軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06.一人で抱えないと決めた日

教師の視線が、再びリーヴへと向いた。

穏やかだった空気に、探るような色が混じる。

「……それと、もうひとつ。君たちの育成で生まれたこの存在についても、少し相談がありまして」

私は腕の中のリーヴを抱き直した。

小さな体がわずかに震え、光が胸元で瞬く。

──さっきまでの穏やかさとは違う。

胸の奥に、かすかな緊張が生まれた。

教師は一拍置いて、丁寧に言葉を選ぶように口を開く。

「次の課程──杖作成のフィールドワークのことです。今年は一年生との合同で行う予定ですが、その際……リーヴも同行させていただけないかと考えております」

「……リーヴを?」

思わず問い返すと、教師は頷いた。

「もちろん、カルディナート嬢やベルマーくんに付き添わせるわけではありません。不公平との声が上がるでしょうから、現地では私たち教師が責任をもって面倒を見ます」

穏やかな言い方だったが、胸の奥で何かがざらりと波立った。

「どうして、そのような……」

「古代種族と魔力循環の関係を研究している学派があります。シュプラウトも、古代種族の魔術構造に近い特性を持つ。杖に魔力を込める地──あの場所でリーヴが何か反応を示すかもしれない。それを観察できれば、学術的にも大きな成果になります」

教師の言葉は理路整然としていた。

けれど、その冷静さがかえって不安を掻き立てる。

「観察」という響きが、どこか冷たく聞こえた。

腕の中でリーヴが身じろぎをした。

小さな指が、私の服の端をぎゅっと掴む。

……まるで、手放さないでと訴えているように。

私は無意識に抱き締める腕に力を込めた。

「……考えさせてください」

声がわずかに震えたのを自覚する。

教師は深く頷き、席を立つ。

「もちろんです。強要するつもりはありません。ただ、もし承諾いただけるなら、責任をもって保護と観察にあたります」

そう言い残し、教師は丁寧に頭を下げた。

扉が静かに閉じられ、応接室に再び静けさが戻る。

「ノエリアさま……」

隣から、グレンの静かな声。

見上げると、彼は私の腕の中のリーヴを見つめていた。

「リーヴは、あなたのことを信じています。だからきっと、どんな選択をしても大丈夫です」

その穏やかな言葉が、ほんの少しだけ心を落ち着かせた。

それでも私は、抱いたままのリーヴから視線を離せなかった。

──同行、という言葉のはずなのに。

なぜか胸の奥では、「引き離される」という感覚にすり替わっていた。

「でも……リーヴを手放すなんて、できるはずがないわ……」

「ノエリアさま、落ち着いてください。先生の提案は、フィールドワークへのリーヴの同行です。その間、教師たちが預かるだけで、一時的なものです」

グレンの言葉に、はっとなる。

「そう……そうよね……手放すわけではないわ。どうして、そんな風に考えてしまったのかしら……」

私はリーヴを撫でながら、深呼吸する。

「……グレンはどう思うかしら? リーヴを同行させたほうがよいと思う?」

「僕の意見としては……同行させたほうが、よいと思います」

一拍置いて、グレンは続ける。

「先生は観察や研究という観点から話していましたが……それとは別に、リーヴ自身の経験にもなるのではと思うんです」

「リーヴ自身の経験……」

「はい。託児所で預かっている子が、周りの子たちの影響を受けながら、新しいことができるようになっていくのを見ました。先生が言っていた、リーヴが何か反応を示すかもしれないということは、リーヴにとっては新たな刺激を受けることにも繋がるんじゃないかと」

託児所という言葉を聞いて、何かがストンと落ちるような気がした。

そうよね……前世で考えると、保育園に預けるようなものよね……。

「だからといって、同行させないというのも間違いではないと思います。フィールドワークが絶対に安全とは言い切れない。自分自身の手でしっかり面倒を見たいというのも、正しい答えの一つだと思います」

そう言いながらも、グレンは少し心配そうな目を私に向けてきた。

「でも……ノエリアさまは、全部自分で背負おうとしているように思うんです。だから、一緒に考えましょう。リーヴにとって、何が一番よいかを……二人で」

胸の奥に、温かいものが満ちていく。

きっと前世のワンオペ経験から、一人で全部やらなくてはいけないと思い込んでいた。

人に頼るなんて、そもそも選択肢が浮かばなかった。

でも……今は一人じゃない。グレンが一緒に考えてくれる。

「ええ……一緒に、考えましょう」

結局、私とグレンは顔を見合わせて、同じ結論に辿り着いた。

「……託児所に預けるようなもの、よね」

「ええ。一時的に、守る目が増えるだけです」

翌日、私は教師に承諾の返事を送った。

リーヴを託すことを選んだのは、無責任だからではない。

守るために、世界を狭めすぎないと決めたからだ。

その少し後、公爵邸を訪ねてきたミアは、私の話を聞くなり言った。

「ノエリアさま……一人で抱え込まないでください」

思わず苦笑する。

──それ、私があなたに言った言葉じゃない。

助けを受け取ることや人に託すことも、強さの一つ。

頭ではわかっていたはずなのに、できていなかったのは私のほうだった。

こうして、静かな夏休みは終わりを迎えた。

リーヴの成長とともに、私たちもまた一歩前へ進む。

そして──二学期が、始まる。