軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01.前世ワンオペ母の悪役令嬢は役から降りる

──これは、きっと、乙女ゲームの世界。

学園の講堂に整列する新入生たちを眺めながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

魔力を持つ者だけが通える王立魔術学園。今日は、その入学式だ。

私はノエリア・カルディナート。公爵家の長女にして、この学園の二年生。

金髪に紫の瞳、華やかできつい美貌──そして、いわゆる悪役令嬢ポジションを担わされているらしい。

でも、その役からはもう降りた。

王太子に好かれたくて縦ロールに巻いていた髪も、今ではゆるくまとめたハーフアップに。

気取る気も、演じる気も失せた。

ため息交じりにその髪を整えながら、小さく呟く。

「やっぱりこれ、乙女ゲームよね……」

式典の最中だというのに、壇上の眩しさに当てられたかのように、生徒たちはそわそわと騒がしい。

中でも一際目を引いたのは、新入生代表として壇上に上がる平民出身の少女だった。

ピンクブロンドの巻き髪が、講堂の光に照らされてふわりと揺れる。澄んだ水色の瞳に、小動物のようなはにかみ。

聖属性の希少な魔力を持つ特待生──名は、ミア。

はい、来ました。見た目からして、完璧なるヒロイン色。

そしてそれを囲むのが、これまた見目麗しい生徒会メンバーの男子たち。

金髪、赤髪、銀髪、青……髪色のバリエーションが揃いも揃って被っていないのは、何かの配慮かしら。

舞台装置としての出来栄えには、もはや感心すら覚える。乙女ゲームのパッケージそのものだ。

はっきりとは覚えていないものの、こんなゲームがあったような気がする。

ざわつく女生徒たちの視線が彼らに集中していくのを感じながら、私は一人、場違いなほど冷めた目を向けていた。

「以前は……憧れてたのよね、こういうの」

小さく笑う。

王太子妃になりたくて、彼を目で追いかけていた日々。彼の一言で一喜一憂し、きっと誰よりも恋に盲目だった。

でも──

「今は、全然響かないわね……」

壇上では、生徒会の男子たちが順に歓迎の言葉を述べていた。

華やかで整った顔立ち。立場も家柄も申し分なし。おまけに髪色まで被ってないなんて、まさに攻略対象。

最初に声を上げたのは、金髪碧眼の王太子ローレンス・アークフェルド。

かつて私が必死に追いかけていた相手。

「君たちはまだ未熟だ。だが、私が導いてやる。ここで真の貴族とは何かを学ぶといい」

……相変わらず、上から目線が板についてる。

しかも本人はそれを責任感だと思ってるから厄介なのよね。

ちょっとでも反論すれば、「感謝が足りない」とか言い出すタイプ。

あんな人の下で育つ子どもは、息が詰まるわ。

俺様が全部正しい、モラハラ野郎ね。

次に出てきたのは、赤髪で筋肉自慢の騎士団長の息子。

満面の笑みで白い歯を見せて、親指を立てるその姿は、うすら寒いほど爽やかだ。

「つらいときこそ努力だ! 壁にぶつかったら全力で突っ込めば、そのうち壊れるからな!」

……いや、壊れる前に自分が怪我するわよ。

相手の事情を考えず、努力だけで何とかなると思ってるあたり、たぶん悪気はない。でも、その分たちが悪いわね。

脳筋の無神経野郎だわ。

続いて壇上に立ったのは、銀髪に青灰色の瞳。やたら優雅な微笑みを浮かべる宰相の息子。

「学園生活で戸惑うことがあれば、遠慮なく相談してくれて構わない。君たちの不安を取り除くのも、僕の役目だからね」

……この僕が導いてあげます系の言い回し、ほんと地雷臭が強い。

相談って言いつつ、相手の話は半分も聞いてないタイプね。

そして結果が良かったら「僕が言ったおかげだろう?」って手柄を取る。ええ、前世で何人も見たように思うわ、そういう人。

手は出さずに口だけ出す、口だけ野郎ってやつ。

最後に口を開いたのは、深い青の髪に赤い瞳を持つ、魔術師団長の息子。声は静かで、感情が読めない。

「君たちは、規律を守った上で自由に過ごすことができる」

……あら、意外と普通?

何も間違っていないわね。

「ただ、甘えるな。人に頼るな。僕に迷惑をかけないように。以上」

……あー、はいはい。やっぱり駄目だわ。

自分さえよければ周りなんてどうでもいい、自己中野郎。

周囲の女生徒たちは、そんな彼らを見てうっとりしている。

確かに、乙女ゲーム的には完璧なのかもしれない。

けれど、どいつもこいつも、ワンオペ育児なんて一日と持たずに音を上げて逃げ出しそうな顔ばかりだ。

むしろ、壇上の隅で滞りなく式典の進行を支えている、地味な黒髪の男子のほうがよほど現実的で好ましい。

前髪が長くて表情はよく見えないけれど、ひたすら淡々と与えられた仕事をこなしている。

華やかさこそないが、ああいう人のほうが、実際には頼れるのよね。

──そう。今の私には、前世の記憶がある。

つい先日、断片的ではあるけれど、確かに思い出した。

夫に頼れず、子どもを一人で育てた日々。数時間ごとの授乳、夜泣きの対応、六時間寝てみたいと願った夜。

もう消えてしまいたいと、クローゼットの中で泣いたこともあった。

愛情よりも根性と責任感で持ち堪えた、あの地獄のような数年間。

夫や子どもの顔も名前も思い出せないけれど、つらくて大変で──でも、愛おしい思いだけが残っている。

その経験を経た目で見ると、華やかな攻略対象たちは、もう地雷でしかない。

ヒロインのお相手は王太子殿下? それとも他の攻略対象?

どれでもいいわ。邪魔などしないから、どうぞお好きになさって。

私はどなたもごめんですわ。

そして、式の終盤。壇上の王太子ローレンスが、会場を見渡しながら言った。

「では、二年生代表として……ノエリア・カルディナート嬢。壇上へ」

一瞬、空気が張り詰めた。

わざわざこのタイミングで?

どうせ、公衆の面前で恥をかかせるつもりなのだろう。

それとも、私の口から「好きです」とでも言わせたいのかしら。

……あいにく、もうその役は降りたのよ。

私は静かに壇上へ上がり、ローレンス殿下の横に並んだ。

彼が勝ち誇ったように微笑む。

数秒後、自分の顔が凍りつくことになるとは、想像もしていないのだろう。

「カルディナート嬢。将来の目標は?」

──ほら来たわ。

「公爵家の次期当主となり、自らの手で家を守っていくこと。それが私の目標ですわ。望まれた未来ではなく、望んだ未来を手にする。それが、ここに集う皆さまにも等しく許された挑戦であると、私は思いますわ」

ざわめく会場。

ローレンス殿下の目に、明らかな戸惑いと動揺が浮かぶのが見えた。

さっきまでの余裕の笑みはすっかり消え、口元がわずかに引きつっている。

壇上の片隅で式の進行に気を配っていた黒髪の男子が、私の言葉に目を見開いている。

長い前髪の隙間から覗いたその瞳は、不快感ではなく、どこか喜びに似た色をしていた。

──お望み通り、皆の前で宣言しましたわよ、殿下。

でも残念ながら、それはあなたの望んだ「愛の告白」ではありませんのよ。

……誰が、地雷男の従属物になんてなるものですか。

私は、自分の好きなように生きていくの。