作品タイトル不明
第40話 完璧な要塞の完成と、エリート研究員の絶叫
「よし、家のセキュリティ設定のアップデート完了。これで住人用の抜け 道(バイパス) は完璧だ」
絶品のアビス・ピーチジェラートを堪能した日の午後。
ケントは木製タブレットの画面をスワイプし、満足げに頷いた。
「ルミナちゃん、コア公。ちょっと庭に出みてくれ」
「は、はい! ええと……本当に防空レーザーに焼かれたりしませんよね?」
「うむ! 吾輩がまたゴミのようにお掃除ロボットに吸い込まれたりはせんよな!?」
おっかなびっくりログハウスの扉を開ける二人。
一歩、庭の芝生に足を踏み入れた瞬間――これまで侵入者を容赦なく迎撃してきた『アビス・トレントの生垣』や『キャタピラ式無限泥落としマット』が、主を迎え入れるオートロックの門扉のように、スッと静かに道を開けた。
「おおっ! 攻撃されません!」
「ははは! 当然じゃ! ログハウスのセキュリティが、吾輩たちの魔力波形を『居住者』として完全に識別したのだな!」
「そういうこと。設定ミスを修正して、ようやく『真の絶対安全領域』の完成だ」
ケントは胸を張った。
悪徳クランを「粗大ゴミ」として一掃し、スイーツも満喫し、一級建築士として納得のいくインフラとセキュリティが100%の完成を見たのである。
『要塞、ついに完全竣工!』
『「設定ミス」をパパッと直すおっさん、有能すぎる』
『Aランクが即死する庭を、パジャマ姿で散歩できるの草』
平和なコメントが流れる配信画面。
かくして、アビス最下層におけるケントたちの『防衛基盤の確立』は、ここに大団円を迎えたのであった。
***
――しかし。
ケントたちが至福のコーヒータイムを満喫しているその頃。
地上にある『日本ダンジョン管理庁・魔導技術開発局』の特別研究室では、一人の女性が頭を抱えていた。
「ああっ! もうっ! なんなのよあの異常な設計はぁぁぁっ!!」
東雲(しののめ) 霞(かすみ) は、モニターに映るルミナの配信録画――ケントが『ジェラートマシン』をDIYしているシーンをリピート再生しながら、髪をかきむしっていた。
「一級建築士……!? 公的な資格データベースには確かにそうあるわ。でも、どうして建築士が、歯車をパズルのように組んだだけで、あんな『ダンプカー級のバカヂカラ』を生み出すジェラートマシンを爆速で組めるわけ!? 私たちが何年も研究してる魔導工学の常識が、たった一言『現場の知恵』で片付けられてるじゃないッ!!」
霞はホワイトボードに書かれた複雑な数式を乱暴に消した。
「あのコア公が乗ってた『ベビーカー』の自動おつかい機能に至っては、うちの局が国家予算を投じて開発している防衛システムの十世代先を行ってるわ……! なのに当の本人は、社畜時代のLL牛乳でアイス作って平和に笑ってるし! あの建築士、どんな現場(地獄)を渡り歩いたらあんなデタラメな技術を習得できるのよ!?」
技術オタクとしてのプライドを粉々に打ち砕かれながらも、霞の目は「未知の超絶技術」への強烈な興奮で輝いていた。
いますぐアビス最下層に向かい、あの建築士に直接問い詰めたい。
そう決意した、まさにその時である。
――ビィィィィィィンッ!!!
研究室内に、けたたましい 非常警報(レッドアラート) が鳴り響いた。
霞が慌てて深層観測レーダーを振り返ると、そこには信じられない光景が映し出されていた。
「な、何これ……! アビス九十九階層の魔力濃度が、通常値の……五千倍!?」
レーダーの画面は、真っ赤な光点で埋め尽くされていた。
それは、数百年前に一つの大陸を滅ぼしたとされる未曾有の 魔物大暴走(スタンピード) の兆候。
そして、その赤い波の向かう先は――ケントの『ログハウス』の座標と完全に一致していた。
『――緊急事態だ。東雲主任、直ちに九十九階層の観測を打ち切れ』
スピーカーから、管理庁上層部の冷徹な指令が下る。
『あれは大氾濫だ。もはや最下層は数万の魔獣に呑み込まれる。あの建築士には気の毒だが、見捨てるしかない』
「ふざけないでください!!」
霞は通信機に向かって怒鳴りつけた。
「あの男が持っている技術は、人類の魔導工学を百年進める『国家の至宝』です! 魔物の暴走なんかに、あんな天才を潰されてたまるもんですか!!」
霞は白衣を脱ぎ捨て、監査官用の特級防護服を引っ掴んだ。
「私が直接行って、彼を保護します! 特務監査部隊、第一種武装で直ちに出撃準備!!」
誰も予想だにしなかった、数百年ぶりの 大氾濫(スタンピード) 。
最下層で呑気にコーヒーを飲んでいるケントたちを救うため、エリート研究員の霞は、命がけでアビスの深淵へと飛び出していった。
――しかし、この時の霞はまだ知る由もなかった。
自分が助けに向かっているその男が、数万の魔獣の大群を前にしても「おっ、向こうから 無料(タダ) で最高級の建材が歩いてきたぞ」と笑い飛ばす、常識外れの『鬼の現場監督』であるということを。