軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

101 全部覚えているのです!

「驚いたな。オズヴァルトが君に、その考えを話した……という訳ではなさそうだね」

「はい! 昨日の様子を拝見すると、クライドさまは本来、常に人目を気にする身の上のようでしたから! 恐らく誰かと出会ったあとは必ず、そういった魔術を警戒なさるのではないかと思いまして……!」

オズヴァルトを見上げると、彼もこの考えに賛同してくれているようだ。シャーロットはほっとしつつ、更に続けた。

「敢えて追跡をかわさない理由があるとすればきっと、追ってくる人を罠に掛けるためです。クライドさまは昨夜のとある時間までは、私たちをそんな風に待ち構える予定だったはず。それなのに」

「君の言う通りだ。あの男は何らかの理由で心変わりをし、魔力暴走という荒々しい手段に切り替えた」

「……クライドさまのあのご様子では、再び私を狙っていらっしゃるはず。ですがもう二度と、無関係の方々を巻き込む訳には参りません」

昨日のことを思い出し、シャーロットは再び項垂れた。だが、嘆いてばかりもいられない。

「まずは現在、クライドさまがいらっしゃる場所を知らなくては。ですが罠であることを考慮して、こちらから挑むのではなく、接近して来られる好機を待つべきですよね……」

「あの男は必ず、君を再び捕らえるためにやってくる。その際に、俺たちにとって戦いやすい場所に誘導する必要があるな」

「ではやはり、追跡を遮断していらっしゃるクライドさまの結界を突破し、常に居場所を監視できる状態に……」

するとエミールが、興味深そうに目を眇めた。

「シャーロットちゃんの仕掛けてくれた追跡魔法を利用すれば、なんとかいけるかもしれないよ」

「!! そういえば、先日オズヴァルトさまに教えていただきました!」

シャーロットは目を輝かせ、オズヴァルトの兄であるエミールを見つめる。

「エミール殿下は、追跡や解析の魔術が大変お得意でいらっしゃると……!」

「ふふ」

エミールは謙遜するでもなく、慣れきったことのように微笑んだ。

「まあ、それほどでもあるかな」

(だからこそ以前、私がランドルフ殿下に連れて行かれた際にも、オズヴァルトさまと私の元にすぐさま転移して下さったのですね……)

王子のひとりであるランドルフは、結界の魔術に秀でていた。

あのときオズヴァルトがシャーロットを見付けられたのも、身につけていた守護石が国宝級と呼ばれるもので、オズヴァルトがそれを追えたからだ。だが、エミールにその方法は使えない。

にもかかわらずエミールは、オズヴァルトが結界を砕いてからさほど時間を掛けず、あの場所に現れた。

それというのも、エミールの追跡と分析が優れているからなのだろう。

「魔術というのは、国によって系統が少しずつ異なる」

エミールはペンを一度戻すと、机の上に紙を広げた。

「クライドという男の出身国が分かったことで、分析が少し楽になった。いまは結界で身を隠し、行方を眩ませているけれど、数日もあれば追うことが出来るよ」

「エミール殿下……」

「……なんてね。分かってる、それじゃあ遅いと言いたいんだろう? その男はシャーロットちゃんを狙っているのだから、いまは一刻の猶予もない」

自嘲を浮かべたエミールが、ひょいと肩を竦める。

「とはいえ、なかなかに難しいことは分かっておくれ。いくらクライドとやらが、聖都に潜伏している可能性が高いといえどもだ」

エミールの赤い瞳は、他の兄王子たちとは違った印象を受ける。シャーロットがいつも思い出すのは、仲の良い庭師の老人だ。

「せめて、その男の魔法陣がひとつでもこの目で見られたら良かったのだけれどね。魔術の癖が分かれば、聖都に行き交うすべての魔術を分析して、そいつの結界を暴けるかもしれないけれど……」

「はい! それなのですが、エミール殿下!」

「?」

シャーロットがオズヴァルトを見上げると、彼は上着の内ポケットから一枚の紙を取り出した。

オズヴァルトが差し出したその紙を、エミールが受け取る。それから広げた内容を見つめ、驚いたように瞬きをした。

「……これは」

シャーロットは大きく両手を広げ、元気いっぱいに主張した。

「私が見たクライドさまの魔法陣を、この紙にそのまま描き写しました!」

「…………」

その瞬間、執務室がしいんと静まり返る。

(ど、どうしましょう!? いつもにこにこのエミール殿下が、なんだか固まっていらっしゃいます!!)

「魔法陣を、描き写した? 人が魔術を使う際、ほんの一瞬しか展開されない複雑な図を……?」

「あ、あのう……! 昨晩クライドさまが、追っ手をやっつけるのに魔術を使用なさったのです!」

シャーロットは慌ててぶんぶんと手を動かし、エミールに訴えた。

「その陣を思い出しながら、正確に描けたはずでして! 私自身も術式を確かめましたし、オズヴァルトさまにも確認いただきました! 魔法陣として間違ったものではなさそうですので、クライドさまが発動なさった陣を再現出来ているかと……」

「…………」

「ほ、他の魔法陣も描いた方が良いでしょうか!? もうひとつ、クライドさまの転移の陣を拝見したことがあります!」

そう言い募ると、ますますおかしな空気になってしまう。シャーロットは半べそでオズヴァルトを振り返り、助けを求めた。

「お、オズヴァルトさま……!」

「……エミール殿下」

オズヴァルトが暝目し、淡々と口にする。

「健康的な人間が一晩に寝返りを打つ回数が、何回であるかはご存知ですか?」

「…………」

エミールは、『弟が何を言い出したのか分からない』という顔になった。

「あるいはキングサイズの寝台が、横幅何センチであるかでも結構です」

「……知らないなあ……。自分の寝台のサイズだ、何処かで聞いたことくらいはあるかもしれないけれど、だとしてもそんなことは覚えていない」

「シャーロットはすべて暗記しています」

「………………」

ぴたりと固まったエミールの前で、オズヴァルトがシャーロットを見遣る。

「彼女の記憶力は、本物です。……特に、私のことに関連付けられる場合、その能力は更に凄まじいものとなります」

「クライドさまの魔法陣のこの部分は、三日前にオズヴァルトさまの着ていらしたシャツの皺によく似ているのです!」

オズヴァルトの助け舟に便乗し、シャーロットはふんふんと鼻息荒く説明した。