軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 王女の役目

先生が黒死竜を討ち倒すのを見届けた後、私はイネスと協力して浄化魔術を併用した風魔術で瘴気を払い除け──暫くして、やっと、辺りを動き廻れるようになった。

それまで、私たちは馬車を引く馬を守りながら、その場を全く動けずにいたのだが──遠くから先生の戦いの一部始終を目撃していた。

それは凄まじいとしか言いようのない戦闘だった。

黒死竜の暴れ回った大地は抉られ、高速で狂ったように繰り出される爪は弾かれる度に地響きのような轟音を立て、砕け散った。

あれが人と竜の戦いなどとは、とても信じられなかった。

一歩も動かず、真正面からの一騎討ち──そして、最後に立っていたのは人の方だなどと。それも、背後の少年をかばいながらの圧倒的不利な状況でだ──。

──そんな話をしたとして、誰が信じられるだろう?

驚いたことに、先生はその戦闘の後、助けた少年を連れ、何事もなかったかのように平然とした足取りで私達の所まで歩いてきた。

「先生! ご無事ですか?」

「ああ、問題ない」

「で、ですが身体中に血が──!」

近寄って見れば、失血死していないのが不思議なほどの、夥しい血の量──。

これで問題がないはずがない。

すぐに、治療を始めないといけない。

「ああ、この血のことか? こんなのはどうって事はない。放っておけば治る──というか、もう治っている」

「そ、そんなわけが──先生、すぐに治療を──ッ──?」

私は治療のために駆け寄り、先生の体に触れた。

でも……出血箇所を探したが、どこにもない。

「本当に治ってる? 傷一つ、ない──」

「言っただろう? 大丈夫だと」

本当に信じられない。

どうやら、先生は血を失ったことによる不調も感じていないらしい。

瘴気の影響さえ、全く体に残っていないようだった。

とても信じられないが──それが目の前の事実だ。

「し、失礼しました──本当に、ご無事のようですね」

「ああ、自慢ではないが──俺は毒には強いからな」

先生はそう言いながら、なんでもないことのように笑うが──そんな簡単なことのはずはない。

あれは間違いなく瘴気だった。

致死性の猛毒であるどころか、大地さえ蝕む究極の毒気。

それも竜種の魔力を帯びた呪いに近い凄まじいもの。

あの直撃を受けてこんなに平然としていられるはずが──。

──いや、一つだけ思い当たる可能性がある。

先生から今、立ち上っている不思議に静謐な気配。

私は以前、それに近いものを見たことがある。

それはかつて【癒聖】のセイン先生が訓練所時代に私に見せてくれたものと同質の気配──と、言うことは。

──先生も『聖気』を?

それは聖者と言われるほどに研ぎ澄まされた体と心から生み出され、触れたもの全てを浄化し、どんな傷でもたちどころに癒すと言われている。

でも、それは簡単に身につく【スキル】とは違い、幾つもの死を乗り越えるような常軌を逸した修行の末に辿り着く、歴史を紐解いても数少ない聖人しか到達し得なかったという極致中の極致。

聖職者の界隈で「生ける伝説」とまで言われる【癒聖】セインでさえ『聖気』の完全な会得には四十年以上の年月を費やしたという。

それをこの人はすでに会得していると──?

それも、この若さで……?

──いや、ノール先生ならあり得る。

一体、この人はどれ程の──!

「リーン、それよりこの子を診てくれ。少し、顔色が悪いみたいなのだが」

私が驚きに硬直していると、先生は隣に立つ子供の肩に手を当てた。

この子は、確か──

「──大丈夫、ボクも……なんともないから……」

「だが、だいぶ顔色が青白く見えるぞ?」

先生のその言葉に私はハッとした。

この子供の特徴。

先生が助けに行った時点では、遠くてわからなかったのだが、まさか──

「それは元からなんだ……ボクは、魔族だから」

「そうか」

やはり──この子は『魔族』。

蒼白の肌に、銀の混じった薄紫の髪、そして、赤い目──。

あの、百年前からミスラ教国と敵対し『神敵』とされ、魔物を操る能力の為に世界中で警戒されている種族。

もう、ほとんど生き残っていないと聞いていたのだが……。

「──その子はやはり、魔族の子、ですか」

「ああ、そうだ。よく分かったな、リーン」

「──ええ、知識だけはありましたから」

先生もそれはご存知だったようだ。

そうなると、それを承知で助けに?

「先生は、その子を──その……これから、どうされるおつもりですか?」

「一緒に馬車に乗せてやりたいんだが──駄目か?」

私は少し、驚いた。

『魔族』は多くの国で『討伐』が推奨される危険種族。

ここで助けたとしても、その後は──

「……! よろしいのですか? その子は魔族で……連れていた魔物が、先ほど、暴れ回ったばかりで──」

「それはその通りだが、俺たちは何の被害も受けてはいないだろう?

辺りの小麦畑が少しダメになってしまったのは残念だが……むしろ、こちらが彼の仕事を奪ってしまったことになる。

何とかしてやれないかと思ってな」

私はまた驚いた。

自分は、大したことはされていないのだ、と言う。

先生は明らかに身体にダメージは受けていたはずなのに──まるで、全て「なかったこと」にしようとしているかのように。

「仕事……? その子は、一体、何をしていたのですか?」

「あの毒ガエルを街まで運ぶ途中だったのだそうだ」

「黒死竜を、あの街まで……!?」

先生はゴブリンエンペラーを「ただのゴブリン」と呼んだように、黒死竜を「毒ガエル」と呼ぶ。

先生ほどの強者となれば、黒死竜も 毒ガエル(ポイズントード) も大した違いはないのかもしれないが、私達は違う。

普通、黒死竜が街中に現れたら、当然そこに住んでいる人たちは無事では済まないだろう。

──でも、この少年も無事に済まなかったに違いない。

この少年は、一体──?

「そういえば、言われてやってたと言ったな? ──依頼主は誰だ?」

ノール先生の問いかけに、魔族の少年は俯いて首を振った。

「……知らないんだ……教えてもらって、ないから」

そう言って押し黙る少年に、イネスが前に出て声をかけた。

「悪いが、この状況で隠すとためにならない……正直に言ってくれると、こちらとしては助かる」

少年はイネスの強い言葉に少しビクリ、と肩を震わせると、相手の顔色を伺うように言った。

「……本当に、わからないんだ……魔導皇国のどこか、としか……僕らはそういう風に育てられたから」

この子の怯えたような目つきや態度。

もしかしたら、と思っていたのだが──やはり、間違いないだろう。

──この子は「奴隷」だ。

奴隷はクレイス王国ではあまり一般的ではないが、他国では当たり前に存在するという。

それも、この子は恐らく『魔族』が種族として立場が弱いことを利用した、使い捨ての少年兵。

魔導皇国はそんなことにまで手を染めているのか。

「じゃあ、どこか、帰る家はあるのか? 自分では帰れないのか?」

「……それも、わからないんだ……途中まで、目隠しされて連れてこられたから……」

「要するに──帰ろうにも帰れない、ということか」

ノール先生の言葉に魔族の少年はコクリ、と肯いた。

「そういうわけだ──ダメか? 出来れば、この子を安全なところまで送ってやりたいんだが」

そこまで聞いて、私はやっと先生の意図が理解できた。

先生は、この哀れな少年を、魔族と知りつつ──助けようというのだ。

味方をすれば、あらゆるものと対立する筈の存在と知りつつ、救おうとしている。

──自分の器の小ささに恥じ入るばかりだ。

こんなことでよく、王族などと名乗れたものだ。

私は、相手が魔族だというだけで、とても臆病になっていた。

頭でっかちになりがちな私を、父は「知識や風説に惑わされず、己の目で見たことだけを信じろ」と、事あるごとに諌めていたというのに。

私も、この少年が話に聞いていたような邪悪なものとは決して思えない。

私の眼に映るのは──ただの、行き場をなくした一人の少年だ。

──こんな少年一人を救えなくて、何が冒険者王に連なる一族だと言うのか。

「イネス……私からもお願いします。この子を、乗せてあげられませんか?」

「リンネブルグ様、ですが今は──!」

イネスの視線は私と魔族の少年を往復している。

迷っているようだった。

彼女の仕事は私の安全を守ること──それは理解している。でも──

「まだ、馬車に空きはあるようだし、乗っても大丈夫だろう。何か問題があるのか?」

ノール先生の言葉に、イネスは苦い顔をした。

「確かに、馬車に余裕はある──それに通常であれば、彼のような者は私のような軍人が身を預かるのが普通だ。

だが、今の状況で彼を連れていくのは難しいだろう。そもそも、ミスラ教国には魔族の立ち入りができない──ここへ置いていくのが、最善だ」

イネスの言うことは確かに筋が通っている。

この少年は通常なら捕虜として捕らえられるような存在。

彼を連れてミスラまで向かえば、最悪、私たちが罪に問われる可能性もある。

ミスラ教国へ賞金首を差し出す為、といえば口実はでき、入り込むことぐらいは出来るかもしれないが──

そんなことはしたくないし、先生もきっと、許さないだろう。

「恐らく、途中の街に置いていったとしても──この少年が一人で生きていくのは難しいだろう……むしろ、人目につかないこの場で別れた方が、まだ良い」

「そうか──それならば、いっそ、王都へ戻るというのはどうだ?」

先生のその提案に、イネスは驚愕の表情を浮かべた。

「ノ、ノール殿、それは──」

イネスが何かを言いかけた時、魔族の少年が突然崩れ落ち、地面に手をついた。

「……あ、あなたたちは……王都から来た人なの……!?」

「ああ、そうだ。一緒に行くのはダメらしいし、一旦、王都に送るというのも一案かと思ったんだが」

「……ダメだ……」

少年は肩を抑え、ガタガタと震え出した。

「どうした、寒いのか?」

「……違う……違うんだ……ダメだ、戻ったら……ダメなんだ」

「どういうこと?」

「あいつが、言ってたんだ……ボク達は、王都から兵士を引き離す為の『駒』だって……!」

やはり、この少年が実行していたのは、王都から戦力を引き剥がす為の──陽動作戦。

兄の読みは当たっていた。

黒死竜が近隣の都市で暴れ回るのは、運よく未然に防げた、と言うことらしいが──。

おそらく、同様の事態が各所で進行しつつあるのだろう。

「ならば、なおさら帰らなければなりませんね」

「違う……そういうことじゃないんだ……!! 危ないんだ……!」

「危ない?」

「……聞いたんだ、あの男が言ったのを……一番大きな奴が、王都に行くって……そうなれば「あの街は全て終わりだ」って……そう話してるのを、聞いたんだ。

……「『黒死竜』とは全く比べ物にならない見世物だ」って……笑ってたんだ、あいつは……!」

「何のことだ、それは?」

「……だから、行っちゃダメだなんだ……きっと……キミ達も、死んじゃうよ……!!」

私達三人は顔を見合わせた。

少年は震えて蹲っている。

「イネス──すぐに王都へ帰りましょう。先生、よろしいでしょうか」

「──ああ、まだ状況は飲み込めないが、呑気に旅行をしている場合じゃないらしいな」

「……ま、待ってください。同意できかねます……! 私は──」

「──イネス」

私はイネスの言葉を遮った。

「──知っています。貴女はお兄様に言われているのでしょう?

王都に何かあれば、私を連れてミスラへ 亡命しろ(逃げろ) 、と」

「リンネブルグ様……何故、それを……?」

「──それぐらい、聞かなくても分かります。

私も、あの人の妹ですからお兄様の考えそうなことぐらいはだいたい、推測ができます」

「そ、それでしたら、何故──」

「そのほうが、良いかもしれないと思ったのです。

兄は考えなしに指示を出すような人間ではありません。

私に解しきれない意図があるのだろう、と」

「それならば……!」

「でも──今は違います。

私たちはこの少年から情報を得ました。

今すぐに、戻って伝えるべきです。

王都に危機が迫っていると」

「……リンネブルグ様。

お気持ちは分かります。

ですが、今は御身の無事だけを考えてください。

レイン様とて、苦渋の決断だったことでしょう……!」

「そうして──私だけ逃げおおせて、何になるのでしょう? あなたも、国を失った『魔族』の顛末を知っているでしょう? 今は、逃げるべきではないのだと思います」

逃げられたとしても──きっと、彼らと同じ運命を辿るだけ。

私の言葉に、イネスは地面に蹲り、震えている魔族の少年を見つめた。

「──わかりました。王都へ、参りましょう。ですが、リンネブルグ様。決して、私の側を離れないようにしてください──【神盾】として、命を賭してお守りいたします」

「ありがとう、イネス」

「……そういえば、名前は?」

先生は震える魔族の少年に声をかけた。

すると少年は顔を上げ、呟くように言った。

「……ロロ……」

「ロロ、か……短くていい名前だ。とても覚えやすいな」

先生は冗談のつもりなのか、そう言って笑った。

そして、そのまま少年に問いかけた。

「ロロ、お前はどうする? もし一緒に行くのが恐ければ、ここで別れた方がいいらしいが」

少年は少し迷った様子だったが、震えながら小さく呟いた。

「……ボクも、行く……」

今までの様子からすると、私には少し意外な答えだった。

「……な、何も出来ないかもしれないけど……それをやってるのは、きっと……ボクの、仲間だから」

「そうか」

先生は何かを考えるように押し黙り、振り返った。

そして黒死竜の残骸を眺め、時折悲しそうな表情を浮かべ──静かに首を振っている。

──きっと先生は今、あの少年の生い立ちを考え心を痛めているのだろう。

私はそんなことに気がつきすらせず、ただ自身の心配ばかりしていたと言うのに。

私達四人はすぐに馬車に乗り込んだ。

魔族の少年、ロロの言うように、王都に行けば、恐らく大きな危険が待ち構えているのだろう。

不安はある。

でも──或いは、この人、ノール先生が居れば。

この困難な状況を、打ち破ってくれるかもしれない。

そんな期待をしてしまう自分がいる。

──そう、今の私の役目は逃げ出すことではない。

私はきっとこの人を──この英雄譚からそのまま飛び出してきてしまったような人物を、王都に送り届けなければいけないのだ。

たとえ──この命に替えてでも。

「イネス、出来るだけ急いで」

「──はい」

私たちは来た道をそのまま逆方向に馬車を走らせ、王都へと向かった。