軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

97 祝福はしない

「オズヴァルトさま、この気配……!!」

「…………」

何かが肌の表面を這うような悪寒だ。

オズヴァルトはシャーロットを庇うように抱き寄せ、辺りを探る。

「殺気だが、夢の中で生まれているものではない。――現実で、何か起きているな」

「ひょっとして、クライドさまが……?」

「宿の結界は強化したはずだ。だが……」

オズヴァルトはぐっと眉根を寄せ、シャーロットを離した。

「……夢の外に出よう。君は目覚めたら、安全な場所に逃げてくれ」

そう言うなり、彼の姿が消えてしまう。シャーロットは反射的に手を伸ばしたあと、映像の消えた真っ白な空間を振り返った。

そこにはいつの間にか、一冊の日記帳が落ちている。

シャーロットはそこに駆けてゆき、ぺたりと座って見開きを覗き込んだ。

『――祝福を』

シャーロット自身の書いたらしき文字は、そこまでを書き掛けてから止まっている。

それを上から消し去るように、乱雑な線が走っていた。まるで『祝福』の文字を拒むかのような記述に、シャーロットは指を伸ばして触れる。

(オズヴァルトさまと私の結婚を誰よりも阻止したがっていた、以前の私)

日記帳が光を帯び、消えてゆく。後できちんと確かめはするものの、シャーロットにはなんとなく、実物にも同じことが書いてあるように思えた。

(怖かったのですね)

思い浮かべるのは、泣いていた自身の姿だ。

(いまの私よりもずっと、心から……)

シャーロットはその事実を噛み締めて、きゅうっとくちびるを結ぶ。向き合うためにも、いまは問題を解決する必要があった。

(……オズヴァルトさまを、早く追い掛けませんと……!)

急いで立ち上がり、前を向く。

(ええと、ですが、夢から覚める方法が難しいですね!? オズヴァルトさまは素早くお目覚めでいらっしゃいましたが、ひょっとして眠っていらしても自在に覚醒することが出来るのでしょうか。さすがは戦地で過ごされた経験のあるお方……!! わ、私も頑張らなくては!!)

気合いを入れ、ぎゅむりと強く自分の頬を抓る。痛みに顔を顰めると、夢の世界が大きく歪んだ。

ふわふわと溶けてゆくような心地の中、シャーロットは床に出来た穴を見据える。

「……とおっ!」

全力で走って飛び込むと、夢の景色はいっそうその輪郭を曖昧にしていった。

目覚めた先に待っているであろう危機の予感に、シャーロットは改めて気を引き締めるのだった。

***

(……忌々しい)

夜の更けた聖都の街並みを、クライドはゆっくりと歩いていた。

この街は深夜になっても、あちこちにまばらな人通りがある。聖なる都に似つかわしくない、酒の匂いを漂わせた人間も、大手を振って上機嫌で歩くことが出来るのだ。

「くそ……っ!!」

目に映るすべてを不快に感じ、クライドは舌打ちをした。先ほど聞いた男の言葉が、いまも頭の中でこだましている。

『聖女シャーロットの身柄を、報酬としてお前に渡せだと?』

依頼主は、クライドの願いに対して嘲笑を浮かべたのだ。

『そのような許可を、するはずもないだろう。あの小娘は元来、私たちの物なのだ』

シャーロットを犠牲にした分際で、玉座に座った男はそう言い放った。

『それをかの国が奪った、だから奪い返す。それこそが、貴様の任務だぞ』

品のない笑みを浮かべた男が、シャーロットを語るのすら許しがたい。ましてや物のように扱って、こともあろうかクライドに奪還を命じた。

「……取り戻すべきは、お前たち外道の手からだ」

夜の道を歩きながら、クライドは小さく絞り出す。

通信魔術用の鏡は砕き、追跡を拒む結界を張り直した。子供の頃、彼女が死んだと聞いたときの絶望と後悔を、もう二度と繰り返すつもりはないのだ。

「彼女を、お前たちになど渡すものか。どの国にも、オズヴァルトにも……」

「お、おい兄ちゃん」

すれ違いかけた男が、クライドを見て目を丸くする。

「どうしたんだ? 手から凄い量の血が流れてるぞ!」

「……」

「手当てをしていった方がいいぜ。この街には聖女はいねえが、簡単な治療なら大神殿で……」

その男の言葉すら、無性に気に触る。

「聖女が、いない?」

看過できないその言葉を、クライドはぽつりと繰り返した。

「いるさ。この街にいるんだ、俺の聖女が」

「あ……?」

「いまは、あいつの元に……」

クライドはくちびるを噛み締めると、ゆっくりと男の方に手を伸ばした。

「な、なんだ?」

「……ああお前、それなりの魔力量じゃないか。この街に住まう人間は、魔術の能力に優れた者が多くて助かるよ」

「あんた、さっきから一体何を言って……」

何やら喚いていたその男は、ここから更にうるさくなる。

「ぐ……っ!!」

クライドの出現させた魔法陣が、男の喉元で光を放つ。禍々しい赤色に輝いて、辺りに濁った絶叫が響いた。

「あ、あああああっ!!」

「そうやって騒いでいてくれると、撒き餌になって有り難い」

クライドは、低い声で小さく絞り出す。見据える先は、シャーロットが眠っているはずの部屋の窓だ。

「会いに来てくれ、ロッティ。君の顔が見たい」

追跡魔術が仕掛けられていることは、こちらももちろん察している。今はまだ結界で遮断していないのは、彼女がクライドを見付けやすくするためだ。

「――あの日の記憶さえ取り戻せば、君だって俺の傍を選んでくれる」