軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6. ……言えないけど

「ところでロイド……結婚式などについて、陛下からお話はあったか?」

「いえ、その場に居合わせた者には口外を禁止し、すべて我々に任せるとのことでした」

「そうか……ならばしばらくは、『保護した子ども』扱いにしたほうがいいな」

王命とはいえ、幼児を妻にしたとなれば、口さがない者もいるだろう。

父フロストは難しい顔で、「自分で判断できる年齢までは籍を入れず、公表は控えなさい」と助言してくれる。

「良い考えだわ! だってほら、あなたはもう二十三才だから……」

大人になった時に、年の差を嫌がるかもしれないでしょう? とエルマがため息まじりに独り言ちる。

「うちは恋愛結婚を推奨しているから、無理やりはよくないわ」

うふふ、とエルマが小さく笑い、ちらりと隣を見上げた。

視線を受けたフロストの、厳めしい顔がわずかに緩んでいる。

「騒がしいだろうが、遠慮はいらない」

喜びに満ちた光景を見渡し、ロイドはそれだけ告げて、レティシアの頭にぽんと手を置いた。

思わぬ配慮だ。

ありがたい気遣い……なのだが、レティシアの実年齢は二十五才。

今すぐにでも『自分で判断できる』年齢だった。

…………言えないけど。

***

磨きあげられた大理石の浴槽には摘みたての薔薇が咲き誇る。

立ち昇る湯気に花の香りが溶け、息を吸うたびに気持ちが浮き立つようだった。

「レティ様、お着替えをお手伝いしますね」

戦地に行くことが多く、身の回りのことはすべて自分でやってきたレティシア。

抵抗を諦めて作業を任せると、アリエッタが服を脱がせてくれる。

「……きゃあッ」

露わになったレティシアの肩を見た途端、アリエッタが小さく悲鳴を上げた。

身体中に走る、いくつもの傷。

アリエッタの声が震え、顔から血の気が引いていく。

次の瞬間、バァン! と浴室のドアを開け放ち、悲鳴を聞きつけたロイドが無遠慮に乗り込んできた。

「どうした。何があった?」

その手はすでに剣の柄にかかっている。

「ロイド! 女の子の着替え中にノックもせず入っちゃダメじゃないの!」

「悲鳴が聞こえた。敵襲かもしれない」

すぐ近くで、なぜかエルマの声がする。

様子を窺っていたのはロイドだけではなかったらしい。

続いて父のフロストまで、心配そうに顔を覗かせた。

「て、敵襲ではありません!」

アリエッタが慌ててカーディガンを羽織らせたものの……時すでに遅し。

全員が傷口を目にしており、息を呑んだまま顔を強張らせている。

「レティ、この傷は誰にやられた?」

レティシアの前に片膝をつき、低く、抑えた声でロイドが問う。

怒っているのだ。

理不尽な婚姻を淡々と受け入れ、不満の一つも零さなかった、――この男が。

「……まじゅうとか」

幼児の身体に慣れず、まだ舌が上手く回らない。

「まじゅう? 魔獣に襲われたのか?」

「ううん、たたかった」

「戦ったですって!?」

今度はエルマが口元を押さえ、悲痛な声を上げる。

「……おとうさんが、みんなをまもれって」

嘘じゃない。

前魔法帝である父に、『この国を護れ』と命じられたのだ。

それきりレティシアに帝位を譲り、肩の荷が下りた途端に放蕩三昧。

昨今は捕らえた魔獣を調教し、山頂で獣カフェを経営しているらしい。

一方すべてを丸投げされたレティシアは、若くして帝位に就き、日夜忙殺されていた。

「こんな小さな身体で、皆を護って……?」

エルマが慟哭し、フロストは唇を引き結ぶ。

……どうしよう。話せば話すほど、墓穴を掘っている気がする。

「これからはこの家が、レティちゃんのおうちよ」

母エルマが泣き腫らした目で、それでも精一杯の笑顔を作る。

「レティちゃん、今日は私と眠る?」

レティシアを抱きしめたまま、エルマがそっと問いかける。

柔らかくて温かくて、お日様みたいな匂いがした。

そういえば母から抱きしめられたことなど、今まで一度もなかったかもしれない。

エルマの提案に惹かれ始めたところで、「結構です」とロイドの低い声が割り込んだ。

「馬車でぐっすり眠ったので、すぐには眠気もこないでしょう。今後の話もしたいので、本人が嫌がらなければ今夜は一緒に過ごすつもりです」

「あなたと二人で? ……大丈夫かしら。レティちゃん、嫌なら嫌って言っていいのよ?」

エルマが気遣うようにレティシアを見る。

――本当に優しい人なのだ。

「れてぃ、だいじょうぶ」

今後の話とやらも気になるところだ。

返ってきた答えにエルマは一瞬目を丸くして、それから優しく微笑んだ。

「じゃあロイド、この子をいじめたら承知しないわよ」

「しません」

「約束よ? ねぇレティちゃん、甘いものは好き? 明日おやつにたくさん用意しておくから、楽しみにしててね」

手を振って去っていくエルマ達を見送り、アリエッタが丁寧に旅の疲れを流してくれる。

そして迎えた、運命の夜。

冷血将軍ロイドとの初夜は、一冊の『育児書』から始まった――。