軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 社畜の涙と、究極のスローライフの完成

その日の夜。

俺がDIYで組み上げたログハウスのウッドデッキには、美しい木目の特製ダイニングテーブルが置かれていた。

間接照明として配置した紫色の発光苔が、テーブルの上をムーディーに照らし出し、まるで高級リゾートホテルのテラス席のような雰囲気を醸し出している。

テーブルの上に並ぶのは、表面がパリッと香ばしく焼き上がった『デス・スコーピオンの絶品燻製ステーキ』。

その横には、今日完成したばかりの地下菜園で採れた新鮮なハーブを添えた『ダンジョンポテトのホクホク塩焼き』が山盛りになっている。

そして透明なグラスには、スライム式の浄水システムで極限まで磨き上げられた、キンキンに冷えた純水が注がれていた。

「……いただきます」

俺は暴風タイガーの骨を削って作ったフォークとナイフを手に取り、分厚いステーキを切り分けた。

ジュワッと溢れ出す肉汁。一口大に切った肉を口に運ぶ。

瞬間、濃厚なカニと牛肉を掛け合わせたような圧倒的な旨味が舌の上で爆発した。香木キノコによる芳醇なスモークの香りが鼻を抜け、脳髄を痺れさせるような美味しさが広がる。

そこに、付け合わせの新鮮なハーブの爽やかな風味が加わり、魔獣肉特有のしつこさを綺麗に洗い流してくれた。

さらに、ダンジョンポテトを頬張る。

ホクホクとした食感と、栗のように優しい甘さが、ブラック企業時代にコンビニ飯で荒れ果てていた胃壁に、じんわりと染み渡っていくようだ。

美味い。ただひたすらに、美味い。

「あむっ、はむっ! おかわりじゃ! 肉もポテトも全部吾輩の腹に納めてやるのじゃ!」

「おいおい、そんなに急いで食うなよ。食材なら腐るほどあるんだから。ほら、喉に詰まらせる前に水も飲め」

口の周りを肉汁だらけにしたコア公が、自分の背丈ほどあるステーキに猛然と噛み付いている。

そんな騒がしくも平和な食事を終えると、次は至福のバスタイムだ。

ヒノキの香りが漂う香炉樹の露天風呂に肩まで浸かり、一日の疲れ(と言っても、楽しく趣味のDIYをしていただけだが)をゆっくりと癒やす。

四十二度の適温のお湯が、体の芯までポカポカに温めてくれた。

湯船の縁に腕を乗せ、遠くの景色を眺める。

セーフゾーンの外では、禍々しい紫色の水晶が光り、名も知らぬ凶悪な魔獣たちの咆哮が微かに響いている。ここは人類の生存限界点、最恐のダンジョン最下層だ。

だが、魔法の結界に守られたこの空間だけは、圧倒的な静寂と安心感に包まれていた。

「ふぅ……」

風呂から上がり、空調の効いた適温二十二度の部屋へ戻る。

そこには、暴風タイガーの白銀毛皮で作った「究極のフカフカベッド」が俺を待っていた。

俺はゆっくりとベッドに横たわる。

全身が雲のように柔らかい毛皮に包み込まれ、長年のデスクワークでガチガチに凝り固まっていた腰と肩の痛みが、嘘のように溶けていく。

「…………」

天井の柔らかな間接照明を見つめていると、不意に視界が滲んできた。

ポロリと、頬を温かいものが伝い落ちる。

「……なんだこれ。目から、汗が……」

思い出すのは、つい数日前までの地獄のような日々だ。

狭くて薄暗いワンルームのアパートに帰るのは、いつも日付が変わってから。

晩飯は、コンビニで買った廃棄寸前の冷たい弁当を、CADソフトの画面を睨みながら三分で流し込むだけ。

風呂に入る気力も時間もなく、泥のように汚れた作業着のまま、硬いフローリングの床の上で気絶するように眠る毎日。

『おい健人! この図面、強度が足りてないぞ! お前は代わりの利く歯車なんだよ! 嫌ならいつでも辞めろ!』

毎日上司に罵倒され、すり減っていく心と体。

常に終わりの見えない納期に追われ、心休まることのない日々。俺はただの、会社という巨大な機械の使い捨ての部品だった。

それが、今はどうだ。

誰にも急かされない。誰にも怒られない。

自分の好きなものを、自分のペースで作り、美味い飯を腹いっぱい食い、温かい風呂に入って、フカフカのベッドで眠る。

人間が生きる上で、これ以上の幸せがどこにあるというのだろうか。

「最高だ……。ダンジョン最高。もう、絶対に元の世界(ブラック企業)なんかには戻らないぞ……」

俺はあふれる涙を腕で乱暴に拭い、満ち足りた笑顔で目を閉じた。

横では、腹いっぱい食べて大満足したコア公が、特製クッションの上で丸くなって平和な寝息を立てている。

限界社畜だったおっさんが、一級建築士としての知識と規格外のDIYスキルで手に入れた『最恐ダンジョンの極楽スローライフ』。

その完璧な 基盤(オアシス) は、ついにここに完成した。

——だが。

俺のこの静かで平和な隠遁生活は、長くは続かなかった。

この数日後。

誰も来るはずのないこの完璧すぎる安全地帯の上空から、「死を覚悟した大人気VTuber」が落下してくる。

彼女のカメラを通じて、俺のこの呑気なスローライフが全世界に生配信され、とんでもないバズり騒動を巻き起こすことになるのだが……。

「すぅ……すぅ……」

今の俺は、そんな波乱の未来など知る由もなく、ただただ幸せな夢の中へと落ちていくのだった。