かがそんな予知をしたらしく、王都の一部ではもう決定事項として信じられているらしい。

……王族にそんな力があるの? マジで? いや、それにしては俺への対応が半端なような……見える未来が限定的なのか?

俺の成果を変なタイミングで奪ったのもそれが理由か? あの時だけは妙に手際が良かったからなぁ、未来を予知しながら工作を仕掛けて来たと言うのなら納得……出来ないこともない。

それにそんな半端な予知なら対策のしようはありそうだ、仮に完璧な未来が見えたとしても対応しきれない手数や物量で押しつぶすという手もあるだろうしなぁ。

……で、俺に関する予知ができなくなったか対策が上手くいかなかったかして、それでも変に手出しをしようとして大公やアランのような騒動に繋がった? そして今王族の予知は流行り病に向けられている?

……人が死ぬような流行り病というと、天然痘、黒死病、インフルエンザ辺りか?

……それかこの世界にしかない病気ということになるが、歴史書などを見る限り、そういった病気は見当たらないんだよな。

そして天然痘や黒死病は大陸で流行したことなら何度かあるが、この辺りで流行したという記録は少ない。

そうなると流感ことインフルエンザになるが……どうしろって言うんだ?

あちらの世界の医学でも特効薬はなし、対処療法しかなかった訳で……現状出来る対策と言えば、手洗いうがいにマスク、アルコール消毒と患者の隔離くらいか?

あとは……領民の栄養状態の改善や、経口補水液みたいなものを作るくらいか。

……ああ、それと抵抗力を高めるという手もあるか、乳酸菌とかで腸内環境を整えるとか。

そうなるとヨーグルト? いや、そう言えば……。

「馬乳酒があればなぁ……あれで抵抗力を上げられたなら死者の数を減らせるはずなんだが……」

馬乳酒、馬のミルクを発酵させたもので、栄養価が満点かつ乳酸菌たっぷりで、それまで胃腸の持病で苦しんでいた人が、馬乳酒を飲んだら一発で治ったという逸話があったりする飲み物。

前世の世界でも馬乳酒が流行り病から人を守ったという話があって、同じ戦場の中で、飲んでいる遊牧民達は流行り病に罹らず、飲んでいない者達だけが罹ってしまい一方的な戦線崩壊なんてことになってしまったとか……なんとか。

そこら辺の話の信憑性はさておいて、乳酸菌飲料で抵抗力を高めるというのはデメリットのない話だし、悪くないアイデアだと思う。

重症化を避けられるのなら風邪みたいなものだし、耐えきることも出来るだろう。

「あ、馬乳酒飲みたいですか? うちでたくさん作れますよ? いっぱい作らせましょうか?

馬乳酒飲んでるとお肌が綺麗になるので、ドルイドの女性は毎日欠かさないんですよ。

馬と牛のお世話と馬乳酒は美人の秘訣です!」

あれこれと考え込んでいるとコーデリアさんからそんな声が上がる。

……いや、ほんと運に恵まれているというか、ナイスタイミングが過ぎる。

発酵食品は作り方を分かっていないと、ただの腐敗物を作り出してしまうことがあり、そこら辺がネックだったのだけど、毎日欠かさず飲んでいる人達に作ってもらえるならその心配はなくなる。

その上……お肌に良いという情報もありがたい。

実際コーデリアさんの肌はツヤツヤで、これを母上に見せて馬乳酒の説明をしたなら……母上が率先して飲んでご婦人達に広めてくれるに違いないし、母上とコーデリアさんの仲を深めることも出来るだろう。

「それではお願いして良いですか? 対価はしっかりと払いますので、正式な輸入品とさせてください。

作るだけでなくこちらで腐らせないよう、管理に詳しい人も手配してくださると助かります」

と、俺がそう言うとまずコーデリアさんが言葉を返す。

「はい! お任せください!

ずっと貰ってばかりだったので、お役に立てて嬉しいです! 一番美味しく作れる人連れてきてもらいますね!」

それを受けて頷いた俺は、プルミアに視線を向けて言葉を続ける。

「……それとプルミア、母上に今の話を伝えてくれるか? 私の婚約者になるドルイドの女性が、肌をツヤツヤにしてくれる飲料を持ってきてくれる、という感じで」

「え!? 婚約者さんだったの!? なら早く伝えないと!

えっと……流行り病を防いでくれてコーデリアさんみたいにお肌ツヤツヤになれる飲み物だね! 任せて!」

するとプルミアはそう言って、またも令嬢らしからぬ大股で駆けていってしまう。

それ呆れながら見送っているとコーデリアさんが、こちらに視線を合わせるためか、少し屈んで覗き込んでくるような姿勢をしてから、ニッコニコの笑顔を向けてきて……今までにない柔らかな声をかけてくる。

「プルミアさんも、あたしのこと変な目で見ないでくれました。

ブライトさんのお家は皆優しい人ばかりで、とっても嬉しいです。

それと……皆のために頑張ろうって真剣な顔になって、それからすぐに答えを出せるのも凄いと思います。

……馬乳酒のことも知っていたなんて、本当にドルイドと仲良くしてくれようと勉強もしてくれていたんですね……ほんとにほんとに嬉しいです。

……これからよろしくお願いしますね、旦那様」

「……こちらこそ、よろしくお願いいたします、コーデリアさん。

貴女のような温かな笑顔の人と一緒になれることはとても光栄で……今からその時が楽しみです」

馬乳酒の情報源とかちょっとした誤解もあるようだが、仲良くしたいと思っているのは本当で、コーデリアさんのことも本当に良い相手だと思い始めている。

そういう訳で偽りのない本音でそう返すとコーデリアさんは、嬉しさからなのか目を潤ませてから微笑み……そして何を思ったか、力いっぱい俺のことを抱きしめてくる。

筋肉すげぇ!? と、思った直後ギシギシッと全身の骨が軋む。

そのまま持ち上げられてしまって地面に足が付かない、両腕もしっかりホールドされているので抵抗も出来ない、だけどもまさか悲鳴を上げるなんて無礼も出来ず、口を開けば悲鳴が真っ先に出てきそうな程に痛いので口も開けない。

せめて視線で伝わらないかとコーデリアさんの顔を見ると、とても幸せそうに目をつむっていて……ああ、うん、これはどうにもならないな。

そうして諦めて痛みを受け入れることにした俺はしばらくの間、女性に本気で抱きしめられるという、字面だけ見れば幸せなことのはずの地獄を、これでもかと堪能することになるのだった。