軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

リカルドの焦燥 Side リカルド

兄のルドヴィックに宛てた手紙にはすぐに返事がきた。逸る気持ちを抑えながら兄のいるヒュラス邸に迎えば心得たかのように応接室に通される。

「久しぶりだな」

ミラベルと結婚するまではリカルドも住んでいた邸宅だ。顔馴染みの侍女に出された紅茶を飲んでいたリカルドは兄の声に振り向いた。兄に直接会うのは数ヶ月ぶりになる。マリエッタの離婚の話し合いにつき合った時以来だろう。

「マリエッタは元気にしているか?」

まるでただの世間話のようにそう言いながらルドヴィックがリカルドの対面に座った。心得た侍女がすぐに温かい紅茶と茶菓子を置くとルドヴィックに指示されるまま退室する。

リカルドが求める前に人払いがなされ、応接室には二人きりになった。

「ああ……元気にしてるさ」

正直ここ数日リカルドとマリエッタはまともに話もしていない。リカルドの執務室で口論して以降、二人の間には隙間風が吹いているかのように距離ができていた。

リカルドはマリエッタが自分とルドヴィックを比べたことが許せず、マリエッタは自分を一番に扱わないリカルドに対して不満を持っている。

「そうか。それなら良かった」

そう言う兄はいつもと変わらない様子だ。マリエッタと離婚したことにも大してショックを受けている様子もない。その冷静な様にリカルドは微かな苛立ちを覚える。

自分はこんなにも心を乱されているのに。

そう思えば思うほど言いようのない怒りが心の中に渦巻くようだ。それが見当違いの怒りだということは理解してる。兄には何も咎がないこともわかっていた。むしろ自分の方が率先して兄の平穏を壊したことも。

それでも、どうすることもできない苛立たしさがリカルドの心を覆っていた。

「ところで、今日はどんな用があったんだ?」

優雅に紅茶を飲み、おもむろにルドヴィックが話の口火をきる。

どう話そうか、そう考えているリカルドを横目にルドヴィックはカップとソーサーを応接テーブルの上に置くと足を組みソファのアームレストに肘をついた。

ルドヴィックは基本的に礼儀正しい男だ。その彼があえて横柄に映るような姿勢を取るのは何かしらネガティブな感情を抱いている時だった。

マリエッタが離婚できるようにリカルドが積極的に協力したことに腹を立てているのだろうか。しかし実際に離婚した時にはそんな感情を見せることはなかった。あれから時間も経っていることを考えると今さらそのことを蒸し返して不満を持っているとも思えない。

「えっと……」

なぜかミラベルの話題を出しづらく感じてリカルドは口ごもる。

「会いたいと言い出したのはお前の方だろう? 何か話があるからじゃないのか?」

重ねて問われてリカルドはやっと本来の目的を口にする気になった。

「ミラベルの行方を知らないか?」

リカルドがその質問を口に出した瞬間、ルドヴィックの眉根が微かに寄った。それはルドヴィックが不快感を感じた時に現れる反応だ。

「なぜ私にそんなことを聞くんだ? ミラベルのことはお前の方が良く知っているだろう?」

「それは……そうなんだが……」

ルドヴィックが言っていることは至極当たり前のことだった。リカルドはミラベルの夫でルドヴィックは義理の兄だったのだから。元夫よりも元義理の兄の方がミラベルのことを知っているともなれば、それこそどんな関係だったのかと疑いを持たれかねない。

「ミラベルは律儀な性格だから兄さんにも挨拶をしたんじゃないかと思って。その時に離婚後にどこへ行くつもりなのか聞いていないだろうか?」

リカルドの返事を聞いてルドヴィックがつかの間黙った。たった数瞬の沈黙だったがリカルドには長く感じる。いったいなぜルドヴィックが黙っているのかがわからないから尚更だ。

「お前はミラベルがどこへ行くのか聞かなかったのか?」

ルドヴィックの瞳に浮かぶのはリカルドに対する怒りだろうか。いつも穏やかでリカルドが何をしても表情を変えることのない兄にしては珍しい反応だ。

「ミラベルはリュミエ家に戻ると思っていたから……」

リカルドの返答に兄が頭が痛いとでもいうように自身の右手で目元を覆う。

「お前も知っているようにリュミエ家の現当主はミラベルの叔父だ。数年前に結婚で家を出たミラベルが離婚したからといって戻れると思うか? もちろん戻ってくれば受け入れるだろうが、ミラベルがそんなことをする性格かどうかお前もわかるだろう?」

教え諭すようにそう言われてリカルドは今さらながらにそのことに思い至った。

「それは……」

だから何も答えることができない。

たしかに、ミラベルの性格であれば叔父の世話になることを良しとはしないだろう。それにリュミエ家にはミラベルの従兄弟もいる。自身が戻ったところで迷惑をかけるだけだと判断したことは想像に難くなかった。

「じゃあ、ミラベルはどこへいったんだ? 慰謝料だってまだ払っていないのに」

離婚の時にミラベルはリカルドがプレゼントしたほとんどの物を置いていった。金銭に換えられるアクセサリー類もだ。彼女が持ち出したのは着ていたドレスと元々結婚の時に持ってきた物だけ。あれだけの持ち物で貴族女性が数ヶ月もどうやって過ごすというのか。

「なぜ慰謝料をその場で払わなかったんだ」

唸るようなルドヴィックの言葉にリカルドは何も答えられない。

「なぜだ、リカルド?」

重ねて問いかけられて、リカルドは重い口を開く。

「急いで離婚したから用意できなかったんだ。ミラベルはリュミエ家に戻ると思っていたから後から届ければいいと思って……」

口から出た言葉は小さかった。そして自分で言って初めて、リカルドはその自分勝手さに気づく。

「愚か者め」

ルドヴィックが吐き捨てるように言った。穏やかな兄に似つかわしくない言葉がリカルドの胸を刺す。

「ミラベルは、ミラベルは今どうしているんだ……」

たとえ離婚しても連絡を取れば会えると思っていた。しかしもう会えないかもしれない。

その事実にリカルドは今までにない焦りを感じる。

何か手掛かりがないか。そう忙しなく考えを巡らしたところで兄がじっとこちらを見ていることに気づいた。

「兄さん?」

やはり兄は何か知っている。

「兄さん、知っているなら教えてくれ!」

そう確信してリカルドは言葉を重ねた。

焦れたように問いかけるリカルドを、ルドヴィックが静かに見つめていた。