作品タイトル不明
13. こじらせ十年、師団長はいつだって太陽を望んでいる
(SIDE:魔法国アストリア)
「ボクはなぜ、こんなことをしているんだ!?」
深夜の執務室に響く羽ペンの音に苛立ちながら、レティシアの代行業務に追われていたディーンは、書類の束を床に叩きつけた。
「レティシア様を探しに行きたいのにぃッ!」
「だめです。魔法帝不在の緊急時、魔法関連の承認は、師団長がサインする決まりとなっています」
駄々をこねて執務拒否をする『銀光の賢者』を逃がすまいと、クロニクルをはじめとした魔法師達が取り囲む。
脱走を試みること五回、物理的に書類を燃やして証拠隠滅を図ること三回、五体投地で「やりたくない」と駄々をこねること十二回――。
そして今、六回目の脱走を阻止したところである。
窓の外、魔塔の明かりがひとつ、またひとつと消えていく。
切れた燭台の油を継ぎ足す者もなく、闇へと沈んでいく。
終わらないデスマに、残業していた魔法師がまた一人、力尽きたのだろう。
「師団長、頑張ってください! あともう少しです。終わったら捜索に合流していいですよ」
一方、明々と灯がともるディーンの執務室には、あと三日はもつであろう油がもりもりと継ぎ足され、お腹が空いた時用の夜食まで完備されている。
ブラックな職場とはかくあるべき、とでも言いたげな雰囲気の中、ただでさえ脆いディーンの精神力はそろそろ限界に近付いていた。
「クロニクル、残り何件だ」
「ええと、ごほごほ、さん……件でしょうか」
「……あやしいな。決裁箱の書類はどうみても三件には見えないが」
「いえ間違いなく、さん……じゅ、ごほごほ、件ですね」
「お、お前、これ絶対一桁違うだろ!? ふざけるな、お前も少しは手伝ったらどうだ!?」
「無理です。我々の権限で手伝ったら、公文書偽造罪に問われてしまいます」
さぁ、ペンを持って頑張ってください!
ぐぎぎ……と歯噛みをしながら書類を確認するディーンの手が、再び素早く動き出す。
魔法だけじゃない。
集中すれば、ちゃんと書類仕事だってできるのだ。
偉いぞ、とクロニクルの目が温かな光を宿している。
「そうです、その調子です。師団長すごいですよ、これならすぐにでも片付けられます!」
飴役の魔法師がすかさず合いの手を入れた。
よしよし、いいタイミングだ。次のボーナス評価は加点だな、とクロニクルが満足げに頷いている。
「まったく、昔はあんなに仲が悪かったのに……分からないものですね」
最初は心配でたまらなくなるほど喧嘩ばかりしていたな、とクロニクルは思い出す。
魔法国史上、稀に見るほどの魔力を持つ者がいる――。
レティシアが鳴り物入りで魔塔に来たのは、七歳の時だった。
魔法帝の娘と言えば聞こえはいいが、母親は平民。しかも認知すらされていない、市井で育った庶子である。
学もなければ、魔法の使い方も分からない。
そんなレティシアが突然、次期魔法帝候補として現れたのだ。
魔法師団はおろか、皇后が面白くないのは当たり前。
その子どもである義兄や義姉もまた反発し、レティシアに辛く当たっていた。
「これはすごいぞ。見たことがない魔力量だ」
そんな中、一人レティシアを可愛がったのは、当時の魔法師団長だったディーンの父だった。
「レティシアは呑み込みが早いな。ディーン、お前も見習え」
まだ九歳だったディーンにとって、それは屈辱だった。
代々魔法師を輩出する名門の家に生まれ、幼い頃から英才教育を受けてきたはずなのに。
それなのに父が褒めるのは、無口で笑わない、最近まで皇帝の娘とも認められていなかった平民の娘レティシア。
どんなに辛く当たられても飄々としており、孤独を嫌がらず、戦闘を怖がらない。
ディーンがいくら突っかかっても、レティシアはまったく相手にしなかった。
それがまた癇に障るらしく、喧嘩は毎度ディーンの一人相撲で終わってしまう。
転機が訪れたのは、レティシアが十二歳の春のことだ。
高熱を押して訓練場に出たディーンが魔力暴走を起こしたのは、よりによって師団長が不在の時のことだった。
一度この状態に陥れば、本人の精神が壊れるまで暴走が続くため、より大きな魔力で抑え込むしか方法がない。
魔法師のサラブレッドであるディーンの魔力量は凄まじく、……そこへ駆けこんできたのが、レティシアだった。
「具合が悪い時は、ちゃんと休め」
そう告げるなり力尽くで抑え込み、……次の日から、ぴたりと喧嘩が止んだのだ。
あの時の傷は、まだレティシアの腕に残っている。
「まぁ、気持ちは分かりますけど」
「なにがだ。みんな、好き勝手言って……もっとボクを大切に扱え」
「そういえば御父上……前師団長が、帝国掲示板でお見合い相手を募集されてましたよ」
ビタリとディーンの手が止まった。
「……誰の?」
「え? 師団長に決まってるじゃないですか」
「はぁあ!? おい、ふざけるなよ!? なんで父上が勝手に……レティシア様への忠誠心以外、持ち合わせていないと言ったはずだ!」
「ああまぁ、そうですよね。やっぱりそうですよね」
「なんだその言い草はァアッ!?」
お見合いが嫌で嫌でたまらず、何かっちゃ理由を付けては逃げていることを、ここにいる魔法師達は皆知っている。
「いえ、こちらの話です」
クロニクルは努めて平静を保ちながら、魔法師達に目くばせをした。
本人は自分の恋心にすら気付いていないが、こじらせること十年以上……周囲にはとっくの昔にバレている。
身分的には問題がなく、レティシアにも相手がいない。
いつ気付くのか。そしてその時どうなるのか。みんな楽しみにしているのだ。
「それより父上に連絡させろ! 今すぐ募集を取り下げさせる!」
「……師団長。まだ書類が、に……ごほごほ、枚残ってますよ」
「よし二十枚だな!? だがそんなことより父上だ!」
「どちらも大事です。ほら、ペンを持って」
レティシアのことだから、きっとどこかで元気にしているはず。
終わらない押し問答をしながら、愉快な夜は更けていく。
「くそ、なんだこの菓子の量は!? 発注日は……昨日だと!? レティシア様がいないからって、お前らたるみすぎじゃないのか!」
「お菓子くらいで声を荒げないでください。お見合い相手が来なくなっちゃいますよ?」
「必要ない。絶対にボクは行かないからな!? お前から父上に伝えておけ!」
レティシアの執務室は、今宵も灯りが消えたまま。
部屋の主を失った執務机の隅には、クロニクルが補充した菓子が、山のように積まれている。
魔法式の解析は難航し、遅々として進まないが、……そのうちひょっこり顔を出すに違いない。
いつ帰ってきてもいいように。
もし帰ってこなくても、誰一人として困ることがないように。
――整えるのが、自分達の仕事なのだ。