軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.グレンを婿にする方法を提案されました

エミリオは泉に浸された杖へ一度視線を向け、それから肩をすくめる。

「屋敷じゃ話しづらいんだよね」

「話しづらい?」

「うん。爺さまの耳がどこにあるかわからないし」

私は思わず眉をひそめる。

「あなた、自分の祖父でしょう」

「だからだよ」

エミリオはあっさりと頷いた。

「僕だって表向きは可愛い孫をやってるんだから」

いつものような軽い口調だ。

けれど、その後に続くはずの冗談がない。

明らかに普段と違う。

そもそも、エミリオがこうして真正面から話を切り出すのは珍しい。

嫌な予感がさらに膨れ上がるのを感じながら、私は小さく息を吐いた。

「それで?」

促すと、エミリオは少しだけ視線を逸らした。

ややあって、静かに口を開く。

「姉さま、あの人がいなくなってから一度も笑ってないよ」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

いや……わかりたくなかっただけかもしれない。

「……誰のこと?」

「グレンくん」

即答だった。

私は思わず顔をしかめる。

「そんなこと──」

「あるよ」

珍しく食い気味に返される。

「少なくとも僕は見てない。前はもう少し機嫌良かったじゃん」

「機嫌なんて──」

「良かったよ」

またも、言い返す前に断言される。

私は言葉に詰まった。

グレンが公爵邸を出てからの数日。

何かを楽しんだ記憶が、ほとんど思い浮かばない。

思い返しても、浮かぶのは落ち着かない様子のリーヴばかりだ。

温室でも、部屋でも、小さな体はいつも不安そうに揺れていた。

エミリオはそんな私を見て、小さく息を吐いた。

「まあ、そんな顔する時点で答え合わせなんだけどね」

悔しいけれど、何も言い返せなかった。

「姉さまとグレンくんって、けっこうお似合いだと思うんだよね」

何気ない調子で続けられた言葉に、私は一瞬、言葉を失う。

「……突然何を言い出すの」

「いや、前から思ってた」

あっさりと返される。

「姉さまって正しいじゃん」

「褒めているの?」

「半分くらいは」

エミリオが笑う。

「でもさ。正しいんだけど……きついんだよ」

「……」

「言い方とか、態度とか」

私は否定しなかった。

エミリオは構わず続ける。

「もちろん悪気がないのは知ってるよ? 姉さまなりに相手のこと考えてるのも。……でも、言われた側は結構へこむことあると思う」

「……余計なお世話よ」

「そうかもね」

エミリオはあっさり認めた。

そして少しだけ表情を和らげる。

「でもさ、グレンくんがいると、うまく収まるじゃん」

私は思わずエミリオをじっと見つめた。

エミリオは構わずに続ける。

「姉さまって前に出るでしょ。必要だと思ったら誰より先に動くし、決めるし、引っ張る。それはすごいと思うよ。でも……グレンくんは逆なんだよね」

「逆?」

「前に出るタイプじゃない。その代わり、すごく周りを見てる」

谷を渡る風が花を揺らした。

「誰が困ってるとか、誰が置いていかれそうとか。そういうのに気づくの、結構早いじゃん」

「……そうね」

「だからさ」

エミリオは泉の水面を眺めながら言った。

「グレンくんって、すごく強い人だと思うよ。腕っぷしが強いとかじゃなくてさ。心が」

軽い口調だった。

けれど、その評価は本心なのだろう。

私は黙ったまま泉の水面を見つめる。

その言葉は素直に胸へ落ちてきた。

グレンが強い人だということは、私も前から知っている。

しばらく沈黙が落ちた。

泉の水面には、四本の杖が放つ淡い光が揺れている。

その光を眺めながら、エミリオが不意に口を開いた。

「こう言っちゃなんだけどさ」

含みのある声に、嫌な予感がした。

「グレンくんを爺さまの養子にしてもらうって手だってあるよね」

「……は?」

「いや、現実的な話」

エミリオは悪びれもせず続けた。

「で、養子となったグレンくんが、次期公爵の婿になる。爺さまにとっても悪い話じゃないでしょ。公爵家の実権を握る手段になるんだから」

いつもと変わらない、軽い口調。

けれど、冗談ではない。

「それに爺さまの年齢を考えたら、少しの間の我慢だって」

「やめなさい」

思わず遮る。

エミリオは小さく息を吐いた。

「これは例えばの話。ただ、なりふり構わなければ、こういう手を含めて色々あるんじゃない?」

方法ならある。

そんなことは、私だって考えたことがないわけじゃない。

沈黙した私を見て、エミリオが首を傾げる。

「姉さま?」

私は小さく息を吐いた。

「……彼を夫に迎えて、公爵を継ぐ」

これまで自分の胸だけに秘めていた考えだ。

言葉にした瞬間、胸の奥が重くなる。

「それが理想の未来だと考えたことはあるわ」

エミリオは何も言わない。

ただ続きを待っている。

「でも……それって、彼を利用しているだけじゃない」

泉の水面に揺れる光を見つめる。

「公爵家のために、私が公爵を継ぐために……だから彼と結婚する」

そんなものは違う。

少なくとも、私が望んでいるものではない。

「そんなこと……したくないの」

グレンは優しい。

だからこそ、もし私が望めば、きっと断れない。

それが嫌だった。

彼の優しさに甘えるのも。

彼の未来を、私の都合で決めるのも。

「そんなこと……私にはできないわ」

私は俯きながら、小さく呟く。

エミリオはしばらく黙っていた。

「それってさ」

やがて、静かな声が返ってきた。

私は顔を上げる。

エミリオはいつになく真面目な顔でこちらを見ていた。

「姉さま一人だけの考えだよね」

「……どういう意味?」

「そのままの意味だよ。姉さまは『グレンくんは断れないかもしれない』って言うし、『利用してしまう』とも言う。でも、それって全部姉さまが考えてることでしょ」

「だって実際そうじゃない」

「そうかな」

あっさり返される。

エミリオは泉の水面へ視線を落とした。

「仮にさ。グレンくんも、姉さまと結婚したいって思ってたら?」

胸の奥が小さく揺れた。

私はすぐに答えられない。

「それは……」

「ないって言い切れる?」

言い切れなかった。

だから黙るしかない。

「もちろん、本当にそう思ってるかはわからないよ。僕だって本人じゃないし」

エミリオはそこで一度言葉を切った。

「でも、姉さまだって本人じゃない」

その一言が胸に刺さる。

「なのに最初から答えを決めてるじゃん。グレンくんはこう思うはずだ、だからこうするべきだって」

私は視線を落とした。

反論できない。

自分でも何度も考えたことだった。

それでも、そう考えずにはいられなかったのだ。

「姉さまってさ。最近、特にそうだよね」

「……何が」

「何でも一人で抱え込もうとするところ」

その言葉に眉をひそめる。

エミリオは泉の水面へ視線を向けたまま続けた。

「前から責任感は強かったけど、最近はもっとひどい。自分で考えて、自分で決めて、自分で責任を取ろうとする。誰かを頼るより、自分で背負った方が早いって思ってるみたいに」

思わず言葉に詰まる。

最近になって蘇った前世の記憶。

子どものことも、家のことも、自分で何とかするしかなかったあの日々が脳裏をよぎる。

誰かに期待するより、自分で動いた方が早かったし、確実だった。

気づけば、それが当たり前になっていた。

「それは姉さまの強さだと思うよ。でも、そのせいで自分の考えだけで結論を出しちゃうこともあるんじゃない?」

谷を吹き抜ける風が花々を揺らした。

「相手がどうしたいか、何を望んでるか。そこまで決めるのは姉さまの仕事じゃないと思うんだよね」

私は何も言えなかった。

頭に浮かぶのは、グレンの顔だった。

公爵邸を出ていくと決めた時の顔、リーヴを見つめていた時の顔。そして、いつも私の隣にいた姿。

胸の奥が少しだけ痛む。

「僕としてはさ」

エミリオが一度言葉を区切り、肩をすくめる。

「姉さまにグレンくんとくっついてもらった方が都合がいいんだよ。だって、僕は次期公爵なんて面倒なものになりたくないし。姉さまに頑張ってもらわないと困るんだよ」

相変わらず、自分の都合ばかり口にする。

「あなたねえ……」

呆れた声が漏れる。

エミリオは少しだけ笑い、声を落とす。

「それに……姉さまのこと、本気で大事にしてくれそうだし」

不意を突かれ、言葉に詰まる。

エミリオは照れ隠しのように視線を逸らした。

「……まあ、僕だってできることがあったら協力するしさ。だから姉さまも、少しくらい頑張りなよ」

返事はできなかった。

けれど、エミリオの言葉は思っていた以上に深く胸に残っていた。