軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

150 シャウザとシレーヌ

「確か君の名前はシレーヌ、だったよね? 一人で来たのかい?」

ラシードは自分が期待した通りの来客を目にして、笑顔で応対した。

一方、部屋を訪れた方の人物、シレーヌは意を決して重厚な扉をノックしたものの、あまりにも好意的な対応を返されて若干戸惑っている様子だった。

「……は、はい。個人的な用事ですので、リンネブルグ様の許可をもらって一人で来ました」

「へえ、なるほど……個人的、ね。では、どうぞ、そこに座って、シレーヌ。君、お茶は飲むかい? 茶葉の好みはある?」

「お茶は熱すぎなければ飲めます。でも……好みはこれといって」

「では、メリッサ。ここにある一番良いものをお出しして」

「は」

「 茶器(ティーカップ) も彼女に相応しい最高の品を選ぶんだよ」

「かしこまりました」

「……ど、どうぞ、お構いなく……?」

シレーヌは予想外の歓迎ムードに戸惑いつつ、促されるままソファに腰掛けた。

そうして座り心地の良さすぎるソファにまず驚き、それから次に何をしていいかわからず縮こまり、キョロキョロと部屋の中を見回しては居心地悪そうにしていた。

メリッサはそんな明らかに場慣れしていない挙動不審気味の少女を横目に、てきぱきと来客一名分のお茶を用意する。

「どうぞ。飲み頃の温度に冷ましてあります」

「ありがとうございます……あ、このお茶、本当に美味しい」

「気に入ってもらえて何よりだよ。それで、君の用件とは?」

一瞬で良い香りがするお茶に気を取られたシレーヌは、ラシードの言葉に肩をびくり、と震わせた。

「そ、そうでした……ええと、実は、その……?」

シレーヌは何か言い出そうとするものの、なかなか上手く言葉にならなかった。

だが視線はシャウザに向いている。

分かりやすい態度の来客に、ラシードは爽やかな笑顔を向けた。

「……あれ。もしかして、シャウザに用事かい?」

「え? あ、はい……そうなんです」

「……なぁんだ。それなら、僕らは席を外した方がいいかもしれないね? メリッサ」

「は」

「じゃ、邪魔者は外に出て行くことにするよ。どうぞ、ごゆっくり」

「……あ、はい。ありがとうございます……?」

ラシードはメリッサを連れ、陽気に手を振って部屋を出て行った。

残された二人、シレーヌとシャウザはしばらく黙ったまま向き合っていた。

互いに視線は合わせなかったが、一方は緊張し、もう一方はどこか苛立っている気配を互いに感じ取った。

「………………」

「………………」

しばらくの気まずい沈黙ののち、黒服の男が耐えきれず低く唸るような声を出す。

「……一体、俺に何の用だ。用件があるなら早く言え」

シレーヌは男の言葉に、飲み干しかけていたお茶のカップを置いた。

だが、そこからどう切り出して良いか迷っている様子だった。

「ええと……その? 何ていうか、急に押しかけて……ごめんなさい」

「……別に、お前を責めているわけではない。単に訪ねてきた理由を聞いている。前置きはいい、本題から言え」

「さっきの勝負の途中なんですけど……シャウザさんの腕に痣みたいなものが見えたんです。そのことで聞きたいことがあって」

「────そうか、あれを見たのか」

シレーヌの言葉にシャウザは一層眉間に皺を寄せ、苦い顔をした。

「……すみません。やっぱり見られたら嫌なものでした?」

「いや、いい……あるのは事実だ。だが、それがどうした」

「あれって、刺青の跡ですよね? それも、一度入れた刺青を消した跡」

「……そうだが」

再び苦い顔をして顔を背ける男に、シレーヌは今度は臆せず詰め寄るように言った。

「────私、その刺青の部族のことを調べているんです。私の家族も昔、その部族の一員だったらしいんですけど、なんの手がかりもなくて」

シレーヌに疑惑の眼を向けていたシャウザは、なんだそんなことか、と小さく首をふる。

「……そうか、お前もかつての同胞か。ならば、多少のことは話せるが」

「ほ、本当ですか……?」

「だが今更、そんなことを調べて何をしたい? あれはとっくに滅んだ部族だ。お前が知ったところで何か得になることがあるとは思えない」

「確かに、そうかもしれません。でも……もう、なんでもいいんです。私、あまりにもこっちの家族のことを知らなくて。ほんの少しでもいいから、何かを知れたらいいなぁと思ってて……理由といえば、実のところ、それぐらいなんですけどね……?」

片手で頬を掻きながらも、自分に真剣な眼差しを向ける様子に、シャウザは少しだけ重い口を開いた。

「……何か、手がかりとなるものはあるのか」

「いえ、あまり。そもそも、父と兄は十年以上前に離れ離れになったきり、ずっと音沙汰もなくて。生きているかどうかもわからないんです」

「……つまり、お前が調べたいのはその父と兄のことか」

「はい、そうです。兄の名前はリゲル。父の名前は教えてもらえませんでした。残りの手がかりは、強いていえばこの 首飾り(ペンダント) の模様ぐらいで」

シレーヌが口にした名前を聞き、差し出した 首飾り(ペンダント) をじっくりと見たシャウザは一瞬、驚いたように片方だけの目を見開いた。

「────それは……やはり、そうなのか」

「……もしかして知ってるんですか?」

「……ああ、そうだな。確かに知っている」

「……じゃ、じゃあ……!」

シレーヌの顔が期待に明るくなったのと対照的に、シャウザの顔は一気に険しくなり、吐き捨てるように言った。

「────その 首飾り(ペンダント) で、お前の素性は理解した。お前が父と兄を探しているという話も信じよう。だが……今更、あの愚か者共のことを調べて何になる? 話を聞きたいというのなら幾らでも聞かせてやれるが、聞いてもきっと後悔するだけになるだろう」

「……愚か者?」

「そうだ。これからお前に語るのは、只々不快なだけの話になる。正直……全く気が進まないが」

シャウザは真意を確かめるような鋭い眼差しで、真正面に座る少女の顔を見つめた。

「……後悔するかどうかは、シャウザさんの話を聞いた後で決めたいと思います」

「一応、事前に警告はしたぞ。肉親の前だからと言って包み隠すような物言いはしない」

「はい。それでお願いします」

しばらく見つめ合い、シャウザは少女の意思はもう変わらぬとみて、ため息をついた。

「……そもそも、滅んだ部族のことはどこまで知っている?」

「ほとんど何も。部族の名前も、こちらに来て初めて知りました。母は全く教えてくれなかったので」

「だろうな。その方が賢明だ」

黒服の男は改めて椅子に深く腰掛け直し、深く息を吸うとゆっくりと語り始めた。

「────今から十年と少し前。俺たちの部族『ミオ族』はサレンツァ領に存在した有力な獣人の部落を束ね、サレンツァ家に一斉に弓を向けた」

「サレンツァ家に、ですか?」

「そうだ。言ってみれば不満がある獣人たちを焚きつけての『反乱』だ。だが結局、数日ともたず滅ぼされた。顛末としてはそれだけだ」

「……父と兄は、どうなったんでしょうか」

「お前の父は『ミオ族』の族長……戦闘に参加した十七の部族の全ての指導者にあたる人物だった。だが、指導者とは名ばかりの臆病者」

「……臆病者?」

「そうだ。そして、その息子リゲルは皆に持ち上げられ浮かれただけの、ただの愚か者だった」

「…………」

シレーヌをその肉親と知りつつ、あまりにも厳しい口調だった。

だがシレーヌはそれ以上何も言わず、男の言葉に耳を傾け続けた。

「……正直、あれは『戦闘』と呼べるかどうかすら怪しい、一方的な殺戮だった。我々、獣人達はサレンツァ家の用意した圧倒的な物量に圧し潰され、為す術もなかった。戦場で弓を取った者は強力なゴーレムに手足をもがれ、頭や胴体を吹き飛ばされ、時にはただ踏み潰されて命を落としていった。だが……その中で奴らだけが生き残った。他ならぬ、お前の父と、兄、リゲルだ。奴らだけは五体満足で捕らえられ、生きたままで処刑台に運ばれた」

「処刑台、ですか……?」

「そうだ。お前の父親は捕獲された翌日には首都の公開処刑台に繋がれ、皆が見守る中、手脚をバラバラに切り刻まれた。そうして数日に渡る長い拷問が続き、最後には泣きながら頭を断ち落とされ────そのまま魔物の餌になった」

「…………ッ」

シレーヌとしても十年以上も音沙汰がなかった時点で、ある程度の覚悟はしていた。父も兄も、もしかしたら悲惨な死に方をしているかもしれない、ということを。

だが、シャウザの口から出た父の最後は想像以上に凄惨なものだった。

だからシレーヌは途中から何も言えず、シャウザの言葉に耳を傾けるしかなくなった。

それ以上に目の前の人物の憎しみの感情の滲む物言いに圧倒され、頭の中から全ての言葉が消え去った。

だがしばらくの逡巡の後、シレーヌは男に話の続きを促した。

「……兄は、どうなったんですか?」

「お前の兄、リゲルも父親と同じく反乱の首謀者として処刑台に立たされた。そして、父親と同じように少しずつ肉を刻まれ、骨を絶たれ、無様に命乞いをしながら泣き喚き────ついには逃げ出そうとしたところを処刑人に取り押さえられ、首を斬られて死んだ」

シレーヌは再び、目の前の男の容赦のない物言いに言葉を失った。

「奴、リゲルの話はそこで終わりだ。死体は燃やされ、骨も残っていない」

「……そう、ですか」

シレーヌはしばらく頭の中で男の話を反芻した。

そうして、ようやく家族の顛末と自分の心に折り合いをつける言葉を見つけ出し、絞り出すように言った。

「……でも、父も兄も……きっと、信じたことの為に戦って亡くなったんですよね? それなら、まだ────」

「違う。お前は何を聞いていたのだ」

だが、やっと捻り出した願望半分の言葉を目の前の男は即座に否定した。

「……信じたことの為、だと? 奴らには最初から、信念などなかった。ただ周りに流されただけだった────奴らは本当に愚かだったのだ。まともな情報もなく、準備もなく。お前の兄は決して皆に祭り上げられたような英雄などではない。英雄気取りのただの愚か者だった。多くの同胞を無為に死なせ、全ての獣人の立場を悪化させ、挙句────生き恥を晒すことも厭わず卑怯にも自分だけ逃げのびようと画策した。そんな男が一体、何を信じていたというのだ」

言葉を連ねる度、男の声には強い感情が宿った。

それはシレーヌが明らかに見て取れるほどに濃密な『憎悪』だった。

男は焦点の定まらない眼で床を睥睨し、ゆっくりと立ち上がりながら言った。

「────あの時、いっそ、あれらは戦場で同胞と共に死ぬべきだったのだ。その方がずっとマシだった……そうだ。もし今からでもあいつを殺せるものなら、何度でも、何十回でも、何百回でも────何千回だろうと、この手で八つ裂きにしてやるものを」

シャウザは片手の拳を握りしめ、肉親のシレーヌの前で隠すことなく憎悪の感情を呟いた。

憎々しげな声が発される度に握られた拳に強い怒気が籠り、密室の全ての空気を震わせた。

それは今や、純粋な殺気と呼べるものだった。

シレーヌは男の様子に何も言えずにいたが、しばらくの沈黙ののち、男は我に帰って元の椅子に座り、謝罪の言葉を口にした。

「……すまない。やはり、これはお前のような者の前で話すことではなかった」

「……いえ。話してくれて、ありがとうございます」

「だが……いいか。都合の良い幻想は捨てることだ。お前の兄はもういない。そもそも生きていたとして、十数年も放っておくような者が家族の情など持っていると思うか? あいつが生きていたとしても、決してお前と母を迎えに行くことはなかっただろう。約束などとっくに忘れている」

「……そうとは限らないじゃないですか」

「……お前に何がわかる。俺はお前よりもずっと、奴のことを知っている。あいつは誰よりも臆病で、卑怯者だった。嫌な事からは逃げ、ただ心地の良い妄想に浸り、現実と向き合うことを避け、そのまま、全てから逃げ続けた。挙句、全ての責務を放り出し、自己の保身だけを考える。あれは性根からそういう男なのだ。肉親といえどお前がわざわざ探し出して会う価値など、どこにもない」

再びシャウザの怒気で部屋の壁が軋み、棚の茶器が音を立てて揺れる中、シレーヌはぎゅっと胸元の 首飾り(ペンダント) を握り締めた。

そんなシレーヌを見た男はテーブルに身を乗り出すようにして、低い声を吐き出した。

「……警告しておく。その 首飾り(ペンダント) は、すぐにでも捨てることだ。かつては多くの獣人を集わせた族章だが、今や同族にとって嫌悪と侮蔑の象徴でしかない。奴らと血が繋がっているなどと知られただけで多くの者を敵に回し、それどころか、ただ持っているだけであらぬ疑いをかけられ、災いが降りかかる呪いの印。もし、半端な情に駆られて処分ができないなどというのなら、俺がこの場で処分してやろうか? その方がお前と、お前の母の為にもなるだろう」

シャウザが 首飾り(ペンダント) を掴もうと手を伸ばした所で、シレーヌがペンダントを引っ込めると、シャウザも我に返ったように腕を引いた。

「……やめてください」

「……すまない。それはあくまでもお前の所有物だ。助言はするが、どうするかの判断は委ねる」

「私は絶対に捨てませんから」

「そうか。なら、勝手にするがいい」

強く首飾りを握りしめるシレーヌにシャウザは背中を向け、またゆっくりとソファに座った。

「……まだ、何か聞きたいことはあるのか。悪いがお前にこれ以上話せることはない」

「……いえ。もう大丈夫です」

シレーヌは俯いたまま首飾りを手で隠すように握りしめ、椅子から立ち上がると男に向かって小さく頭を下げた。

「お話、ありがとうございました」

そうして、振り返ることなく部屋の扉を開けて出て行った。

その華奢な背中が扉の向こうに見えなくなると、部屋に一人残った男は再び、昏い表情で吐き捨てるように言った。

「────お前の兄は最低の愚か者だった。そしてもう、どこにも存在しない。なのに今更、こんな記憶を掘り返して、何がしたい……?」

自身への苛立ちともつかないその呟きは、密会用の部屋に静かに響いた後、誰の耳にも届かぬまま消えた。