軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

116 砂漠の旅路 1

俺たちはクレイス王国と商業自治区サレンツァの間にある『 砂守(すなもり) の砦』と呼ばれる長大な壁の中にある石造の建物をくぐり、サレンツァへと入国した。

最初、馬車の進む方向に巨大な壁が現れた時は驚いたが、この高い壁が南の砂漠地帯の砂が風でクレイス王国に入り込むのを防いでくれているという。

この壁がクレイス王国とサレンツァの境目の役割をしているという。

非常にわかりやすい国境だった。

俺たちがサレンツァ側に壁を通り抜けようとすると、数人の頭に白い布を巻いた槍を持った兵士に馬車を止められたが、リーンが『 砂守(すなもり) の砦』の中の兵士に何かの書類を見せるとすんなり通してもらえた。

やはり、俺が一人で渡るのは難しかっただろうな、とサレンツァに入国した直後に見た大勢の武装した兵士たちを見て、改めて思った。

あの兵士たちは、なぜあんなに沢山いるのだろうと疑問に思ったが、鎧を着ていない理由はよくわかる。

壁の周辺はとんでもなく暑かったからだ。

砂漠ほどではないらしいが、この辺りでもすでに日差しが強く、鎧など着ていたら焼けてしまうだろう。

クレイス王国から少し南下するだけでこんなに気候が違うとは思わなかった。

俺たちの乗る馬車にはまるで屋根のような大きな 庇(ひさし) が付いていて、俺たちの座る座席へ差し込もうとする強烈な日差しを遮った。

最初はこの馬車、不思議な形をしているなと思ったが、これは砂漠の旅には必須の形状だとよくわかった。

壁の大きな門を抜けると、そこからはずっと何もない砂漠が続いていた。

どこまで見渡しても砂でできた丘しか見えない。

────とにかく、砂、砂、砂。

そして、雲ひとつない真っ青な空。

砂の丘に風の具合で描かれる波のような模様が綺麗だが、あまり見つめていると眩しすぎて目が痛くなる。

たまに棘の生えた奇妙な植物と小さな虫のような生き物を見かけるだけで、他には何もない。

これはこれで、俺にとっては今まで見たことのない面白い風景だったのだが。

あまりにも同じような光景が続きすぎて、流石にしばらくみていると飽きてしまった。

「砂漠というのは、本当に砂しかないんだな」

思わず、俺は隣に座っているリーンにそんな当たり前のことを言う。

「はい。しばらくはこういう場所が続くと思います。サレンツァ領のほとんどは広大な砂漠地帯ですので……ちゃんと装備を整えて旅に挑まないと道中で焼け死ぬこともありますので、馬車の中はできる限り快適になるようにしたつもりですが、それでも限界はありますね」

辺りは話に聞いた通りの灼熱の砂漠だが、リーンの言う通り馬車の中は快適そのものだった。

外は日差しで人が焼け死ぬぐらいに暑いらしいが、特別製の馬車には魔導具が備え付けられているらしく、扉一枚隔てた車内には涼しい風が吹いている。

砂漠用の特別仕様の馬車だそうだ。

快適すぎてあまり旅に出ているという感じはしないが、これぐらいの装備がないと、とてもこの砂漠は渡りきれないだろうというのも納得がいく。

リーンの話では馬車の車両を引く三頭の馬たちにも、彼らが快適に走れるよう【風】と【氷】の魔法が付与された熱砂の砂漠を渡るための専用装備が与えられているらしく、疲労を見せることなくぐいぐいと進んでいく。

ミスラに行った時ほどのスピードを出すことは難しいようだが、それでも速い。

もう、だいぶ進んできたように思えるがまだまだ砂漠は続くらしい。

俺が暇を持て余し始めた頃、砂漠の風景の奥に何かが動くのが見えた。

「なんだ、あれは?」

「────人、でしょうか」

頭に白い布をかぶり、灰色のマントを羽織った小さな人の影がまばらに見える。

「全員、あの布の下に何かの武器を持っているように見えます。多分、盗賊ですね」

窓の外を覗いたシレーヌが俺とリーンの疑問に答えた。

「盗賊、ですか」

「はい。盗賊が孤立した商隊の荷車を狙うのはよくあることだと、サレンツァで生まれ育った母から。あいつらには私たちがそう見えているんでしょう……それと、砂丘の向こうに足音がするので、まだあと十人以上控えていると思います」

シレーヌは頭の上の耳をピクピクと動かしながら、テキパキと相手の戦力を分析していくが、砂丘の向こう、という話にそんなところまでわかるのかと少し驚く。

俺も目はいい方だと思っていたが、彼女は随分と耳がいいらしい。

「あいつら……かなり移動が速いですね。砂漠での身のこなしに慣れているみたい。今の馬車の速さだと振り切れないわよ、イネス」

白い布を被ったマントの群れはかなりの速さで俺たちに接近してきていた。

そして、俺たちが様子を伺っている間にも俺たちの乗る馬車を囲むようにして広がり、一人、また一人と数が増えていく。

「……リンネブルグ様。ここで一旦、馬車を停めましょう」

「ええ。そうしましょう。下手に逃げて馬を傷つけたくはありませんからね」

イネスが手綱を引くと、砂漠の真ん中で馬車がゆっくりと止まった。

そして、馬車が止まると俺たちを追っていた無数の人影も一斉にその場でピタリ、と止まり、だんだんと俺たちの逃げ道を塞ぐように横に広がった。

どうやら俺たちを取り囲みつつ、様子を伺っているらしい。

「やはり、彼らは俺たちに用事があるようだな」

「はい。そのようですね」

俺とリーンは馬車から降り、灰色のマント達を見渡した。

イネスは周囲を警戒しながら馬車を守るように俺たちと反対側に降り、ロロとシレーヌは俺とリーンの側に降りた。

「数はざっと……三十ぐらいでしょうか。幸い、たいした数ではありませんね。すぐに対処しましょう、シレーヌさん」

「はい」

シレーヌが背中の弓を手にすると、相手にも動きがあった。

彼らの顔は覆面で覆われており表情は見えないが、一斉に戦闘態勢になって全員が服の中からナイフや弓などの武器を取り出すのが見えた。

直後。彼らの持つ弓から、一斉に矢が放たれる。

そうして上空に放たれた矢は晴天の空に弧を描き、俺たちに向かって雨のように降ってきた。

「────へえ。結構、弓の扱い、上手いわね。でも」

シレーヌは矢筒から飛んできた矢と同数の矢を引き抜き、弓を引く。

「弓で私に挑もうなんて百年早いわよ」

シレーヌが手にした矢の束を一斉に放つと、俺たちの頭上に降り注ぐ矢の雨は一斉に弾かれ、宙を舞った。

そしてシレーヌは次々と矢を空中に放ち、あっという間に飛んできた矢を遥かに上回る数の矢の群れが、まるで生き物のように砂漠の空に渦巻いた。

盗賊達はそんな不気味な空を見上げ、呆然としていた。

「【 矢嵐(アローストーム) 】」

そうして、途轍もない密度の矢の嵐が一斉に灰色のマント達の頭上に降り注ぎ、彼らはそれを避けることもできず、硬直した。

だが、シレーヌの放った矢の群れは地上に立っていた盗賊達を傷つけることなく、全ての白い覆面とマントを貫き、地面に縫い付けただけだった。

「あれっ……?」

「えっ……?」

「……やべっ……!」

そこから顔を出したのは、子供だった。

しかも、頭にはぴょこん、と二つの獣のような耳が生えている。

あれは────?

「やっぱり…… 獣人(・・) の子供ね」

白い覆面と姿を覆うマントを失い姿を現したのは、シレーヌと同じような姿をした子供達だった。

それも、少年だけでなく女の子と思われる見た目の子もいる。

「────くっ!」

その中でも少しだけ他より背の高い獣耳の少年が咄嗟にナイフを構え、砂を蹴って一瞬にして俺たちと距離を詰めると、その刃をリーンの首元に突きつけた。

それは非常に素早い動作だった。

子供の動きにしては、かなり素早かったと思う。

だが────

「……あ、有り金と、金品を全て置いていけ! そ、そうすれば命までは取らない! もし抵抗すれば────」

「抵抗すれば、どうするんですか?」

少年が何かを言い終わる前にリーンの姿が消え、少年の背後に立った。

「────えっ」

その時にはリーンの剣は既に抜かれ、頭に獣耳の生えた少年が持つナイフの刃がポロリ、と真ん中から二つに割れ、ストンと砂の中に落ちた。

「────ひっ!?」

リーダー格と思われるその少年がその場にへたり込む姿を、他の獣耳少年少女達は遠巻きに眺め、怯えている様子だった。

「イネス。彼らを少し、懲らしめてあげましょうか」

「はい」

リーンの号令で、イネスが元覆面の獣耳少年少女達に走った。

そして────

「あぐぅッ……!?」

「ゲホぉ!?」

「ひあっ……? ぶぼっ!」

「ごぶぅッ!」

イネスは見事な体術で彼らが振り回す刃物をかわしながら、片っ端から獣耳少年少女たちを砂の中に埋めていった。

腕を掴んでは砂に投げ、足を掴んでは砂に投げ、時には幼子を抱っこするようにして、頭からまっすぐに砂に落とす。

中には顔面から勢いよく砂に突っ込み、可哀想なぐらい砂を呑み込んでいる者もいる。

流石に、彼らのような子供相手には彼女の『光の剣』は使わないらしい。

きっと使った瞬間に辺りが血の海になるだろうし、絶対にその方がいいだろうな……などと思いながら、俺はロロと一緒にその光景をぼーっと眺めていた。

「そのまま、動かないでくださいね」

そしてリーンはどこからか銀色に輝く細い縄を取り出し、イネスが砂に埋めた少年たちを目にも留まらぬ速さで縛り上げていく。

「……い、いてて……!?」

「ぐっ!? ……この縄、ナイフで斬れないッ!?」

「痛っ────なんだよ、これ!?」

「無理に動かないでください。それは 聖銀(ミスリル) 製の 鋼糸(ワイヤー) です。一応、首にも巻き付けてありますので、あまり強く引っ張ると皆さんの首が一斉に落ちてしまいますよ」

「「「ひィッ!?」」」

リーンの物騒な言葉によって、縛られた獣耳少年少女達の動きはピタリと止まった。

一方、シレーヌは辺りを見回すようにじっと立ち、耳をすませていた。

「リンネブルグ様。どうやら、これで全員みたいです。周辺に誰かが待機している気配はありません」

「はい、そのようですね。ひとまずお疲れ様でした、シレーヌさん、イネス。やっぱり、砂漠で運動すると少し汗をかきますね」

「それで、この者達は……どうしましょうか」

「そうですね。どうしましょうか……それが一番の問題ですね」

「────ヒッ」

そうして、頼もしい女性陣三人の手によって、あっという間に俺たちを襲撃した小さな盗賊団は縛り上げられたのだった。