軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

133 砂漠の水路の開通式 2

水道に必要な金属管はリーンが便利道具『神託の玉』を使い、王都にいるイネスに必要な長さを伝えて、次の便の馬車に積んできてもらうことになった。

だが、待ちきれなかった俺の要望で王都から必要な部品が届く前に、仮の下地の穴のつもりでリーンの炎の魔法で地中から地上へと続くごく細い穴を開けて水を流してみたところ、なんとほとんど漏れることなく、地上の『貯水池』に水が溜まっていった。

どうやら、リーンの作ったガラス質の管でも金属管と同じような役割をすることができるらしかった。とはいうものの、この不完全なガラス製の管だと地面に衝撃が加わったら簡単に割れる可能性があるので、やはり金属の水道管は必要だろう。

そういうわけで、本格的な工事の完成はこれからになるが……不完全なりに、もう水を『貯水池』に貯められるようになってしまった。

それならば、水を流してみて早く作った水路の具合を確かめてみたい────という俺の要望で、すぐに村の人々を集めて仮の水路の『開通式』をやってしまおう、ということになったのだが。

「……すごい。これ、全部お水なの……? きれい……」

「……ええ、そうね。お母さんも、こんなに綺麗な水は見たことがないわ」

村の皆は『貯水池』に水が溜まっていく様子を固唾を飲んで見守っていた。

そして貯まった水が水路に流れ始めると、村中で一斉に歓声が上がった。

皆が自分が今、目にしていることが信じられない、という様子だった。

「…………このお水、さわってもいいの?」

「……ダメよ。水が汚れちゃうでしょ」

「……いや。手が汚れてるんだったら、洗っていいぞ? 飲み水は上の方から取ればいいんだし」

「で、でも……こんな貴重なものを……本当にいいんですか?」

「水はこれからいくらでも湧いてくるし、最後には畑に撒くだけだから気にせず使ってくれ」

「わかりました……でも、いったい、何処からこんな水が……?」

「………………そうだな。………………不思議だな」

一応、皆には『湧水の円筒』のことは秘密にしてある。

あれの存在を知る者が多くなると面倒なことが起きそうだ、ということで、リーンの発案で「『神獣』がいなくなったせいで水が湧いてきた」という話で皆には納得してもらおうということになった。

水を大量に吸い続けていた『神獣』がいなくなったので、元からあった水源が復活したのだ、と。あれだけ巨大な生き物なら、あり得なくもない話なのだそうだ。

いきなり知った風に言うのも不自然なので、皆には頃合いを見てそういう話をすることになっている。

そういうわけで、今のところ、『湧水の円筒』の存在を知っているのは、長老と補佐役の青年カイルだけだ。

二人とも自分の魔力を使って『湧水の円筒』を扱えるので、全面的に管理を任せてしまうことにした。

今、地下の見えないところで水を湧かせているのはカイルだ。

まだ慣れない様子で水の量は安定しないが、次第になれていくだろう。

「……お、おい、これ……本当に水なのか?」

「……これ、飲めるのか? え、好きに飲んでいいのか? 長老の許可なく?」

「ほ、本当に……? 嘘だろ?」

「……夢。これは、夢だよな? なんか、数日前からずっと夢見てる気がするけど」

ここの人々は汚れていない水が珍しいのか、最初は怖がって触ろうともしなかった。

だが、だんだんと水に触れる者が出始め、皆、恐る恐る手を出し始めた。

そうして水を口にすると皆、感嘆の声を洩らし、次に水が枯れる心配はないのだとわかると、終いには子供たちが水にバシャバシャと入り始めた。

大人は驚いて彼らは咎めたが、俺たちが大丈夫だと言うと、叱っていた大人達も控えめだがだんだんと水に足をつけ始め、同じようにはしゃぐ者も出始めた。

「あれ、気持ちよさそうですね」

「そうだな」

俺とリーンも彼らに混ざって流れる水に足をつけた。

まだ辺りに暑さは残っているので、冷たい水に足をつけると気持ちがいい。

だがもちろん、こんなことをするのは少数派で多くの人は遠巻きに様子を見守っているだけだった。

彼らにとって水は貴重品で、綺麗な水に体をつけるなんてとんでもない、という考え方の者が多い。

そうやって皆の様子を眺めていると、やはり『農業用』の水路とは分けられた『飲用・炊事用』と『洗濯用』の水路は別々に必要だな、と改めて思った。

水浴び用に水を貯められる場所も作ったほうがいいかもしれない。

この様子だと、全員に使ってもらえるかはわからないが。

「シレーヌさん達、帰ってきたみたいですね」

そうこうしているうちに、弓の訓練をしにいったというシレーヌが沢山の獣人を引き連れて帰ってきた。

「リンネブルグ様、戻りました」

「お疲れ様でした、シレーヌさん。どうでしたか、訓練の方は?」

「……はい。一応、ご指示通りに行って、たぶん……うまくいったとは思うんですが」

「たぶん?」

「……その。なんていうか……? 訓練を始めてから、皆さん、ずっとあんな感じでして」

シレーヌは困ったような顔で、後ろに立ち並ぶ獣人たちの顔を見渡した。

一糸乱れぬ隊列をなして弓を大事そうに胸に抱える獣人たちは、老若男女問わず全身に活気が漲っていて、どこか達人のような凄みを感じさせた。

というか皆、獰猛な野生の獣のように目をギラつかせていた。

……朝に彼らを見かけた時は、あんなではなかった気がするのだが。

「……どうやら、上手くいったようですね……?」

「はい……ちょっと、上手くいきすぎてしまったといいますか……なんていうか、後のことが怖いです」

リーンとシレーヌが獣人達の隊列を眺めていると、真中の最前列にいた一際大きな体躯をした獣人の青年が一歩前に進み出て、シレーヌに向かって敬礼しつつ声を張り上げた。

「シレーヌ先生ッ!! 一つ、質問よろしいでしょうかッ!?」

「……あ、はい。どうぞ、ゴルバさん」

辺り一帯が震えるような大声の主は、見れば見るほど身体が大きい筋肉質な獣人の青年だった。

たしか、この村は食糧不足だったはずなのに、彼はなんであんな立派な体つきをしているのだろう……?

俺の疑問をよそに、彼はドン、と弓を胸に叩きつけるようにして再び敬礼のポーズを取ると、シレーヌに指示を求めた。

「我々、集落に到着しましたが! これより、何をすればよろしいでしょうかっ!?」

「あっ、ゴルバさん、もう、自由にしてもらってていいですよ。訓練はとっくに終わってますんで……あと、そんな風にきっちり整列する必要もないんですけど……?」

「かしこまりました、シレーヌ先生ッ! 明日からも一層の熱烈ご指導ッ! よろしくお願いしまァッすッ!!!」

「「「「よろしくお願いしまぁっすッ!!」」」」

「……あ、はい。こちらこそ。よろしくお願いします」

「一同、解散ンッッッ!」

屈強な青年の号令で村人たちはシレーヌに一礼すると、満足げな表情で歓談しながらわらわらと辺りに散っていった。

去り際に、涙を流してシレーヌに礼を言って行く者もいた。

……一体、彼らに何があったのだろうか。

彼らとシレーヌとの間にものすごくきっちりとした上下関係ができている気がする。

シレーヌは何やら気圧されているようだったが、まあ、仲良くなれたようで何よりだった。

「シレーヌさん、お疲れ様でした。あとは自由に休憩していてくださいね」

「はい。ロロは……まだ料理中みたいですね。手伝ってきます」

「はい、よろしければお願いします」

シレーヌは周囲に獣人がいなくなると、料理を作っているロロの元へと小走りで向かった。そして昨日のようにロロの指示で料理をしている他の村人に混じって、仲良く料理を作り始めた。

完成が楽しみだな……と思って眺めているうちに、すぐに料理が完成したようで、ロロとシレーヌはお手伝いの村人と一緒に料理を配り始めた。

「料理はまだまだあるからね〜。お代わり、遠慮しないでね〜」

恒例となった料理長ロロの魔法の言葉が発されると、人の群れがぞろぞろと大鍋へと大移動していく。

だが、昨日と比べて今日はその流れが緩やかだ。

かなりの人数が水路を流れる水に見入ったままだからだ。

彼らにとって、水とは本当に大事なものなのだろう。

水路に流れる水を眺めながら、ゆっくりと食事をとる者。

仲間と歓談しながら輪になって座り、何やら歌を歌っている者もいる。

彼らの幸せそうな顔を見れただけでも、今日一日水路作りを頑張った甲斐があったというものだ。

でも、まだまだ作業はこれで終わりではない。

作業が進むにつれて新たな課題も見えてきた。

まあ、どれも課題というか……どちらかというと俺がやってみたいことではあるが。

食事の後、 農地(はたけ) まで通した水路を辿ってみたが、ちゃんと水は流れていた様子だった。でも、まだまだ改良の余地はある。

可能なら利便性の向上の工夫もしたいし、どうせなら、水が湧く『貯水池』の見た目も、もうちょっと綺麗に作ってみたいと思う。

そんな風に細かい部分を考えていくと、キリがないが……ここに滞在する予定のあと数日の間、時間が許す限りは試してみたい。

まだまだ、やれることはありそうだ。

そんな風に明日からの作業をどうしようかと考えを巡らせながら、その日、俺はとても良い気分で寝床についたのだが。

◇◇◇

その日の夜も更けた頃だった。

夜に吹く冷たい風に混じって、何やら遠くで砂を踏む音が聞こえた。

最初は動物の群れでもやってきたのかと思った。

だが、それにしては数が多い。

「……まずい。リンネブルグ様、囲まれてます」

最初に飛び起きたのはシレーヌだった。

次いでリーンが何かのスキルを使い、驚いたような声を上げた。

「────ッ!? 先生、起きてください」

「…………どうした?」

「すみません、私の警戒不足です。ここの周りを包囲されてしまいました」

「なんだ……? また、宿が囲まれてしまっているのか?」

前にもこんなことがあったな、と思いながら俺も眠い目を擦りながら起き上がったのだが。

「……違います。この集落全体が……逃げ場のないような数で、すっかり囲まれているんです」

絞り出すように言ったリーンの顔は、蒼白だった。