軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

188 刀剣商にて

「はーい、カットォ! 皆さん、お疲れ様でしたぁ〜!」

薄暗く照明が落とされた室内に、ミスラ教国の教皇アスティラのよく通る声が響き渡る。すると、途端にその場の張り詰めた空気が解け、皆がホッと胸を撫で下ろし、互いの顔を眺めた。

そうしてアスティラは満足げに頷くと、いまだに緊張した面持ちで偽物の短刀を握りしめている二人に向き直った。

「アリさん、ニードさん! 悪役の演技、とっても上手でしたよ!」

「そっ、そうですか……?」

「え、えへへ……?」

演技を褒められた二人は満更でもない様子だった。

一方、エキストラ役を務めていた人々に丁寧な手つきで縛られた縄を解かれているリンネブルグ王女は、憂鬱な表情だった。

「これでちゃんと、王都にいる皆に状況を分かってもらえるでしょうか……? ひとまず、私にできる限りのことはやらせていただきましたが」

「それはもう! リーンさん、すごく演技よかったですよ! リアリティはもうバッチリです!」

「……そうですか? あまり上手くやれたか自信はないのですが」

不安げな表情のリンネブルグ王女にアスティラは優しく微笑み、その傍に立っていたティレンス皇子も笑顔を向けた。

「その点は僕も大丈夫だと思うよ、リーン。ここまですれば、本国から国境を超えて救援を送るのに十分な口実になる。こちらの意図は十分に伝わるよ。ただ……ね」

「ただ?」

「……役者の皆が思った以上に良い演技をしてくれたおかげで、僕はかえってウチの執政部の反応が不安になってるんだ」

今度はティレンス皇子が王女よりも、ずっと憂鬱そうな顔で天を仰いだ。

「まあまあ、ティレンスくん! 確かに『十二使聖』の皆さんって、ちょっとおっちょこちょいなところありますけど、なんだかんだでみんな優秀ですし。そう、おかしなことにはなりませんって!」

「……そうですね。留守中のことは彼らに任せると伝えてありますし、ここは彼らの判断を信じることにします」

「そうです! 何事も、よきにはからえ、ですよ!」

そう言って、アスティラは複雑な表情を見せる義理の息子の前でにっこりと笑って見せた。

「……それにしても。あれからしばらく経つけど、シャウザたちからの音沙汰がない。報せがないのは良い報せ、とは思いたいけど」

「イネスが一緒なら、大丈夫だと思いますが……確かに、少し心配ですね」

「そういえば、ノールもいなくなったっきりですし。どこかで迷子になったりしてませんかね?」

「ノール先生のことなら、きっと何の心配もいらないでしょう。ですが……」

王女は再び不安げな表情で、自らが灼熱の炎で溶かして開けたオークション会場天井の丸い穴から覗く、商都の青い空を見上げた。

「……先生は一体、今、どこに────?」

◇ ◇ ◇

「────参った。完全に、迷った」

俺は見知らぬ街で、すっかり迷子になっていた。

いや。本当のところを言えば、ついさっきまで、あの怪しい男を追いかけて走り回っていたはずなので、完全に知らない街、と言うのは間違いなのだろうが。

正直、男を追いかけるのにばかり夢中で、自分がどこをどう通ってきたのかもあやふやで、最早方角すらわからない。

「……財布もうっかり持ってきてしまったし。向こうで困ったことになってなければいいんだが」

向こうには信じられないぐらいのお金持ちだというアスティラもいる。

なので、お金の話ならなんとかなるのだろうが、俺が「後のことは頼む」となどと言いつつもお金を全部持ち去ってしまったので、かなり困惑しただろう。

後でリーンには謝っておかなければ……と、俺がそんなことを考えながら道を歩いていくと、やがて見覚えのある派手に壊れた塔のある広場に辿り着いた。

そこはあの怪しい男、ザドゥが最後に姿を消した場所だった。

ここから商都の中心部を目指して歩き始めた俺が、ここに辿り着くのはこれでもう、何度目かになる。

……うん、やっぱり完全に道に迷っているな。

俺は再び街の人に助けを求める為、そこにいる露店の青年に話しかけたのだが。

「……悪い。商都の中心部までは、どう行けばいいんだったか?」

「ああ、なんだ、またか? 今日はやけに人に道を尋ねられる日だなぁ……って。またアンタかよ!? ここでアンタに声かけられるの、これで何度目だよ」

「すまない。さっき聞いた道順で今度こそ行けると思ったんだが……また迷ってしまった。行けども行けども、同じような街並みに見えてしまって……」

「おいおい……? また俺に同じ説明させる気かよ? まぁ、とはいえアンタは命の恩人だしな。それぐらい、幾らでもやってやるってモンだが……よし、わかった。今度はちゃんとした地図書いてやるよ。それなら迷いようがないだろ?」

「ああ。悪い、助かる」

「ちょっと待っててくれ。紙とペン取ってくるから」

そう言って、人の良い青年は駆け足で何処かに去っていった。

俺はそうして何度目かの青年の厚意に甘え、彼の帰りを待ってその場で時間を潰そうと、ただなんとなく、ぼーっとしていたのだが。

「……なァ、お前。なんでまだ、こんなところに突っ立ってるんだァ? とっくにお仲間のところに戻ってるかと思ったが」

背後から、何度となく耳にした覚えのある声がする。

「まあ、そうしたいのは山々なんだがな。俺はまだこの街に慣れていないし、道に迷うのは仕方な……ん?」

俺が気づいて振り向くと、そこにはつい先ほど、俺から『黒い剣』を奪って逃げた顔に包帯をぐるぐると巻いた奇妙な姿の男が立っていた。

「お前は……ザドゥじゃないか。いいところに来た。剣を返してくれ、と頼みに行こうと思っていたんだ」

「それは、できねえって言ったろ? どの道、依頼人にもう渡しちまったし、この街からは出てるらしいからなァ?」

「じゃあ、その人の行き先を教えてくれないか」

「そんなの、言えるわけねェだろうが。どの道、お前じゃ行けない場所だしなァ」

「そうか。なら、仕方ないか」

「……あぁ? なんだ、諦めるのかぁ?」

「いや。後で暇になったらじっくり探すつもりだ……でも、それより」

俺は急にふらりと訪ねてきた男にあらためて向き直る。

「何をしにきた? もう俺に用はないはずだろう?」

「いやァ。俺だってもう、二度とお前になんか会いたくなかったんだがなァ? 厄介なことに用事ができちまってなァ」

「俺に用事?」

「あァ。簡単に言うと、今すぐ死んでもらいたい、ってだけなんだが」

「……なんだそれは? そんなの当然、断るが」

「だよなァ。まぁ、別にこっちもお前の意見なんかどうだっていいんだが────なァ?」

そう言って、長い舌を出してのらりくらりと喋っていた男の姿が突然消える。

いつの間にか背後に回った男が振り下ろした銀の十字剣を、俺は振り向きざまに思い切り腕で薙ぐ。

「パリイ」

すると、鈍い金属音と共に銀の十字剣が折れ、強引に剣の横腹を受けた俺の腕からは鮮やかな色の血が噴き出した。

「────そういうのは、やめてくれないか? しかも、こんな街中で。さっきも言ったが、誰かが巻き込まれたらどうするんだ?」

「……だから、知らねェって言ってンだろ? もうこれで何度目かなのに、なんでお前は学習しねェんだァ……?」

「それはこっちのセリフだが」

俺は【ローヒール】で今男から受けた傷を癒していく。

すると、元々さほど深くなかった傷はあっという間に塞がった。

「……あァ。やっぱりその腕、とんでもねェスピードで回復してやがるなァ……? 反応も前より良くなってやがるし。だから、お前とやるのイヤなんだよなァ。ていうかお前、そもそも、ちゃんと死ぬのかァ? その分だと、首落とされてもまだ生きてそうじゃねえかァ?」

「……何だそれは。人をまるで、お化けみたいに言わないでくれないか」

「────化け物だろうが。どう考えても」

再び、男の姿が視界から消える。

「パリイ」

瞬間、俺の死角に移動した男が繰り出す攻撃を、また俺が腕で弾く。

このまま同じことが続いても、特に問題なくなんとかできそうな気はしているが、どうやら、男は俺が普通に頼んだところで素直に帰ってはくれないのだろう。

「────だったら、こっちにも考えがある。【身体強化】、【しのびあし】」

俺は次に銀の刃を弾いた瞬間、全力で男の背後に回り込み、その首をガッチリと腕で 捕獲(ロック) した。

「……あァ? なんだァ、そりゃァ。なんのつもりだァ?」

「お前が帰る、と言うまで離すつもりはない」

「……あァ? コレ、思ったより厄介だなァ。どう足掻いても引き剥がせる気がしねえんだが」

「お前が帰る、と言ってくれたら考えるが?」

「じゃあ、帰る」

「……? 本当か……? っ!」

男が「帰る」と口に出した瞬間だった。

俺が思わず油断し、力を緩めた隙を男は見逃さず腕からするりと身体を抜くと、そのまま俺を思い切り蹴飛ばした。

俺は蹴られた勢いのまま背後にあった建物の壁の何枚かを貫通し、訳もわからぬまま多種多様の瓦礫の下敷きになった。

周囲から数人の悲鳴が聞こえてくる。

幸い、怪我人は出なかった様子だが。

俺が崩れた建物の瓦礫から体を起こすと、俺が吹き飛ばされてきたであろう壁に開いた大きな穴から俺を蹴り飛ばした男がゆっくりと歩いてくるのが見えた。

俺はひとまず、その男に文句を言う。

「……騙すのは、ずるいんじゃないか?」

「いや、お前。本当におかしいんじゃねえのかァ──? 流石に、今のやりとりで離すとは誰も思わねェだろうが。騙した気にすらなれねェよ」

「な、なんだ、アンタらは!? ウ、ウチの店に何を!?」

どうやら、俺が突入してしまったのは何かの商店らしかった。

いきなり壁を突き破って現れた俺と、壁に開いた大穴から何食わぬ顔で歩いてきた奇妙な出立ちの男に、店主らしき人物がすごい剣幕で怒っている。

だが怒り心頭、といった様子の店主をよそに、ザドゥは店内をじっと見回していた。

「なんだァ、ここ、刀剣商じゃねえかァ? まさかお前、わざと飛び込んだのかァ?」

「いや、違う。たまたまだ」

土埃が大量に舞う店内を見回すと、確かに、ザドゥの言う通り刀剣の類がたくさん陳列してあった。だが、その中には無惨にも真ん中の辺りでポキリと折れ、ぐにゃりと折れ曲がってしまっているのも何本かある。

「おい、なんなんだ、アンタら!? ウチの壁突き破って不法侵入した上に、貴重な商品を悉く台無しにしやがって……! 一体、なんのつもりだァ!?」

「すまない。壊すつもりはなかったんだが。ちゃんと弁償はさせてもらう」

「はぁ!? 弁償だぁ!? アンタが潰したショーケースに並んでる武具類だけで、幾らすると思ってるんだ!? この責任は絶対に取ってもらうからな! きっちりアンタら二人で支払いを折半してローンを組んででも──!」

「とりあえず、これで足りるか?」

「……なんだ? そんな小銭もらったって、簡単には示談に応じられ……ぅおう? ぅおおおおぅっ、王金貨ァ!?」

俺が『山込めの財布』から取り出してひとまず王金貨を三枚渡すと、店主の顔色が一変する。

「しゅ、修理費と商品代金なら、こ、これで十分でございます……! む、むしろ少々貰い過ぎかと……?」

「じゃあ、余った分で武器を譲ってもらえると助かるんだが」

「どっ、どうぞどうぞっ!! もういっそ、この店ごとお好きにお使いくださっても構いません!」

「……そうか? それは助かる……ん?」

ザドゥの放った大量の銀の刃が、金を持って去ろうとする店主の背中を襲う。

だが────

「パリイ」

俺は床に転がっていた剣を手に取り、真横に薙いだ。

すると宙空の銀の刃が一斉に弾け飛び、あっという間に細かな金属片となって店内に降り注ぐ。

同時に俺が振った剣が握力に耐えきれず、粉々に砕け散った。

「なんだァ、そりゃァ? ただ剣を振るだけで、なんでそうなる」

「俺は普段、あの『黒い剣』に慣れすぎてしまって普通の剣を持つと大体、こうなる」

「……あァ。なるほどなァ……って、別に納得はいかねェが。しかし、勿体ねぇなァ? お前が今壊したソレ、なかなか名のある刀匠の作だったような気がするんだが。それも結構な年代物で、そこいらじゃ手に入らない、かなりのコレクションアイテムだったんだが」

「それは確かに勿体無いことをしたかもな……でも、壊させたのはむしろそっちだろう?」

「でも、ま、いいかァ? そのレベルだったらもう腐るほど持ってるし、よく考えたら全然、いらねェし」

「そうか。【投石】」

俺は会話もそこそこに、そこにあった折れ曲がった剣を無造作に拾い上げると、そのまま男に思い切り投げつけた。普段、刃物を人に向けて投げるなんて危ないので絶対にしないことだが、この程度であの男が怪我するとも思えない。

俺の投げた剣は男の体を掠めることなく、後ろの壁に突き刺さる。

「……あァ? 危ねぇなァ。ちょっとヒヤっとしたじゃねェか」

「今のはわざと当てなかった。帰ってくれないのなら、また投げる」

「そりゃァ、ちょっと勘弁してもらいたいモンだがなァ? ……【 錬金(アルケミー) 】」

「だったら、そっちもやめてほしいんだが?」

「……とはいえ、こっちは 依頼(しごと) なモンでなァ?」

不気味に笑う男は両手を掲げ、砕け散り破片となった銀の刃から再び無数の銀の十字剣を作り出すと俺に向けて一斉に放った。

俺は再び近くに転がっていた剣を拾い上げると、襲い来る無数の刃を打ち払い、ついでにそれを男に向けて投げつける。

今度は一本と言わず。二本、三本。

男が逃げ続けて当たらなければ、そのまま立て続けに十本、二十本と投げていく。

幸い、この店にはそこらじゅうに剣や武具の類がある。

このペースで好きに投げ続けても、当分、武器には困らなそうだった。

「パリイ」

それに、さっきからやたらと剣が軽く感じる。

男は何かと厄介な攻撃を繰り出してくるが、これなら、いくらやられても一つも当てられる気がしない。

剣を思い切り振ると大抵壊してしまうが、まだ替わりはたくさんある。

……ただ。男の言っていた通り、どれもこれもどこかの誰かが丹精込めて作ったもののはずで、壊すたびに勿体無くて心が痛むのが難点だ。

とはいえ、俺も必死なので今はそんなことを言っていられる余裕なんてないのだが。

「まだ、やるのか? もう少しぐらいなら付き合ってもいいが……キリがないぞ? 剣も勿体無いし」

「……あァ。そうだなァ。やっぱり今日はもうやめだ。無駄すぎる」

怪しい男がようやくその手を止めてくれた時には、辺りに折れた武具類の山ができ、店の中に残っている商品はもうほとんどなくなっていた。

「ようやく、あきらめてくれるのか?」

「別に、受けた依頼を放り投げようってワケじゃねえんだがなァ。そもそも、お前なんて、まず寝込みを襲って原型なくなるまで骨まで細切れにして、 王類金属(オリハルコン) 製の鍋で十日ぐらい煮込む、とかでもしねえ限り絶対に死なねェだろ? 今の装備じゃ不十分だなァ」

「……流石に、そんな化け物じゃないんだが?」

「逆にいえば、それ以外にお前を殺す方法なんざ思いつかねェもんなァ? 今回は期限も切られてねぇし、適当に人質取るとかでせいぜい、ネチネチやらしてもらうとするかなァ……? もしくは、不定期に命狙って寝させねェ、とかもアリだが」

「いや。普通にどれも迷惑だからやめてくれ」

「……お前、まともな神経してなさそうだもんなァ? 心理戦で消耗なんて、考えるだけ無駄だよなァ」

男が腕を組んで真剣に俺の前で考え込み、俺がそんなことはいいからさっさと帰ってくれないかな、と思っていた時だった。

「なんだ? 地震?」

突然、俺の足元がグラグラと揺れた。

床が崩れでもしたのかとも思ったが、どうやらもっと大きな揺れのようで、綺麗に装飾された店の天井が割れ、仕上げ材か何かの細かな破片がパラパラと頭上から落ちてくる。

「……あァ。やっぱり潮時だったなァ。もう始まったらしい」

「? なんだ、今のは」

「ホラ、その穴からでも見えんだろ? 多分、アレだろ」

男が指し示す方向を眺めると、遥か遠くにうっすらと人影のようなものが見えた。だが、それはその距離感にしてはあまりにもくっきりと見えすぎており、その高さはその辺にある塔のような建物とすらまるで比較にならず、それだけでもその異様な巨大さが窺えた。

その巨大な人影は、雄叫びのような轟音をあげながらゆっくりと身体を旋回させ、自分の周囲を睥睨しているようにも見えた。

「……なんだ、あれは?」

「まァ、正直、俺もよくわからねェんだけどなァ? アレのせいで、これからなくなるんだとよ、この街」

「なくなる? どういうことだ」

「さあなァ。聞いたところじゃ、単にもう要らねぇからって理由らしいが……本当に、勝手な話だよなァ?」

そう言って長い舌を出して笑う男は不気味に蠢く影に視線を向け、嬉しそうに肩を揺らした。