軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115 サレンツァへ

俺は冒険者ギルドを出ると、すぐに待ち合わせの場所に辿り着いた。

時間はもう昼過ぎになり、日は高く昇っていた。

待ち合わせ場所には見覚えのある顔がひとつあったが、他は知らない人物だった。

俺はとりあえず、見知った顔の少年に声をかけた。

「ロロ」

「あ、ノール……来たんだね」

ロロはすぐに俺に気がつき、近くまで歩いてきた。

「ロロもサレンツァに行くのか」

「うん。今回はボクから一緒に行きたいってお願いしたんだ。もしかしたら、知っている人に会うかもしれないし」

「そうか」

ロロが一緒に行ってくれるのは正直、心強い。

出会った頃は頼りなかった彼は、最近は言動もしっかりとしてきて、なんとなく頼り甲斐のある雰囲気が出てきている。

……まあ、だからと言って、俺だって年下の少年にばかり頼ってばかりもいられないのだが。

「そういえば、ロロは元々サレンツァの出身だったな」

「うん。でも、あまり外を出歩いたことはないから知らない場所同然だけど」

「そうなのか。そこにいる人たちも一緒に行くのか? 多分初めて会うと思うが」

俺が辺りを見回すと、そこには何人かの黒いローブを着た男性が数人と、同じような黒いローブを羽織った、眼鏡をかけた小柄な女性が一人。

それと、背中に弓を背負っている、頭の上の方に獣のような耳がある不思議な姿をした少女が一人いた。

「ううん。あの人たちのほとんどは見送りだよ。一緒に行くのは彼女……シレーヌさんだけ」

ロロにシレーヌと呼ばれた頭に二つ獣のような耳がついた少女は、すっと歩いてきて、ロロの隣に立った。

「……ロロ。その人があのノールさん?」

「うん、そうだよ」

少女がロロにそう確認すると、少女は俺の方に近づいてきて正面に立ち、まっすぐ背筋を伸ばして挨拶をした。

「初めまして、シレーヌと言います。ミアンヌ団長からの推薦で私も今回の旅に同行させてもらうことになりました。ノールさんの噂は 予々(かねがね) ……団長にはまだ及びませんが、きっと足手纏いにはならないと思います。少しの間ですが、よろしくお願いします」

なんだか、とてもテキパキと丁寧に挨拶をする子だった。

リーンもイネスもそうだったが、この王都の人々はみな、本当に礼儀正しい。

彼女もその例に漏れず、歳若いのに非常にしっかりとした人物といった印象だ。

「ああ、俺の方こそ足手まといにならないように努力する。よろしく頼む」

俺が彼女に片手を差し出すと、彼女も俺の手を掴んで握手した。

一見、華奢で細い手だったがとても力強い手だった。

彼女の背中には所々金色に彩られた黒い弓がある。

きっと、彼女は弓を扱うので力があるのだろう。

弓か────懐かしいな。

俺がまだ子供だった頃、【狩人】の訓練所で初めて弓というものを手にした。

だが最初は力加減がわからず、俺は弓をかたっぱしから壊しまくり、その結果、訓練所の弓がなくなってしまい、最後には教官がずっと大事にしていたという弓までへし折り、ダメにしてしまった。

結果、俺は誰にも弓を貸してもらえなくなり、おかげで俺は【狩人】の訓練所でも石ばかり投げていたのだが。

その後も教官は文句を言いつつも、俺の面倒をみながら風の読み方から、いろいろなことを教えてくれた。

なんだか、それもいい思い出だ。

確かその時から、弓は一度も触っていない。

そう考えると、無性に弓が触ってみたくなり。

────その弓、ちょっと見せてくれないか?

と言おうとしたら、シレーヌの目が泳いだ。

「…………どうかしたのか?」

「…………いえ、何も」

だが、シレーヌは背中の弓を抱えるようにして俺から数歩、距離を置いた。

なるほど。

彼女は俺の逸話は色々と聞いている、と言っていたが。

確かに当時、俺は百本以上の弓をダメにしたし、未だに噂されていてもおかしくはない。

きっとあの弓は彼女の大事なものだろうし、警戒されても仕方がないだろう。

でも、本当にちょっと触るだけで満足するし、以前のように力加減を間違えたりしないから……と思って、再び弓に視線を注ぐと、シレーヌはまたすっと弓を隠した。

「…………どうかしたのか?」

「…………いえ、なんでもありませんよ」

「…………そうか」

そしてまた俺が彼女の弓に目をやると、すっと弓は俺の視界から幻のように消えた。

不思議なことに、彼女は俺が見ている場所が手に取るようにわかるらしい。

それどころか、その視線の意図までわかっている様子だった。

その後も、俺が視界に弓を入れるだけでさっと弓を死角に入れようとする。

なんだかそのやりとり自体がその辺の野良猫と遊んでいるようで、だんだん、面白くなってきた。

「……」

「…………」

「………………」

「…………っ!」

そうして、俺が無言で弓を守ろうとするシレーヌと視線だけの格闘を繰り広げていると、背後から聞き覚えのある声がした。

「ノール先生」

「リーンか」

姿の見えなかったリーンが、待ち合わせ場所に現れた。

後ろにはイネスもいる。

「遅れてすみません。少し時間ができたので、他の用事を済ませようと思ったらこんな時間になってしまいました」

「いや、俺もついさっき来たところだ。むしろ、俺の都合で待たせてしまって悪かったな」

「いえ。急なお願いをしたのはこちらですし、早朝に発ちたいと言った理由も大した話ではありませんので」

「それなら良かったが」

俺と少し話すと、リーンは先ほどまで俺と無言で激しい攻防を繰り広げていたシレーヌに目をやった。

「そちらの方は……シレーヌさんですね。ミアンヌ先生から、噂はお聞きしています。私が『試練』で家を出てから仕え始めてくださった方と伺いましたので、直接、御目に掛かるのは初めてですね。ご一緒できると聞いて私も心強いです」

丁寧に初対面の挨拶をしたリーンに対して、シレーヌは恭しく礼をした。

「────リンネブルグ様。お初にお目にかかります。こちらこそ、ご一緒できて光栄です」

リーンはそれを見て、少し困ったように笑った。

「ふふ、そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、シレーヌさん。呼び方も、堅苦しくなくリーンでいいですよ。今回の旅の立場は、あくまで一人の『冒険者』としてですから」

リーンはそういうが、シレーヌと呼ばれた頭から耳の生えた少女はイネスの顔色をちらりと見ながら、小さく首を振った。

「……いえ。せっかくのお言葉ですが、やめておきます。私、それだとかえって態度が不自然になってしまいそうなので」

「そうですか。もちろん、呼びやすい方で大丈夫です」

「はい。すみませんが、そうさせてもらいます」

「では、改めてよろしくお願いします、シレーヌさん」

「はい、こちらこそ。足手まといにならないように努めます」

リーンと並ぶと、シレーヌは少し背が高かった。

年齢は同じぐらいか 彼女(シレーヌ) の方が少し上ぐらいのようにも見えるが、体格はリーンよりもずっとしっかりとして見える。

「では……そろそろ発ちましょうか。人も揃ったことですし」

「そうだな」

俺たちが王都を出発しようとすると、ふと背後から、すすり泣くような声が聞こえた。

「…………ううぅ……本当に……行っちゃうの……ロロくん……?」

振り向くと、また見知らぬ人物がロロのすぐ近くにいた。

どこかで見たような黒いローブに身を包んだ彼女は、ロロに縋り付くようにして、泣き始めた。

「……ロ゛ロ゛く゛う゛ぅ゛ぅ゛ん゛……! ち゛ゃ゛ん゛と゛、か゛え゛っ゛て゛来゛て゛ね゛え゛え゛〜!!」

「うん。メリジェーヌさんも元気で」

ロロの見送り……だろうか。

にしては、かなり距離が近い。

メリなんとかと呼ばれた眼鏡をかけた小柄な女性は、ロロに両腕でしっかりとしがみついたまま離れようとしなかった。

……まるで絶対に逃さないぞ、と言わんばかりに。

「大丈夫だよ、メリジェーヌさん。ちゃんと帰ってくるから」

「そうね、なるはやで!! まだ私が元気なうちに!! お願いだから…… は゛や゛く゛か゛え゛っ゛て゛来゛て゛ね゛え゛え゛え゛〜!!」

「……う、うん」

ロロにも泣かれるほど仲の良い友達ができたのか……と最初は思ったが、少し様子がおかしい。

彼女、どこかロロに助けを求めているようにも見えるのだが。

「……メリジェーヌ。ちょっと?」

「シレーヌ! ロロくんを! ちゃんと守ってあげてねぇ〜! 彼、うちのエースだから!! 彼がいなくなると、もうウチの業務、回らないからぁ!!!」

メリなんとかと呼ばれた小柄な女性は、ロロにしがみついたまま、しばらくそのままになっていたが、そろそろ出発の時間だからとロロが剥がそうとしても剥がれず、結局、獣耳の少女シレーヌに強引にベリベリと引き剥がされると、彼女と同じような黒いローブを着た複数の男たちに担がれ、どこかに連れ去られて行った。

「まったく────あの子は……本当に」

シレーヌは彼女を見送ると一つ、大きくため息をついた。

……そんな彼女の背中は無防備だった。

今なら、あの弓に手が届きそうな気がする。

と思ったら、すぐに視線に気づかれてしまい、さっと素早く弓を隠された。

すごいな。

後ろに目でもあるのだろうか、あの少女は。

それはさておき、出発できる状況は整った。

「では、馬車に乗り込みましょうか。今回は砂漠用の特別仕様ですので、若干、内部が狭いのですが……長旅を快適にする設備を搭載する為ですので、ご理解いただければと思います」

リーンのそんな説明を聞きながら、俺たちは不思議な形をした馬車に乗り込んだ。

座席は三列構成で、最前席にイネス、その後ろにロロとシレーヌ、その後ろに俺とリーン。

リーンは中が狭いと言っていたが五人で乗るには十分な広さだった。

隣の人との距離もそこそこあるし、ゆったりと足も伸ばせる。

だが────

「流石に、土産を積み込む場所はないな」

「お土産ですか?」

「ああ。でも、向こうで買ったものの輸送手段は向こうで考えようと思っているから大丈夫だ」

「……そんなに大量に購入されるのですか?」

「それも行ってみないとわからないが……今回は現地に行ってからちゃんと検討したいと思ってな。前に思いつきで買った熊の置物は皆に不評だったしな」

「……そっ。 ……そんなことは……!?」

リーンの目線が少しだけ泳ぎ、語気が弱くなった。

彼女の気遣いは嬉しいが、同僚に配ると大抵置き場に困ると言っていたし、そうなのだろうと思う。

何も言わずに貰ってくれた人たちはリーンも含め、とてもいい人だったのだと思う。今回はたくさん金があることだし、もっと良いものを買って帰れば喜んでくれるかもしれない。

面白いものがあれば、たくさん買ってきてもいいかとも思っている。

まあ流石に、それで商売ができるとは思わないが。

そんなことを考えながら、俺は馬車の座席に深く腰掛けた。

「ノール殿。今回も世話になる」

「ああ、こちらも世話になるが、よろしく頼む、イネス」

俺とイネスがもう何回か経験したような挨拶を簡単に交わすと、イネスは静かに馬の手綱を握った。

「では、出発します」

そうして俺たちは王都を発ち、砂漠の国への旅に出発した。