作品タイトル不明
43. 護ってくれるのだろう?
そのままふわりと包み込むように、優しく優しく抱きしめられる。
「……おかえり」
久しぶりのロイドの腕の中。
思わぬ言葉をかけられて、一瞬、レティシアの顔が泣きそうに歪んだ。
「レティ、ずっと会いたかった」
「ロイド……前から思っていたが、お前はいつも平然と口説き文句を口にするな」
しかも、恥ずかしげもなく。
それもあろうことか……人前で。
「口説き文句ではない。本心で言っている」
「……余計タチが悪い」
温かい腕に閉じ込められたまま、レティシアが俯きがちにそう告げる。
「なぜまた幼子の姿に戻ったんだ?」
「魔獣の群れが見えたから、急ぎ召喚の魔法陣を構築したのだが……どうも魔法陣をくぐると、魔力を奪われ、幼女化する体質になったらしい」
「……なんだそれは」
「私が聞きたい」
二人の会話に呆れ、ふわふわと浮いていたヴェリアルが、《まったくだ》と相槌を打つ。
「それよりも、痩せすぎだ。ちゃんと食事をしろ」
「食っている」
「嘘をつくな。やつれてるじゃないか」
「……善処する。やっと食べられるようになってきたんだ」
確かにわずかだが、アリエッタの持ってきた焼き菓子を摘まんでいた。
「仕事がひと段落したら、休暇を取って魔法国まで探しに行くつもりだった」
腕の中のレティシアへ、ロイドはまっすぐに視線を向ける。
まさか敵地まで来るつもりだったとは思わず、レティシアとヴェリアルは思わず顔を見合わせた。
「レティ。なぜ、突然いなくなった?」
聞かれても返答に困る。レティシアは黙った。
そしてヴェリアルも、珍しく何も言わなかった。
「答えろレティ……レティシア・アルヴェーヌ」
「――だって」
レティシア・アルヴェーヌ。魔法帝であるレティシアの名前。
「だってお前は、他に……好きな女性がいるのだろう」
これ以上は誤魔化せず、レティシアは俯いたまま、小声で告げる。
囲む騎士達もまた黙りこくり、二人の間には静寂が落ちた。
「は?」
いつもレティシアには優しいロイドの声が、地を這うように低くなる。
周囲の騎士達が、恐怖でサァッと蒼褪めた。
「幼女姿の私を家に迎えたからと言って、気を遣わずともよい。壁越しに懺悔までしていたじゃないか。気になる女性がいるのだと」
レティシアは相変わらず目を合わせない。
少し口を尖らせながら、「この浮気者め」と言い放つ。
「執務室に遊びに行った時も聞いてしまったんだ。気になる女性がいると……愛人として迎えることもできるって、執事も言っていた」
思い出したら悲しくなってくる。
ぷいっとそっぽを向き、レティシアは洟を啜る。
しょんぼりと項垂れるレティシアを見て取り、ロイドは、はぁぁ……と、盛大にため息を吐いた。
「……お前のことだ」
「?」
きょとんとするレティシアに、ロイドは重ねて言う。
「だから、お前のことだと言っている。大人の姿に戻ったお前が同じ人間だと、気付かなかっただけだ」
「だって何度も会ったって……」
「大人姿で庭園を走っていただろう? 子供のお前も、ベッドで腕の中にいた女性も、舞踏会の令嬢も――俺が惹かれたのは、全部お前だった」
騎士達が固唾を呑んでいる。
『レティシア・アルヴェーヌ』の名前が気になり過ぎて、今度は二人の会話がまったく頭に入ってこないようだ。
皆、魔法帝と同じ名前の幼女を見つめている。
「姿が変わった君に何度も惚れていただけだ。馬鹿みたいだろう」
まるで当然のことのように、恥ずかしげもなく語るロイド。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、レティシアはもう何も言えず黙りこくった。
「魔法国へ去る間際、――お前は、泣きそうな顔をしていた」
「黙れ」
「本当は帰りたくなかったんじゃないのか」
「黙れと言っている……!」
トン、とロイドの胸を推し、その腕からレティシアが逃れる。
カシャ、と乾いた音がした。懐に忍ばせていた魔石を取り出し、レティシアが砕いたのだ。
魔石に内包していた魔力が一気に溢れ出し、小さなレティシアの体が、光の中で急速に大きくなっていく。
勿論、前回同様に風を起こしたヴェリアルが、レティシアをうまいこと隠してくれ、その隙頭からワンピースを被った。
見下ろす大人レティシアの美しさに、騎士達が息を呑む。
そのへんをふわふわ飛んでいた子猫が、今度は光に包まれた。
美しい毛並みは光を帯び、逆立つよう毛とともに体躯が膨れ上がる。
瞬きほどの間に、そこに立ったのは、神々しい白銀の聖獣だった。
どよめき祈る者、膝から崩れ落ちる者――。
本来のヴェリアルの姿を見るのは、ロイドもまた初めてである。
騎士達の間を走るどよめきを背に受けながら、美しい聖獣ヴェリアルを見つめた。
「ロイド、本当にお前は愚か者だな?」
レティシアの声が幼女のそれではなく、国を統べる者の声に変わる。
「御託はそこまでにしておけ。お前達が恐れる魔法帝は、この私だ。そして聖獣ヴェリアルは、私の従属獣だ」
レティシアの周りに魔力が集まっていく。蒼白い光が、周囲を圧するように膨れ上がった。
撃つつもりはない。
気持ちを聞けたことは嬉しかった。
これ以上は望まないのだ。このまま、何事もなかったように退いてくれれば、それで――。
「どんな姿であっても、愛するレティに変わりない」
まだ言うのか、と突っ込みたくなるほどだが、ロイドは一歩も退かなかった。
「魔法帝だろうが、幼女だろうが、大人だろうがどうでもいい」
レティシアの手からは攻撃用の魔力があふれ出している。
だがロイドは一歩踏み出し、距離を開けたはずのレティシアの腕に触れる。
充填された魔力に触れた瞬間、ロイドの皮膚が、音もなく裂けた。
「お前は俺の妻だ」
「……ッ、離れろ、馬鹿! 腕が――」
「幸せにすると、誓った」
傷付けるつもりなど、なかった。
見開かれたレティシアの目に、血の滲むロイドの腕が映る。
それでもロイドは退くことなく、舞踏会の夜と同じようにレティシアの腕を引き寄せた。
その間も腕の皮膚が裂けていく。
自分の魔力が、ロイドを傷つけている――?
魔力の制御が乱れ、集めた光が散っていく。
「愛している。俺が欲しいのは、いつだってお前だけだ」
ロイドが告げる。
静寂の中、自分の腕が傷つくのも構わず何度も何度も、――レティシアに言い聞かせるように。
「不安にさせてすまなかった」
別にロイドが悪いわけじゃないのに。
謝らなければならないのは、むしろこちらのほうなのに。
力なくロイドを見上げた途端、そのまま引き寄せられて、大人の姿のまま腕の中に包まれた。
さらさらと、手のひらに収束していた魔力が消えていく。
「……ッ」
「君のことが、好きなんだ」
「な、何回言うつもりだ!?」
「君が信じてくれるまで、……何度でも」
「分かった、もう分かったからッ」
真っ赤になって腕の中で藻掻くが、ロイドは真剣な顔で離してはくれなかった。
「でもお前はこの国の将軍で……わ、私は魔法帝で……ッ」
「関係ない」
迷いなく答える。気にしている自分が馬鹿らしくなるほどだ。
「言っただろう? 俺の妻はお前だけだ」
ついにレティシアは、口を噤んだ。
でもロイドがそう告げた途端、じわりと景色が滲んでしまう。
ロイドは何も言わず、そっとレティシアの顔を自分の胸に押し付ける。
「レティ、本当に会いたかったんだ」
「……馬鹿なやつ」
やっと出てきた憎まれ口は、頭を撫でるロイドの手のせいで、ひどく頼りなく掠れてしまう。
「そうだな」
「本当に、馬鹿だ」
「馬鹿で構わない。だからもう、どこにも行くな」
低く、静かな声で言い聞かせるようにロイドが告げる。
「……君を、幸せにしたいんだ」
そっと耳元に落とされた言葉に、レティシアの喉が詰まった。
ギュッと、ロイドの服を握りしめる。
「うぅ……」
ロイド以外には聞こえないほどの、小さな嗚咽。
ただ子どものレティシアにしたように、落ち着かせるように、ロイドはその背をぽんぽんと叩いた。
やっと止まったのにまた、レティシアの目にうるりと涙が滲んでしまう。
こんな顔、誰にも――ロイドにも、見られたくなかったのに。
どれくらいの時間が経っただろうか。
やがて愛しむように、こつんと額が、合わさった。
「……レティ。護ってくれるのだろう?」
レティシアは、あまりの台詞に思わず顔を上げる。
普段は決して冗談など言わない男が、それも護ってもらう必要など微塵もなさそうな男が、軽口を叩く。
涙に濡れた瞳でロイドを見つめると、いつも無表情で堂々としているはずの男の耳が、ほんのりと朱に染まっていた。
「うん……」
小さく返事をしてみれば、覗き込むようにレティシアに向けられたその目が、柔らかに細められる。
優しいキスが、落ちてきた。
ゆっくりと角度を変えて、何度も。
――何度も。