作品タイトル不明
190 主人の残り香 2
「……ホントにいいのかよ、これ。あのまんまの勢いで国境越えちまったけど」
【六聖】は竜の背中に乗り、南の国境に築かれた高い壁を越えていた。
かつて【厄災の魔竜】と呼ばれ、今はララという名前で呼ばれている巨大な黒い竜は、六人を背中に乗せて嫌がる様子こそ見せないものの、背中の 異物(にんげん) が何人振り落とされようが構わない、とでも言わんばかりに力強く飛翔している。
おかげで出発以来、何度も転げ落ちそうになったダンダルグは遥か下方の砂漠を眺めながら、その人並はずれて 巨(おお) きな身体をブルブルと震わせた。
「それに……こいつさぁ。飛び方荒い上に、ちょっと高く飛びすぎなんじゃねえか? こんなの、落ちたら確実に死ねるだろ」
「ふふ、またまた。私たちならともかく、ダンダルグがこの程度の高さで死ねるワケがないでしょう。貴方、いったい自分をなんだと思ってるんです?」
「……なぁ、セイン? 逆に聞くけど。お前、俺をなんだと思ってる?」
「何って。私たち【六聖】が誇る『盾』であり、頼もしい肉壁です」
「せめて、人間扱いしてくれよな?」
会話をするセインとダンダルグの後ろに静かに立つシグは、目を細めながらどこまでも続く砂漠の水平線を眺めている。
「────本当に、呆気ないものだ。これまで何十年と行き来が封じられていたあの壁を、こうも簡単に飛び越えられるとは」
「そりゃあ、空にまで無粋な壁なんか建てられんからのう? 一応、緊急事態ってことになっとるらしいし、別にいいじゃろ。渡り鳥なんかとっくの昔から好き放題に行き来しとる」
「……そんな軽いノリで済ませられる話じゃねェと思うんだけどなぁ。これ、俺らが何か一つ行動間違うだけで一気に国際問題って状況だろ?」
「だが、明確な救援要請があった。王女があそこまで手の込んだことをするからには何か 理由(ワケ) がある」
「とはいえ、なぁ? それも全部杞憂でした、ってパターンもまだあり得るワケだろ。何事も無けりゃ、それが一番良いんだけどよ……後の言い訳に困るんだよなぁ。俺、結構な量の仕事、王都にほっぽり出してきちまってるし」
「ホッホウ。ま、いいじゃろ、たまにはそういうのも。お主、長らく休暇なんぞとっておらんかったじゃろう? 後進も育ってきておるワケじゃし、今日ぐらいのんびりすれば」
「いやいや、休み取れてねえのはそうだけど。流石にこれは休暇とは呼べねえような……?」
「ホッホウ! 何事も無ければただの旅行のようなもんじゃて。それにしても、ワシらが六人揃って遠出など、いつぶりじゃろうな?」
「こうして六人一緒に動くのは『還らずの迷宮』以来かもしれん」
「あの時は王がいたがな」
「ふむ。道理で懐かしい気分になるはずじゃのう。そう考えるとマジで観光みたいな気分になってくるのう」
「こっちの国の人間からしたら、物騒極まりない観光客なんだよなぁ……?」
六人を乗せた巨きな竜は砂漠を飛翔し続け、とある集落の真上を飛んだ。
遠目から一眼で獣人だとわかる人々が見えるが、カルーが飛び立つ時から魔竜に対して施している【 隠蔽(シール) 】のおかげか、地上の者は誰一人、空の上を飛ぶ存在に気がつかない様子だった。
「サレンツァって、俺が思ってたイメージとちょっと違うんだよな。どこも砂漠ばっかだと思ってたのに、こんな辺境の集落にちゃんと水路が流れてて、なんか、すげえ綺麗な農園もあったし」
「あれはきっとノールの仕業です。王都から希少な『湧水の円筒』を持ち出して、何もない砂漠に農園を作る計画を立てていたらしいですから」
「えっ、あいつが?」
「ええ。ノールからの申し出に、王がやっと頼って貰えた、と張り切っていましたよ。隣国の国境付近で行う事業だけに、王子はかなり頭を悩ませている様子でしたが。どうやら、順調なようですね」
「……おいおいおい、ちょっと待ってくれよ? 計画まではいいとしても、全然、計算が合わないんだが。あいつらが出てってからまだ数日だろ? なんであんなに大農園みたいに育ってる?」
「まあ、ノールですから」
「それで納得できると思うか?」
「王女も一緒ですし。私はもう、あれぐらいのことでは驚きもしませんよ」
首を傾げるダンダルグにセインは笑顔で答えた。
その後も六人が一向に変わり映えのしない砂漠の風景をじっと眺めていると急にぐらり、と竜が傾いた。
「……ん? 今、揺れたな?」
「ああ。ララが行き先を変えた」
「ホッホウ? どうしてじゃろうな? このまま『 誘導線(ガイド) 』に沿って、真っ直ぐ向かってくれると思ったのじゃが」
オーケンの指輪からはうっすらと細い光が放たれている。
それは何か助けが必要になった際、現地で互いの位置がわかるようにとオーケンが出発時にロロに持たせていた指輪だった。
だが先ほどまで竜の向かう方角はその光と一致していたものの、今はかなりずれている。
「はて? ロロが予め、「この光の先にノールがいる」と教えておるし、逸れる理由はないはずなんじゃが。なんか、腹でも空いたとかのかのう?」
「そんなことで?」
「また、ずれた」
本格的に雲行きが怪しくなってきたところで、オーケンに残り五人の視線が向く。
「なあ、爺さん。なんとかしてくれよ?」
「ララとの対話役を買って出たのはオーケンだったわよね」
「……ホ、ホッホウ? の、のう、ララ? わしらが行きたいのは、そっちではないぞ? 気ままに寄り道なんかしていたら、いつまで経ってもご主人様のノールには会えんぞ〜? ねえ〜? ……ちょっとぉ? ララちゃん? ワシの話、聞いとる〜?」
青い顔になったオーケンが黒い鱗をペシペシと手で叩きながら、手を替え品を替え呼び掛けるも竜の反応はない。
代わりに、翼が風を切る音が増していく。
「どうやら、更に加速しているな」
「ホ、ホッホウ……? ホントに一体、どういうことじゃ? これはこれは……マジ困ったのう」
「えっ、まさか本格的にまずいことになってる?」
「うむ」
真っ青な顔で簡潔な返事を返したオーケンに、ダンダルグも同じく顔面蒼白になった。
「ど、どうすんだよこれ?」
「まずいわ。この子、まだまだ加速するつもりみたい」
ミアンヌが厳しい顔で前方を睨みつけている。
「これ、多分、臨戦態勢よ。明らかに機嫌が悪いもの」
「な、なんでェ?」
「さあ。私が知るワケないでしょ。どこかに気に入らない奴でもいたんじゃない?」
突き放すように答えたミアンヌは油断なく弓を握っていた。
「おいおいおい! 国境超えて早々、こんなトラブルになるのかよ!?」
「だ、誰じゃ!? ワシに任せとけば大丈夫って言った奴は!」
「それは確実にアンタだな」
「────落ちるわ、掴まって!」
緊張を孕むミアンヌの声と同時に竜が急降下を始めた。
皆、落下の勢いで引き剥がされぬよう一斉に竜の鱗にしがみつく。
優雅な空の上の飛翔から一転、竜は砂の地面スレスレを這うように身体をうねらせ、飛翔する。
「なっ、なんだってんだよ!? 急に!?」
「皆、前を見ろ。どうやら、あそこに何かがある」
狂ったように羽ばたく竜に振り落とされまいと必死に堪える皆に、カルーの冷静な声が響く。
「はぁ!? お、俺には何も見えねえぞ!?」
「おそらく高度な【隠蔽】だ。この距離になるまで俺でも感知できなかった」
「つまり、ララにはもっと遠くから存在が感じられていたということか」
「そうだ、シグ。そして今、俺たちはそいつに急接近している」
「……そ、それって、マジ、やばくないかのう!?」
「────これより、接触が想定される対象に向けて【 隠蔽除去(アンカバー) 】を行う。各自、戦闘に備えろ」
そう言って冷静に右手を掲げたカルーの声に、ミアンヌ、シグが武器を構えて立ち、他の皆も竜にしがみつきながらもそれぞれ、体勢を整える。
「【 隠蔽除去(アンカバー) 】」
カルーの掌から光が放たれる。
それは砂に覆われた地上を稲妻のように走ったが、そこには皆が期待したようなものは何も現れない。
「なっ、なんだよ、何も起こらねえじゃねえか? やっぱ、杞憂に……」
「いや、 抵抗された(・・・・・) 。俺の【 隠蔽除去(アンカバー) 】を完全に無効化された」
「は? お前の【 隠蔽除去(アンカバー) 】を? そ、それって」
『────グァ』
一方、低空で高速飛行をしていた竜は巨大な顎を大きく広げた。
そして喉の奥に強烈な光が宿り、次第に熱を帯びていく。
「……お、おい、ララ。何をしておる……?」
「これは、おそらく『 吐息(ブレス) 』の体勢だな」
「んなぁ!? ちょ、ちょっと、ララちゃん!? ここでソレだけは勘弁してもらえんかのう!? ここ、ヒトの 縄張り(おウチ) だから! ねっ? 考え直して? 一生のお願いっ!」
「なあ、爺さん。ロロってララにそんなにたくさん言葉教えてたのか?」
「……いんや? 最近、「みぎ」と「ひだり」と「ごはん」ぐらいならわかるようになった、と喜んどったのう」
「────ダメじゃん」
「何にせよ、間に合わん。各自、衝撃に備えろ」
直後、魔竜の口から極大の光が放たれる。
その一筋の熱線は前方の砂丘めがけて真っ直ぐ進むと、その地一帯全てを灼くような量の莫大な光と共に、衝撃で地上にある全てのものを揺り動かした。
残響ですら目撃者の身体を引き裂かんばかりのそれは、現在の人類が己の歴史を振り返る限り、あらゆる都市をも焼き払うことのできる巨大な破壊の光だった。
だが、それにもかかわらず────その光は何かの見えない障壁に当たったかのように、上方に押し返さていく。
「えっ?」
そのまま、全てを破壊するはずの光は遥か上空へと昇っていき、やがて二つ目の太陽のように輝いた後、弾け飛ぶ。
「……ララの『 吐息(ブレス) 』すら弾く、障壁か」
「マジかよ。アレが効かないってのか?」
「……どこかで見たような光景ね」
「だが、見ろ。対象の姿は見えた」
「あれは────?」
魔竜(ララ) の『 吐息(ブレス) 』が直撃するはずの地点。
【六聖】の面々が、一斉に注視した先。
そこに一人、不気味な黒いローブを纏う男が立っている。
破壊の光の衝撃のせいか男の頭部を覆うフードは外れ、その青白い顔が露わになっている。
皆、その特徴的な長い耳には少なからず覚えがあった。
そして、男の背に浮遊する、黒い棒状の塊にも。
「こんな場所に、『 長耳族(エルフ) 』じゃと? それに、あの背中にあるのは」
「……『黒い剣』、じゃねえか」
予想だにしなかったものを見て当惑する六人とは裏腹に、竜は興奮するように一層力強く羽ばたき、さらに加速していった。