軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40. 情報収集だから仕方ない

「魔法師団の定例報告……?」

特許となる魔法式の登録申請、適用魔道具に、魔法師の採用動向――そういった報告書に毎朝目を通すのが通例のレティシア。

だがその中の一枚に、見慣れない特許申請のプレゼン資料が混じっていた。

『遠隔魔法……「ダイジェスト魔法」の実用化について』

「……なんだこれは」

なんかとんでもない魔法を発明して、クロニクルに禁止されていたのは知っている。

見れば遠くトルティア王国を越え、さらにその奥の国にまで届くほどの探知範囲であるという。

レティシアはさらに続きを読み進めた。

「長距離でも安定した映像を得られ、魔法師団の情報収集業務への応用を検討中――」

遠隔地の対象を映し出し、音声まで収集できる魔法式。

困ったところはあるが、優秀な男であることは誰もが認めている。

だが、これは――?

レティシアはしばらくその報告書を眺めた後、クロニクルを呼んだ。

ディーンに話を聞く前に、良識ある魔法師の意見を聞きたかったのである。

「クロニクル、この『ダイジェスト魔法』とは何だ」

「説明にあるとおりです。師団長が試行し、実用化に耐えられることを立証済みです」

「……いつ試行した? 私がいない時か?」

「はい。レティシア様がいない時と申しますが、レティシア様に試行した時と申しますか……」

「審問会にかけられたのは知っていたが、その後の報告は、驚くほど簡易なものだった。お前達、もみ消したな?」

「申し訳ありません」

「……まぁいい。だが困ったな。もしこの魔法が広まれば、軍事利用だけじゃなく、政治利用も容易くできてしまうぞ?」

二十四時間、他国の機密を、覗き放題聞き放題ということだ。

汎用性もあり、危険すぎやしないかとレティシアは眉を寄せた。

「閲覧可能期間は、過去二日分。さらにダイジェストだけを、映像で視聴可能だと聞いています」

「申請は認める。ただし禁術指定とし、使用には魔法帝の承認を要する。ディーンは確か向こう半年、水盤へのアクセスを禁止されているな?」

「はい」

「では直接聞くのはやめておこう。試行で用いたのは、魔塔の水盤だろう。自分で調べるから、お前はもう下がっていい」

「……かしこまりました」

クロニクルが退室し、扉が閉まる。

レティシアは徐に立ち上がり、魔塔の最上階へと向かった。

外に続くバルコニーの中央に、水盤が据えられている。

軽く手を振り、縁ギリギリまで水を満たすと、まるで太陽を閉じ込めたかのように眩く輝いた。

「ここに、宵花の滴を二滴」

飴色の滴をぽたぽたと二滴、水面に垂らす。

水盤の縁を指先でなぞると、微かに魔力の残滓が感じられる。

馴染みのある、ディーンの魔力だ。

「危険な魔法だ。他国の軍事会議ですら覗けてしまう。決して知られてはならない……みだりに使用してはならないものだ」

限定された条件下でしか使えないよう、魔法式の中に制限をかけなければならない。

それも、できるだけ早く。

「復元できるといいが……」

魔法帝の全魔力を水面に集中させ、痕跡を辿り、構造を解析し、魔法式を組み直す。

そしてレティシアの許可が無ければ発動しないよう、慎重に魔法文字を追加していく。

……できた。

レティシアは完成した魔法式を手元に引き寄せた。

高難易度の魔法式だ。

それこそディーンやクロニクル……魔法師団の要職クラスの人間でなければ、模倣どころか起動すらできないだろう。

「随所に工夫の跡があり、無駄がない。こうして見ると、本当に優秀な男なんだが……」

突き進む方向性を間違えると、その危険度は跳ね上がる。

何をもってしても、レティシアの管理下に置くべき人間だった。

「念のため、動作を確認しておく必要があるな」

誰もいないバルコニーで、レティシアは独り言ちる。

水盤の縁に触れ、魔力を流し込むと、水面にゆらりと波紋が広がる。

「……」

映し出されたのは……トルティア王国、セシリオ辺境伯領の屋敷。

その周囲をぐるりと嘗め回すように映像が流れていく。

「ダイジェスト魔法は二日分。まずは一日目の動作確認だな」

屋敷がぐぐぐとズームアップされ、今度はロイドの執務室が映し出された。

いつもの書斎に、いつもの男がいる。

「なるほど、随分と優秀な魔法だ。音声、次は音声だが、……くそっ、そう喋る男ではないのに……これでは音声の検証ができないではないか! だが映像は素晴らしく鮮明で、手元の文字ですら見えてしまいそうだ」

なんという恐ろしい魔法なんだ。

過不足のないよう、仕様を把握する必要がありそうだ。

「……」

レティシアは水盤に、じわりと顔を近づけた。

窓から差し込む午後の光を受けながら、ロイドが剣の手入れをしている。

鞘から抜いた剣を慈しむように、丁寧に、丁寧に磨いていた。

無駄のない所作。鍛え抜かれた腕。

覗く前腕二頭筋が、動くたびに滑らかに動く。

バランスよく隆起する見事なまでの立体感は、芸術と言っても過言ではない。

「レティシア様、先ほどの件ですが――」

バルコニーの扉を開けて入ってきたクロニクルが、水盤に顔を貼りつけんばかりのレティシアを見た。

水盤には鮮やかな映像が映し出されており、クロニクルの位置からもそれが窺える。

レティシアはゆっくりと顔を上げ、澄ました顔で水盤から離れた。

「なんだ」

「……いえ」

クロニクルはそれ以上何も言わなかった。

「情報収集だ」

「……はい」

「これは、魔法帝として当然の――」

「はい」

クロニクルは頷きながら、すべてを言わせないよう、今度は食い気味に答えた。