軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

148 清算交渉

「 遊戯(ゲーム) 後の清算協議は完全に非公開で行われます。先程までと違い、 観客(ギャラリー) はいませんのでご安心を」

ラシードはそう言って、遊戯室とは別の部屋に俺たちを案内した。

大事な決め事をするときにだけ使う『特別な会議室』だという部屋の中に入ると、先ほどと同じように黒い服の職員達が壁いっぱいに立ち並んでいた。

部屋には高そうな調度品がいくつも置かれていて、とても綺麗な内装だったが、よく見れば先ほどの 遊戯(ゲーム) で俺たちが暴れ過ぎたせいか壁には小さなヒビが入っている。

「どうやら、何も仕掛けはないようですね」

リーンはイネスと共に慎重に部屋の中を見渡し、何かを警戒している様子だった。

「もちろん。ここは単に話し合いをする場所ですから」

ラシードは部屋に用意されていた椅子に一番に座り、俺たちに同じように席に着くように勧めた。

リーンは注意深く部屋の中を眺めていたが、一通り周囲の確認を終えると俺たちと一緒にラシードと同じテーブルについた。

「非公開で話し合う、というのはわかりましたが……そもそも、あのような大金、本当に支払っていただけるのですか?」

「もちろんです。神聖な『裁定遊戯』で行われた決定はいかなる理由があろうとも履行されます。その契約は当家、サレンツァ家、引いては我が国の商人組合が総力をあげて保証します。その取り立てからはたとえ異国の者であろうと、我々サレンツァ家の血筋の者であろうと、決して逃れることはできません」

「……では、お支払いのお約束は履行していただけると?」

「我々、サレンツァの商人は約束を大事にします。信用は商売の基本ですからね」

そう言って、ラシードは大袈裟に手を拡げて笑って見せた。

テーブルの上には、先ほど俺たちがゲームで勝ったチップを示す《10兆、34億2097万》というとんでもない数字が点灯している。

「それでは、早速交渉を始めましょうか、リンネブルグ様」

「はい、お願いします」

「まず、前提として、協議開始前に裁定遊戯の『秤』に載せられた『徴税権一年分』はそちら側のものとなります。今回の協議ではそれを差し引いた、残りの 資産(チップ) の扱いを互いに納得いくまで話し合う、ということになりますが……そちらからのご要望は?」

「こちら側の要求は最初から、あの村にとって大きな負担となる課税の額を考え直してもらいたい、という一点です。これからあの村が自立していくとなると、とても免税一年分では足りないと思いますので、追加の税の減免を要望します」

「成程、かしこまりました。それではひとまず、あの村の『免税を百年分』ということでいかがでしょう? そうすると、貴方方が得た 資産(チップ) が5000億ほど差し引かれる計算になりますが……それでもよろしいですか?」

「ノール先生は、よろしいですか?」

「ああ。いいんじゃないか? それで」

俺はリーンに同意を求められ、頷いた。

この莫大な賞金、一応、俺の金が大元の賭け金になっているので、全て俺のもの、ということになっている。

だが、そもそも使い切ろうと思って観光用に持ってきた金がこんなに大きな額になってしまうとは思ってもいなかった。

当然、俺には金の使い道なんて思い浮かばない。

なので、今回の交渉事はリーンに任せることにしているのだが……ラシードはそんな俺たちをジロジロと見てにやけている。

「……ふふ、成程。あの賭け金はあくまでも彼個人の資産であるので、使い道は彼に委ねるということですか」

「それで、何か問題でも?」

「いいえ、何も。金に貴賎はありませんので。むしろ、好ましい割り切りです。それでは、彼の要求通りにいたしましょう。正式な免税の詔書は後ほど作成し、お渡しいたしましょう。それでも、まだ9兆5000億弱、そちらの 資産(チップ) が残っていますが。そちらの使途はどのようにお考えで?」

ラシードの詰め寄るような質問に、俺とリーンは目を見合わせた。

残りの使い道も全てリーンに任せたいところだが、流石の彼女も戸惑っているようだった。

彼女は真面目に金の使い方を考えようとしてくれているらしい。

……俺としては、もういっそ、知らない人にバラ撒いてもいいんだが。

「どうやら、お困りのご様子ですね。では、こちらから一つご提案を差し上げても?」

「……提案、ですか?」

「はい。提案というよりはむしろ、お願い、と言った方が正確なのですが」

「お願い?」

「先ほど申し上げました通り、当家の支払い能力には何の問題ありません。しかし、「今すぐに全てを現金で」などという要求を出されますと、いささか困ってしまいまして……それ以外の支払い方法だと、こちらとしては大変助かる、という話です」

「……と、いうと?」

「単純に、この館にある現金には限りがあるもので。用意できないことはないですが、現金の手配には時間がかかります。そこで、代わりと言っては何ですが、相応の資産価値の 現物(・・) での支払いに応じていただけないか……と、そういう類のご相談でございます」

「現物?」

彼の話に首を傾げた俺とリーンを見て、ラシードは満足そうな笑みを浮かべ、大きく腕を広げた。

「そうです。例えばですが。この『時忘れの都』など、いかがでしょう」

ラシードの身振りに促されるようにして、俺たちは辺りを見回した。

「……この建物を、ですか?」

「いいえ、違いますよ、リンネブルグ様。単に建物だけでなく『時忘れの都』を構成する全ての資産の『所有権』、並びに施設自体の『経営権』といったところです。ここで働く従業員は国から給与を支払っている公務員ですので厳密には所有物ではありませんが、彼らに命令ができる経営権はオーナーにありますので、彼らの 命(・) も一緒についてくる、という感じです」

「……彼らも?」

「そうですよ、リンネブルグ様……悪い話じゃあないと思うけど、ねえ、ノール?」

壁際に並んで立つ従業員達は声こそ立てなかったが、互いに目を見合わせて不安そうな表情になり、雰囲気がざわついた。

緊張が走り始めた部屋の中で、ラシードは俺に向かってニタリと笑った。

「要するに、この建物だけじゃなく、他の中身も全部ということか?」

「ああ、そうだよ。君が一言「欲しい」と言えば、ここの全てが君のものさ。『 裁定遊戯(トライアル) 』の勝利者は君だし、勝負の結果は絶対だからね。ちなみに、ここの査定額はかなり低く見積もって二兆ガルド程度だ。本当はもっと付加価値がついてもおかしくないんだけど……君にだったら、特別に二兆で譲ってあげよう。これまで管理していた僕が言うのもなんだけど、隅々まで管理の行き届いた優良資産だと思うよ。どうだい?」

「……どう、と言われてもな……?」

「今なら、そこにいる優秀な従業員たちもついてくる。もし、君が魚を食べるのが好きだったら、彼らの何人かを大きめの漁船に詰め込んで、今後一生、自分に新鮮な魚を贈らせ続けてもいい。 経営者(オーナー) になりさえすれば、彼らをそんな風に好きに使うことができる」

にこやかにそんなことを言うラシード。

思わず振り返った俺と目が合うと、黒服の従業員達全員の顔が引き攣った。

「……施設ごと、全権利の移譲を? そんなことが可能なのですか? ここは国の管理下になる施設では」

「ええ。この国の法律と『 裁定遊戯(トライアル) 』という仕組み上は何も問題ありません。そもそも、ここでは経営権を持つオーナーの決定は絶対ですから。どうだい、ノール。君が一言「欲しい」といえば、ここはすぐにでも君のものになる」

「……ノール先生。どうされますか?」

ラシードとリーンが二人一緒に俺の顔を覗き込む。

だが、俺の答えは決まっている。

「……いや、流石にいらないな。俺はこんなに大きな建物が欲しいわけじゃないし、魚は自分で獲った方が新鮮で美味いものが食える。人手が多く必要になるようなことも、今の所はないしな」

「では、『時忘れの都』はいらないと?」

「ああ」

「……そうかい。それは残念だ。じゃあ、何なら欲しい? 何でも言ってみなよ」

「そうだな……?」

正直言えば、何でも欲しいものをと言われても、ない。

だが少し考えるうちに、全く要望がないわけでもないことに思い至った。

まず俺が思い出したのは、闘技場のことだった。

「そういえば。さっきの場所で無理矢理戦わせているような人達がいただろう? 俺としては、彼らをどうにかして欲しいんだが」

「どうにか、とは?」

「簡単に言えば、自由にしてやってほしい。皆が何かの契約に縛られていると言っていたからな」

「成程。でも、それは単に『経営権』さえあればどうにでもできるんじゃないかな? 彼らは『時忘れの都』の所有物だし、君が 経営者(オーナー) になって「もう好きにしていい」と言えばそれで済む話だから」

「なるほど?」

「とはいえ、彼らを自由にしたところで、ここの他に行く場所がない者がほとんどだ。そこはどう考えているんだい?」

「それは……正直、何も考えてなかったが」

「────じゃあ、尚更だ。君は深く考えず、ここを手に入れてしまえばいい。面倒なことは彼ら従業員が全てやってくれるから。君はただ命じればいいんだ。ああしたい、こうしたい、とね」

ラシードは不気味な笑顔のまま交渉のテーブルに身を乗り出し、俺の説得を続けた。

「この建物だって、全部好きにいじっていいんだ。君が望むなら、行き場のない闘士全員に部屋と食事を与え、全員を住まわせる施設に改造したって構わない」

「……中で作物を育てたり、食料の貯蔵庫にしたりしても問題ないのか?」

「もちろん、構わない。『経営権』さえ手に入れば全ては君の望むままさ。どうだい? とてもいい条件の買い物だと思うけど」

「そうだな」

よく考えてみるとこの建物、どんな気候も再現できるというとんでもない空調設備も整っているというし、色々な作物を育てるのには格好の場所なのかもしれない。

王都にいた種屋の青年に来てもらって、彼に自由にこの施設で仕事をしてもらったら……と考えるとすごくいい場所のように思えてくる。

黒服の従業員もたくさんいるし、人手も問題なさそうだ。

もしかしたら、本当にラシードの言う通り、良い買い物なのかもしれない。

……なんだか、ラシードがやたらと勧めてくるので、無理やり買わされそうになっているような気分になるが。

返事をする前に、リーンにも意見を聞いてみる。

「リーンはどう思う?」

「そうですね……正直、この内容で二兆ガルドは格安だと思います。特に私たち異国の者にとって、その価値は計り知れません……というより、本当にその価格で良いのですか?」

「ええ、もちろん。商談の時に用いる言葉に嘘偽りを混ぜるのは、我々サレンツァの商人が最も恥じるところですので」

「……本当にそれでいいのなら、お買い得だと思います」

「わかった。じゃあ、とりあえずもらっておこうと思う」

「決まりだね」

俺の返事にラシードはニヤリと笑った。

「では、所有の名義は『ノール』ということでよろしいですか? それとも、リンネブルグ様名義の資産としておきますか?」

「いえ。これは全て、ノール先生の資金ですから」

「かしこまりました。では現時点を以って、彼に『時忘れの都』の所有権を移そう。ノール、ここに手を」

「こうか?」

ラシードに差し出された不思議な青い紙に手を置くと、紙に描かれた赤い模様が光った。

「これで、いいのか?」

「ああ。手続き完了だ。じゃあ、ノール。これで、此処にある全ては君のものだ。闘技場の剣闘士も、中の魔物も、従業員たちも魚も好きにすればいい……ああ、それと言い忘れていたけど君のモノになった以上、さっき壊した建物の補修は君の資金でやってもらうよ。微々たる額だし、問題ないと思うけど」

「ああ、わかった」

「────じゃあ、君たち。新たな『 経営者(オーナー) 』への挨拶を」

ラシードに促され、俺が周囲を見回すと、壁際に立っていた黒服の従業員達が皆一斉に俺に向かって礼をした。

彼らが同時に頭を下げただけで、部屋の中に小さな風が起きた。

「それぞれの自己紹介は後にしようか。協議が必要な 資産(チップ) がまだ8兆ほど余っているからね。さあ、残りはどうしたい?」

そうして、ラシードは引き続き残りの金の使い道を求めてくるのだが。

正直……困った。

何も思い浮かばない。

「……もう、俺からは何も思いつかないな。リーンは?」

「そうですね……私からもこれといって、すぐには」

「今後の為に取っておくという選択肢はないのか?」

「もちろん、君がそれを望むのなら、そうしようか?」

「……できるのか? さっき、全額の現金は用意できないと言っていたが」

「そうだね。現金は今あるだけしか渡せない。残りは悪いけど『手形』にしてもらえないかな? そうすればすぐにでも君に渡せるから」

「手形?」

「ああ。サレンツァ家が保証する大きな信用力のある手形だよ。現金のまま持ち歩くより、ずっといい」

俺はラシードの言う『手形』の意味がわからず、リーンの顔を見た。

「クレイス王国では一般的ではありませんが、紙のお金のようなものです。証書に書かれた数字が、その額のお金を持っていることの証明になるんです」

「紙に書かれた数字が金の代わりになるのか?」

「はい。ただ少し、使う為の手続きなどの条件は付きますが。原則はお金を持っているのと変わりません」

「それは便利だな」

紙でいいなら、全部それにすればいいのに。

「ああ、とても便利なものだよ。でも、直接使うには、そこそこ資金力のある商人相手の取引でしか通用しないし、普通は各地の商業ギルドで現金に換えてからでないと使えない。便利なこともあるし、不便なこともある。それでもいいなら発行しようと思うけど、どうする?」

「わかった。それにしてくれ」

「では、発行しよう。メリッサ、書類をここへ」

「は」

そうしてメリッサが用意した厚手の紙にラシードが何かを書き込み、俺はそれを受け取ったのだが。

「……ああ、あともう一つ。サレンツァ家の名前で君に『交易許可証』を発行してあげよう。発行者と 同等の権限(・・・・・) で、この国中でモノの売り買いができる、という優れものの証書さ。それさえあれば相手が誰であれ取引は拒めない」

ラシードがさりげなく差し出したもう一枚の紙切れに、リーンの顔色が変わった。

「……いいのですか? 私たちのような異国の者にそんな重要なものを渡してしまって」

「もちろんですよ、リンネブルグ様。手形を使うような取引では、これがないと不都合も生じましょう。レイン君との友情の証、とでも思ってくれたら。まあ、いらないと言われればそれまでですが」

「……いえ。有り難く受け取っておきます」

「なんだか、色々と悪いな?」

「いいよ。こちらとしてもここまでの勝負、とても楽しませてもらったしね。僕はこれからの君たちの活躍に とても(・・・) 期待しているんだ。これぐらい、どうってことないよ」

ラシードは再び楽しそうに笑うと、交渉の席を立った。

「────では、これにて『 裁定遊戯(トライアル) 』後の協議は終了だ……いやあ、久々に気持ちが良い負け方をしたね。今夜の 遊戯(ゲーム) はこの国の歴史に刻まれる名勝負となるだろう」

そうして俺たちは 勝負(ゲーム) の景品として『獣人の村への免税百年』、『時忘れの都』、かなりの現金と残りの金の『手形』、そしておまけの『交易許可証』を手にし、ヒビ割れた会議室を後にした。