軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

結婚の事情

「かつて私とマリエッタの婚約が決まった時、リカルドが婚約相手は自分でもいいのではないかと言い出したのを覚えているか?」

「ええ、覚えているわ」

今よりももっと幼く、我慢が効かなかった頃の話だ。当時ミラベルは十歳。リカルドとマリエッタが十一歳でルドヴィックは十三歳だったはず。

「たしかに、ヒュラス家とフルール家の婚約だけを考えれば相手は私でもリカルドでもどちらでも良かったのだと思う」

「リカルドは自分ならフルール家へ婿入りすることもできるのに、と言っていたわね」

「そうだ。両家の繋がりを強め、さらにマリエッタがフルール家を継ぐのであればそれが一番良い方法だっただろう。でもそうはならなかった」

「なぜかわかるか?」とルドヴィックから問われたがミラベルは答えられない。

(言われてみればなぜかしら?)

「私の両親もマリエッタの両親も、あの二人を一緒にしても上手くいかないことがわかっていたからだ」

(上手くいかない? リカルドはあんなにマリエッタのことを想っているのに?)

なぜなのかその理由が思いつかないミラベルの様子にルドヴィックが困ったような表情を浮かべる。

「ミラベルは私がマリエッタと別れた原因を聞いているか?」

「いいえ」

昔の話から突然今の話になってミラベルは戸惑った。ましてや内容がルドヴィックたちの離婚話ともなれば迂闊なことも言えない。ミラベルにもかかわることではあるが、内容が内容なだけにマリエッタ本人にも聞いていないし、リカルドにその関係の話をするなど論外だった。

「私は伯爵家の当主だ。当主の責任として領地民のために働き、後継を持ち、家を繋いでいかなければならない」

ルドヴィックの眼差しは真剣だ。元より彼は真面目な性格だから領地経営も堅実にこなしているはず。

あまりにも当たり前の話を なぜここで言うのか。

「家門の者たちから当主がまず一番に求められるのは、独身であれば結婚を、そして結婚したのであれば次は……後継になるであろう子どもの存在だ」

(それはそうね。そしてルドヴィックとマリエッタの間に子どもはいない)

子どもに関してはミラベルにも苦い思いがあった。リカルドと結婚して五年。その間にヒュラスの両親からもそれとなく子どもはまだなのかを何回も聞かれた。幸いなのは継いでいるのがヒュラス家の爵位の一つのため最悪子どもが生まれなければ爵位を返せばいいということだろう。

(私とリカルドの間で子どもを授かることは絶対にないのに)

しかも子どもを持てない原因のリカルドはそのことを両親に告げることもなかったしミラベルを庇うこともなかった。唯一言っていたことは『子どもは授かりものだから思うようにはいかない』ということだろうか。

(何度かヒュラスの両親へ本当のことを告げようか悩んだけれど、結局言うことはできなかったわね)

そんな苦い思いにかられているとルドヴィックが思いもかけないことを言った。

「私がマリエッタと離婚した理由は、マリエッタが子どもを持つことを拒否したからだ」

「……えッ⁉︎」

家門の当主と結婚したからにはそれは許されないだろう。

「健康に何か事情があって子どもが持てないとかですか?」

「いや。私もマリエッタも体に問題があるわけではない。ただ単に、彼女は子どもを持てば自分のことを優先することができなくなるから嫌だと、そう言ったんだ」

子どもは弱い存在だ。自分一人では生きていけない。当然子どもが生まれればルドヴィックも子どものことを優先するだろう。もちろん周りの者たちも同様に。

「そんな……そんな理由でですか?」

「そうだ。だがそれでは困る。だから私はマリエッタに選ぶように言った。子どもを持つか離婚するかを。もちろん、子どもを授かるように努めても得られないこともあるだろう。その場合は養子を迎えて後継者としなけれならない。当然、養子として子どもがやってくれば子どもが優先される」

ミラベルは愕然とした。

マリエッタとは小さい頃からのつき合いだ。昔から少しわがままなところはあると思ってはいたが、まさか自分を優先したいがために当主夫人としての義務すら疎かにするとは思ってもいなかった。

(ああ……でも……)

不意に離婚後のマリエッタと再会した時のことが思い出される。

『ミラベルに内緒でリカルドが何度も相談に乗ってくれた』

そう言ったマリエッタは自然とミラベルのことを下に見ていなかっただろうか。ミラベルよりもマリエッタが優先されるのは当たり前だという態度ではなかっただろうか。

「マリエッタは大人になった今でも自分が一番の子どもと変わらない。そしてそれはリカルドにも当てはまるのではないか?」

ルドヴィックの言葉に過去の出来事に沈んでいたミラベルの思考が浮上する。

「きっかけが何だったのかはわからないが、リカルドは昔からマリエッタに想いを寄せていた。それ自体は問題ではない。しかしリカルドもまた、マリエッタと同様に自分のことを優先してしまうんだ」

(自分のことを優先……たしかにそうね)

リカルドがミラベルへした仕打ちを思えば納得できる。

「そんな二人が一緒になったらどうなると思う?」

「……上手くはいかないでしょうね」

お互いが自分を一番に優先するのであればどこかで必ずぶつかる。人と人の関係は譲ったり譲られたりして成り立つのだから。

「そうだ。両家の両親はそのことがわかっていた。だからリカルドではなく私がマリエッタと婚約したんだ。同時にマリエッタにはフルール家の後継者は務まらないと判断されたのだろう。ミラベルも後継者に求められる資質のことはわかっているだろう?」

たしかに、自分を優先させる人間に家門の後継者は務まらない。かつて自身が家を継ぐ予定で勉強していたからこそ、ミラベルはそのことが身にしみてわかっていた。

「ではルドヴィックはマリエッタのことを好きではなかったの?」

結婚して以降は改まった話し方をしていたミラベルも、過去の話題が出たからか以前のような言い方になる。

「異性としての好きではないが、妹のように可愛いとは思っていたさ」

そう答えた後に、ルドヴィックは昔のような話し方をミラベルに求めた。

「ルドヴィックはヒュラス家の当主なのよ。対して私は貴族とは名ばかりの存在。気安く話すことなんてできないわ」

「これからは仕事相手になるのだから問題ないはずだ」

(……仕事! そうよ、今日は仕事の話をしにヒュラス邸へ来たんだわ)

ミラベルにも関係の深い過去の話をしていたために忘れそうになっていた本来の目的を思い出す。

「あえて昔の話をしたのはミラベルに負い目を持って欲しくないからだ。今回出資するのはあくまでも事業に対して期待しているから。そう理解してもらえただろうか?」

ルドヴィックの問いかけに、応接室へ入ってきた時の気後れが自分の中から薄れていることにミラベルは気づく。

「ええ、わかったわ」

「では改めて、今回の計画の詳細を教えて欲しい」