作品タイトル不明
Ep.4 有責〜フェリクスside
学園の卒業パーティーはどこか淀んだ空気を孕みつつ、表面上は無事に終幕となった。
フェリクスは隣で微笑むアマーリエを気遣いながらも、胸の奥に鉛のように重くて苦いものを感じていた。
「フェリクス様?どうかなさいましたか?」
「あ……いや、すまない。少しぼーっとしていた」
アマーリエの声に意識を引き戻され微笑みかけると、彼女もホッとしたように表情を緩めた。
会場を出て、アマーリエをアイヒェン侯爵家の馬車まで送る。
本来であれば屋敷まで送ってあげたいところだが、アンネリーゼに『婚約破棄』を宣告したとはいえ、正式に婚約が破棄されたわけではない。
一応、婚約はまだ継続されている。
只でさえ母親の醜聞の巻き込まれている彼女に、これ以上の瑕疵を付けるわけにはいかなかった。
「アマーリエ……。アンネリーゼとの婚約が無事に破棄されたら父上の許可を貰い、必ず君を迎えに行く」
「フェリクス様……はい、お待ちしております」
頬を赤らめさせて微笑む彼女に、心が温かくなる————。
侯爵家の馬車が走り去ったのを見送った後、突如として騎士たちに四方を囲まれた。
服装を見ると、王城に務めている近衛騎士たちだった。
「一体、何事だ。どういうつもりで、こんな真似を……」
「国王陛下がお呼びです。すぐにお戻りを」
眉間に皺を寄せ、無礼な振る舞いへの怒りを滲ませながら言い放とうとした瞬間——国王の側に仕えているはずの近衛騎士団長に言葉を遮られた。
彼が普段このような真似をすることはあり得ない……。
つまり父上からの命令で動いているのは、明らかだった。
大人しく王家の馬車に乗り込み、学園を後にした。
まだ残っていた卒業生たちが、そんな王太子の様子を見ていたことにも気付かずに————。
近衛騎士たちに挟まれるように父上の執務室まで先導され、到着すると近衛騎士団長が入室許可を取った。
「王太子殿下。どうぞ、陛下がお待ちです」
無表情のまま淡々と告げる彼の様子に、じわりと緊張感が高まった。
「……失礼致します」
「来たか……」
室内へ足を踏み入れると、書類に目を通していた父上が顔を上げ、視線を向けてきた。
私と同じオレンジ色の瞳に温度はなく、どこか冷たさを帯びている————。
「お呼びと伺いましたが、ご用件は何でしょうか?」
「お前……アンネリーゼ嬢へ婚約破棄を言い渡したそうだな」
……やはり、そのことか……。
アンネリーゼが泣き付いたのか……?
「アンネリーゼ嬢ではないぞ。お前に付けてある影から報告を受けていた」
私の考えを読んだかのように、先に父上に否定された。
影が付いていることくらい分かっていたというのに、そこまで思い至らなかったのが恥ずかしい。
自分の眉間に、グッと力が入るのを感じた。
「はい。アンネリーゼは王太子妃に相応しくありません。ですから……」
「お前はいつから国王になったのだ?」
「は……?」
アンネリーゼがいかに王太子妃に相応しくないか進言しようと話し始めたその瞬間、言葉を遮られ鋭い眼光を向けられた。
父上の言葉の意図が分からず、間抜けな声が漏れてしまう。
「王太子の婚約は国政の一環であり、国王である『私の命令』でもある。……それを勝手に『破棄』するなど、国王以外にはあり得ん。だから聞いている——お前はいつから『国王』になったのだ、と」
王命の重みは理解していたはずだった。
王太子である自分でさえも、王命に逆らうことは許されない。
『国王陛下からのお許しは頂いておりまして?』
婚約破棄を告げた際のアンネリーゼの言葉が、不意に脳裏に浮かぶ。
彼女はきちんと理解していたのだ————王命を勝手に覆すことは許されないということを。
「そ、それは……」
「しかも、お前はアイヒェン侯爵家の『居候』と揃いの衣装を身に纏い、共に入場したそうだな。おまけにあれを『義妹』と名乗らせただと?どこまで愚かさを晒せば気が済む?」
王の威圧感と凍てつくような視線に寒気を感じ、体が震えそうになる。
「し、しかし!アマーリエ嬢と母親が同じなのは……」
「そうだ、ゾフィー・フォン・アイヒェンは確かにアンネリーゼ嬢とアマーリエ嬢の母親ではある……だが、それだけだ」
事実だけを説明するかのように語る父上の声に、感情はない。
「本来であれば、アルバ公爵夫人だったアイヒェン侯爵令嬢との婚姻は取り消すことも出来た。だが、それをしなかったのは二人の子の為だ。托卵しようとした『阿婆擦れ』の為も、『居候』の為でもない」
蔑みを隠しもしない父上の言葉に、アマーリエを侮辱された怒り——理由の分からない恐怖が同時に湧き上がる。
「良いか。アルバにとってあの二人は公爵家の『汚点』であり、『醜聞』そのものだ。それを『義妹』などと繋がりを認めさせようなど、アルバ公爵家への侮辱に他ならん」
「……そんなつもりは……ただ、私は……」
「お前にそんなつもりはなくとも、アルバはそう受け取らん。もちろん周囲もな。お前は今日、大勢の前でアンネリーゼ嬢を侮辱しただけではない。アマーリエ嬢を『アルバ公爵家と連なる者』と宣言したも同然だ」
父上の言葉に全身から血の気が引き、背中に冷たい汗が伝っていくのを感じた。
アルバ公爵家とアイヒェン侯爵家の確執については、よく理解していたつもりだった。
ただ同じ母親の子なのだから、家同士の繋がりはなくとも『義姉妹』として付き合う分には構わないだろう——そう思っていた。
それがまさか、アマーリエを『アルバ公爵家の一員』と認めるようなことになるとは、思いもしなかった。
「王太子の言葉は重い。お前が今日アンネリーゼ嬢に言ったことは、『アマーリエ嬢を義妹と認めろ』という命令に等しい。それは『アマーリエ嬢をアルバ公爵家の一員として扱え』と同義だ」
「!?……私はそんなつもりは……!!」
「だから、お前にそんなつもりはなくともアルバはそう受け取らんと言っているだろうが!!」
父上は大きな音を立てながらデスクを拳で叩き付け、怒鳴り散らした。
父上に怒鳴られたことなど、今まで一度もなかった。
反射的に肩が震え、身を縮こませてしまう。
「……先ほどアルバ公爵が来た」
既に公爵が謁見していたという事実を知り、嫌な予感が胸の中で膨らんでいく。
「婚約はお前の『有責』で破棄となった。慰謝料は王家とお前の私財から支払う」
私の……『有責』……。
それは、私が『間違いを犯した』ということだ。
「更に、アルバは『社交界と国政から身を引く』と言われた……つまり、アルバは王家との繋がりを断つということだ。それがどういう意味か、お前に理解出来るか?」
アルバ公爵家は武力、経済力、あらゆる面で絶大な影響力を持っている————。
本来であれば、王家からの婚約指名を断ることなど出来ないが、アルバ公爵家は別だ。
王家が気に入らなければ、独立することさえ可能なのほどの家なのだから。
事の重大さを認識するに連れ、どんどん血の気が引いていくのを感じた。
今の自分の顔色は、青よりも白に近いのではないかと思うほどだった。
「す、すぐにアルバ公爵に……アンネリーゼに、謝罪を……」
必死に震える顎を抑えながら発した声は、掠れていた。
しかし「無駄だ。最早、遅い」と言いながら、父上は静かに首を振った。
「お前を廃嫡すると言った」
————『廃嫡』
今まで無縁だと思っていたその言葉が急速に身近に迫り、心臓の音がバクバクと耳元で鳴り響いているように聞こえる。
「……だが、公爵にそれは『却下』された。むしろ、その『居候』と婚姻させてやれ、とな」
「既に王太子妃教育を修めたアンネリーゼを切り捨てて選んだ娘は、さぞかし素晴らしい王太子妃になるだろうと言われたわ」——父上は苦虫を噛み潰したような顔で、吐き捨てるように言った。
「お前の『有責』による婚約破棄と、新しい婚約者にアマーリエ・フォン・アイヒェンを立てることを発表する……ただし貴族たちの支持を得られなかった場合、あるいは王太子妃として相応しくないと判断された場合、お前も廃嫡とする」
たった一日、しかもたかが数時間の出来事で、自分の足元がガラガラと崩れ落ちていく。
最早、どうやって立っているのかも分からないほどに————。