軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.芽吹きの予感と、静かな週末の約束

鉢植えの前で、私たちは静かに腰を下ろした。

午前中に魔力注入を終えたシュプラウトの種子は、まだ淡く温かな光を湛えていた。脈打つような輝きが、まるで命の誕生を予感させる。

「では、始めましょうか」

そう言って、私はあの倒木の根元で採集した土を袋から取り出す。

湿り気を帯びた、柔らかく甘い香りの土。自然の魔力が凝縮されたその感触は、どこか体温にも似たぬくもりを帯びている。

グレンは無言で頷き、鉢へと土を入れていく。

余計な言葉は交わさないけれど、その動きは丁寧で、無駄がなかった。

「……これで、よし」

彼の合図を受け、私は光を放つ種子をそっと指先でつまむ。

「土の中央を少しだけくぼませて。そう、そこへ」

魔力の波を乱さぬよう慎重に、種子を土に沈める。

すると、瞬く間に淡い光が土へ吸い込まれていき、しんとした静けさが満ちた。

──魔力が、土に馴染んだ。

私は息を吐く。

今のところ、相性は良さそうだった。

「悪くなさそうね。このまま順調に育ってくれるといいけれど」

「……はい。感覚ですが、すごく落ち着いて見えます。カルディナート嬢が選んだ土……やはり正解だったのだと思います」

グレンの静かな声に、私はふと彼を見た。

たった数時間前まで、彼とはほとんど話したこともなかった。

けれど、こうして並んで土を触り、同じ種子に向き合っていると、距離というものは意外と簡単に縮まるのかもしれない。

「ところで」

私は一拍置いて口を開いた。

「カルディナート嬢、というのはやめにしない?」

グレンが小さく瞬きをする。

「ペアなのだし、ノエリアでいいわ。それとも……私があなたをグレンと呼ぶのは、気に障るかしら?」

一瞬だけ、グレンの表情が固まった。だがすぐに、わずかに視線を伏せて答える。

「いえ、光栄です……ノエリアさま」

やはり敬称は取らないらしい。

予想していたことではあったが、苦笑してしまう。

「さま、は取らないのね?」

「……僭越かと」

その答えに、私は肩をすくめながらも微笑む。

「まぁ、あなたがそれで気が済むならいいけれど」

確かに、子爵令息が公爵令嬢を呼び捨てにするのは難しいかもしれない。

私自身が構わなくても、周囲の目がある。

彼の立場のためにも、呼び捨てを強要するべきではないだろう。

こうしてシュプラウト育成課程が本格的に始まった。

基本は一日一回の魔力注入。

時間帯は育成授業の中で割り当てられ、その日の気温や湿度、個体の状態によって注入量や方法を調整していく必要があるという。

「じゃあ、今日は僕がやります」

二日目の授業でそう申し出たのは、グレンだった。

「明日は、私ね」

交互に注入するという形で始めるつもりだった。

だが、結局そのやり方はすぐに変わることになる。

「……この変化、昨日より少し魔力の滞留が強いわ。気温の影響かしら?」

「たしかに、外気が少し乾燥してるようです。水分の抜けが早いかもしれません」

二人で一緒に観察し、二人で注入の度合いを決める。それが自然と習慣になっていた。

「交互にって決めたけど……一緒にやったほうが、変化に気づきやすいわね」

「はい。細かな観察は、視点が多いほうが有利です」

そうして、毎回二人で鉢の前に座るようになった。

倒木の根元で採集したあの土は、今のところとても良い反応を示している。

三日目には早くも小さな芽が顔を出し、土の表面に向かって柔らかな緑の輪郭が浮かび上がった。

それは、魔力の循環が順調に保たれている証だ。

一日の育成授業以外は、通常の座学や演習に追われる日々が続いた。

特にトラブルもなく、淡々と時間が流れる。

そして週末が近づいてきた。

週の最終日の育成授業が終わりに差しかかる頃、担当教官が口を開いた。

「さて、今週末から、希望者はシュプラウトの鉢を自宅に持ち帰ることができます。ただし、学園側での保管も引き続き行っていますので、強制ではありません」

教師の言葉に、生徒たちがざわついた。

シュプラウトの育成成績は、観察記録や育成結果も含まれる。持ち帰って細かく世話をする方が、成績面では有利になるのは明白だった。

「成績上位を狙うなら、持ち帰るのは当然だよな」

「寮は二人部屋だからな……かえって学園で保管してもらったほうが安全かも……」

ちらほらとそんな声が聞こえるなか、ふと教室の反対側に目をやると──。

「週末は、私が預かってもよろしいですか?」

ミアが、王太子に問いかけているところだった。

「ああ、任せるよ」

王太子ローレンスはあっさりと頷き、そのまま自分の荷物をまとめ始めた。

当然のようにミアの返答を受け入れ、取り立てて感謝の言葉もない。

……相変わらず、他人が自分のために尽くすのは当然と思っているのね。

私は小さく息を吐き、隣にいるグレンに視線を移した。

「確か、あなたも寮暮らしだったわよね?」

「はい。距離が近いので、僕が持ち帰ったほうがよいかと」

「そうね……」

彼の言葉に、私はしばし考え込む。

「その申し出は嬉しいけれど、寮って二人部屋よね。相部屋の子の魔力が影響を及ぼすこともあるかもしれないし……。私が持ち帰ったほうがいいと思うのだけど、どうかしら」

「……確かに、僕の部屋では夜に魔術の復習をする子もいます。安定した環境とは言いづらいかもしれません」

グレンが静かに頷いた。

公爵邸には温室もあるし、結界を張って魔力を遮断できるような部屋もある。

私が持ち帰ったほうが、環境的には良いだろう。

「だから、今週末は私が持ち帰るわ。ただ、あなたも見てみたいでしょう? よかったら、公爵邸に来てみない?」

その提案に、グレンの目がわずかに見開かれる。

「い、いえ……そんな、恐れ多いです。お屋敷にまで伺うなんて……」

「気にしないで。学びの一環として招くのに、何の不都合もないわ」

私はやわらかく笑ってから、少し声を和らげた。

「でも……あなたにも、週末の予定があるかもしれないわね。急に誘ってしまったけれど、ご都合は大丈夫?」

一瞬だけグレンの瞳が揺れたが、すぐに小さく首を振る。

「……特に予定はありません。むしろ、直接様子が見られるのはありがたいです」

「そう? ならよかった」

ほっとして笑みを浮かべると、ふと思いついて続ける。

「それに……一人だけを招くのが気になるなら、ミアにも声をかけてみましょうか? 彼女も持ち帰るようだし、情報交換もできるかもしれないわ」

グレンは少しだけ考え込むように沈黙したあと、静かに頷いた。

「……では、甘えさせていただきます。ありがとうございます、ノエリアさま」

その声には、ほんの少しの照れと、真摯な感謝がにじんでいた。

──この週末、どんな変化が待っているのか。

私は鉢をそっと見下ろしながら、まだ土の中に眠る命に、静かに思いを重ねた。